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トリツカレ  作者: 白蜘蛛
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白法師

「ハク!お前の出番だ!」

白戸は足を開いて腰を少し落とし、縄のようなものを両手握って、何かを唱え始めた。

微かに空気の振動のような波動が白戸から発せられた。


ズッ


白い影のような霊がまるで白戸の身体から分離するように姿を見せた。

小袖に狩衣、しかしそれは全てが真っ白で、その白い髪は歌舞伎の連獅子れんじしを連想させた。


御前は笑うのを止め、不愉快な様子で言った。

「これは白法師しろほうしよな。しかし、まだまだ力が足りぬようだが我の前に立とうというのかえ」


白法師しろほうし

人の姿はしているが、その実態は植物のワタである。

ただその中心には何かが居て法力を操るとされるが、それはヒトカタでも獣霊でもない。

その真相を知るのは白戸本人以外には礼子のみである。

そのワタを使って物理的攻撃への防御と毒による攻撃を得意とする。

白法師が対ゾンビで有効なのは、ワタの毒がゾンビ蟲にすこぶる有効だからだ。


「御前、このハクはアンチゾンビのスペシャリストって事にしてるけど、本当はお前への切り札として育てたのさ」

「知っておるぞ、そやつは“がごぜ”の者よの。他の者共もよぅ知っておるえ」

そういうと御前はぬらりとした嫌な笑みを見せた。

「貴様、あいつ等に何かしたのか」

「ほほほほ、子供が親元を離れるのは世の習い。力なき者が力ある者を頼るのも世の習いじゃ」

「何が狙いだ?」

「我はの、何十万という夜を過ごして来たのじゃ・・・もう、何をするのも飽いたわ。しかしのぅ野津地礼子、貴様だけは許さん」

「けっ、何が飽いただと?貴様はどれだけの人を破滅させた?」

「ほほほほ、さすが人間様ともなれば言う事もおこがましいの、お主らが肉を喰らうのと、我が人の心を喰らうのに、どれほどの違いがあるのじゃ、かたちを結ぶか結ばぬかとでも言うつもりかえ。石くれと話をしているわけでもあるまい」

「今日はやけに饒舌じゃないか」

「そうじゃ、今日という日はの、お主の苦しみの始まりなのじゃ、お主の手、お主の足、目、耳、心、壊してやろう。こともあろうにお主はそれを置いてきたようだの」

「なに!まさか、貴様・・・」

「ほほほほほほほほほ・・・立ち止まりし者よ、お主の偽りの時間はの、我らが物の怪よりも世の常ではないわえ」

「こいつ・・・」


ピシッ


何かが弾けたような音がした。

見れば礼子の頬がヒビが入ったように割れている。

「おい、あたしの力は全て・・・ハクに譲った。屍師の能力を持つお前が蟲使いなら、致命傷になる」


「うひっひひひ、浅はかなり、今日は挨拶までと言ったはずじゃ。お主が挨拶だけで済まさぬというなら、こちらも駒を進めさせてもらうぞ」

「大伴!ハクを援護しろ!」

「ふん、無駄じゃ!さぁ、出ませい!」

御前が一歩退いて両手を地面にかざした。

地面の土が盛り上がるようにして人の形となった。

それが少し震えたかと思うと土のかけらをぱらぱらと落としながら、はっきりと姿を現した。


「うぁッ!」

誰ともなく声が上がった。

空間を捻じ曲げるような重圧プレッシャーが満ちる。

姿を見せたのは武者姿のヒトカタ。

しかし、その腰に差した刀は一際大きく、騎馬用の大刀であると思われた。

その表情は見えないが、辺りを見渡すようにして、そっぽを向いた。

「ふん、死にかけと手傷を負った女にケモノ、後は生者どもか・・・よし、そこの獣王、俺と仕合え」

古狼は鋭い視線を据えたまま言い放った。

「断る」

「なに?神の眷属が闘いを避けるか」

古狼はそれには答えなかったが、つまらぬとでも言いたげな口調で告げた。

「お前、餓えているな。ただ、お前の餓えを満たせるのは我ではあるまい」

「さすがは獣王だな、俺なんぞとは闘えんか。しかし、その娘はそれほどまでに大事な宿主か。つまらん。俺は遠慮しておこう」

勝手な事を言う大刀のヒトカタに御前はむしろ媚びるようにしなを作った。

「まったく良き男振りよな、惚れぼれするぞよ。しかし、そなたは我の術無しではこの世に留まれぬのだえ」

「そうだったな」

武者が白法師を見て少し顎を引くようにしたと思った瞬間。

その右腕が消えた。


ざんッ”


武者の大刀が舞い、白法師の首が飛んだ。

驚くべきはその早業である。

とても人間の目には映らないその動きは大刀による居合だ。

これは単なる霊力ではない。

生ありし頃に鍛錬に鍛錬を重ねた者の所作である。


しかし、宙に飛んだ白法師の首は軌道を変えて御前の頭上へ達した。

「む?」

武者と御前が見上げた途端、白法師の首は弾けて無数のワタとなり、御前を包むように降り注いだ。

その中で両手を広げて御前が笑う。

「かかかか、これは毒じゃ、我が蟲使いと知っての事か。しかし我とて伊達に時を重ねてはおらぬ。抜かりはないわ」

そう言うと両手の平を地面に向けて何かを唱えた。

地面から何か気のようなものが集まり御前を包む。

地被衣ちかずきじゃ、地の力は炎と毒を遮るのでな、白法師の毒も蓮狐の炎も我の敵ではないぞえ」

余裕を見せる御前の言葉に、野津地礼子の口許がくっと上がる。

「そうかな」


ふわっと舞った綿が御前の霊体に触れる。

“ジュッ”

御前の余裕の笑みが驚きに変わった。

「うぬぅ!?」


“ジジッジジジジッ”

「ぎぃやぁぁぁッ!!」

御前の悲鳴が響いた。

「こ、こんなワタがなぜゆえ我の肌に達するか!こんな若造の白法師のワタが!!」

大伴に支えられた礼子が苦しそうに笑った。

「私の呪術を白法師のワタにまとわせたんだよ。お前は単に白法師に霊力を譲ったと思ったようだけどね」

「くおぉの小娘がぁ!」

体中にワタの攻撃によるダメージを受けた御前が恐ろしい顔で吠えた。


「ありがとよ、この私を小娘なんて言ってくれるのは千年以上さまよってるお前くらいなもんだ」

「くそくそっくそっ!」

怒りに狂う御前を庇うように大刀のヒトカタが身を置いた。

「御前、白法師はまだワタを持っているようだが、弾けたワタは俺には斬れん。退魔士共あいつらも傷を負ってるし、今日のところは痛み分けだな」

「そなたまでそのようなことを!」

「今回は挨拶だと言っていたな、かなりキツイ挨拶だったが、今日のところはそれで納めたほうが良かろう。俺は次が楽しみだ」

怒りに狂っていた御前の表情がみるみる落ち着きを取り戻していった。

「そなたがそこまで言うなら、今日は退こうかい」

御前はむしろ無表情となってそう言うや、ふっと消えた。

武者の足元から土が盛り上げるようにまとわりつく。

「次は必ず立ち合ってもらうぞ」

武者は小さく笑いながら、地面に沈み込むように消えていった。


負傷した篠原亜矢、消耗しきった野津地礼子、他スタッフも霊力にあてられたのか、激しい虚脱感に襲われていた。

他に現場に残されたのは黒焦げの死体とその体内で消えた小さな命だ。


*-*-*-*-*-*


「大丈夫ですか、礼子さん」

「あたしは大丈夫だ、しかし御前が気になる事を言ったね」

「あの、“がごぜ”ですか?」

「そうだ。そうなれば危険なのは・・・」

「ノヅチセキュリティー本部!?」

「いや、サクラと颯太だろう。これはまずい・・・」

「大至急戻る手配をとります!」

「しかし間に合うか・・・ヤツ等はこっちの弱みを結構知っているからね。今日の退魔の計画を知っているなら、動くのはやはり今日だろう」

「とにかく急ぎます」

「頼む」


「他の手がないでもないが・・・」

礼子は古狼に向き直った。

「古狼、行けるか?」

岩城が慌てて割って入った。

「礼子さん駄目です!!古狼を放とうというんですか!!」


古狼は元々人に憑りつく必要などない。

なぜ礼子に憑いているのか、なぜ礼子の命令に従っているのか。

気に入ったとはいえ、なぜ篠原亜矢のような若輩者に憑いたのか。

それは全くの謎だ。

何かが礼子との間を取り持っているに違いないのだ。


礼子はもう一度聞いた。

「古狼!行けるか!?」

「我が宿主は篠原亜矢なり!」

やり取りが聞こえていたのだろうか、亜矢の瞼が薄く開いた。

「こ、ころう?」

「我に命じよ!若き宿主よ!」

「お願い、颯太くんを守って」

「篠原!何を言ってる!古狼を放とうというのか!!」

岩城が厳しい声を放つ。

礼子に肩を貸していた大伴もたまらず口を開いた。

「礼子様!止めてください!放たれた古狼が篠原さんに従うとは限りません」


古狼は元々、地を駆け抜け、人も獣も鳥も魚も全てを蹂躙し従えてきた存在なのだ。

人間の命などどうでも良いのだ。

そんな存在を解き放とうとしている。


「颯太くんを・・・守って・・・」

「承知した!!」

「何だと?古狼が!?」


古狼は神の眷属。

まだこの世が混沌としていた時、やっと無機物と生き物が分かれたばかりの時代に彼は神の眷属として君臨していたのだ。

その頃の彼は今のような姿ではなかった。

生物自体が生まれたばかりでまだ形が定まっていない時代の事だ。

他の神が人間のような姿に変わっていく中、彼はそれにはならわなかった。

ただ、孤高のプライドと圧倒的な破壊力を保持し続けた結果、それらを最も体現したのが現在の姿である。時の流れは彼を獣霊として位置付けたのだ。

もとより己の姿など顧みない彼は気にもかけない。

彼にあるのは圧倒的な力と精神のみなのだから。


その古狼が承知したのだ。

怖ろしい力を発揮するに違いない。


「老いた宿主よ」

「・・・えっ、あたしの事かい?」

「そうだ。力をくれ」

「エネル源か?」

古狼は小さく頷いた。

礼子は懐から小さなビンを3つ地面に置いた。

近づいた古狼がビンを咥えて言った。

「若き宿主を頼む」

「任せな、それくらいの力は残ってる」

古狼はにっと笑うとビンを噛み砕いた。


ズンっ

「かぁぁ・・・ッ!!」


古狼の姿は頭部から両肩にかけて、たてがみのような白く長い体毛が風に揺れていた。

「では、行くぞ」

ダンっという衝撃を残して古狼は消えた。

次の瞬間、遠くに見える山の木々が揺れる。

何というスピードだろう。


「もう、あたしたちにできる事はないよ。さっさと後始末にかかりな」

礼子の声にもさすがに深い疲労が滲んでいる。


その後、3名のスタッフが到着し、記録班と協力して“清掃”と呼ばれる後始末を行った。

約1時間後には地面に残された黒いシミを除いて、全てが“清掃”された。

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