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トリツカレ  作者: 白蜘蛛
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鳥籠

杓子様しゃくじさまが通る道は限定されており、それぞれに地蔵が置かれている。

ひとつの道が解放された状態なので、杓子様が戻ってくるとすればその道を使うはずだ。

杓子様を見る事ができるのはボクだけだから、ボクはエサを兼ねた見張り役なのだ。

杓子様は基本的に昼間行動するらしいが、魅入った者がいれば夜でも行動するという。

「杓子様がいつ現れるのか分からないんだろ?颯太くんが日中見張って、夜はあの倉庫で過ごすというのは無理だ。寝る時間がないし負担が大きすぎる」

佐伯さんの指摘に倉木さんはうなずいた。

「倉庫はいつでも入れるよう準備しました。いっその事、結界を閉じてしまいましょう。杓子様が現れたら、颯太君が倉庫へ移動してから結界を開放します。その後、また結界を張れば大丈夫なはずです」

「まるで鳥籠だが、それしかないか・・・」

「それにしても、他の村の者に連絡は?」

「そりゃ、わしの仕事じゃ。早速行ってくる」

「爺様、俺も一緒に行こう。もうすぐ応援も来るだろうし」

「いや、佐伯さんはここで倉木さんを手伝ってくれ」

「杓子様を外に出したまま結界を張るなんて納得するか?」

「結界の外に出しちまったのはこの村の責任だが、魅入られたのは颯太だ。孫を魅入られたわしが行けば悪いようにはせんだろ」

祖父ちゃんは意外とタフだった。

「他の村の連中は忘れとろうが、杓子様の“魅入り”はこの村が背負ってきたんじゃからな。それに文句を言ったところで何ができるわけでもないわな」


地蔵を設置して祖父ちゃんちに向かう。

祖母ちゃんが涙を流して迎えてくれた。

祖父ちゃんは軽トラで出かけ、倉木さんも出かけて行った。

佐伯さんは携帯で誰かとやりとりをしている。

前回集まった人達に連絡をしているようだが、集まりが悪いらしい。

祖父ちゃんと同じくらいのお爺さん2人と前回倉木さんを連れてきた人の3人だけで、他はだれも来なかった。


*-*-*-*-*-*


祖父ちゃんちの居間にボクを含め7人が車座に座った。

佐伯さんが座卓を叩いた。

「くそっ、叔父貴めッ!」

「まぁ、致しかたなかろうて。アレを見ちまったばかりだしな」

アレというのは杓子様の痕跡ともいえる人型に煤けた跡だ。

「前回もあんな跡はあったんですか?」

「あった」

祖父ちゃんと同年配の一人が口を開いた。

「あったはあったが、あれほどはっきりとはしとらんかったな」

「それはどういう・・・」

倉木さんが答えた。

「私たちが体験したとおり、あれは杓子様の痕跡と言って差し支えないでしょうが、“魅入り”を重ねる度に濃くなっていくらしいのです」

「そうだ、わしが前回見たのはもっと薄かった」

「はい、しかし、言い伝えに“新たに薄い影が写った”とあるように、徐々に濃くなっては薄くなる事を繰り返しているようなのです。そしてその影は力の大きさを示すとも言われています」

「つまり前回より杓子様の力は強くなったということかの」

「そうなりますが、古くは土蔵の内面を全て煤けさせたといいますから、まだまだ強くなると言って良いでしょう」

「あの、ちょっといいかな」

「どうぞ」

「濃くなるのは分かったが、なぜ薄くなるんだ」

「杓子様は代替わりをするのではないかと私は考えています」

「代替わり!?」

「あくまで憶測です」

「新たな杓子様は力が弱く、徐々に力を増していくって事か」

「はい」

「なるほど・・・」

「どうした爺様」

「わしの祖父様も言っとったが、わしらが見た“魅入り”は言い伝えと大分違う。杓子様が代替わりするなら、個性があっても不思議ではなかろう」

「おい」

口を開いたのは祖父ちゃんより2歳年上の伴野さんだ。

「お前ら話が脱線しとるぞ、そんな話は終わってからでええ。それに、もちっと颯太君の事を考えたれ」

俯いて小さくなっていたボクは居心地が悪かった。


「颯太君すまなかった。今は“夜越し”を成功させる事だけ考えよう。伴野さん、ありがとうございました」

倉木さんは頭を下げ、他の人たちもそれに続いた。


「颯太、今日はゆっくりしておけ。祖母さん、飯はどうなってる?」

すぐに襖が開いて、祖母ちゃんが顔を見せた。

ずっと廊下で待っていたようだ。意外にも動揺は少ない。

「寿司でもとりまっしょ、つまみと汁もんはすぐにできっから」

「おし、んじゃ6時に届けてもらえ」

祖母ちゃんが引っ込むと、倉木さんは結界の様子を見に行った。

地蔵には札を貼ってあり、杓子様が結界に触れると札が黒く煤けるのだという。

もし札が煤けていたら、その地蔵をどかして杓子様を村に引き込んでから地蔵を戻して結界を張り直す予定だ。

ただ、“夜越し”の結界は倉木さんでなければ張れないので、一旦戻って準備を整えてから地蔵の結界を張るという事になる。

帰ってきた倉木さんは複雑な表情で告げた。

「まだ現れていないようです」

「杓子様が移動する速さって分からんのか?」

伴野さんに尋ねられた倉木さんは首を横に振った。

そんなところに佐伯さんが叔父さんを連れてきた。

「遅くなりました、申し訳ない」

「とんでもねぇ。佐伯の、重ねての“夜越し”になっちまって済まねぇが、よろしく頼む」

「いや、荒木の爺様、正直なところな、俺はこの前の夜越しで、すっかりブルっちまってたんだ。こいつにも散々言われちまったが、来て良かった。俺を必要としてくれるんなら少しは俺の男も立つだろう」

ボクは課長の言葉を思い出していた。

そうだ、課長も必要とされるならそれに沿うのも男だと言っていた。

ボクに少しだが勇気のようなものが芽生えていた。

戦場に向かう前の兵士とでもいうか、そういった気持ちの高揚があったのは確かだ。

それに加えて、杓子様が現れておらず今夜は夜越しがないという事実がボクの気持ちを明るくさせた。

その夜、倉木さんは身を清めるとして帰ったが、運ばれた食事とビールで、少なからず賑やかな夜が過ぎていった。


次の日の朝、倉木さんと佐伯さんが手分けをして結界の確認に出かけて行った。

結界を張るための地蔵は全部で8体。

確認の度に携帯で連絡が入る。

「無し」という連絡が次々と入り、およそ30分後には2人とも最終報告があった。

その結果は祖父ちゃんから隣接する村に報告される。

昼の巡回でも結果は同じだった。

そして夜、というか夕方の報告でも杓子様が近づいた形跡は無いという報告だった。

ボクはまた一晩生き延びたような気分で体の緊張が緩んでいった。


しかし、隣村からすれば逆に緊張が続く状態であり、夕方の報告で祖父ちゃんは苦情を受けた。

祖父ちゃんちがある村は6つの村に隣接していたが、今は合併して2つの市と1つの村に隣接している。その中で西に隣接している村が今回の結界が破れていた件に強い懸念を寄せているという。

それもそのはず、その村の相談役は祖父ちゃんの兄と同い年で、その死後の惨状を目撃した1人だった。更に相談役の祖先は杓子様に魅入られて村外に出ざるを得なかったらしく、代々、杓子様については言い伝えられてきた一族らしいのだ。

つまり、相談役の祖先は祖父ちゃんと同じ村の出身で“魅入り”を逃れた人という事になる。

そんな事情もあって、祖父ちゃんが説明に行った時にも、4月の“夜越し”を報告しなかったとして強く非難してきたらしい。

しかし、杓子様の“魅入り”を背負った祖父ちゃんの村は独自に対処してきたのであり、これまでも報告は義務化されていなかった。ただ、昔は水利権の優先や、共同作業の人工にんく供出などで優遇されたりしていた事もあり、その代償でもある“魅入り”は協定を結んだ村々に報告されていたようだ。

ところが、今や水利権も人工にんく供出もない。杓子様という負担だけ残っているのだ。それに、これまで60年もの間“魅入り”は無かった。それを今更非難されてもかなわないというのが祖父ちゃん達の本音だ。

ただ、本来封じ込めるはずの杓子様を結界外に逃がしただけでなく、村に入れないように結界を張ったという事実は、利害関係を超えて祖父ちゃん達の負い目となっているようだ。


そして追い打ちを掛けるような事態がその日の夜に発生する。

その一報は西の村からもたらされた。


『杓子様が目撃された』


「ばかな!?杓子様は遠く離れた颯太君を追うほどに執着していたはずです。結界で近づけないとはいえ、他の者を魅入るとは考えられません」

「杓子様とて出た場所から戻ろうとせんかね。壊れた地蔵は村の東側だ」

「それに夜に目撃されるなど聞いた事もないな」

結局、夜ではあるがもう一度結界を巡回する事となり、倉木さんと佐伯さんがそれぞれ1人づつ連れて出て行った。


そして15分後、とんでもない事実がもたらされた。

報告は佐伯さんからだ。

「西にある結界が動かされていた!札も黒く変色しているし、杓子様がここを通ったのは間違いない!」

この一報で祖父ちゃんの顔はみるみる青ざめていった。

「倉木には連絡した!爺様は颯太くんを連れて神社に向かってくれ!」

祖父ちゃんが震えているのが分かった。

ボクは怖というより、いたたまれなかった。

祖父ちゃんも祖母ちゃんも、ボクのせいでどれだけ苦しむんだ。

倉木さんも佐伯さんも他の人だって、どれだけ苦労したことか。

僕が魅入られてしまえば、あと何十年かは平和が続くはずだ。

そうだ、それでいいじゃないか。そんな考えも浮かんできた。


昨日聞いた話では、ボクの両親には何も話をしていないらしい。

そりゃそうだ。説明しても理解されないだろうし。

それに成功すればいいけど、もし失敗したら何て説明するっていうんだ。

またボクの脳裏に自分の死んで腐った姿が浮かんだ。

変死とかいって調べられるのは嫌だし、説明なんてできないよな。

「祖父ちゃん、ボクが死んだら死体は分からないようにどこかに埋めて欲しいんだ。お父さんとお母さんにも何も言わないで欲しいんだ」

「颯太・・・、いや、分かった。安心しろ、颯太が思うようにやってやっから。俺がな、うっかりしてたんだ、まさか地蔵様がな、すまねぇ」


茫然自失の祖父ちゃんと諦めかけたボク。

この二人に喝を入れるようなカミナリ声が響いた。

「何をしとるか!準備はできとる、手順もわかっとる、やるしかあるまい!急げや!!」

最年長の伴野さんは昭和9年生まれの81歳。

しかしその声はすごい迫力だった。

まるで魂を入れられたように、祖父ちゃんとボクは飛び出した。

「そうだ、やるしかあるめぇ」

「うん」

「おい祖母さん、ちぃっとばかし出かけてくるでな!」

祖父ちゃんの軽トラに乗り込むと、3人が見送ってくれた。

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