【ミロク伝】 運命
時は江戸時代、享保10年(西暦1725年)
美しい富士を望むこの場所は、1707年に富士山宝永大噴火に遭遇したものの、火口の位置と風向きによって大きな被害を蒙る事は無かった。
それはまさに僥倖と言って良いだろう。
しかし、不幸な人間ほど幸せを大事にし、幸せな人間ほど不幸に敏感なものだ。
この地域の国司を務める金井家は沈鬱な空気に包まれていた。
座敷には当主である金井彦直。
その正面に自慢の息子がその涼しげな顔に笑みを湛えている。
彦直は息子に改めて問うた。
「彌勒、先ほどの話はまことか」
「はい。私は魅入られましてございます」
「なぜおまえが?魅入られるのは百姓の倅と決まっていたではないか」
「何の、物の怪など斬ってごらんにいれますよ」
当主である父を絶望させる事実をむしろ楽しんでいるように言った。
ミロクという青年は当時としては大柄な170㎝を超える身の丈であったが、色白で繊細な顔立ちは女子のようであったとされる。これは女神である山の神の好みを示しているといえよう。
ただし、絶望する父の前で涼しく笑う弥勒は、その姿からは想像もできない剛の者で、弓に長じ、剣術にも優れていた。
長兄が病弱であった事もあり、父彦直は次男である弥勒を次期当主に据えようと考えていた。
それがよりによって山の神に魅入られたというのだ。
襖の向こうから声が聞こえた。
その小さい声は肺を病んでいる事を示すように擦れていた。
「父上、私が彌勒の身代わりにはなれますまいか」
「お主は金井家の長兄じゃ、わしがそのような事を考えると思うか」
彦直は違和感なく嘘をつく事ができた己に驚きながら、もう一度言った。
「金井家の長兄はお主じゃ」
「しかし、私はこのように病の身なれば、金井家のお役には立てません。それが悔しくてたまりませんでした。それが私の命で金井家が救われるのであれば、私にも世に生まれ出た価値があったというものです」
この長兄が言う事は正しい。
“どうせ死ぬなら家の役に立たない自分が死ぬ”“男子と生まれたからには家の役に立ちたい”
そう言っているのだ。
少しの沈黙があった。
言われなくても家長である彦直は決断せねばならなかった。
「家の為に死ね」と言わねばならなかった。
しかしこの金井彦直、武家の当主としては優しすぎた。裏を返せば、世が泰平でなければ家を保つ事が難しかった人物という事になる。
時代は折しも享保の改革の最中ではあったが、五公五民制(年貢を4割から5割とした増税。実質的には約2倍の増税)の導入前であり、まだ家と地位に安穏としていられた時代であった。
決断できる者が勝者とは限らないが、決断できぬ者は紛れもない敗者だ。
「彌勒・・・」
「闘いましょう」
彌勒はまるで他人事のようにさらりと言った。
「代役といっても、歌舞伎役者のように隈取でもせねば気づかれましょう」
からからと笑う彌勒に彦直は僅かに怒気を見せた。
「おぬし、忠直の気持ちを何と思うておるか」
「元より兄上のお心はありがたく頂戴しておりますが、そのお言葉はご冗談とせねば、私は兄上を捨てて生きたと言われましょう」
「そのような事は誰も申さぬ」
それは兄の身代わりを認めているとも解せたが、当の直彦は先ほどの言葉と矛盾している事に気付いていない様子だった。
短い沈黙の後、彌勒の明るい声が響いた。
「では、私は出家でもしましょうか。坊主が物の怪と戦うのも面白いではありませんか」
この彌勒という青年、兄を案じてはいるものの、むしろ物の怪と戦う理由を探しているようにも見えた。
「戯言を申すな!」
さすがに大声を出した彦直の横で、腕を組んでいた神経質そうな男が顔を上げた。
「彌勒、あれは物の怪ではない。山の神ぞ。刃向うなどもっての他じゃ」
この男は彦直の叔父で、内心では宗家である彦直の後継ぎが絶える事を望んでいた。
「のう、彦直も知っておろう。あの杓子の山に住まう杓子様のお陰で我々は大過なく過ごせている事を。あの大変(宝永大噴火の事)を逃れたのも杓子様のお陰に違いない」
彦直の叔父は、杓子様を山の神として従う事を主張し、事なかれ主義を決め込む一族の多くから賛同を得ていた。
叔父は誰に言うでもなく呟いた。
「これは運命というものじゃ」
◇*◇*◇*◇*◇
彌勒の意地、彦直の優柔、叔父の工作、それらの結果、彌勒は自ら杓子様の許へ向かう事となった。
しかし、彌勒はそこで自分が杓子様の“糧”ではなく“夫”として魅入られたことに驚き苦悩する。彼には婚約者がいたのだ。
勿論、婚約は破談になっている。しかし妻となるはずだった女は弥勒に殉じるため死を選んだ。死んで彌勒との約束を守ったのだ。いや、それは約束ではなく誓いといえよう。
元より彌勒も死は恐れないが、許嫁の誓いに応えられない事に苦しんだ。
結局、今後許嫁の家の者には憑りつかない事を条件としてミロクは“ヒオシ”となる事を承諾する。
◇*◇*◇*◇*◇
【杓子様とは】
日本の古代女神が竜と交わって生まれた女児が、捨てられて妖怪となったのが杓子様なのだという。
捨てられた理由は諸説あるが、神でも竜でもないからとか、あまりに美しかったので女神が嫌ったなどとされている。
杓子様は十数年に一度、魅入った若い男の精気を糧として生き永らえ、300歳になると夫になる人間の男を探して夫婦となり子を産む。
生まれるのは例外なく女児で、親子が共に暮らすが、その間も母親が魅入った若い男から得た精気を糧とする。
子は150歳になると、人間を魅入って自らの糧とする方法を覚えるために、父親を魅入って殺し、母はそれを見届けてから竜のような姿になって地に潜る。
これは祖である竜への回帰であり、450歳で竜神という本来の姿になるのだが、捨てられた存在である杓子様は己が竜神である事を知らず、地中深く深くもぐり続けマグマに焼かれて死ぬという。
また、この時に大きな地震や災害が起きるとされる。
杓子様の夫は“ヒオシ”呼ばれ、杓子様と契りを交わした男は、杓子様の体内に取り込まれ、骨も肉も全てが溶けてから、もう一度再生されるのだという。
その時にはもう人間ではなく、超人的な運動能力を備えており、“サンカ”や“セブリ”と呼ばれる放浪漂泊の民を率いて杓子様とその子を守るとされている。
“サンカ”や“セブリ”と呼ばれる民は、古来より様々な技術を持ち、権力者に支配されるのを嫌って放浪し、差別民として様々な弾圧を受けたという記録が多く残っている。
勿論、人間が杓子様の生い立ちなど知ろうはずもない。
人間にとって、杓子様とは豊穣をもたらす神であり、人を憑りついて殺す物の怪であったのだ。
◇*◇*◇*◇*◇
時代は流れ1836年。
もし言い伝え通り彌勒がヒオシとなって杓子様との間に子が生まれたなら、その子の年齢はゆうに100を超えているはずだ。
時は折しも天保の大飢饉の最中。
甲斐の国では大規模な一揆が発生し、天保騒動と呼ばれた。
この一揆は無宿人などの参加により暴徒化し、各地で打ち壊しや火付けを行い、鎮圧軍のみならず各諸の村からも抵抗を受けるようになる。
各地で一揆勢が鎮圧される中、誤解や偏見による無実の人々への弾圧も見られた。
◇*◇*◇*◇*◇
「このところサンカどもの動きが目立っておるようですが」
「不吉な」
「あやつらが動いて良い事などない」
「そっと生きて死ねばよいのだ」
「それにしてもあの噂は・・・」
「村が生贄を引き渡すという噂か?」
「はい、とても許される事ではありませぬ」
「その件は忘れろ」
「なぜでございますか」
「そのような事実は確認しておらぬ。それに村々が決めた事だ。しかも一つや二つの村ではない。利水や通行、労役の負担と含めて協定があるらしい。村々にとっては重要な事なのだろう。しかし、お上にとってはどうでも良い事じゃ、捨て置け」
「人の命ですぞ」
「良いか、我らに何の利もない事で村々に不満を持たせてはならん。それに十数年に1人じゃ」
「しかし、村々が勝手に協定など・・・」
「では、おぬしが村々を仕切る事ができるのか?」
「いや、それは・・・」
「ならば言うな。我らは役人とはいえ殿の後ろ盾が無ければ何もできぬ。大体たった5名で何ができる」
「それはそうですが」
「我らは分をわきまえその中で懸命に働くしかないのだ」
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人は怖れる。
それは自らの影のように寄り添い、どこまでも追いかけてくる。
決して無くすことはできないのに逃れようとする。
そして、それは時として考えられない暴力を生む。
人は弱い。だから正しくありたいと思う。
ただし、この正しさとは己が非難されないための、傷つきたくないための隠れ蓑でしかない。
しかも、本当の正しさとは自らの中にしかないものなのに証拠が欲しくなる。
それが時として、決定を他人に委ねる愚かな大衆と化す。
愚かな大衆は、決定する者に従う事で自らの責任を回避し、理由を与えられれば残虐な行為にも手を染める。
すなわち人の恐怖と弱さは戦いを生む。
戦いは敵を求め、その敵を殲滅する事を目的とする。
それでしか恐怖と自らの脆弱さから逃れられる事ができないからだ。
人の弱さと恐怖。
そこから生まれた戦いは、人々の不満や不安、見栄や欲望を養分として大きく育っていく。
もっと多くの人間を殺すために。




