間(はざま)
ボクの左腕が再び熱を帯びた。
ヨーコさんの言葉が本当なら、ボクの左手には何らかの力があるはずだ。
左手を握った。
この拳を打ち込んでやる。
“ゴキッ”
僕の左肩に衝撃が走り腕の自由は奪われた。多分骨は砕けているだろう。
無理に振り向くと石妖が掌をボクに向けていた。
「へんな動きをするんじゃないわよ」
ボクの肩は石礫にやられたらしい。
石妖はなおも腕を伸ばしてボクの背中に触れた。
“ズクっ”
嫌な音と共に背中に痛みが走った。何かを背中に打ち込まれたらしい。
身体の自由が利かない。
背中に打ち込まれた何かが少しづつ深く刺し込まれてくる。
「ぐぁぁ・・・」
ボクの唸る声以外はやけに静かだ。
そこへ何かが飛びこんで来た。
“ズザザァッ”
「痛たたた、またやってしまったデスね」
メリーさんの声だ。一緒にいるのはアヤメさんか。
ボクはぼんやりしてきた意識の中で疑問に思った。どうして2人が一緒なんだ。
とっさにボクの髪を放した青行者が身構える。
「なんだお前らは!」
アヤメがふらりと立ち上がった。
その視線は定まらず宙を彷徨っている。
「あ、アヤメ・・・さん」
秋人達はもちろんアヤメを知っている。
ノヅチセキュリティーにあって、礼子の身辺警護とその作戦運営の中心的役割を持つSPチーム。
退魔戦闘力のサクラ、探知能力のアオイ、そして豊富な知識を持つのがアヤメだ。
明るい性格のアヤメはSPチームのムードメーカーである。
その面倒見の良さと明るく誰にも物怖じしないアヤメに秋人たちは少なからず好意を抱いていた。
その反面、退魔では目立たないためか、その能力は十分に知られていないのも事実だ。
「アヤメさん、すまないっスけど、どいてもらえますか」
アヤメの反応は無い。
視点が定まらないまま立ち尽くしていた。
「何か様子が変だぜ」
「あ!何かが憑依してるわ!」
アヤメの身体にうっすらと霧のようなものがまとわりついたかと思うと、辺りは大きな重圧に包まれた。
「な、なんて霊気だ!涼介!レン!構えろ!!」
“がごぜ”の3人がアヤメを囲むようにして構えた。
「NONONO!ワタシ関係ないデス!通りすがりのメリーさんデス!」
「こいつメリーだ、こんな事があるのかよ、口裂け女とメリーっていや都市伝説の主力級じゃないか」
「そうか、メリーの高速移動か・・・」
「それより、アヤメさんの憑依霊が出るわよ!!」
“ドンっ”という震動とともにヒトカタが現れた。
「さ、侍だ・・・」
それは空中に浮いていた。
「ミ、ミロクさん・・・」
ボクは呟いて気を失った。
「小童ども、本当は杓子の山神が来るはずであったのだ。しかし荒木殿の事となれば力の加減ができんだろうからな、代わりに拙者が来た」
「な、なに言ってるんだ・・・コイツ」
「ククク、拙者ならお主らを殺さずに済むという事だ」
「ふざけやがって、やれ!」
秋人が叫んだ時、ミロクの身体は宙にあった。
石妖が石礫を撃つ。
ミロクの身体は滲むように消え、青行者の背後に現れた。
既に刀が青行者の身体を貫いている。
「く、くそぉッ!」
涼介は堪らず青行者の物体化を解いた。
石妖が狂ったように石礫を撃ちづつけるが、ミロクの身体にかする事もできない。
まるでミロクを避けて撃っているようにすら見えた。
石礫を避けつつ、石妖に迫る。
「いやぁ!なんで当たんないのよ!来ないでよぉ!!」
“斬ッ”
一刀のもとに石妖も消えた。
レンは崩れるように膝をついた。
本来、職柱である霊や妖怪が傷つこうと消えようと宿主の身体に影響はない。
しかし憑りついている状態を通常であると宿主の精神や身体が認識している場合、または職柱からエネルギーの提供を受けている場合、強烈な喪失感や虚脱感に襲われる場合がある。
生気を失った虚ろな目で座り込むレンはその両者だと思われた。
「残るはひとつ」
ぐい、と振り返ったミロクに大百足の毒針が飛ぶ。
これは無数の足に生えている棘を飛ばしているのだが、まるで当たらない。
大百足は地面に潜った。
それを避けるようにミロクは宙へ跳ぶ。
しかし、大百足の気配は倒れた荒木颯太へ向かっていた。
そうなのだ。彼らの任務は荒木颯太の抹殺。
もともとヨーコやミロクなどと闘う必要は無いのだ。
微かな気配しか残していないヨーコも、座り込んでしまったメリーも大百足が颯太を狙っている事を悟った。
そして宙に在るミロクに願った。
颯太を守って欲しいと。
しかし、ミロクは颯太に背を向けた。
「どうして!」
メリーの声と同時に秋人の目が見開かれた。
脇構えで身体ごとぶつかる様に迫るミロク。
「颯太を捨ててまで秋人を斬ろうというのか!」
「ムカデの宿主よ!お主の勝ちじゃ!お主が両断されるより大百足が颯太殿を噛み砕く方が僅かに早い!」
「うっ、くそっ!」
秋人は颯太の場所に届く前に大百足を地上に出して毒針を撃つ。
それは秋人を守る弾幕のように放たれた。
かろうじて避けたミロクの目がぎらりと光った。
「身を捨てきれぬか・・・この柔弱者め!」
大百足は毒針を発射しつつ秋人の周囲にバリケートを作る様に丸くなった。
「ほとほと救えぬ奴じゃ、戦わぬ者は去れ!」
秋人は怖れていた。
ミロクの戦闘力はこれまで見た事もない異質なものだ。
大百足の戦闘力は、古狼は別格としても、蓮狐どころか童蛟とも十分に渡り合えると考えていた。大体、古狼や童蛟ほどの戦闘力を持つ霊などほとんど存在しないのが実情なのだ。
だからこそ自信をもっていたし、青行者と石妖を組めば敵なしと考えても不思議ではなかった。
しかし、その考えを簡単に覆す者が現れた。
“ミロク”とは何者だ?
久しぶりに感じる恐怖の中、秋人は敗北した。
「お主の心が負けを認めたな。ならば2人を連れて去るがよい。お主は無傷なのだから、仲間を連れて行け」
「仲間?」
「その2人をどう考えようとお主の勝手だが、早く去るがいい、山神に見つかったら、それこそ骨も残るまい」
思いのほか素直に彼らは去って行った。
そこへやって来たのは神の眷属、古狼だ。
「荒木颯太はどうしたか!」
凄まじい霊気だった。
「ぶ、無事デース」
唯一対応できるメリーが青くなって答えた。
「そうか、無事か・・・ぬ?キサマ、我の宿主に憑りついておったヒトカタだな」
「いかにも」
「もう用は無いはずだ」
「お主こそ随分とゆるりとしておったようだな」
「気に入らんな」
「ならば去れ、拙者は婿殿に用事があるのだ」
「何だと?」
「荒木颯太殿は我が娘のヒオシとなるのだ」
「何を言うか、我は我が宿主に約したのだ、この男を救うとな」
「それは残念よの、もう拙者がお救いしたところだ。お引取り願おう」
「荒木颯太は我が宿主とツガイになるのだ」
「それは飲めぬ相談だ。我が娘の婿になろうという男がケモノの宿主と交わるなど」
「貴様、闘うというのか?」
「一度刀を交えておるし、気は進まぬが、婿殿の為ならやぶさかではない」
「我も宿主との約束があるのだ」
「そこまで言うなら、よかろう」
「よし、この古狼相手に二度目はないぞ」
「あわわわわ・・・こんなバケモノ同士がぶつかったら、ワタシなんて巻き添えで死ねマス」
震えあがるメリーの背後に白い霧のようなものが湧き立った。
バシュッ
という音と同時に杓子様が姿を見せた。
「ひぁっ、しゃ、杓子様!!」
「そうた、私のヒオシ」
杓子様は他の者など目に入らぬように颯太の側に膝を着いた。
その瞳は少女のようでありながら母の慈愛に満ちている。
また、同時に焦りや怒り、戸惑いと恥じらい、様々な感情が交錯していた。
「む、これはいかんな、感情が強すぎる。これでは自分の身さえ消し去りかねん。獣王よ、せっかくの誘いではあったが、見合わせじゃ」
そこへフラリと立ち上がる影はヨーコだった。
「なんだぁ、この霊気は。地獄よりもヤバいじゃないか」
口元からうっすらと煙のようなものが立ち昇っている。
恐らくエネル源を摂取したのだろう。
「おい、アンタら!」
ミロクと古狼、遅れて杓子様がヨーコに視線を向けた。
「アンタらみたいなのがさ、集まって闘気を出されたんじゃ、たまらないよ!並みの人間じゃ耐えられないっての!」
「それにねぇ、颯太の左腕は杓子様の朧刀、野津地のババァの呪術、それからミロクって言ったっけ、あんたの刀、他にもいるんだけどさ、そいつらの力が融合して覚醒しちまったのさ。簡単には憑りつけないよ」
杓子様の発する霊気が一段と強くなった。
「ヤヤ、婿殿の左腕はさておき、お前は感情で弾けてしまうぞ。我等のような存在は人間のように多くの感情を持てる訳ではない。感情とはエネルギーの発現でもあるのだ」
“げぁげぁげぁ”
「そうか、荒木颯太の左腕が覚醒したか。これは好都合だ。俺は憑りつきを望んではおらぬ。我が宿主と共にあれば良いのだからな」
ミロクは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
「おい、そこのおなご」
その視線はヨーコに向けられていた。
「え、私?」
「そうだ、お主、その獣の宿主が婿殿を取り込まぬよう監視するのだ」
「そりゃ、当たり前よ・・・って、なんで命令?」
「ヤヤが魅入るなら腕を斬り落とせば良い話だが、今はそうもいくまい。まずは婿殿には回復につとめてもらわねばならぬ」
それを聞いた古狼はつまらんという顔をした。
「まぁ、本当なら死んでいるような損傷を受けているからな、承知した。今日は退く。俺も宿主の元へ帰らねばならん」
神の眷属、孤高のヒトカタ、都市伝説、そんな物の怪どものやり取りの中、ヤヤの瞳は豊穣の女神のように慈愛に満ちていた。
「そうた・・・」
颯太を見つめる杓子様の声は小さく小さく、呟くようであった。
完結です。ありがとうございました。




