波紋
邸につけば、さっさと自室へと向かった。出迎えはない。ただいまと返事のない廊下に投げ捨てるだけだ。
自室の障子を開けば、紫が庭の手入れをしているのが見えた。
「紫!!」
「ああ、お帰りなさいませ、静音様。いかがなされましたか?顔色がよろしくないようで・・・」
紫が言い終わる前に抱き付いた。
「おやおや、本当に・・・どうなさいました?」
ぎゅっと抱きついた紫は歳のせいか、痩せている。顔の皺だってよく見れば増えたし、ちょっと背が縮んだかもしれない。それでも静音より身長は高いが。
「なんか・・・黒い」
「黒い?」
「健の背中に黒いの見えた」
思い出しては鳥肌になる静音を紫はぎゅっと抱き返した。いつもの柔らかな香りが静音を包む。
「心配ですか?」
「心配に決まってる。・・・なんだか今日の紫は意地悪だ」
「いつまで経っても成長なされない静音様をみて、私はいつになったら川を渡れるのやら、と思いまして」
「いいよ。ずっとここにいて」
「無理でございますね」
いつでも手厳しい紫に静音はくすくすと笑う。
「分かった。・・・健が不安だ。でも、あの黒い物体が何か分からない。つまりはそういう専門家に任せればいいというだけの話だろう?」
「そうですね」
「じゃあ、さっそく。紫、神官にこの件について依頼しておいてくれ」
「御意」
身を翻し、自室に戻ろうとして、ふと空を見る。雲の動きが早い。
「紫。もうすぐ雨が降ってくるから、庭はまた今度だ」
「分かりました。後片付けをしてまいります」
さっさと庭の物置へと向かった紫を見ずに、自室へと入る。ひんやりとした空気が足に絡みついたので、雨が降るのはどうやら正解のようだ。
今日は静かに寝れるだろう。雨音が子守唄になってくれる。
数時間後雨が降ってきた。勉強をしていた僕の元へ紫がお茶を持ってきてくれた。
「ありがとう」
「はい。静音様。健様の件はご報告いたしました。早急に調べるそうです」
「そっか。ありがたい・・・」
ごろごろと雷の音が聞こえた。
「今日は雷雨か・・・」
「ここ一週間は雨のようですよ」
「そうなんだ・・・。晴れないと、音が響かないな」
「そうでございますね」
音が揺れ伝わるにしても、耳に届くまで音は小さくなっている。
音は良く響くのが一番いい。綺麗に元気で澄んだ音が好きだ。
そう言えば、竹井教授からの音は聞こえてこなかった。
人には独特な音がある。それは雰囲気とも同調していて、元気であれば、大きくよく響く。かえって、体調不良や不機嫌であればあるほど重たく、鈍い音がする。
「紫」
「はい」
「僕にできることってなんだろう」
「静音様らしく在ることですよ」
「僕らしく、ねえ・・・」
我儘を言っている時は、まあ、自分らしいと思うけれど。世の中そんなに甘くないしなあ、と考える自分に苦笑してしまう。
誰かの言いなりになっていればそれだけ楽でいられるけれど、どうにも、自分らしくではないような気がする。自分の意見を押し通すにもそれなりの権力が必要で。なら、我儘を言えるだけの権力を手に入れればいいだけの話か、と行く未来を考える。
けれど、今はそんなことを考えている場合ではなくて、ただ、目の前の人を助けるには、どうすればいいか。紫は僕らしく在れといった。だったら、僕らしく我儘で、甘ったれな自分をぶつければいいのだろうか。正直自信がないのだが。
「紫」
「はい」
「御琴が聴きたい」
「すぐに用意して参ります」
今はただ、雨音の中琴線が響かせる音を聴きながら、深く考えるとしようか。
近くも、遠くも、未来は可能性の宝箱なのだから。
暫く離れてたから話の流れがちょいとちゃうかな???(=゜ω゜)