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第十話『インサイドゲーム』

三つの影が貨物エリアの通路を走る。

トオル、ショウ、リョウマ。黒い眼の狩人たちが駆ける。

均等に配置された倉庫、雑然と並ぶコンテナ。闇の帳が完全に降り、波打ち際の音を耳に聞きながら、肩で風を切り、監視カメラと、それに付随した小さなライトが点々と均等に通路を照らす。コンテナという通路に作られた長くとも短い200m程度の曲がり道を全速力で駆けていくショウ達。


「はっ…!はっ…!」


目の前を行くトオルとリョウマに追いつこうと、ショウは酸素を取り込みながら、少しずつ速度を上げていく。だが一行に追いつけない。


「…ウスノロ」

「なーにやってんの。置いてくよショウ君!」


同じ距離、同じ道を走っているのにも関わらず、流石に場慣れしているトオルやリョウマは、走る速度も速く、またその足音もガツンガツンと音をたてて走るショウとは対照的に、気取られる心配が無いほど小さい。と、いうより音が出ていない。


「はぁっ…何で二人ともあんなに速いんだ・・!?ま、待ってくださいよ」


ショウは目線の先から消えかかる二人の後ろ姿を見て焦った。

空けられた距離は、目測だがほぼ15mを超えている。速い。速過ぎる。

辛い訓練をしてきたショウと彼らでは、これほどに体力の差があったのか?


「まったく世話のかかる問題児だね。リョウマ君。少しスピード落とそうか」

「…あんな奴…どうせ差し支えないです…置いていきましょうよ…トオルさん」

「そうは言っても、まだ新人じゃない。暖かい目で見守ってやらないと」

「…トオルさんは甘いです」


ニ、三会話をすると、トオルとリョウマのスピードが緩む。

全速力で走るショウが自分達の姿を見失わない程度のギリギリのスピードに落ち着かせると、やっとショウの姿が二人の目にも鮮明に見えてきた。


「二人がスピードを緩めてくれた…?ま、待ってくださいよトオルさん!」


白色のコンクリートの大地に、懸命にバタバタと足を叩きつけているショウが、まったく追いつけなかった二人の姿を確認する。フフンとチラッとこちらを見て微笑むトオル。若干不服そうな表情を見せるリョウマ。


この数ヶ月、顔を付き合せてきた二人を見てショウの脳裏に辛い訓練の日々が浮かぶ。だが、同時にショウは思い出した。最初にトオルから説明された『超能力者とはいえ、運動能力は普通の人間と一緒』だということを。


不思議に思ったショウは考えた。


(…俺の全速力がどんなに遅くても、息も切らさないでこんなに距離を離して、歩けば音が出そうな黒塗りの革靴と銀色の止め具のついたブーツを履いている二人の足音が聞こえないことはまずありえない。ということは…!能力!)


思考に結論を出したショウは次に観察した。

置いていかれないように足を激しく動かし走りながら、足音も立てずに素早く前進する二人の後姿を、その下の足元を、夜の帳に光る小さな照明を頼りに、よく眼を凝らして見た。


「あ…」


不思議と思えば小さな事も見逃さない、人間顕微鏡クラスの観察力を持つショウの観察の結果。ショウは二人の足元の異変に気付いて大きく声をあげた。


「ず、ズルイっすよ二人とも!空中浮遊能力レビテーション使うなんて!」


前を進む二人の足底は、地上から数cm程浮いていた。

トオル達は、集中させた自分の精神力と思念波一つで、囲う大気と体の一部を連動させて、一定の浮力を発生させ、肉体を縛る重力を開放する空中浮遊能力レビテーションを応用し、自由自在に速度と進行方向を操っていたのだ。


空中浮遊能力レビテーション

この能力を既存の文明で判り易く説明するなら、自動車が近いだろう。能力者の精神力が、原動機であるエンジンと燃料となるガソリンの役割。脳を介して出される思念波が前進、後退、速度域の制御をする変速機トランスミッション兼、加速装置スロットル兼、制動拘束装置ブレーキの役割。浮力は車体を動かすタイヤ兼推進力の役割。思念波によって出来た極大極少、前後部に発生する浮力を操作する両腕、足のつま先やかかとなどが推進方向の制御をする操舵装置ステアリング…つまりハンドルの役割。


そんな能力を使っていたトオルは、必死に走るショウを後ろで感じながら、ニヤニヤと笑いながら言った。


「ズルイ?君も使えばいいじゃない。空中浮遊レビテーション

「もー勘弁してくださいよ!俺が使えないのトオルさんも知ってるでしょ!」


ショウが二人に追いつけないのには、もう一つの理由があった。

この数ヶ月間、ショウは訓練の中でこの空中浮遊の能力を会得しようとしたが、一回も成功することは無かった。勉強嫌いな彼が、一つの事に集中することなど難しく。精神的なレベルでも低すぎる能力値では、空中浮遊能力など使える見込みがなかった。


「ふふ、ショウ君。君が真面目に訓練をやらないから悪いのさ」

「…努力不足!集中力不足!」

「相変わらず厳しいねえリョウマ君。おっと、そろそろ倉庫だ。着くまでにせいぜいバテないでくれよショウ君」


くるりと顔をショウに向けて、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といった面持ちで答えるトオルとリョウマ。進行速度は変わらず早く。体を反転させながら、ずっと通路を進み続けている。


「ま、待ってくださーい!おいてかないでー!」


銀色に輝く思念変換銃サイコランチャーを左手に抱えながら、悔しくも己の足で駆けることしか出来ないショウは、全速力でトオル、リョウマの後姿を追った。


―――――――――――


一方その頃ダイスケ達は、カレンの指定した倉庫の裏側へと繋がる通路を進んでいた。


「裏道って言うには、ちぃっとばかし狭くねえか?カレンちゃんよ」

「ってゆーかダイスケさんがデカすぎるんじゃなーい?」

「本当にここを行くんですか・・?」


ダイスケ達が進む道。倉庫の裏手に繋がる道は予想以上に険しかった。

標的がいると思われる倉庫は、貨物エリアの中でも最も海沿いにある倉庫で、運搬用に作った表通路から行くには容易かったが、裏通路は一週間前に沖合いで打ち上げられた貿易船が、海にばら撒いた廃棄処分手前のコンテナや、壊れた機材が雑前と放置されており、まるでバリケードのように三人の行く手を塞いでいた。


「いてっ!この鉄骨めー!俺の高身長に恨みでもあんのかっての!」

「…潮と鉄の混ざった匂い…吐きそうだわ…」

「うっわー。ってゆーか、なにこの汚いの。マジありえねーって感じ」


ダイスケは大きな鉄骨が邪魔だと言わんばかりに背を丸めて先頭をきって移動し、アカネは思念変換銃サイコランチャーを手に持ちながら機材をどけながら進み、カレンは服につく汚れを気にしながら、敷き詰められた太いパイプをまたいでいく。夜風の運ぶ潮と、鉄の錆びた匂いのする狭い隙間の空間を、三人は通っていくしかなかった。


「おっ、エリアをぬけたみたいだぜ。やれやれ、やっとまともな道のご登場ってか」

「ここは…?」

「ってゆーか、この服マジ高かったんですけどー。これは福利厚生利くかなー」


バリケードのような廃物エリアを抜けた三人は、倉庫の裏手、貨物エリアの海側へと侵入する。ゆるやかな斜面に補整されたスリップ避けのついたデコボコのコンクリート。等間隔で並べられたライト、倉庫へと延びる白線。一見なんの変哲も無い貨物エリアの一区域だったが、そこにはなぜか異質な雰囲気が漂っていた。小荷物を運ぶフォークリフトが無残に転倒し、鉄製、木製のパレットと呼ばれる巨大な『すのこ』のような物が乱雑に放置され、強固なコンテナが倉庫の裏口を塞ぎ、周囲に円状に並べられ、ダイスケ達を囲んでいた。


意図的に壁になるように並べられたコンテナの囲い。

まるで逃げ場の無い中世の闘技場コロッセオに似た、異質な雰囲気。

その異質な雰囲気を最初に感じ取ったのはアカネだった。


「ダイスケさん…不自然だと思いませんか。このコンテナの配置…」

「おいおいルーキーのアカネちゃん。そりゃどういう意味だよ?」


アカネは何となく不安を感じた。

何故だか理由はわからない。だが自分達を飲み込んでしまうような迫る巨大な危機感を、その時、心の中で予知していたのだ。


「や、やばいよ皆…」


そして、もう一人。その異質な危機を感じる者が居た。

小笠原カレン。精神感応のエキスパートは気付いたのだ。

闇の中に蠢く巨大な力の影…紛れ、隠れ、増幅を繰り返す能力への反応を。

カレンは思わず声をあげた。


「や、やばっ!皆、どうやら待ち伏せぽいよ!」

「えっ!?」

「何ぃ?どういうことだカレン!」


ブワァァァァッッッ!


カレンが瞬間的に思念波を送った直後、闇夜の隙間から、唐突に飛び込んでくる赤い閃光を帯びた巨大な矢のようなエネルギー体!目視30m程離れた場所から放たれた閃光の速度は、驚くべき速さで直進し、バリケードを抜けてきたダイスケ達を襲う!


「避けられねえ!お前ら俺の腕につかまれ!」

「は、はい!」

「はーい!」


気付いた時には、すでに10m付近まで接近してきた閃光を避けきれないと判断したダイスケは、アカネとカレンを手繰り寄せるように近づけると、精神を集中した。


「成功してくれよ…」


ビュンッ!


赤い閃光の迫る中、三人の姿が残像を残して消える。

そして、ダイスケ達を狙った赤い閃光は、後ろにあった廃材に接触すると大きな音を立てて爆発した!


ドォォォォォォォン!!


けたたましい発破音!

赤い閃光は鉄骨を削り取るように接触すると、爆炎と供に黒煙があがり、その場に残った太い鉄骨は、硬い鉄が吹き飛び、溶断された部分はマグマのように赤みを帯びて、みるみるうちに力なく千切れていく。ほとばしる高熱の跡から察するに、人体に当たっていれば一瞬にして肉と骨を蒸発させ黒い炭となり、その場で消し炭になった人体の形は、文字通り『人影』を作っていただろう。


ビュンッ!


「ひゅーう、間一髪…!危ないところだったぜ!」


瞬間的に海側のコンテナにテレポートしていたダイスケ達は、なんとか無事だった。

だが、その眼前には、焼け爛れたコンクリートと鉄骨の成れの果てがあり、ダイスケ達の心の動揺を誘った。


「て、鉄骨が…!」

成れの果てになった鉄骨を見て、アカネが思念変換銃サイコランチャーのグリップをギュッと握り締める。


「ってゆーか、マジやばー。もう少しで私達この世からオサラバしてたねー」

コンテナから敵の位置を探り出しつつ、若干お気楽な雰囲気で皆の顔を覗くカレン。


「こりゃ、久々に…腰をすえて戦わなきゃならん能力者かもな!」

緊張に額から吹き出る汗を拭いながら、グッと拳を握るダイスケ。


そしてパチパチと黒煙を出しながら燃える倉庫裏に聞こえる異質な音。


パンッパンパンパン…


燃える廃材の反対側の暗闇から、一人の男が現れた。


「あれを避けるとは。ブラボー。流石は国家が選んだ能力者ですね」


薄ら笑いを浮かべながら、ダイスケ達に向かって拍手をする男。

赤毛の短髪、高い身長、恵まれた体格。西欧人を思わせる高い鼻と、サングラスに隠れた堀の深い目尻。情熱的な赤を基調としたネクタイ。両手に着けた白く薄い手袋が、身を包んだ漆黒のスーツを際立たせる。


ダイスケ達のほうへ向かって、一歩一歩近づきながら、男は緩やかに口を開いた。


「黒い眼の狩人たち。歓迎しますよ。支配者マスターロベルトの闘技場コロッセオへようこそ」

「でやがったな能力者!悪党相手に言うのもなんだが、てめえ不意打ちなんて汚ぇぞ!もう少しで焼きすぎロースト人間が出来てたぜ!」


ダイスケがジョーク交じりに言い返す。

男は薄ら笑いを止め真顔になると、丁寧に話す。


「これは失礼。支配者マスターを喜ばすには、ショータイムを盛り上げなければなりません。そうなると、やはり強い相手が必要ですから。少しテストをさせてもらいましたよ。さしたる無礼は、この後闘技でお返しいたしましょう。どうか、そうお気になさら…」


男が話す途中で、カレンが男に人差し指をピッと立てて割り込む。


「ってゆーか、あんた誰よ。私がさっき感じたイメージと違うんだけど。ははーん、わかった。あんた標的のロベルト・マクラーレンの手先ね!」


「おお。これは失礼を、美しき娘子ベラドンナ。自己紹介が遅れましたね。私の名前はロイ。ロイ・ボールジャー。支配者マスターロベルトに仕える、灼熱の召使サーペント。今日というショータイムに、あなた方のお相手をさせていただきます。以後、短い間ですが、お見知り置きを」


真顔をピクリとも変えずにロイは眼を瞑ると、左足のつま先を右足のほうへつけ、腕を胸の位置まで降ろし、会釈程度に頭を下げて、丁重に謝罪の態度を見せた。



ブァーーーンッ!!



ロイが会釈をする、その瞬間。

無防備になった彼を狙って、ダイスケとカレンの居た方向から眩い光線が放たれた!


バァァァァンッ!


「ムッ!!」


カッ!!


ロイは、瞬時にその光線を見切り、白い手袋を上空にかざすと、そこから湧き出る数本の赤い閃光は光線の軌道を這うように捉えた!エネルギー物体である二つの光がぶつかりあうと、次第に行き場を失ったエネルギーは大気中の水素を取り込み、その場で大爆発を起こした!


ドォォォォォン!!


大きく空中で爆発するエネルギーは重力に従って、次第にロイの方へ落下した。それを避けるためにロイは黒服を翻し、右方へ素早くジャンプすると、その場で数度、軽やかに受身をとった。


「はぁ…はぁ…!!」


コンテナの上で呼吸を乱すアカネ。

その手に握られたのは、流線型の銀色のアーマーにプラスチックグリップ、そして白い煙を放つ銃口だった。アカネが、思念変換銃サイコランチャーを使ったのだ。


「い、今撃ったの…アカネちゃん?」

「って、てゆーか、マジ凄い威力じゃねー。さ、さすがリョウマの作った銃」


驚くダイスケとカレン。

目の前で起こった巨大なエネルギー同士が起こした爆発には、流石の二人も度肝を抜かれた。しかもそれが狩人ハンター経験の無い、まったくの新人が放ったものであることに、尚更驚きを隠せなかった。恐るべき潜在能力である。


「ぐ…むう。不意打ちとは卑怯ですね。ま、まあ私が言えたことではありませんが…。しかし、とっさにあれだけのエネルギーを作り出すとは、とんでもない娘子ベラドンナだ」


少々土に塗れ、ほこりを払いながら立つロイ。

爆発の反動で巻き上げ加速した小石が全身に当たり、衣服や皮を破って毛細血管を斬り、ロイの頬や足からは少量の血が流れていた。纏った黒服や顔の傷跡から、アカネの放った脅威の力が見受けられる。


だが、傷ついたロイは痛みなど如何でもよいといった態度だった。身についたホコリを払い、土を払いながら、後ろにある倉庫をチラチラと見ていた。



そして、汚れをあらかた落とすと、再び真顔で三人に言った。



「さあ、これで条件は同じ。そろそろ支配者マスターが開始を催促してきました。始めましょうか。能力者同士のショータイムを!」



ロイは、真っ赤な瞳と黒いスーツを闇夜に躍らせて、猛然と三人に飛びかかった!

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