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トリツカレ  作者: 白蜘蛛
33/41

雷狸奴

案件7413-HAB(W)の対象は、年齢27歳女性、身長165㎝、体重55㎏、髪は栗色のロング。健康上の問題なし。

彼女は都内周辺から移動し岩手県平泉に居た。

これは対象の父親が持つ別宅が盛岡市にある関係だと思われる。

野津地礼子以下9名のメンバーは既に一関市に入っていた。


◇*◇*◇*◇*◇


対象はある財閥の重要関係者の娘だ。

彼女は外資系の企業で俗にいうキャリアウーマンだった。もっともキャリアウーマンなどという言葉すら意味がないほど彼女は有能で誠実であり、そして美しかった。

若くして役職を持つ彼女は10名ほどの部下を持つリーダーだ。掛け持ちで複数のプロジェクトに参加し、非常に多忙であったというが、その激務すら彼女を更に輝かせる材料でしかなかった。

変調が見られたのはごく最近、半年ほど前の事だ。


彼女は不機嫌で苛ついていた。

周囲の者達は肯定的に納得した。

あれほどの激務だ。

今までが問題なかったのが逆に異常だったのだ。

彼女は上司の“配慮”によって複数のプロジェクトから距離をとらされた。

完全に外さなかったのは彼女のプライドと立場を守り、後日再度参加できる道を考慮したためだ。

しかし、どれだけ業務を軽くしても彼女の状態は悪くなる一方だった。

レポートのレベルは仕事どころか社会人としも成り立たないほどに低下していたし、言葉遣いや態度だけでなく、顔つきまで変わっていた。

これまでの彼女は有能で誰にでも好かれ、信頼される存在だった。

これまでの彼女は普通の人間からすれば“出来過ぎ”なのだ。

だからこそ、その異常さに周囲が声を上げた時には完全な手遅れの状態だった。

もう、関係の修復は不可能で、彼女の行動は常軌を逸するところまでエスカレートしていた。

遅れた報告を受けながら、父親は「やはり」と思った。

彼女の行動は家庭内でも異常性を示していたのだ。

しかし、それを父親が打ち明ける事はなかった。


今回の依頼主クライアントは、この父親の秘書という事になっている。

この父親が政治家である事から、本当の依頼主が秘書であるはずはなかったが、礼子からすれば、そんな事はどうでもよかった。

ようは仕事を完遂させれば良い。

そうすれば、金と実績とデータが手に入るのだ。


*-*-*-*-*-*


対象の女は父と半年ほど前から関係を持っていた。

丁度彼女に変調が見られ始めた頃だ。

そして2ヶ月前に依頼主の妻が不可解な死を遂げていた。

父は妻の葬儀が行われた夜、娘に誘われるままにベッドを共にした。

もう抗う事などできなかったのだ。

何もかも忘れられる幸福感、突き抜けるような快感、最後に残った家族という微かな言い訳。

頭では分かっている。

日中、娘と離れている時には事態を正確に認識していた。

しかし、娘との関係を相談できるはずもなく、彼が何らかの対処をした形跡はない。


妻の葬儀の10日後、情事のあと眠りについた父は不思議な感覚に目を覚ました。

何かが自分の身体にまとわりついている。最初は娘が脚を絡めているのかと思ったが、それは柔らかくて長いもの、人間の大腿部ほどの太さだろうか、それが体に巻きついているような不思議な感覚だった。

身体は動かないが目は開くし見回す事も出来た。

その視界に自分の身体に巻き付いている白いものの先端が見えた。

直径は15㎝ほど、先端にあるのは目鼻口だけの女の顔だ。

顔の半分を占める口は開かれ、目はどこを見ているのか分からなかった。

その目が不意にこちらを見て、恐ろしい笑顔を見せた。

その後の記憶はない。

翌日眼を覚ましたのは、娘が既に外出した後だった。

のろのろと身体を起こしてダイニングキッチンに入ると、テーブルの上には朝刊と娘が準備したであろう朝食が置かれていた。

「夢・・・か」

そうだあれは夢だ。

トースターとコーヒーメーカーのスイッチを入れ、髭を剃って顔を洗う。

さっぱりとした気分で朝刊を読みながらトーストを齧り、用意されたオムレツをフォークで掬うようにして食べた。

娘のオムレツは冷えても美味かった。

それだけで満ち足りた気分を感じる。

その反面、体の芯に重いおりのような疲れがあった。

そして夢を思い出した。

「ちっ」

嫌な夢だった。恐ろしくて不安な夢。

しかし、夢は夢だ。

朝食を摂ったら少し寝よう。

たまには怠惰に過ごすのも良いだろう。

オムレツを半分ほど食べた時に顔をしかめた。

黒い一本の髪がオムレツの断面から突き出ていたのだ。

娘の髪か?いや娘の髪は明るい栗色だ。

当然良い気分はしない。

つまんで引き抜くと驚いた事に30㎝以上もの長さだった。

どうやってこんな長い髪が・・・

突然、胃から何かがせり上がり、シンクに走った。

吐き出した朝食を水で流し、口を漱ぐと、体の奥にあった疲れが殊更に意識された。

体調が悪いようだ。少し横になろう。

今日が休みで良かった。

寝室のドアを開け、ベッドに倒れ込んだ。

その頬の違和感に目を開けると、大量の黒髪がベッドの上に散乱していた。

「うわぁぁッ」

悲鳴と共に嘔吐感が突きあがる。

吐くものは無かったが嘔吐は止まらなかった。

吐きながら昨夜の夢をまた思い出していた。


やっとの思いで部屋を出ると、這うようにして書斎に向かう。

秘書に連絡をとった。

優秀な秘書は1コールで出た。

「ノヅチセキュリティーの指摘の通りだった、至急連絡を・・・」ここまで言って意識が途切れた。

彼の意識は戻らないが、秘書によって娘に憑りついた霊の退魔が依頼された。


*-*-*-*-*-*


案件7413-HAB(W)。

対象は27歳女性。

ミッションは除霊だが、スペシャルミッションとしてダブルの記録が設定されていた。


礼子達は対象を尾行した。

対象は街角の小さなレストランに立ち寄った後、徒歩で郊外に向かう。

その歩く速度は異常に速く、すれ違った通行人は驚いたように振り返った。

やがて住宅地を抜けると人影はまばらになり、ついには人家すら見えなくなった。

パンプスだというのに少しも歩は乱れず、やがて林道に入って行った。

周りを見渡すようにしていたが、道を逸れて空き地に入る。

腰程もある雑草をかき分けるようにすると犬の死体が現れた。

そこでまた左右を気にするようなそぶりを見せた。

その口端からは涎が流れている。


女は膝をつき、どすっという鈍い音の後、ぴちゃぴちゃという音やくちゃくちゃという音が静かな空き地に響いた。

女は夢中になっていた。


犬の死骸を喰っている。その内臓を引きずり出して喰っている。

突然女の動きがとまり、嘔吐した。

嘔吐した後、また腐肉を口にした。

美しく才能に溢れ、かつて誰からも愛された女は今、涙を流し嘔吐しながら、腐った犬の死体を喰っていた。


「憑りついているのはやはり獣霊か。もういい、周囲を固めろ」

「はい」

アオイから全員に通信が飛び、配置についた。


礼子は無造作に対象へ近づいた。

対象は犬の死体を喰うのに夢中なのか振り向きもしない。

礼子が何かを唱えながら、三方両錐形の金属を3つ放った。


小さい割に思いの外重い音を立てて金属が落ちた。

「よし、忌避結果を張った。とにかく憑物の正体を確認する」


女の動きがとまり、赤いものを吐きづつけた。

犬の死体。腐った臓物。

臓物を吐いた後、ここに来る前に摂取したと思われるものを吐いた。

白かった。

彼女はグラタンを注文していたので、恐らくはそれだろう。

しかし、ここまで霊に支配されていながら人間らしい食事をするだろうか。

しかも、ここで死肉を喰おうという直前に。

しかも喰った腐肉は吐いている。

何かおかしい。

「何かひっかかるね、油断するんじゃないよ」


しかし、その後、礼子が忌避結界の力を強めても霊は出現しなかった。

「なぜだ?なぜ姿をみせない?」

霊体を感じられる者、全員が同じ意見だった。

“霊は1体しか憑いてはいない”

「気配を隠したって見えないはずはないんだが・・・」

「礼子様!このままでは宿主が耐えられません!」

「ちぃッ、予定は変更だ!気配がする1体をさっさと退魔しちまいな!」

その時、女は膝をついて異様な叫び声をあげた。

アオイの声がそれに続く。

「憑依霊確認!獣霊Bランク!出ます!」

姿を現した獣霊は完全な戦闘態勢に入っていた。

しかし、その外観は思いの外という表現がぴったりだろう。

姿を現した獣霊は犬ほどの大きさの猫に似た獣だった。

耳の後ろと後脚に体毛が長くたなびいている。

「こいつは・・・雷狸奴らいりどじゃないか」


雷狸奴らいりど

雷獣の一種。

雷が発生した後に姿を見せる事から、雷を呼ぶ獣、雷の後に湧く虫を喰うなどの言い伝えを持ち、大戦の兆候として現れるとされた梁渠りょうきょの幼体ともいわれているが、実際は雷獣の中では下位に属する獣霊だ。

ただ、雷獣の一種である証拠に、その後脚にはたなびくような獣毛が生えている。

なお、雷獣の特徴とされる「後足が4本で尾が二股に分かれている」という特徴はこの獣毛のせいでそのように見えたと考えられる。


宿主である女のか細い声が聞こえた。

ころう・・・れんこ・・・

しろ・・・ほうし

宿主の体がビクッと震えた。


「どうして雷狸奴ごときが古狼を前にして逃げない?」

現れた雷狸奴は目を見開き牙を剥いて、せわしなく視線を動かしている。

「・・・こいつ、怯えているのか。震えてるじゃないか」

「相手は古狼、まともに闘ったら何も残らない。それでも闘うって事は・・・」

「つまり、古狼より恐ろしい存在が居るって事か」

「いるのか?そんなヤツが」

「つまり、それが屍師の力を持ち、宿主を含めて主導している霊って事になりますね」

「そいつの存在は?」

「全く感じられません」

アオイもその存在を感じ取ることはできないようだ。

バッカー3名と記録班2名を準備してデータ収集に力を入れていたが、空振りに終わりそうだった。


対象がダブルという事例そのものがそうそうある訳ではないし、憑いている霊の種類や宿主との関係など、全ての情報が非常に貴重だ。

それに、今件では退魔士が1人返り討ちに遭っている。不意を突かれたとはいえ、事前に情報を得られなかったのは、死んだ退魔士以外・・・・・・・・のミスだ。

様々な想いが礼子の声を荒げさせる。

「くそッ、何の為にこんな大所帯で来たのか分からないじゃないか!」


この時、礼子は見逃していた。

屍師の力を持つ霊が姿を見せないのは、意図的に姿を見せないのか、物体化するだけの力が残っていないか、どちらかだ。

ただ、ダブルの一方である雷狸奴を倒されたら自分も消えるしかないのだから、意図的に姿を見せないという事は考えられない。つまり、何らかの理由で出現できないのだ。

その考え方は正しい。

しかし、その何らかの理由・・・・・・を明確にしないなら・・・それはミスだ。


「礼子様、このままですと宿主の身体がもちません!」

「ちッ!亜矢!雷狸奴らいりどをやれ!」

「わかりました!古狼!お願い!」

しかし古狼は動かない。

「古狼!どうしたの!?」

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