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トリツカレ  作者: 白蜘蛛
34/41

御前

宿主である篠原亜矢の指示にも古狼は動かなかった。


「古狼!どうしたの!?」

古狼はつまらなそうに言った。

「もう、死んでいる」

『なんだって?』

雷狸奴の身体は色彩が薄くなったかと思うと、ふっと消えてしまった。

「雷狸奴の気配が急速に微弱化!対象の生体反応がありません!」

しかし、アオイの言葉とは裏腹に髪をふり乱した女は時折、びくっと身体を震わせながら立っていた。

「いったいどうなって・・・」

「・・・ゾンビか!一体いつ細胞を接種した!?」

ゾンビに霊は憑かない。人間のゾンビ化は死と同じだ。

ゾンビ化成立と同時に雷狸奴は解き放たれて漂うか、消滅してしまうのだ。

しかし、人間が死んだ後でもゾンビ化は成立する。

それは心臓が止まっても暫くは細胞が生きているからだ。

雷狸奴が消えてもゾンビ化が成立していないのは、いまその状態にあるといえる。

「ゾンビ化はまだ未成立です!」

「よし亜矢!成立前に首を刈れ!」

「あ、あぁ・・・」

「亜矢!古狼を突っ込ませろ!」

「か、会長、あれは宿主で、に、人間です」

「ゾンビ細胞を接種されてる!もう間に合わない、殺してやるしかないんだ!」

「で、でも、私には・・・」

「ちッ、大伴!焼き尽くせ!!」


ババババッ


地面から湧き出した炎が宿主を包む。


ぎゃあぁぁ!!


耳を塞ぎたくなるような叫び声とともに宿主である女はゆっくりを歩を進めた。

「ひぃっ」

亜矢の悲鳴、それでも古狼は微動だにしない。

その冷えた目は何かを見ていた。

いや、何かを見極めようとしていた。


ジャキっ


礼子の手に握られたのはコルト・ローマン。

その名「ローマン(法執行人)」の通り、警察や法執行官向けに開発されたリボルバーで、一時はコルト社の官給リボルバーの中核を為していた。

現在ではマイナーな銃だが、礼子が使用するスナブノーズはその携帯性と破壊力から護身用として重宝されている。

比較的小型ながら357マグナム弾が使用できるこのハンドガンは、霊体には何の効果も無いが、生物には恐ろしい破壊力を発揮する。


構えてから間髪入れずに発射、眉間を捉えた弾丸が顔の半分を吹き飛ばした。

ゾンビ化しつつあった女は何かを抱くような姿勢で体を丸めて動かなくなった。


「雷狸奴の気配が完全に消えました。宿主のゾンビ化も未成立です」

アオイの声は強ばりながらもあくまで事務的だ。

「よし、退魔完了だ。気に入らないが・・・録画は?」

「はい。残しています」

「対象が対処不能の状態である事は証明せねばならんからな。雷狸奴が消えた以上、霊障にもならんだろう。それにしても大騒ぎした割には雷狸奴一匹か」

対象を救えなかったのは残念だが、既にゾンビ細胞を接種されていて回復は不可能だったし、クライアントには説明がつくだろう。

それにしても、野津地礼子のビジネスと人を救う情熱はどこで線引きされているのだろう。

結果について悔やまず、最善の結果を求めて切り捨てるものは切り捨てる。それを鉄の意志で行うのだ。

霊的な存在を認めぬ無知な者や結果に責任を取らぬ卑怯者、彼らが礼子を異端と糾弾するのも当然だ。


宿主に憑いていた雷狸奴らいりども闘わずして消えた。同時にダブルの片割れ、屍師かばねしの能力を持つ霊も消えたはずだ。あっけない結末といえる。

しかし、礼子が望んだ宿主の保護は叶わなかったし、データに至っては何も得られなかった。

「アヤ、だいぶ出来るようになったと思ったが、まだまだだね」

「済みません・・・」

「とにかく経験を積む事だ。しっかりやりな」

「はい」

どんな罵声が飛ぶかと思ってヒヤヒヤしていたスタッフも予想外の礼子の言葉に胸をなでおろした。


腐肉の焼けた臭いが漂う凄惨な現場。

そこに少しだけ温い空気が流れた。

一瞬、ほんの一瞬だけ気を抜いた、その時。


アヤメが叫んだ。

「霊体反応!対象からです!!」

女の遺体から何かが飛びだした。

それは人の顔のようなもので遺体の腹部からゴムのように伸びて篠原亜矢に向かった。

古狼がアヤの袖を咥えて引く。


ざすッ!!


亜矢にぶつかったように見えた白い顔は、素早く対象の遺体に戻って消えた。

「え?」

アヤが目を向けると、かすめるように右脇腹をえぐられていた。

「きゃぁぁぁ!!」

悲鳴と共にアヤがうずくまる。

古狼が袖を引かねば直撃されていただろう。

古狼だけが警戒を続けていたのだ。

しかし、その中でアヤにダメージを与えた霊のスピードは脅威的と言える。


焼けただれて死んだ女のうえに白いものが浮かび、徐々に姿を現した。

中世日本の女性を思わせる袿姿うちきすがたに黒髪、白い肌とお歯黒に眉化粧、明らかに平安時代の貴族である事が知れた。

「惜しい惜しい、かすっただけかい。しかしうまいのぉ」

御前ッごぜん!やはりお前か!!」

「旨いのぉ、若い女子の血肉は旨いのぉ」

「貴様、どういう事だ!」

「ひっひっひっ、小娘、人間という儚い生き物よ、まだ生きておったな。されど今日は挨拶までじゃ」


御前ごぜん

平安時代、歴史に名も残らないような下級貴族の娘が不幸の末に死んで怨霊化した霊。

生前から呪術に精通し、その歪んだ人格もあって、独善的かつ冷酷である。

主に若い娘に憑りつき、家族を崩壊させる。

若い娘の血肉を好むが、最大の特徴は複数の宿主に同時に憑りつく事にある。

霊力は強く、ランクはS。

“御前”とは古狼や口裂け女と同じく単体名称である。


御前は自分の足元で焼け焦げた死体に視線を向けた。

「かかかか、この女はの、父親と寝たのじゃ、実の父親と。そして児を宿したのじゃ」


「そうか、御前が憑りついたのは胎児か!」

御前はダブルを装うために娘にとりつき父親との情事の果てに妊娠させたのだ。

そして雷狸奴を女に憑りつかせ、自分は胎児に憑りついた。

礼子たちを欺くために。

そして不意打ちさえ済めば胎児に憑りついている理由もないのだ。


「くそっ!手の込んだことを!」

歯噛みする礼子に御前は不気味な顔で笑った。

「ひゃひゃひゃ、しくじりおった!われに瑕をつけた唯一の人間がしくじりおった!」

「女が死んだ、若い女が死んだ、美しい女が死んだ、幸福な女が死んだ!!ひひひひっ!!」

「もう一人死ぬのじゃ!喰われて腐って死ぬのじゃ!ひぃひひひひっ!」


なんと御前はアヤにゾンビ細胞を植え付けたというのだ。


「貴様!!」

低い声と共に古狼が跳んだ。

御前は笑うのを止めて手を横へ振る。

檻柝かんたく!!」

御前の前に鉄格子のようなものが一瞬光った。


ガシャ!!

金属がぶつかるような音を立てて古狼の身体は地に落ちた。


「かかかか、いにしえの獣霊よ、つまらぬ意地を守るために、お主は泉門を得たのじゃ、我の術は獣霊に良く効くのでな。かたちを為すにヒトカタになっておれば良いものを、よりによって獣霊とはのぉ」

古狼が起き上がって低く吠えた。

「キサマ・・・」

「どうしたえ?神の眷属とて古いだけのケモノがどうするのじゃ?」


ぎりっ

奥歯が軋むような音は大伴から聞こえた。

「ひひひ、そのほうは蓮狐よな、お主も同じじゃ」


古狼と蓮狐を手玉にとる御前。

勿論、古狼が捨身で闘えば勝算はある。

しかし、古狼の宿主であるアヤが御前の攻撃で負傷している。

しかもゾンビ細胞を植え付けられているはずだ。

力を充分に発揮するどころか、エネルギーをアヤに供給しなければならない。


「大伴!やれ!!」

礼子の指示に大伴は亜矢に向かった。

灼羅しゃくら!!」

大伴の拳が光ったかと思うと、アヤの脇腹、御前の攻撃で受けた傷を打った。


ジュジュジュッ


「きゃぁッ!!」

肉を焼く音とアヤの悲鳴が交差し、

嫌な臭いが立ち込めた。

その臭いはまさに腐肉を焼く悪臭だ。

声にならない悲鳴をあげるアヤを大伴は離さず焼けた拳を押し付けている。

「篠原さん、もう少しご辛抱を・・・」

血肉どころか骨も焼いたその激痛の中で悲鳴が途切れた。

ゾンビ化を防ぐのは人間の内に殺せば済むが、殺さずにゾンビ化を防ぐのは非常に困難だ。篠原の傷は小さく接種直後とはいえ、確実にゾンビ細胞を消滅させるには完全に焼き尽くすしかなかった。

すかさず礼子は大伴と入れ替わるようにして術札をアヤの額と傷口周辺に貼りつけるや、印を結んで何かを唱え始めた。

その時間僅かに10秒ほど。

「よし、これでいい。待たせたね御前ッ!」

「ほぅ、見事。とりあえず褒めてつかわしょ。しかし人間風情がの、獣霊輩けものばらと組んでどうしようというんかえ?」

いつもなら悪態をつくであろう礼子であったが、今日はその間もなく鋭く指示した。

「ハク!お前の出番だ!」

ハクこと白戸は足を開いて腰を少し落とすと両手を目の前で組んで何かを唱え始めた。

その手には何か縄のようなものが握られている。

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