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トリツカレ  作者: 白蜘蛛
7/41

脱出

前回ボクが出てきた時もこんな感じだったのだろうか。

眩しさに目がくらむ。

砂時計で計った時刻は6:30。

ただ今日は自分の足でしっかり歩けた。

駆け寄る祖父ちゃんと倉木さん。

杓子様しゃくじさまの気配はありましたか!?」

うなずくボクに倉木さんも大きくうなずいた。

クラクションが響いて顔を向けると佐伯さんが手を振っている。

僕らが乗ると砂利を鳴らしてステップワゴンが動き出した。

運転が佐伯さんで、助手席にはなんと伴野さんが座っている。

2列目シートにボクを真ん中にして左に祖父ちゃん、右に倉木さんが座った。

3列目にも2人が座っているようだが、誰だか分らなかった。

道路に出ると以外にもゆっくりとしたスピードで進んでいる。

「安心してください」

「杓子様は?」

「おそらく山の室屋に戻っているでしょう。この札を持って、外は見ずに下を向いて目をつぶっていてください」

倉木さんはボクにやや分厚い紙の札を差し出した。

「はぁ、やっと終わったんだ」

「よう頑張ったな、颯太」

「うん」

祖父ちゃんの方に顔を向けた瞬間だった。

「えっ?」

祖父ちゃんとガラス1枚隔てた外に杓子様が居た。

ウィンドウから見えるのは胸の下辺りだったのだが、杓子様は車の中を覗き込もうとした。

ボクは思わず悲鳴を上げていた。

「ひぃッ!」

「颯太君、見ちゃだめだ!」

倉木さんの声が車内に響いた直後、車の窓から天井からあらゆるところに小石が当たるような音が聞こえ始めた。

車内に動揺が走る。

誰もがウィンドウの外に視線を向けたが、もちろん見えないようだ。

「颯太君、見るな!」

倉木さんの声にもボクは動けずに杓子様を凝視し続けた。

杓子様の揺れる胸とすらりとした首筋、風になびく黒髪。

ボクが公園で見た杓子様は色がなかったが、目の前の杓子様は人のような肌と髪だった。

「顔を伏せんかぁ!!」

祖父ちゃんが力任せにボクの頭を抑え込んだ。

「もう少しだ」

倉木さんの声が聞こえてすぐ結界の地蔵があるバイパスを横断した。

爺ちゃんがボクを揺さぶった。

「颯太!無事か!?」

佐伯さんも伴野さんも倉木さんも全員がボクを見ていた。

「大丈夫・・・です」

車の中は「やった」という換気の声で満たされた。

佐伯さんは両手を握りしめて「よし、よし、よーし」と言っているし、伴野さんは「よくやったな」と言ってくれた。

祖父ちゃんはもう声もなく泣いている。

しかし、倉木さんは真面目な顔を崩さなかった。

「札を見せてください」

抱えるように持っていた札は真っ黒に煤けていて、思わずボクは落としてしまった。

それを倉木さんは新しい紙で包んでトートバックのようなものに入れ、新しい札を取り出した。

「念のためにこれを持っていてください」

左手で受け取ったボクは手が痺れたように感じて取り落としてしまった。

「どうかしましたか?」

「い、いえ、大丈夫です」

結界を抜ける時に確かに聞こえた。

『あなたが望めばどこへでもいく』

杓子様の声か、空耳か、それとも風の音か。


「颯太君?」

「あ、すみません。ちょっと疲れていて」

「うん、無理もない。とりあえず送っていくよ」

「ほれ、お前の荷物じゃ」

祖父ちゃんはボクのバックを持ってきてくれていた。

慌てて飛び出したので、元々荷物はこれだけしかない。

「しかし、まだ朝の7:00ですから荒木さんの新宅(ボクの実家)に行くにしても早すぎますね。ファミレスにでも寄りましょう」

まるで最初から決まっていたように、ファミレスに向かった。

ファミレスに着くと何か食べるように言われたが食欲はなかった。

その代わり喉が異常に渇いていて何杯も水を飲んだ。

「あれ、その手、まだ治っとらんのか」

それはボクの手の甲にできた傷だ。一旦治ったようだが、杓子様から逃げた時にどこかへぶつけたのだろう。

そして今になって気付いたが、ステップワゴンの3列目に座っていた2人は祖父ちゃんと同じくらいの歳のようだが面識はなかった。

ボクと目があったその人は複雑な表情だった。

そして開口一番、「今回は誠に済まなかった」と頭を下げ、もう1人も深々と頭を下げた。

この人は西の村の相談役とその弟だという。

話を聞けば、西の村で目撃されたという杓子様はやはり間違いだったようだ。

ただその一報を恐れた相談役の弟が人をやって地蔵を動かしたという。

夕べ、ボクの夜越しを見届けた倉木さんが説明に出向く際、口を利いてくれたくれたのが伴野さんなのだ。

自衛官あがりの伴野さんは近隣の同世代に大きな影響力を持っていた。

最初は杓子様については無関係を主張していたようだが、伴野さんの口利きでは対応せざるをえなかったようだ。

そして杓子様を見たという情報は、夜道を若い女が1人で歩いていたという話を聞きつけた者の勘違いであった事が判明。

倉木さんが改めて夜越しの件を説明し、杓子様が村内に入ったを確認してもらう意味もあって、今日は立ち合ってもらったのだという。

杓子様の存在については改めて説明するまでもないだろう。

それが証拠に特に弟の方はすっかり怯えてしまって、ここからの帰りもタクシーを呼ぶと言っている。


*-*-*-*-*-*


西の村の相談役が帰るとボクは猛烈に空腹を覚え、ハンバーグのセットと天ぷらうどんを平らげた。

実家まで送ってくれた佐伯さん達とは家の前で別れた。

祖父ちゃんはまた後で来るという。

杓子様の件をボクのお父さんに話すのだろうか。

「父さんに話す意味は無いと思うけど」

「ん?あぁ、智治は次男だし元々詳しくは知らねんだ。今さら説明なんぞせん」

「じゃ、どうして」

「まぁ、ありていに言えば、お前が心配なんだわ」

「分かった、ありがと」

おそらく祖父ちゃんは何気なく立ち寄るつもりなのだろう。

野菜を持ってきたとか言いながら。


*-*-*-*-*-*


父さんと母さんは突然の来訪に驚きながらも喜んでくれたのだが、ボクは猛烈に眠くなってソファーで寝てしまい、あまり話もできなかった。

スマホが鳴って目を覚ますとなんと昼の12時を回っている。

電話は祖父ちゃんからで、駅前まで出てこいという。

朝方来て昼まで寝てすぐ帰るってのは不自然じゃないのかと思いながら、父さんにそろそろ帰ると伝える。祖父ちゃんの事は伏せておいた。

父さんは昼を食べていけという。

ファミレスで食べてきたとはいったものの、準備してあるというので食卓についたのだが、何度もおかわりをして母を驚かせた。

「何だか頼もしくなったなぁ」

「ほんとね」

家族で食事をして他愛もない話をする事がこんなに楽しいとは。いや、楽しいというのとは違う。口幅ったいが幸せというのか。いや、それもちょっと違う気がする。

まぁ何でもよかった。

そこにスマホがなる。爺ちゃんだ。

「何しとる?何時くらいにこれるんだ?」

「ごめん、ご飯を食べてた。すぐに出るよ」

電話は分かったと言って切れた。

「じゃ、待ち合わせしてるから帰るね」

「分かった、また来いよ」

「今度は来る前に連絡してね、もうちょっと手の込んだものを作るから」

「うん、ありがと」

玄関の外まで見送ってくれた父さんと母さんに手を振ってボクは走った。

何だか体に力が湧くような不思議な感じがした。

どこまでも走れそうな、このまま風になれそうな、そんな感覚。

駅に着いて待ち合わせのロータリーに向かうと、祖父ちゃんはすぐに見つかった。

「あれっ?」

佐伯さんのステップワゴンが停車している。

助手席に乗れと言う。

乗ってみると運転は佐伯さんだし、倉木さんも乗っていた。

「あの、これは」

「颯太君のアパートから杓子様の痕跡を引き取ります」

「杓子様の痕跡があっては気になるじゃろ」

祖父ちゃんの心配していた事というのはこれか。

それならそうと言ってくれればいいし、実家に寄る必要もなかったんじゃないかと思ったが、家族での食事ができたので、これはこれで良かったと思う。


ボクのアパートについてみると、鍵は開けっ放しになっていたが、誰かが入ったような形跡はなかった。

倉木さんの指摘を受けて、鍵を交換してもらうよう業者に頼んだ。

ホームセンターで買ったカーテンに替え、玄関は壁のクロスを剥いだ。

杓子様の痕跡が残る者は全て倉木さんが持ち帰るという。

内装の仕事をしているという佐伯さんは、カーテンの交換からクロスの張り替えまであっという間に仕上げてしまった。

その後、倉木さんが部屋の四隅と玄関、キッチンの換気扇の横に小さな札を貼った。

「それって結界ですか?」

「いいえ、神札で張る結界は長く持続させる事はできません」

倉木さんはお札をボクに手渡しながら続けた。

「これもお守り程度です。ただ、信じてもらえれば何かの力になるでしょう」

「あの、ここまでしてもらって言うのも何なのですが、ボク、7月から東京に異動になるんです」

「聞いとらんぞ」

「いや、まだ内示が出たばかりで・・・」

「行くのか、東京に」

「うん、行く。ボクに何ができるのか分からないけど、まずは頑張ってみるよ」

「よう言った、ますます遠くなるのは残念だがの、これも颯太の為になるじゃろ」

「颯太君、君なら何でもできるよ。夜越しを2回も経験した人間はいないだろうからね」

「俺もそう思うぜ、初めて会ってから2ヶ月くらいだけど、本当に強くなったと思う」

「東京に引っ越したら連絡してください。住む場所の様子を見に伺いますよ」

「ありがとうございます。申し訳ないですがよろしくお願いします」

「おう、俺も一緒に行くからな。ついでに遊べるし」

「佐伯、お前はそれが目的なんじゃないのか?」

「はは、バレたか」

ボクの部屋に笑い声が満ちた。それは杓子様の痕跡を消し去ってくれるように明るく暖かかい笑い声だった。

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