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トリツカレ  作者: 白蜘蛛
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【ミロク伝】 世界

「も、物の怪かっ!?」

ざわめく中、松岡の鋭い声が響いた。

「矢を放てっ!!」

しかし、放たれた矢は突き立つ事もなくすり抜けてはむなしく地に落ちる。

「ミロクを連れて退がりや」

人の形をした白い煙のようなものは女の声を発した。

誰に言ったのか分からなかったが、痣の男が動いた。


「させんッ」

サンザが振り向きざま振った刀をかいくぐってミロクを肩に担いだ。見れば籔から2人ほどが走り出て手助けをしている。

その間にも不思議な音は、“ぼぼぼぼ”と聞こえ続けていた。

「ヒオシを追えッ!」

我に返った兵がミロク達を追おうと走り出す。


その時、バシュッという音がしたかと思うと、先ほどの白い塊ははっきりとした人間の形となって現れた。

身の丈8尺は優にあるだろう。

白い肌と黒髪、頭には練帽子ねりぼうしを乗せている。

ただ、それは頭全体を覆うに至らず、まさに乗せているという表現が正しかった。

「お、女子おなごではないか」

その時、もう一度音がして女の右手には刀が握られていた。

その刀は刀身も柄も白く、まるで氷でできているような刀であった。

「捨て置け!ヒオシを追うのだッ!」

女を避けるようにヒオシを追う兵士たち、しかし女の腕が動いた瞬間、2~3人の兵士の首が一度に落ちた。


『!!』


白い刀がまた振られる。

騎馬武者は馬の首ごと胴切りにされ、足軽の首など造作なく飛んだ。

首を飛ばされた兵は2間半(4.5m)以上離れていたはずだ。

「矢を放て!」

松岡の悲鳴のような声に幾本かの矢が飛ぶが、ことごとく白い刀に払い落とされた。

顎を引いて睨むようにしていたサンザであったが、女の物の怪に視線を据えたまま命じた。

「退けぇ!!」

「何を申すかサンザ!」

「叔父上、ヒオシといい、この者といい、この世に住まう者ではございません。これだけ兵を失っては我らは生きてはおれますまい。されど、これ以上の兵を死なせてはなりませぬ」

「サンザ、お主・・・」

サンザは大地に累々と横たわる死体を見渡した。

今朝までは笑っていた顔だ。

握り飯を頬張っていた顔だ。

帰りを待つ家族がいる顔だ。


我を信じて付き従ってくれた者共が・・・

サンザは崩れそうになる心を何とか堪えた。

悲壮なサンザの顔がふっと微笑む

それは頑なな決意の冷え冷えとした微笑みだ。

「叔父上、この助左衛門に最後の我儘を許してくだされ」

サンザは松岡の声も待たずに見上げるような女に向き直った。

「お主、生贄を求めるとかいう“山の神”よな」

山の神と呼ばれ、肯定しなかったが、否定もしなかった。

「人の血肉を喰らい命を吸うのは、いかなる訳じゃ」

何も答えず、踵を返してミロク達が去った方向へ進みかけた。

「待て」

言いながらサンザは刀に手をかけていた。

ヤナは立ち止まってサンザを見た。

「あちきが魅入るは生きるためだわなぁ」

「生きるためじゃと?」

「誇りやら面子やら下らぬもので命は取らんわなぁ」

「それが武士じゃ」

サンザはそう言うのが精いっぱいだった。

「そうかえ、止めはせぬえ」

「よしッ」

サンザの大刀が抜き放たれた。

その大刀は先ほどまでの激戦で血脂にまみれ刃もこぼれている。

しかし、何かうっすらともやのようなものがまとわりついていた。

サンザにははっきりと見えた。

「我に力を・・・」

それは大地に転がったむくろからサンザの許に集まっている。

そのもやをまとった大刀が突きだされた。


カシュッ


思いのほか軽い音が響いてサンザの動きが止まった。

ヤナが何事もなかったかのように歩き出し、その背後で両断されたサンザの身体が崩れ落ちる。


「ば、馬鹿な・・・」

「武士とは難儀なものだわなぁ」

ヤナは振り向きもしない。

「貴様ぁッ!!」

ヤナに向かおうとした松岡の前には、いつの間にか青痣の男が刀を構えている。


痣の男がじりっと退く。

その時。


ズダンっ


空気を打ち破るような音と同時に痣の男の身体がくるりと回って倒れた。

見れば顔の半分が消し飛んでしまっている。

鉄砲、それも口径が大きいものと思われた。

「叔父貴殿、助太刀に参りました!」

「おぉ、仁左衛門か!」

「サンザは!?」

「・・・あの物の怪にやられた」

「サンザが!?・・・くそっ、鉄砲隊、構えッ」

鉄砲隊とはいっても構える者は僅かに6名。

しかし、その弾丸は必殺の十匁。

熊などの大型獣ですら一発で仕留める事ができる十匁筒は、戦場で使用する限界とされる。


ヤナは不思議な音を発しながら振り返った。

「放てッ!!」

大きな炸裂音と共に、ヤナの左脇腹が抉れ、上半身は折れるように右へ傾いた。

「無粋なものを持ち出しおって。面子には拘っても得物には拘らぬか、勝手なものじゃなぁ」

続く轟音でヤナの右胸に穴が開き、左腕が消し飛んだ。


◇*◇*◇*◇*◇


その戦場には何も残らなかった。

生き残った者は何も語らなかった。


装備・兵数に劣る一揆勢の掃討に全滅に近い損害を出したのは、無能な指揮官と無謀な将兵によるものとされた。

事実は残らなかった。

いや、誰もが信じられぬ真実まことを、誰もが信じられる不実うそとして残したと言うべきだろう。

記録とは所詮“都合が良い”ものであり、その記録の積み重ねが歴史なのだ。


◇*◇*◇*◇*◇


「トトサマ、わたしは・・・」

「わしを憑り殺すのだ。さすればお前は生き永らえる」

「いや!」

「わしはもうじき消えてしまうだろう」

「いや」

「ヤヤ、お前が不憫じゃ。まだ魅入りを行う歳ではないし、教える母もおらぬ」

「いゃ・・・」

「しかしこれからは一人で生きていかねばならん。その為には魅入らねばならぬ。母上のようにやってみよ、お前ならできるはずじゃ」

「や・・ぁ・・・」

「わしが消えてからでは遅いのだ。わしの戦いと母上の心を無駄にするではないぞ」

「・・・」


ヤヤは一度だけ見た母の魅入りを懸命に思い出そうとしていた。

母であるヤナから感じたのは“歓喜”と“感謝”だった。存在するために犠牲を生じさせる事の正義と罪。

本来それらは表裏一体。同じ時、同じ場所に存在すべきなのだ。

人間は罪を捨てたが為に矛盾を背負わねばならなくなった。

人の言葉に言い訳が多いのは当たりまえと言えるだろう。


魅入りをためらうヤヤにミロクは語った。


お前は優しい娘じゃ。

されど、虫が葉を齧るように、その虫を鳥がついばむように、お前は人を魅入らねばならぬ。

悲しんではならんぞ。

悲しめば、それはこの世の全ての存在への冒涜になる。

わしの身体には母の記憶が残されておる。

わしを魅入れば、何を為すべきかおのずと知る事になるだろう。

だから安心するのだ。

母上もわしもそなたの中に居る。


*-*-*-*-*-*


魅入りが終わってヤヤは寂しさと同時に体の中に暖かさを感じていた。

「トトサマ、カカサマ・・・」


ヤヤは眠った。

どれだけ眠ったのかは分からなかったが、目覚めた時、村は豊かさと活気に溢れていた。

山の奥にある室屋、野に住まう獣、空を舞う鳥、豊かな実り。

ヤヤを包み込むこの世界は小さくも満ち足りた世界だった。

時間が過ぎ、家々が増え見知らぬ乗り物が走り、人々の山への関心が薄まろうとヤヤの限られた世界は満ち足りていた。

夫たる者を求めねばならぬ運命に気付くまでは・・・

ミロク伝完結

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