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第三話『ハンターズ』




「やぁっと見つけたぜぇっ!能力者さんよ」


木材の散らばる図書室、常軌を逸した老婆の姿に怯えるショウとアカネの前に、忽然(こつぜん)と現れたのは、姿格好もバラバラな四人組だった。


「の、能力者…?」

「今、何もない所から…」


驚くショウとアカネを尻目に、今まで憎悪に満ちた笑顔を浮かべていた老婆の顔には焦りが見えた。


「あの眼は…!は、狩人(ハンター)…!」


老婆は怯えるように眼を開き、口をカチカチと音を立てて震わすと、流血に滲む顔を焦りと恐怖の色に染めていった。


「うっわ、てゆーか部屋めちゃくちゃ…。ありえないっしょ、この状況」

「こりゃどうやら、間一髪でヒーローご登場ってところか?」

「…」

「ダイスケ…!間一髪どころか手遅れだ!もう死人が出てるじゃないか!」


リボンのついた制服姿の茶髪のギャル風女子、上下黒ジャージ姿にウェーブのかかった短い黒髪とヒゲが似合う背丈の高いナイスガイ、濃い黄土色のブレザーの蒼髪の華奢な少年、黒のロングコートに銀髪と銀縁眼鏡がキラッと光る男。狩人と呼ばれた四人組は、慌てる老婆もそっちのけで雑談を始めた。


「おいおいトオル、そりゃねぇよ。これでも急いだんだぜ?俺の腕だから少ない情報でもココまで来れたんだ。他の能力者(テレポーター)じゃ、こうは上手くいかねえよ」

「ダイスケッ!キミのその腕が問題なんだよ!カレンが一帯の精神感応(テレパシー)波を最初に受けてから、ここまで何回テレポートしたと思ってるんだ!」

「へ?そうさなあ…4回くらいじゃない?そうだよなあ、リョウマ?」


「…124回です」


トオルと呼ばれた銀髪の男がピクッと眉を動かしながら、その怒りを露にしてナイスガイを攻める。ダイスケと呼ばれたナイスガイは、なんとなくバツが悪そうにトボけながら、リョウマと呼んだ蒼髪の少年の肩をポンポンと叩き、目線で助けを求めるが、老婆の姿を目で追っていたリョウマの口からボソッと呟かれたのは、ダイスケの提示からは、余りにもかけ離れた数字だった。ダイスケはリョウマ少年の呟きを聞くと、手を後ろに回して首のうなじ辺りに置いた。


ダイスケは、チラッと目線をずらしてトオルの方を見る。ひえええ、彼の苛立ちはどうやら今ので最高潮を迎えたみたいだ。睨むトオルの目線を避けるように、トボけ顔に引きつる笑みを浮かべて、ダイスケは言った。


「うっはっはっ、はっははっ。そそそっ、そんなに移動したっけなー?おじさん最近物覚えが悪いから、忘れちまったよー。はっは、はっははは…」


ギロッ


「ご、ごめんなさい」


研ぎ澄まされた刃物のようなトオルの睨む目が光ると、乾いた笑いを浮かべていたダイスケは真顔になり、条件反射的に頭を深く下げて謝った。謝罪を受け入れたトオルは、呆れた風に一度ため息をつき、眼鏡の端にそっと中指を添えると、クイッと小さく上に動かして、ズレた眼鏡を正位置に戻すと、ダイスケに向かって、鼻を高くして見下すような上目線で語り始めた。


「フッ、まったく!毎回言うのも嫌なんだがね、仕事中はもう少し集中してくれないかな。いくら僕が優秀なリーダーで、かつ華麗で、かつ美麗で、かつ頭脳明晰で、かつ天才的で、かつ美的センスに溢れて、かつ海のように深い父性に満ちた暖かで優しい心の持ち主で、かつ山々の高みから流れる一筋の清水のように心が澄んでいて非の打ち所のない完璧で理想的な存在だとしても、キミの失敗ぶりは酷いよ」


「…ぬぬぬ!」


「まっ、百歩譲って僕が優秀すぎてキミの駄目さが引き立つのもわかるけど、カレン君の敏感かつ素晴らしい精神感応と、リョウマ君の俊敏かつ有能な物質転換能力があるのに、現場に行くのがキミのような、頼りない、かつ失敗の多いテレポーターとはね。これじゃまさに、僕たちという宝の持ち腐れだよね?腕の良いテレポーターのダ・イ・ス・ケ・君!」


ダイスケは余りに嫌味が過ぎるトオルの言葉に怒りを覚えた。そして、我慢ならないと思ったダイスケは、人差し指をビュッと真っ直ぐトオルに向けると大声で言い返した。


「かぁーっ!そこまで言うかナルシスト!いちいち、カツカツうるせー奴だぜ!このカツカツ野郎!ちくしょう見てろ、今度は一発で成功してやるからな!」

「フン、そんな事を言ってまた失敗するんだろ?君には何度も騙されたからな〜」

「ってゆーか、ダイスケさんのテレポートが一発で成功したことなんて、今まであったっけ?全然記憶にないんだけどー」

「コラッ!何てこと言うんだカレン!この場の空気を読め!空気を!」

「じゃあ失敗したら、何か奢ってくださいよー」

「ああわかったよ!もし俺が今度テレポートに成功しなかったら、大枚はたいて皆を豪華な晩飯にご招待だ!」


張り上げたダイスケの声。その声は図書室の壁を響き渡った。


「ラッキー♪あ、私スペイン料理がいいなー。イベリコ豚って美容にも良いらしいしー」

「今から三ツ星フランス料理店に予約するとなると、少し時間がかかるかな」

「…懐石がいいです」


「お、お前ら、少しは俺の腕を信頼しろ!っていうか晩飯の注文が容赦ねえよ!俺の財布の中身知ってんだろ!」


ダイスケは、三者三様に高い注文内容に内心ゾッとした。

老婆に破壊されて無残な姿を辺りに見せる図書室で、不自然な和気藹々(わきあいあい)さが増す四人組。


「井沢君、あの人たち、何…?」

「さ、さあ」


さっきまで恐ろしい力を秘めた老婆を相手に、生きるか死ぬかの駆け引きをしていたショウとアカネは、四人組の緊張感の無い雑談に呆然とした。


ビュンッ…バァン!


「こ、国家の猟犬どもが…私を前にふぬけた会話などして…なめおって!老いたりとはいえ、この青き破壊の光体を操る私を甘く見るなよォ!」


四人組の前で老婆は手に持った警備員の死体を壁へ放り投げ、未だ他愛の無い雑談を繰り返す黒い眼の四人組に襲い掛かった。


バアッッ!


「まずはそこの女からだぁッ!死ねぇぇぇぃッ!!」


老婆の手に浮かぶ青色の光体。ショウ少年の右腕の組織をズタズタに破壊し、警備員数人の命を奪い、触れただけで分厚い本棚を溶断、発破させる見えざる凶器。それはただ真っ直ぐに伸び、制服姿のカレンを捉えていた!


「!」

「カレン!危ねえっ!」


老婆の行動にいち早く気付いたリョウマとダイスケは、それぞれカレンを守るように老婆の前へと躍り出た。ダイスケが背中を向けてカレンを庇うと、リョウマはダイスケの前に出て、とっさに自分のブレザーの袖についたボタンの一つを捻り切り離すと、それを老婆に向けて投げた!


ドゴォォォォン!


一瞬、何が起きたのかわからなかった。ただ耳を(つんざ)く大きな爆発音とともに、辺りに広がる黒がかった灰色の爆煙と、燻る火薬のような硝煙の匂い。四人組の中の紅一点、カレンに襲い掛かったはずの老婆は、爆風によって図書室のコンクリートの壁まで吹き飛ばされ、力なく床にドタッと音をたてて倒れた。


ジリリリリリリッ!…シャアァァァッ…!


室内の広がる煙に反応した火災報知器がけたたましく鳴ると、図書室のスプリンクラーが消火のために水を扇情に放射して、自動的に煙を外へ吐き出す空調システムが動く。突然の放水に図書室に居る人間全てが濡れた。


「あわわっ!水!?てゆーかメイクが落ちちゃう!まじ、ありえないんですけどー!」

「ひっ、冷たっ…リョウマよぉ!もちっと軽めで良かったんじゃねーのか?」

「突然の事だったので、つい配合を間違えました…」

「やれやれ、気に入りの黒いコートが。これじゃ台無しだよ」


放射される水に顔のメイクが落ちるか心配なカレン、冷たい水をジャージにしみこませながら寒がるダイスケ、濡れながら下を向いて謝るリョウマ、両手をあげて黒いコートにかかる水をはたくトオル。


四人組は水に濡れはじめた図書室で、それぞれの声をあげた。


「ぐ…がぁ…ぬ…や、やってくれる…じゃ…ないか」


一方、壁に打ち付けられ倒れこんだ老婆のほうは、所々上物の着物が焼きただれ。無残に破れた布の隙間からは、老婆の赤黒い血が流れているのが見える。老婆の後ろの壁と倒れた床には、まるで削ったような後があった。


「…!」

「マジ!?てっ、てゆーか、リョウマの一撃受けて生きてる!?」

「婆さんの成りしてる割には、随分と頑丈な体のつくりだな」

「へえ、流石ブラックリストに載るくらいの物質破壊系能力者。吹き飛ぶ寸前に壁を弾いて直撃を防いだのね。よく頭の回る奴」


少なからず動揺するリョウマ、カレン、ダイスケの三人を前に、水に濡れた銀縁の眼鏡をクイッと動かして冷静な分析を述べるトオル。その黒い眼の狩人たちを前に、傷ついた体を立たせながら老婆は、不適な笑みを浮かべる。


「ヒッ…ヒッ…驚いたよ。ま、まさか物体変質(マテリアル・エクスチェンジ)系の能力者が狩人にいるとはねえ…。抑え目に使っていた私の力に気付く、精神感応(テレパシー)の使い手…それに空間移動者(テレポーター)まで居るとなりゃ、私は遠くへ逃げれるはずもないね…ヒッ…ヒッ…こうなれば、残された道は一つ…!」


バアッッ!!


「キャアアーッ!!」


老婆は窓側の壁に倒れていたアカネを見つけると、その場所まで一瞬で飛び、どす黒い血の流れる老いた細腕でアカネを拘束した。アカネは、首を絞められるように老婆に抱き抱えられると、眼前に見えるドス黒い流血と老婆に触れられた余りの恐怖で気絶してしまった。


「や、やめろ!先輩に何するんだ!」


アカネの近くに居たショウは、老婆に向かって飛び掛った。

しかし、ビュッ!と空を斬る音が聞こえると、ショウはその歩みを止めた。


「ヒッ、ヒッ…学生さぁん。う、動くとこの娘の命は無いよ。もし私の手が狂えば、この娘の美しい顔を一瞬にして破裂させることも可能なんだ。それは余りにも惨いだろう?」


老婆はアカネを拘束した細腕の反対の左手の掌で、青い破壊の光体を作り、アカネの美しい顔に近づけると、流血に滲んだ顔を引きつらせ、下卑た笑いを浮かべた。


「ヒッ…ヒッ…狩人!お前たちも、むやみに動くなよ。動けばこの娘を殺す!若い娘が『はちきれる』音は聞きたくあるまい?」


ぐるんとアカネを掴んだ手を反転させて、今度は四人組に見せ付ける老婆。


「チッ、やけっぱちの人質かよ!トオル!さっさとノワールなんとかで倒しちまえよ!」

「無理だ。黒眼の紋章が一度どこかにつけば、周囲1mは暗黒空間の海に吸い込まれる。標的はおろか、暗黒空間にあの娘も吸い込まれるぞ。不可抗力とは言え、俺達が意図的に能力者以外の殺人を犯すわけにはいかん」

「…ッ」


「ヒッヒッ…さ、さあ、そこをどくんだよ。狩人。道をあけるんだ…」


老婆に人質をとられ、何をすることも出来ない三人は、ただ要求どおりに道をあけるしか出来なかった。通り過ぎる老婆のニタリと笑った顔が、狩人たちの顔を憎悪に染める。


(…トオル、なんとかならねえのかよ)

(ここは、成り行きを見守るしかないね)

(ちくしょう、俺にテレポート以外に何か能力がありゃ…)


ダイスケとトオルは、老婆に気付かれないように独自の思念波で会話を続けた。

そこへ、リョウマの思念波が二人の頭に飛んでくる。


(…一か八か、僕が奴の懐に飛び込んで…奴を…)

(リョウマ君、危険な発想をするんじゃないよ。相手はブラックリストに載るほどの使い手だ。この思念波の会話さえ察知されているかもしれないのに、今むやみに飛び込んだら、人質ごと殺されるのがオチさ)

(……ッ)


その時、黙っていたカレンが思念波の会話に混ざる。


(あのー。必死に雑談してるところ悪いってゆーか。あの子、わりと全然大丈夫みたいですよ?なんか能力者ぽいし)


「「「え!?」」」


カレンの突然の思念波の内容に、思わず声をあげる三人。

そして次の瞬間、


ガララッ!ドッッ!ガッガッガッガッ!!


「うがっ!!!」


図書室の壁にあるロッカーが勢い良く開くと、そこに入っていた図書室で一番重く分厚い歴史辞書が数冊空中に躍り出て、老婆の死角の後頭部に降り注いだ。


「…このう!邪魔だ!」


バァンッ!


老婆は降り注ぐ数冊の本に、掌に浮かべた青い光体を当てて破壊していく。

それを見たトオルは、ダイスケに一筋の思念波を送る。ダイスケはトオルの顔を見て、思念波の狙いを理解すると、グッと足に力をいれて、五歩程度先にいる老婆に向かって、水溜りのできる床を強く蹴り、走り出した。


「頼むぞダイスケ!」

「おうよッ!」


パシャン、パシャンと水溜りを蹴り上げながら、老婆の眼前、一歩手前まで走り抜けると、ダイスケは手を伸ばし、少し濡れたアカネの肩をギュッと掴んだ。


ビュンッ!


「う!」


一瞬にしてアカネとダイスケの体が老婆の手を逃れ消える。襲い掛かる本を撃退するのに我を忘れていた老婆は、その状況に狼狽を隠せなかった。



「良かったぜ神様。こういう能力しか与えてくれなくて」



空間移動(テレポーテーション)。能力者、ダイスケに許された唯一の能力。

フッとダイスケの姿が空中に残像を残して浮かび上がると、トオルの後方、水に濡れた床にダイスケは、パシャンと軽やかな足音を立てて颯爽と着地した。老婆の細腕に抱えられ気絶していたアカネは、いつの間にかダイスケのたくましい腕に抱えられていた。


「フン、良いコントロールだダイスケ」

「だろぉ?これで晩飯の奢りは無しだぜトオル」


二人で交わした思念波、その予想通りに事が運び、いつもは褒めないトオルが自分の事を褒めた。それに、なんとなくムズ痒い物を心に感じたダイスケは、気絶したアカネを床にそっと置き、トオルたちにフフンと得意気な顔を見せる。


「どうせ次は失敗するだろうから、フランス料理はまた今度にするよダイスケ」

「あーあ、マジ残念。イベリコの生ハム、食べたかったのになーダイスケさん」

「…本場京懐石…」


「うっ…!お、お前ら!俺のテレポート一発大成功を、そんな人を呪うような目で見るな!わかった、わかったよ!今までのお詫びの意味で晩飯はおごるから、その目はやめろ!ただし俺の財布が悲鳴をあげない程度の晩飯な!わかったら、さっさとそいつを片付けてくれよ!」


「…和食」

「じゃあトオルさん。お願いしますー」

「言われるまでもないが、それじゃあやりますか」


まるで欠食児童のように餓えた瞳で晩御飯の奢りを要求する三人に、ダイスケは得意気な顔を、再び慌て顔に戻した。三人はそれを見て、それぞれフフッと口元を緩めて笑うと、今度は振り向いて、血を流す老婆に睨みを利かせた。


「さて…お婆さん。いや、罪深き能力者。そろそろ消えてもらおうか」


ズリッ…


「く、くそ!その娘も潜在能力者だったとは…!くそ!くそうーッ!!」


トオルの声に音を立てて後ずさる老婆。



老婆は知っていたのだ、眼前に立つ黒い眼を輝かしたトオルという男の能力を。

ブラックリストに載った自分達能力者の中でも一際上の存在。銀髪で黒いロングコートを駆る始末屋、三杉トオル。眼の紋章が指定した空間に暗黒空間を作り、圧縮と縮退を繰り返し能力者を空間ごと消滅させる、空間消滅(ディラック)の能力者。



闇夜の黒眼(ノワール・ド・フィナーレ)!!」



老婆は、なす術も無く闇に吸い込まれて消滅した。

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