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第十三話『ノットイーブンアフェクション』

 灼熱の召使サーペントロイとの激闘の後。

 海風の止まった闘技場コロッセオと呼ばれた倉庫街の裏手では、精神力の多大な消耗に昏倒するアカネと、同じく戦いの反動で気絶していたダイスケを、必死に介抱するカレンの姿があった。


(ってゆーか、ありえない二人とも。精神も肉体も、短時間でこれだけ消耗するなんて。こりゃ本気でやらないと、マジでヤバイかもね)


 眼を瞑り、思念を集中し、両の手をダイスケとアカネの胸に置きながら、カレンは残っている自分の精神力を二人へ割譲してゆく。意識を失うほど疲弊した彼らの精神力を、唯一回復することが出来るヒーリングの能力を持つ彼女が、己の精神力の殆どを、二人に注ぎ込んでいるのだ。


(や、やばっ…今、一瞬、くらっとした)


 危険から一目散に逃げようとした自分を、体を張って守ってくれたダイスケとアカネ。

 ただの同僚、顔見知りの仕事仲間。そんな一定以上の距離になれない、冷たい関係だと思っていた、自分を命がけで守ってくれた仲間たち。


(でも、やるだけやってみなくちゃね。べ、別に頼んでないけど…皆、私を守ってくれたから。私を、私を守ろうとしてくれた大切な…てっ、な、何いっちゃってるんだろ私)


 ごく僅かな時間に、彼女の中に刷り込まれていた、仲間という言葉。

 彼女の心に留めておくには重く、彼女が意識するのを煩わしがっていたものが、今、皮肉にもカレンという人間を動かしている。ガラにもなく真面目に、ガラにもなく真剣に、他人を救うことに必死になる。


(…でも二人を…私がここで見捨てちゃ、だめなのよ!)


 カレンの心の中の解放。

 そしてそれが共鳴するように送り込む思念波の波を強大にしてゆく。命を救われたという思いが、彼らを助けたいと思う願いが、自分だけが助かりたいと思っていた彼女の心を少しずつ変えてゆく。


「…っ」


 そんな彼女の思いが通じたのか。

 死んだように気絶していたダイスケが、やや苦しそうな表情を眉に描きながら、意識を取り戻す。朦朧とする意識を徐々に回復させ、微かに視界を広げると、そこには「ガラじゃない」カレンの献身的な姿があった。そんなカレンに、自分の意識の復帰を伝えようと、声をかけようと思ったダイスケだったが、まだ全身が痺れるように重かったのもあり、微かな声をあげることも、微かな動きを示す事も出来なかった。

 しかし、ダイスケは次第に確かに見えてくる光景に、思わず口元を緩ませた。


(へえ、あのカレンが…へっ、こりゃあいいもん見せてもらったぜ)


 ダイスケが、口元をニヤケさせながら、薄目で覗いていた世界。そう、カレンは目の前の二人に精神力を注ぎ込む事だけに思念を集中させていたため、些細な動き、そのダイスケの微かな思念波の乱れには気付かなかったのだ。


「結構いいとこあるじゃねえか。カレンちゃんよ」

「えっ」

「けっ…この天下のダイスケさんとしたことが、流石に伸びちまってたか…面目ねえ。ったく、いい大人が、だらしねえ話だぜ」

「よ、良かった。ダイスケ、さん」

「おめえのおかげだぜ。カレン…って」


 無我夢中で二人の介抱を続けていたカレンだったが、意識の目覚めたダイスケの…彼の声を聞いて、思わず張り詰めた精神の緊張を解く。自分に残る精神力を注ぎ続けた彼女の体は、すでに自らの意思でとどまる事が出来ないほど疲労し、起き上がったばかりのダイスケの胸元へ、ただ力なく無意識に倒れこむ。


「おっ! おい! か、カレン!? だ、大丈夫か! おい!」


 倒れこんでくるカレンの細い体を抱きかかえるダイスケに委ねられた、カレンの余りにも細く、軽い肉体。そこから感じられる、血の気が引いたような体の冷たさ。顔を見れば、開くのを止めた眼が、苦しそうにジリジリと眉を動かし。筋力の抜けた肩が、ズッシリと重くダイスケの腕の中に沈む。


「おい、眼を開けろよカレン! なあ、起きてくれよカレン!」


 引っ張られる重力に身を任せるように、弱々しく倒れかかるカレンを見て、慌てて強く抱きかかえたダイスケは、彼女の急な異変に思わず彼女の肩と腕を掴み、アカネの時と同じように声を荒げた。

 倉庫街に響く彼の声は、その心配に比例するように、大きかった。


「起きろよ! カレン! 助けてくれて死ぬなんて、ガラにもなくカッコつけた事してんじゃねえよ!」


 カレンの細い体を揺さぶりながら、ダイスケが夜空に向かって大声をあげた。

 だが、それと同時に、違和感を感じさせる音がダイスケの耳に聞こえてきた。


「…クスクス」


 カレンの体を抱えるダイスケの耳に、篭る音で小さく聞こえた笑い声。

 人を騙す小悪魔のような、高音の微笑。その声の主は、ダイスケの腕の中に抱えられた、一人の少女のものだった。


「へぇ〜、アカネちゃんじゃなくても、一応心配してくれるんだ。ダイスケさんは」

「カレン! お、お前意識が…」

「あーやだやだ。ってゆーか恥ずかしくて、ちょっと冗談でやった、こっちが聞いてられないよ。いつも思うけどダイスケさんは、いつも暑苦しいっていうかー。それだからそんな歳になっても女の子にモテないんだよ」

「わ、わざとかよ…」

「私があれくらいで、まいるわけないじゃん」

「誰だって仲間が目の前で倒れ掛かってきたら、心配するだろうが!」

「ってゆーか、正直うざいんだよねそういうの。じゃあさ、ほんとに私が今死んでたら、どうするつもりだったの? 結局ダイスケさんの後悔なんて口ばっかじゃん」

「…そ、それは」


 互いに顔一つ分の距離を保ちながら、ダイスケにやや高圧的な言葉を放つカレン。言い切る彼女の本当の心はどうであれ、確かに危機に巻き込ませたダイスケにとっては、耳の痛い話だった。視線をそらし、少し落ち込んだ様子で、苦々しさに奥歯を噛む顔は、抱きかかえられたカレンにも見えた。


「ってゆーか、もう大丈夫だから、手を離してよ」

「あ、ああ…すまん」


 落ち込み顔のダイスケに、カレンが一言放つ。

 機嫌の悪そうなカレンの視線が、彼女の体を支えるダイスケの手に向けられる。それに気付いたダイスケは、いかにもバツが悪そうな了承の声をあげながら、抱きとめていたカレンの腕と肩を離した。


「お、おい大丈夫か」


 ダイスケが、立とうとするカレンに手を貸そうとする。


「もう子どもじゃないんだから、一人で立てるわよ」


 だが、カレンは思いきりその手を払う。

 邪険、というより嫌悪に近い形で手を払われた事に、また苦い顔を浮かべるダイスケ。カレンは服にかかった塵やホコリに視線を移しながら、ぷいと体の向きを変え、ダイスケから背けた。


(私だって…私だって…)


 穏やかな波止場の海風が再び吹き始め、薄化粧のカレンの顔を冷たくなでる。

 普段なら性別的、能力的にいっても、守られること、助けられることが当然だと思っていた彼女が、初めてダイスケの助けを受けず、消耗した体に踏ん張りを利かせ、自力で立とうとする。


(一人で、大丈夫なんだから…)


 意思ではない、どちらかといえば、これは意地だ。

 無意識の中に芽生えていた彼女の独立意識が、一人で立つ事を選ばせたのだ。

 カレンは、ゆっくりと地に手をつくと、自力で立ち上がろうとした。


「あ…」


 が、しかし。

 二人のために精神力を消耗したカレンが、そう易々と立てるはずが無かった。


「おい! カレン!」


 まるで吊るした糸が切れた人形が、力なく、その場に崩れるように、立とうとしたカレンの体は、海風に煽られるようにバランスを崩す。

 それを見たダイスケが、すかさず倒れこむカレンを抱きかかえた。

 生きてはいるが、抱きかかえられたカレンの眉や口元は苦しみに歪み、感じる精神力は、驚くほど衰弱していた。

 ダイスケは、また不機嫌な顔をされるんじゃないか、と思いながらも、声をかけずにはいられなかった。二度三度、体を揺さぶり、必死に声をかけながら反応を見る。


「…まーた、騙された」


 抱きかかえられたカレンの意識は、確かにあった。

 苦しみに満ちた表情を浮かべながらも、その薄目でダイスケの心配そうな顔を見て、無理してハニカミながら言った言葉は、彼女なりの気遣い、大人への背伸びの感情だったのかもしれない。


「へっ、嘘つくんじゃねえよ」


 カレンのつくった様な表情の意味。彼女らしくない、大人への気遣い。

 それを感じ取ったダイスケは、全てを察した。

 そして、己の手に抱きかかえたカレンに、今度は視線をずらすことなく、優しく声をかける。


「意地なんて張らなくてもわかってるぜ。お前が、いつも頑張ってることぐらい」

「…って、てゆーか…今さら? 気付くの遅いんですけど」

「わりいな。しっかし、自力で立てないぐらい心削りやがって。…ったく、いつも人間関係サバサバしてるお前らしくねえな。何カッコつけてやがんだよ」

「…私だって、たまにはダイスケさんみたいに、格好つけても良いじゃん」


 ダイスケの優しい口調に続いて帰ってくるのは、総じて彼女らしくない、カレンの…何処にでも居る、等身大の女子高生の素直な声だった。


「他人の物真似なんてのは、能のねえ大人のやることだぜ。お前はお前のままでいろよ。それに、そんな真っ青な顔してちゃ、騙せるもんも、騙せないぜ」

「…ちぇっ、精一杯頑張ったふりして強がってるんだから…、だ…騙されてよね」

「やれやれ、そう何度も引っかかるのは癪だが、他ならぬカレンちゃんのためだ。仕方ねえ、騙されてやるかー」

「…ありがとうなんて言わないからね」

「んなこと、わかってらぁ。だけどあんまり、このダイスケさんを心配させるなよ」

「…そう思うなら、もう二度と、私に、こ…こういう事させないでくれるかなぁ?」

「はいはい、わかったわかった。二度とさせねえよ」

「じゃ、じゃあ…約束ついでに、私のワガママ聞いてくれる?」

「なんだ?」


 カレンは一呼吸置くと、つくったハニカミ顔を解いて、こう言った。


「…もう少し、…このままでいさせてよ」

「ちっ、仕方ねえな…」


 「大丈夫」と意思表示するように、言葉の後にダイスケの腕を強く掴みながら、強がり続けたカレンの、初めての本音だった。

 仲間意識を嫌い、他人に必要以上干渉しないこと、そして強がることで自分を作り出してきたカレンという少女は、ダイスケの腕の中で意識を失った。


 穏やかな海風が、黒い眼の狩人たちの背を通り過ぎてゆく。



―――――


 数分後。

 意識を取り戻したカレンは、アカネを負ぶさったダイスケと供に、瓦礫で埋まったコロッセオを去り、トオル達の待つ倉庫へと向かっていた。


「すまねえなカレン。本当ならアカネちゃんの回復も待って、もう少し休ませたいところなんだが」

「あーあ、ほんと。こんなか弱い女の子たちを危機に晒しといて、大の男が情けないってゆーか」

「ひでえ事言うなよ。俺が奴をあそこで奴を仕留められなきゃ、きっとお前もやられてたぜ」

「ってゆーか、関係ないしー。私は二人置いて逃げるつもりでしたからー」


 冷たい海風が建物の合間を縫うように吹く倉庫街に、ダイスケとカレン、二人のいつもの調子が聞こえてくる。言い慣れた悪態、聞きなれた言い訳、あれだけ心が素直になった数分前が嘘のように、いつも通りの感覚が二人を包む。

 だがそれも、今の二人にとっては都合の良い照れ隠しだった。


「おいおい、今のは俺の聞き間違いかぁ? 誰かが思念波で俺に『助けて』って叫んでたのが聞こえたんだがなぁ」

「え!? そ、そんなわけないじゃん」

「まっ、カレンだって女の子だもんな。怖けりゃ怖いって本音もでるって話だ」

「ダイスケさん! わ、私そんなこと言ってないって!」

「なあにそんな顔して心配すんな、誰にもバラしゃしねえよ。俺も男だ。ここだけの二人の秘密にしておいてやるよ」

「って、ってゆーかダイスケさんの聞き間違いだし。そう! あれよあれ、緊急時における幻聴ってやつ!」

「はいはい。そうですかっと」


 恥ずかしいのか、頬を少し赤らめながら、確かに言った事実に対して強く否定するカレン。

 それに突っかかりながらも、笑みを浮かべ、事実を受け流そうとするダイスケ。

 全ては戻りつつある、いつものように。


「ってゆーか、今思い出したんだけど。そういえばダイスケさんも、私やアカネちゃんに恥ずかしい事ばっか言ってくれたよねー」

「すいません。誰にもカレンさんの話はしませんから、言わないでください」

「どーしよーかなー、ってゆーか私、欲しい服あるんだけどー」

「ぐぐぐ…足元みやがって。ああ! ここから無事帰れたら買ってやるよ! いくらでもな!」

「冗談。ダイスケさんのお財布じゃ、一着買うのも、ちょっと厳しいからね」

「カレンお前!」


 動物のじゃれ合いにも似た、そのダイスケとの何気ない会話。

 その中に、本当に大事なものがある事を、まだカレンは気付いていなかった。

 強がりを受け止めてくれる相手、そして冗談を互いに言い合う仲間意識の強さ。

 それが、自分の想像以上に膨れ上がっている事を。


「そういやトオルに連絡は?」

「え、あっ」


 いつもの状況に安心しきっていたカレンは、ダイスケの言葉を聞いて思わず焦りとも驚きともとれる、突飛な声をあげた。

 そういえば、話すのに夢中で、別ルートから進入する手はずになっているトオル達に定期的に入れる連絡を怠っていた。慌てて精神感応の能力を展開し、あたりに思念波を飛ばせる環境を整えると、トオル達の居るだろうと思う場所へ飛ばすカレン。


 だが、カレンの飛ばした思念波は、カレンの目の前で、すぐさま消えた。

 いや、送り出した途端、かき消されたのだ。


「えっ…これって」

「どうしたカレン。トオル達に何かあったか?」

「ってゆーか…感応障壁サイコジャミング!?」

「何だって!? どういうことだカレン!」


 カレンは、向かう先にある薄暗い倉庫のほうを指差しながら呟いた。


「あの倉庫を中心として、この倉庫街一帯に、どんな思念波も、振動も、音も通さない…強力な感応障壁が出てるみたい。至近距離…相当近寄れば届くかもしれないけど、ここからじゃまったく意味ないよ」

「おいおい感応障壁だって!? ってことは、敵さんにも強力な精神感応の能力者が居るってことかよ…」

「こんな広域に、こんなに強力な感応障壁を敷き続けるなんて、少なくとも私と同じくらいのエキスパートかもね…」

「まてよ、ってことは、もしかするとトオル達の方にも奴等の手が回ってるって事かよ!」

「わかんない…けど。さっきの男とあれだけ激しい戦闘をしたのに、あのトオルさんがそれに気付かないはずないよ」

「ちっ、こりゃ厄介な事になりそうだぜ。急ぐぜカレン!」

「ちょ、ちょっと待ってよダイスケさん! 置いていかないでよ!」


 心に嫌な物を感じながら、アカネを背負う手に力を入れ、ダイスケは足を速める。

 彼の舌打ちと行動が、背を追いかけるカレンの不安を煽り、思わず不安げな声を心に響かせた。

 その足音も、不安の声も、目指す倉庫から敷かれた、思念波と音の振動を遮る強力な感応障壁により、かき消されてゆく。暗闇に立ち並ぶ倉庫の壁を、反響させることもなく消えてゆく、自分達がそこに居るという鼓動の消失は、急ぐ二人の心を、ただ不安に陥れるのだった。


 波止場に打ち付ける、音の聞こえなくなった波が高くなる。

 辺りは、塩の香りと供に、再び強烈な海風が吹き始めた。



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