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第八話『スタートミッション』


ラボで訓練が始まって一週間がたった。


その間、ショウは案外普通の学校生活を送っていた。ショウ自身、超能力者ということで毎日誰かに拘束されて監視されるものだと思っていた。だが、実際は違った。長い授業。短い休み時間。いつも通りくだらなくて面白い会話をする友人たち。どれも普遍的で、あの日から変わらない日常の延長線が引かれていた。超能力者という事を口外してはならないという事以外は、決して強制される事のない、自分の自由があった。もちろん上級生のアカネも同じだった。


事件のあった図書室は『KEEPOUT』と書かれた黄色のテープで閉鎖されていた。

無残に破壊された室内は『爆発事故』の調査という名目で閉鎖され、変死を遂げた警備員の死体は爆発事故に巻き込まれたということで片付けられた。校長や教頭は、上層部から命令されて黙認し、変だと気付いた警備会社の人や、騒ぎ立てたがるマスコミ、オカルト好きの教員、好奇心旺盛な生徒たちも数人居たが、時間が経つと同時に全員黙った。きっと『何か』を掴まされたのだろう。


ショウは、あの日から毎日ラボのプラクティスルームに通いつめた。いや、通いつめなければならなかった。毎日授業が終わると、表門から帰る生徒の影に隠れて、見慣れた巻き毛の上下黒ジャージ姿と、銀髪に眼鏡を直しながらニコリと笑う『彼ら』が、律儀にショウ達を迎えに来たからだ。


まじめな優等生アカネはともかく、ショウは三日目あたりからサボりたい衝動に駆られた。無理もない。見るからに軟弱で、運動嫌いな彼が、何を好き好んで毎日長い距離を走りこみ、バーベルを持ち上げて体力を作らなければならないのか。訓練の結果にも不満があった。超能力というのは、もっと簡単に…もっと簡易に手に入れられるとショウは思っていたが、この厳しい訓練の数日で覚えた数少ない超能力と言えば、他人の思念波を意識して受信するぐらいの事。覚えたところで日常生活が劇的に変わるわけでもない、何の役にも立たない能力。


思春期の少年の思考は、より打算的だった。これから毎日続くであろう厳しく辛い訓練と、その結果に見合わない地味な能力を計算式にして引く。そして、彼の心のソロバンから弾き出される答えは一つ。厳しい訓練からの逃亡だった。


この時から、学校の校舎という大きくも小さな閉鎖空間内で、逃亡という名の脱出劇が始まった。ホームルームが終わり、自由に動ける時間を見つけると、ショウは彼らの追跡を何度も振り切ろうと、その幼稚な脳で考えつく全ての方法を試した。体調が悪いと訴える仮病…顔も知らない親戚の法事…両親からの急用…。ダメだ!どれも見透かされる!


そういう類を何の計画もなく言えば、恐らくすぐに調べられて終わり。むしろ、相手がトオルだということを忘れていた。ショウも、ただの馬鹿ではない。考える馬鹿だ。ショウは悟った。自分の心が相手に読まれているのだから、そもそも弁舌の類は無意味だと。そうなると、やはり校舎を走って逃げ道を探すしかない。ショウは授業の合間に校舎の至る所を観察した。アカネに告白する時もそうだったが、こういう無駄な観察力と行動力に関して言えば、ショウは天才的だった。


表門、裏門、教室、警備員室、ボイラー室、職員室、体育館、校庭、食堂、屋上、窓、渡り廊下、花壇、ダストシュート。全ての仮想脱出ルートを想定し、全ルートの道筋を頭にインプットして、何とかして脱出できないものかと画策した。終了のチャイムと供に、ショウは鞄を肩にかけて逃げる。教室を、廊下を突き抜け、脳内で構成した脱出ルートに沿って逃げまくる。それこそ額に汗を流しながら、革靴に履き替える事もなく、上履きのまま走り出す。


「相変わらず良く逃げるねえ。ショウ君」

「その根性と努力を、少しは訓練に生かせるといいんだがなぁ」


だが、少年の逃走劇など大人から見れば、やはり幼稚。しかもそれが超能力者相手なら、殆ど抵抗など出来るはずがない。ショウは、いつも通りトオルに思考パターンを見抜かれて、足の速いダイスケに追いつめられて捕まった。ああ、今日も今日とて訓練が始まる。あのインナーとプロテクタースーツをつけて、恥ずかしさに耐えながら、精神、肉体の両方を絶え間なく鍛えさせられる。さながらそれは、放課後に残り、青春の汗を流す運動部の部活動のようだった。


――――――――――


訓練を始めて数ヶ月がたった。


ショウは、半ば諦めたようにプラクティスルームで今日も訓練に嫌々励んでいた。訓練は二週間目あたりからバージョンアップしていた。基礎体力、基礎知識を鍛える時間が少なくなり、今度は理論を実践に移した訓練が始まった。


重力の縛目を解いて自由自在に空を飛びまわる空中浮遊(レビテーション)。わずかな能力の作動にも過敏に反応する精神感応(テレパシー)。無限大に精神力を広げ、思考力を研ぎ澄まし、状況把握と動じない心を作る広大思考(メディテーション)。各自能力に合った攻撃と防御手段。そして、狩人として一番必要なチームワーク。数え切れない厳しい訓練の中でも、どれも抜群のセンスで切り抜けるアカネは、ここでも優等生だった。逆にショウは、失敗の連続の中で毎日トオルにため息をつかせ、ここでも劣等生だった。トオルから投げかけられる裂く様な罵倒に、ショウは悔し涙を何回も眼に浮かべた。なにくそと反骨心を出して、頑張ろうと何度も決心するが、沸き上がる心とは裏腹に結果は散々だった。


そんな苦難の続くある日の夜。


「ってゆうか、みんなー聞こえてる?久々のお仕事の時間だよー」


いつも通りプラクティスルームで訓練をしていたトオル達に、語りかけるような思念波で声が聞こえる。思念波の主はカレンだ。


「おっ、ついに来たか。カレン!今回の標的はどんな奴だ?」

消去令状(ブラックリスト)ナンバー243。情報見る限り、久々の大物みたい。名前はロベルト・マクラーレン39歳。日系3世ブラジル人。150の罪状がある、元FBI執行部の精神操作のエキスパートで、同属(ハンター)よ。今は昔の『ツテ』でつるんだ仲間と、暗黒街で攫った人たちを売買する最低の人間ブローカーらしいけど…」


80kgのバーベルを軽々と抱えながらダイスケは、カレンからの情報に耳を貸す。


「カレン君。場所は?」

「精神感応接触第一ポイントは新宿区。第二ポイントは渋谷区。そこから一直線に港区へ向かっているわ。ってゆーか、海辺の倉庫街辺りで反応が消えたから、そこからはわかりませーん」


クイッと眼鏡を直しながら、情報を聞いて頷くトオル。

ショウは、思念波を耳に聞きながら、何となく不自然を感じた。なぜだか情報を聞いた後の二人の顔が、いつもの余裕さを失い、張り詰めた緊張感に包まれていたからだ。


「さて実戦だ。反町アカネ君、井沢ショウ君。君たちが数ヶ月間で、どれ程レベルがあがったか見させてもらう。さっ、更衣室で着替えてきたまえ。出発は10分後だ。頼むよ二人とも」


「は、はい」

「はい…」


トオルに言われるがまま、ショウとアカネは更衣室に向かった。

そして、急いで自分達の着てきた制服に着替えようとした。


―――――――――――――――


「…」


銀色のインナーを脱ぎながら、ショウは不安だった。

今まで練習練習と毎日嫌悪的に過ごしてきた長い時間が、ごく一瞬のように感じたからだ。実戦。一度きりの本番というものは、積み上げてきた今までの過程という名の壁を、結果という白色のペンキで全て真っ更に塗り替える。


脳裏に思い出される、数ヶ月前の記憶。

消えかけていた恐怖。忘れたいたはずの腕の痛み。蘇る。全て、あの時のまま蘇る。運が悪ければ…今度は死ぬかもしれない。いや、死ぬ。確実に殺される!殺されてしまう!前にトオルが言ったように、無残に!簡単に!


無意識の内に恐怖が増幅していく。Yシャツの袖を通す手が震える。指がボタンを上手く穴へ通さない。ショウは、実戦を前に軽いパニック状態に陥った。


「こんな時に…ビビってどうする…!俺は男だろ!?井沢ショウ!」


集合の時間まで後8分…刻一刻と近づく実戦へのカウントダウン。

与えられた自分の名前を心の中で連呼して、勇気を振り絞ろうとするショウ。手のひらで顔を叩き、拳に力を入れて何度も、何度も気合をいれようとする。

だが、震えが止まらない。増幅する恐怖に対して、小さすぎる勇気など無意味だった。


「怖い…怖いよ…助けて…父さん…母さん…」


自然とショウは、その心の先に両親の影を追っていた。

狩人志願への決心。あの時には声高に、あんなに頑なに決めていたはずなのに。いざ実戦の前となると、決心は揺らぎ、後悔すら感じてきている。無理もない。目の前に死という可能性が見えれば見えるほど、死を怖れ、生を慈しむのが生物の性。例外など無い…老若男女どんな人間でも、死は平等だった。


「井沢君?聞こえる?私。アカネだけど…」


そこへ、ショウの耳に飛び込んでくる一つの思念波。

その主は、隣の更衣室で着替えをしているはずのアカネであった。ショウは、若干面食らったようにアカネに問いかけた。


「え?アカネさん・・・?どうして」

「精神感応の上達のおかげかしらね。君の声が、ちょっと聞こえたから。話しかけてみたの。その…私も同じ気持ちだって伝えようと思って」

「同じ気持ち・・?」

「見た目は冷静に保って見えるけど、井沢君と同じよ。正直、怖くて震えてるわ」

「え…?」

「怖いの。怖いのよ。死ぬのが怖い」

「はは、アカネさんに限って…そんな事ないでしょう」


「そんな事ない。私だって君と同じ普通の中学生。もう何十回と訓練をやってるのに…全てが訓練通りに始まって終わると思うのに…どんなに自分の心で『安心』だと答えを出しても、まるで死なないという実感がないの。頑張ったけど不安なのよ。井沢君と同じように。だから、井沢君。一人だけで怖がらないで。一緒に頑張りましょう!」

「…」


なんだこの感覚は。憎しみ?先輩を?いや違う。そんな事はない。

ショウは、こんな時でも冷静に自分の心を分析し、他人の心を気遣って会話の出来るアカネに、心の隅に置いたはずの劣等感が噴出すような感じがした。


恐怖と不安に小さくなり続ける、矮小な自分の心に比べて、なんと冷静で大らかな心だろう。安心。いつもなら安息を意味するアカネの声が、今のショウにとっては被虐の声にしか聞こえない。不安で打ち震える心を隠せなくて恥ずかしい。好きな先輩の前で、少しでも良いから背伸びをして、格好をつけたい。でも隠そうと思っても、心の震えは隠せない。それに対して、アカネは自分と同じだと言う。


「不安なの。同じように」


なぜアカネは平気でそんな事を言えるのか。自分より優秀だから?余りにも低く自分が見られているから?沸き上がる思春期らしい劣等感の連鎖に、ショウの焦りと苛立ちは最高潮になった。答えは出ているのに、知っているのに…八つ当たる。そうしなければ、自分が余りにも寂しいのだ。


そしてショウは、普段なら言いたくもなかった、募った劣等感をアカネにぶつけた。


「う、嘘だ!同じじゃない!アカネさんは俺より上の存在です!この数ヶ月、訓練でも、実践でも優秀だったじゃないですか!信じられないよ!万年落ちこぼれの俺の気持ちと同じだなんて言われたって、俺には認められないよ!わからないよ!そうやって俺の心をなだめて、きっとアカネさんは優越感に浸りたいんだ!そうだ、そうに違いないよ!…優等生だから!…優秀だから!アカネさんは…!」


耳を(つんざ)くように弾ける、心の声。劣等感の叫び。

その思念波を聞き取り、感じ取ったアカネは、ショウに捨て去るように一言だけ返した。


「…好きで優等生になったわけじゃないわ。でも、それが君を傷つけていたなら…ごめん」


プツンッ


「あ…」


その言葉を最後に、切れる思念波の会話。

会話の切れた瞬間、ショウはとてつもない罪悪感に苛まれた。思念波同士の会話とはいえ、酷い事を言ってしまった。後悔した。何度も何度もアカネに謝罪の思念波を送る。


だが…届かない。届く筈がない。あんな失礼な事を言ったのだ。普通の感覚なら怒るなり、嫌いになって当然だ。アカネへと届かない声の反響を心で聞いて、次第にショウの胸には自虐の心が沸いた。ただ不安に駆り立てられ、自己抑制も出来ずに放った言葉。そしてアカネが言った最後の謝罪の言葉が、ナイフでえぐるように心を突く。なんでこんな事で、自分の好きな人を悲しませるのか。なぜこんなことで、自分は他人に八つ当たりをしてしまうのか。こんな人を傷つける矮小な心など、どこかへ飛んでしまえ!


集合の時間まで後1分。

ショウは思春期特有の心の葛藤に悩みながら、学生服ガクランに着替えた。


――――――――――――


「遅ぇぞショウ!初めての実戦だからってビビってるのかぁ?今度から延長料金とっちゃうぞ!」


ショウが更衣室を出ると、そこにはすでに、それぞれ着替えを終えた五人が居た。

いつもの黒いロングコート姿のトオル。上下ジャージ姿のダイスケ。ギャル風ファッションのカレン。ピッチリ目の青いジャケットに袖を通したリョウマ。そして、制服姿のアカネ。


「み、皆さん。すいません…」

「へっ、仕方ねえ。ルーキー君には優しくしねえとな。一回目だからサービスしとくぜ。今度やったら置いてくからな!このダイスケさんが気長なテレポーターで良かったな!ショウよ!」


肩をポンポン叩かれながら、ダイスケが冗談交じりにショウを怒る。


「そうだね。ダイスケのテレポート時間も考えると、遅刻は、ちょっと不安だね」

「なんだとー!?このやろー見てろ!今度も一発で成功してやるよ!」

「ってゆーか。新人君なのに遅刻癖とか…まあ、そこまで行くと天才的だよねー」

「…置いてゆけば良かった」


ダイスケとじゃれるトオル。眼を閉じながら、感覚を広げているカレン。若干嫌悪感を見せるリョウマ。それぞれショウを見て、それぞれの言葉を投げかける。

ふと、ショウはアカネに眼をやる。


「…」


ああ、やはり怒っている。しかも目線は冷たくショウから逸らされ、顔はツンと真逆を向き、平静を装いつつも、あの顔は静かに怒っているのを隠せていない。確実に、許せないといった感じだ。


ショウは怖かった。

今目の前にある実戦への死の恐れとは別に、アカネの冷静な怒り、どこか自分を見て寂しがるような態度に、心が締め付けられるように痛み、消失感のまま、アカネが何処かへ行ってしまうのではないかと考えると怖かった。


今彼女に謝らなければ、二度と、その笑顔を取り戻せない気がした。

ショウは今、決心した。あの時と同じように。


ダッ…!


頭で考えるよりも早く、足を動かし、アカネの前に立つと、ショウは大きくこう言った。



「アカネさん!さっきはすいませんでした!!!」

「っ!?」


アカネは驚いた。近づくショウの大声が予想できなかった。

近寄りがたいと思っている人が、自分の意思とは真反対に自分に寄ってくる。想像も出来なかった。嫌われているのだと思っている人間から、謝罪される事。アカネは、目の前でグッと頭を下げるショウに何も言う事が出来なかった。


数秒後、クイッと頭を上げるショウ。

その顔は、どことなく満足気であった。


「おいおい、ショウよ。何したんだ?まっ、謝る時に謝っとくって気持ちは大事だが」

「君たち、僕が居ないところでケンカでもしたのか?チームワークを大切にしてくれよ」

「ってゆーか、まず新人君は私達にもっと謝るべきだしー」

「…無意味な謝罪」


ダイスケ達に変に見られても、ショウの満足気な顔が変わる事は無かった。

そして、数分後、場所を正確に把握したカレンが、座標をダイスケに伝えると、黒い眼の狩人たち六人は、ビュンという音と、残像を残してプラクティスルームを出発した。



「…気にしてないよ井沢君…」


テレポートの瞬間。

ショウの心に入ってきた小さな思念波。

か細く、小さく呟くような安息の声。

それは、ショウの胸を締め付けていた不安と恐怖を一瞬にして解いていった。


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