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第一話『イブニング』



「あー!女の子にモテたい!」


 今日も今日とて空に響く、青春に猛る一声。

夕焼け空に映える白と灰色のコンクリート、誰も居なくなった校舎の屋上で、少年は床に寝転びながら一人寂しく空に叫んだ。


「世界には、こんなに多くの女子がいるのに何で俺だけモテないんだーっ!」


 すすぼけた黒い学生服(ガクラン)を着た少年は、叫ぶや否や肩にかけていた学校指定の(カバン)を放り投げる。校章を縫いこんだ金色の刺繍と、やや全体が黒がかった濃い紫色の鞄は少年の頭上を飛んだ。


バサッ、バサバサッ!


「うわっ!」


次の瞬間、少年を眼を閉じて、とっさに手を十字に組んで身構えた。頭上には思わぬ落下物が、音をたてて少年に襲い掛かる。数字と漢字が並んだ背表紙、無差別に開かれた紙のページには、授業中の暇を持て余した少年だけの学問の痕跡(こんせき)があった。


 過去の偉い文豪たちの写真にボールペンやシャーペンでヒゲを生やし顔面を塗りつぶした現代国語、めくるごとに違うパラパラ漫画が描いてある古典、まっさらな新品同様の数学、♂と♀の記号だけがひしめく生物、大層な先生達の理論の横に噴出しの書かれた科学、思春期の淡い幻想を含んだ薄桃色のアルファベットが並べられた英語、卑猥な言葉だけ緑の蛍光ペンで二重丸された英和辞書、裸婦像の所だけ枝折(しおり)のついた美術。大小様々な形で襲い掛かる教科書と、A4サイズの大学ノート数冊。


「く、くそー!なんだってんだよ!女にモテない俺に使われるのがそんなに嫌かよ!」


 落下した教科書と鞄は、少年の頭上から腕にあたり床へと散らばった。少年は向き質な道具たちに対して何度も力をいれた拳で殴り、怒りをぶつけた。床に置かれた無抵抗な教科書たちがガスッ!ガスッ!と音をたてる。衝撃によって次第に(ひしゃ)げる教科書を見て、少年は悟った。その無意味さを。


「空しい!なんて空しいことをしてるんだ俺は!」


拉げ、辺りにぶちまけられた教科書を拾う事もなく、再びドサッと大の字に寝転ぶ少年は、夕焼けの光に輝く、深い黒色の眼の目蓋(まぶた)を閉じると、自分だけの放課後のひと時の休息を満喫しようと思った。


「…ファイト!自己記録まであと5秒よ!」

「…おらおらー!地区予選まで日がないぞ!走れー」

「…じゃあ次、スマッシュの練習だ。いいね?やるよ」

「…アハハ…キャハハハ…」


放課後の校舎を彩る声、運動部たちが一所懸命に力いっぱいの青春を謳歌(おうか)する声。せっかく静寂を手にいれようと夕焼けの屋上で不貞寝を満喫する少年の耳には、それは(いささ)か耳障りなものだった。少年は屋上の柵から校庭を見下ろして言葉小さく、恨み節を浴びせた。


「くそー運動部どもがー、帰宅部の俺を馬鹿にしてんのか?試合?新記録?お友達同士の楽しい部活?馬鹿が!あっ、あんなふうに気安く女の子に触ってイヤらしい!コーチだからって何でもやっていいのかよ!女子のほうも満更(まんざら)じゃなさそうに嬉しそうに笑っちゃってさ!」


オレンジ色に染まった広い校庭には、砂の敷き詰められた大地に陸上用具が並べられ、赤いコーンがいくつかと、石灰の入ったライン引きによって200m程度の白い線が曲線、直線のトラックを作り、しなやかな若さの溢れる男女が声を張って走り、飛ぶ。その横に見えるのは、柵に囲われた四角い青春の長方形。ニヒルな男性コーチに青春の汗を流すテニス部の男女の声。


「う、羨ましい…羨ましすぎる!ああっ、やるがいいさ!女子と男子で仲良しこよし!キャハハウフフと笑って、汗を流して青春をな!せ、青春ってなんだ!青い春ってなんだ!俺の心は海よりもダークで、空のようにセルリアンブルーだ!」


口に出すのは空しい、でも羨ましい、憎たらしい。

少年は青春の影に沈む自らの(たぎ)りを叫んだ。


だが、空しいのもこの時だけ。少年は授業が終われば真っ先に帰宅する帰宅部のくせに何故今、夕焼けの見える校舎の屋上で耳障りな声を聞きながら一人沈む時間を送っているのか?答えは簡単だった。そう、彼も青春の1ページを迎えようとしていたのだ。


「よし!時間だ!今日こそ先輩にOKをもらうぞ!」


少年は時計を確認するとヒョイヒョイと鞄と教科書を拾い上げ校舎を走り抜けた。

目指すは校舎3階の左隅にある図書室。オレンジライトをバックに「危険!廊下を走らない!」と書かれた壁紙など、青春に滾る少年の黒い眼に見えるはずもなく、ただ息も絶え絶えになるほど階段と廊下を全力疾走する。勉学に励む事もなく、部活に汗を流す事もない少年の溜まりに溜まった思春期のエネルギーが、ここで爆発する。いつもは100m20秒台の鈍足な少年が、この時だけは100m12秒台の俊足を見せるのだ。その先に待つものは青春。全ての本の貸し出しが終わり、図書委員達が帰るその瞬間を、少年は毎日のごとく狙っていたのだ。


「はぁ…はぁっ…ぜぇ…ぜぇーッ」


図書室の扉の前についた。一つを除いて空になった下駄箱を見るに、もう他の委員達は帰った後のようだ。だが、これも少年の狙い通り。そう、少年の狙いは最後に残った一人の女子委員。誰も居なくなった所を見計らう、この計画のために何度も図書室に見学に行き、本も読まずにただ時計を見て帰った。誰かが居るところでは恥ずかしくて言えない、少年の心は、いかにも愚かな狡猾(こうかつ)さというか、若さゆえの無駄な労力というか…しかし暗い青春の滾りは、それすらも霞ませるのだった。


ガラガラ…


図書室の扉が開くと、少年は胸の高鳴りを抑え切れなかった。


「せ、先輩!反町アカネ先輩!お疲れ様です!」


「ッ!?まっ、またあなたなの…?」


ガラス窓を突き抜ける夕日に照らされながら、扉の鍵を持った制服姿の少女が一人。白雪のような透き通った肌色、鋭角と鈍角のバランスが見事な輪郭(りんかく)、プックリと桃色に膨らんだ唇、欧米人を思わせる高い鼻、大きい目と輝く黒い眼、整った美顔の後ろになびくのは、滑らかな黒毛のポニーテール。


「ゴクリ…」


少年の生唾が音をたてて喉を通る。間近に、遠目に何度も覗いていた、余りにも魅力的な少女の容姿。数学嫌いな少年の緻密な計算式によって出された背丈は、少年と同じか、それよりも高い161cm。気になる3サイズは、形のいいBカップのバスト79、絞まったウエスト55、発育のいいヒップは80。


「二年の…井沢君だっけ?もうやめてくれないかな?こういうの」


優しい眼差しと柔らかな口調で言う、学年一個上の中学三年生の少女。反町アカネ15歳。図書委員の委員長を務めており、学業も優秀で品行方正も素晴らしい学生の(カガミ)と言える優等生。オレンジ色に染まる制服姿の彼女は、少年の憧れの女性であった。


「アカネ先輩!俺の名前…覚えてくれたんですね!」

「それはまあ一週間も同じ事を繰り返されたらね…」

「アカネ先輩…いや、アカネさん!すっ、好きですっ…!付き合ってください!」


もぞもぞと顔を赤らめながら、必死に思いを伝える少年。黒い短髪に、黒い眼の、黒いガクラン姿の少年。中学二年、井沢ショウ14歳。女子にモテない運動できない勉強できないの三無しであり、ストーカー気質で夢見がちなことで有名な彼は、言わずもがな童貞である。


「う〜ん。気持ちは嬉しいんだけど、答えはいつもと同じだよ?わかってるよね」

「この思い伝わるまで何度でもやります!さあ答えてください!」

「もー。キミもしつこいなー。じゃあ断固として、この告白はお断りします!」

「ガーンッッ・・・!!」


今週月曜日から数えて思春期のショウ少年、実に五度目の敗北であった。

淡いショウ少年の膨らむ妄想や期待に対して、余りにも残酷なアカネの返答。これには猛烈なアタックを繰り返した、流石のショウ少年の心も音を立てて崩壊する…


「…ど、土曜日も図書委員はあるんですよね!また明日来ます!」


そんなわけがなかった。

ショウ少年は、憧れのアカネに「名前を覚えられた」という事に心打ち震え、心の中でガッツポーズを何度も浮かべ、ニヤケ顔で夕焼けに映える校舎を後にした。

井沢ショウ。またの名を何度踏みつけられても蘇る『雑草のショウ』。


「ふう…明日も大変そうね…」


アカネはショウの態度にあきれながら帰路についた。


――――――――


「グッド!非常にグッドでナイスだよ井沢ショウ!アカネ先輩に名前を覚えてもらえるなんて!うおおっ、ベリーナイスだぜぇ!うおおおッッ!明日は土曜日で休みだが!これは何てハイクオリティな週末なんだーッ!」


 夕焼け空に染まる通行人の居ない帰り道を、ショウは何度も鼻を伸ばし、目を閉じ、グッ!グッ!と打ち震えた体を抱えて握り拳をつくって、ガスッ!ガスッ!と鞄に当てる。


「それに日曜がある!もし土曜日にアカネ先輩がOKを出してくれたら、先輩を誘って水道橋の遊園地へ行こう、チケットはもうとってあるんだ。あの可愛らしいアカネ先輩が俺と一緒にバイキングに乗って、コーヒーカップに乗って、ジェットコースターに乗って、ホラーハウスで怖がる先輩の手を繋いだり、腕組んじゃったり、ああ!このっ!このっ!これぞ・・・これぞ青春だっ!考えただけで頭がパンクしそうだっ!」


ショウの妄想は止まらない。どう考えてもアカネは脈なしの態度を示しているのに、彼はその態度すら、ときめく期待への妄想に変えていった。


「あーっ!人生って最高だーっ!」


両手を空にむけて大きく広げて、少年ショウが道のど真ん中で叫ぶ。

コンクリートブロックが積み上げられ、植えられた木々たちが住宅地に生える中、ショウのテンションは沈む夕日とは逆に最高潮に上り詰めるのであった。


「もし…そこの学生さん」


そんなショウを呼び止める声が一つ。


「えっ・・・?なんですか」

「ちょっと道を教えてくれませんかね?」

「ええ!いいですよ!今は最高の気分ですから!」


ショウの前に現れたのは、見た目からして六十歳を超えたシワシワの老婆。穏やかな表情と、落ち着いた物腰。老婆は人に好かれそうな笑顔を浮かべながら、ショウに寄って来た。気分の良かったショウは元気よく、道を訪ねる老婆の質問に答えた。


「はぁ、ありがとうございます。なんと親切な学生さんだろう」

「いえいえ、お婆さん!困った時は助けるもんです!」

「何か、お礼をしてやらないとねぇ・・・」

「いえいえ!いいんですよ!」


ショウは、何度も感謝する老婆に気分を良くした。元々ボランティア精神などなく、ろくに感謝されたこともないショウにとって、この老婆の感謝は、アカネへの期待と相まって、非常に嬉しい物であった。


「どうか、どうかお礼を受け取ってください」

「お婆さん!お気持ちだけで結構ですよ!あっはっは!」


高らかに笑うショウ。

だが次の瞬間、老婆はショウの手を握ると穏やかな表情を一変させ、ニヤリと不気味に微笑んだ。


「ヒッヒッ…いやぁ学生さん、それじゃあ私の気がすまない…」


老婆の目がギラリと光った。


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