1話
ぼくは親に捨てられた。8年くらい前に捨てられた。昔のことはあまり覚えていないけど、冷めたぬくもりと、悲しみはわかず、ただただ不思議に思っていた幼い自分がいたことは覚えている。
「待てこのクソガキー!泥棒め!止まれ!」
ぼくは今、逃げている。パンを盗んだから。盗みは犯罪だって知ってるけど、親に捨てられたぼくは自分で自分の食料を確保しなければならない。働いてお金をもらうけど、子供を雇ってくれるところなんて少ないし、子供にできることも限られてるから、もらえるお金は少ない。毎日の食料を買うこともできない。だからぼくは、時々盗みをする。
「はぁっ、はぁっ、まだ、追って来てる」
ここらへんの路地裏は迷路のようになっているけど、路地裏住民暦約8年のぼくはこの路地裏を熟知している。だから普段は迷路のようなこの路地裏を利用して追っ手をまいている。けど今日は大分長いこと走っているのに、追っ手は道に迷うことなく追ってきている。もしかしたら、昔はここ(路地裏)の住民だったのかもしれない。もしくは物を盗まれすぎて追いかけまくっていたら詳しくなったとか・・・これはないよね。
「待ちやがれーっ!オレはなぁ!散々もの盗まれたせいでこの路地裏とは馴染み深ぁーいお友達なんだよ!くそがっ!誰もがここに逃げ込みやがって、追いかける身のこと考えやがれ!」
「えっなんかごめんなさい」
「謝ってんじゃねぇよ腹立つんだよ謝るくらいなら止まりやがれ!!」
それは無理です。
とにかく、捕まるわけにはいかないし、もっと奥へ逃げよう。角を曲がり階段の下を身をかがめて通り、道に置かれている樽や木箱を踏み台にして上へと上り、階段を下りててすりのついた下り坂を走る。そして平坦な道になると横は低くなっていて、家の屋根がある。屋根の上を走って横から突き出ている小さな屋根に下り、地面へと下りる。次はあっちの苔のはえた階段を下りて・・・・・・・・・。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、・・・ふぅ。もう、追ってきて、ないな」
後ろを振り返っても誰もいないし、耳をすませても怒鳴り声も足音も聞こえない。
「っはぁ。疲れた。ここまで深いところは来たこと、ないかもしれないな」
ないかも、というより。
ここ、どこだろう・・・?
こんな所、あったっけ?
前には、一本道。石畳は道の中心にむけて少し傾いていて、苔がはえている。
両側は下へ下へと逃げて来たためか高い壁があり、ずっと上からあたたかな光の線が緑色の苔を照らしていて、苔は美しいエメラルドのようだ。
ぼくのすり減った靴はザリ、と音をたてる。立派なきれいな靴だったなら、カツンと音を響かせるんだろうか。
そして光のむこうには、レンガ造りの、小さな家。