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トリツカレ  作者: 白蜘蛛
31/41

襲撃

ボクはメリーさんの一件以来、現場への立会が禁止されている。

口裂け女のヨーコさんがボクに憑りついている事について、アヤさんは勿論、大伴さんも非常に不機嫌だったが、怖れていた野津地会長の反応は“大ウケ”“大喜び”であった。

「なかなかやるじゃないか!口裂け女を飼い慣らしたって事になるねぇ」

「本当に申し訳ありませんでした」

「ヨーコは先日の戦いでも共闘してるし、完全な敵じゃない」

「はい」

「強引に退魔するとお前にも影響が出るかもしれないから、少し様子を見る事にする」

「はい」

「ただ、結果はともかく状況を報告しないのはお前が悪い。ソガシステムサプライには正式に苦情を言っておくからね、たっぷり絞られな」

話が大きくなってしまった。会社や課長にも迷惑をかけてしまうようだ。

「お前の会社の事には口出ししないが、私はクライアントなんだからね。私への報告は忘れるんじゃないよ」

「はい」

ちょっとだけホッとしながら、深々と頭をさげた。

「次は殺すからね」

その声は、不気味な霊の叫び声よりも恐ろしくてボクは頭を上げられなかった。


◇*◇*◇*◇*◇


ボクは謹慎という訳ではないけど、退魔の現場から外され、退魔武装の訓練に明け暮れていた。

ノヅチセキュリティの退魔案件には当然参加できないし、ミーティングにも呼ばれない。

勿論そんなボクをなぐされてくれる人はいない。

特にサクラさんは厳しい眼差しである。

見かねたのかアヤメさんがボクに告げた。

「よく生きてたわね」

「え?」

「ノヅチセキュリティーでこんな事したら、とっくに死んでるわ」

「・・・」

「だってあなた退魔士でしょ?いくら過去に共闘した霊だとはいえ、憑りつかれた状態なのを誰にも言わないなんて、考えらえないわよ」

「・・・」

「礼子様のお気に入りとは言っても、こんな甘い処分なんて通常なら考えられないわ。あなたの上司も働き掛けたんだと思うけど・・・」

「・・・」

腕を組んで黙って聞いていたサクラさんが口を開いた。

「お前に対する我々の共通認識は“愚か者”だ。会社に子供が1人混じっていると言えば分かりやすいだろう。それでも残されているのは何か理由があるのだろうが、お前が考えなくちゃならないのはそんな事じゃない。お前が愚か者では無くなる事だ。今のお前に何ができるかなんて意味はない。よく考えるんだな」


ボクは打ちのめされていた。

謹慎明けからもう3日も経っている。その3日間、ボクは子供であり愚か者である事を気づきもしない。そんな姿を晒していたのだ。

自分の存在がこんなにも痛々しく感じた事はなかった。


そんな中、ついに7413-HAB(W) への退魔が発動される。

この案件はダブルという事が判明して末尾に(W)がついた。


【ダブル】

1人の人間に2体の霊が憑りついている状態を指す。

霊同士の相性が良い事が条件となるが、既に霊に憑りつかれている宿主に新たな霊が憑りつこうとした場合、霊同士が合意的にダブルの状態になる事が多い。

強力な霊が宿主と憑りついていた霊をまとめて支配下に置く事は可能だが、ダブルはどちらか一方の霊を消滅させれば、残る霊もバランスを崩して消えてしまうので、弱い霊とダブルの状態になる事を望む霊はいない。

だから多くのダブルはランクが高くない霊同士が共闘を目的としている場合が多い。

今件で確認できている1体はBランクの獣霊なので、もう1体もBランクの獣霊である可能性が高いと考えるのが普通だ。

しかし、屍師の能力を獣霊が持つとは考えづらい。

何にせよ、ダブルだと分かってさえいれば対処のしようもあるというものだ。

問題なのは・・・2体の霊が攻撃的であった場合、対応できる退魔士が必要という事。

対処は簡単だ。

退魔士を2人用意すればいい。

もしくは、こちらもダブルの退魔士で当たるか。


“野津地礼子”

異能の退魔士。

ダブルどころかトリプルの宿主だ。

しかし、それは今回の退魔対象のように憑りつかれたのではなく、あくまで“契約”だ。

古狼は言った

“お前はあと何年生きる?少しは暇つぶしにはなりそうか?”

蓮狐は言った

“あなたが私の為に傷つき、生きてくれた事を忘れない”

童蛟は言った

“ここは寒くて暗い。怖い。あたたは何者?教えて、私が何なのか”


ノヅチセキュリティーは今件に2人の退魔士を準備した。

篠原亜矢、職柱は古狼。バッカーはアオイ他1名。

そして、野津地礼子、職柱は蓮狐。バッカーは白戸、通称“ハク”だ。

それとは別に“記録班”として野津地セキュリティーのスタッフ3名。

他にソガシステムサプライから岩城がオブザーバーとしての参加だ。

1つの事案にこれだけの陣容で臨む事は珍しい。

その構成からも単なる解決だけでなく、データ収集が目的である事が分かる。

しかし、野津地礼子が今件に拘る理由はそれだけではなかった。


*-*-*-*-*-*


対処日の前日、礼子は術紙に念を込めながらつぶやいた。

「屍師か・・・まさかな・・・アイツがダブルに収まるなど考えられない」

アイツとは以前、礼子が取り逃がした怨霊。

狡猾で残忍なその怨霊にただ一度だけキズをつけた人間が野津地礼子だった。

しかし、退魔しきれなかった時、礼子は大きな負を抱える事となったのだ。


*-*-*-*-*-*


礼子達が退魔の現場に向かった後、荒木颯太は留守番を言いつけられたSPチーム、サクラ、アヤメから訓練を受けていた。

名目は“訓練および講義”となっているが、実際は“監視”といえる。

今や荒木颯太は退魔士見習いではない。

いつ対象者になるか分からない“憑りつかれし者”なのだ。

しかも口裂け女はA+ランク、術は魅惑の術のみで戦闘系のものはないが、その戦闘スタイルはスピードに優れながらパワーを有するバランス型だ。

勿論、古狼や童蛟の相手としては見劣りするが、複数が入り乱れて闘う場合は十分にキーマンとなりうる。

野津地礼子が日常を放置しておきながら、現場から颯太を締め出す理由はそこにあった。


◇*◇*◇*◇*◇


ノヅチセキュリティー研修所。

礼子が留守にしている間は強力な結界が張られており、霊もそうだが、ヨーコが憑りついた颯太も入れない。

逆に憑りつきを引きはがす事ができるかもしれないが、宿主にも大きな負担がかかり、ヨーコのような高ランクの霊に対する除霊は強力なサポートなしでは不可能だ。

そんなこともあって颯太の研修は別棟で行われている。

別棟といっても、工事現場にある仮設のプレハブ事務所のようなものだ。


「じゃ、ボクはそろそろ帰ります。今日もありがとうございました」

「はい、お疲れ様。気をつけて帰ってね」

アヤメさんは笑顔を見せた。

その隣でサクラさんがバックを肩にかけながら立ち上がる。

「アヤメ、後は頼んだぞ」

「はい。レポートはまとめて送信しておきます」

「颯太、帰ろうか」

「・・・はい」

講習が終わってもボクはサクラさんの監視下にある。

あの一件以来、サクラさんはボクの住むマンションに引っ越してきた。勿論、野津地会長の指令だ。


しかし今日はマンションに帰りつけなかった。

研修所を出てすぐ、ボクとサクラさんは正体不明の相手から襲撃を受けたのだ。


*-*-*-*-*-*


郊外にある研修所が電気を落とせば辺りは小さな街灯があるだけだ。


別棟から研修所の駐車場に向かう途中に何かが居た。

「何者だ!」

ボクを庇うように前に出たサクラさんは既に術紙を手にしている。

立ちふさがった黒い影から音がする。


シャン、シャン


「まさか・・・涼介か」

「へへへ、当たりぃ~、さすがはサクラさんですね」

ブリーチした髪、パーカーにライトダウン、カーゴパンツ。

年齢は20歳ハタチは過ぎていないだろう。

その口調も相まって軽薄そうに見えるが、それはむしろ自分の能力に対する自信とも受け取れた。

「涼介が居るって事は、あいつ等も一緒か」

「やだなぁ、何もかもお見通しってヤツですか?・・・モチロンですよ」

「だろうな、お前は1人じゃ何もできないからな」

涼介と呼ばれた少年の笑顔の中で目だけが冷たく冴えた。

「サクラさん、俺は変わったんですよ」

ポケットに手を突っ込むと先ほどの“シャンシャン”という音がまた聞こえた。


「待て」

不意に右手の方向から声が聞こえた。

ジーンズにライダースジャケット、刈り込んだ髪型と相まって精悍な印象の男だ。

しかしその声はやはり少年であるように思えた。

「秋人か、レンはどうした」

サクラさんの声が硬い。

それは、この少年たちが只者ではない事を示していたが、言われなくとも彼らが発する霊的な力はボクにも十分に感じられた。

「サクラさん。どうして俺たちがここに居るか知ってます?」

「知らないな。デートの誘いにしちゃ、少々乱暴のようだが?」

サクラさんは向きを変えながらボクを押すようにじりじりと下がった。

「ちなみに研修所には入れないぞ。憑依武装のお前達は尚更だ」

「あ~、あの中にあるデータと武装ですね、それはそれで欲しいんですけど、今日はその見習いに用事があるんですよ」

「なに!?」

サクラさんはボクをチラッと見た。

その目には後悔の色が滲んでいる。

「それにサクラさん、今日はあまり戦えないでしょ?」

何を言っているのか分からなかったが、サクラさんの体が強張るのが分かった。


この少年たちはいったい何者なんだ?

ボクをどうしようっていうんだ?


◇*◇*◇*◇*◇


ノヅチセキュリティー研修所の敷地内。

そこでボクとサクラさんは襲撃を受けた。

相手は2人の少年。恐らくは20ハタチには届かないだろう。

サクラさんは面識があるようだが、そのやりとりからサクラさんの分が悪い事は容易に判った。

2人相手とはいえ、あのサクラさんがこれほどの劣勢に陥るなんて、相手は何者なのだろう。


“シュッ”という軽い音に続いて、サクラさんに何かがぶつかった。

「くッ!」

サクラさんは右の脇腹を左手で抑えながら膝をつく。

「だ、大丈夫ですか!?」

サクラさんは答えずに後ろ手でボクに何かを差し出した。

“ワルサーPPK”

触った感覚で退魔武装弾が装填されている事がわかった。

しかし、併せて渡された予備マガジンは通常弾のようだ。

日常生活で実弾を所持してる事に驚いている余裕はなかった。実弾のマガジンは腰ポケットへ忍ばせ、PPKを握った右手は上着の内側に。


「お前は逃げろ、私が援護・・・」

ドスっという鈍い音と共にサクラさんの言葉が途切れ、地に伏した。

「あ~ぁ、これで完全に礼子さんを敵に回しちゃいましたね」

「今さら何を言ってる?俺たち“がごぜ”は使い捨てにされるために育てられたんだ」

「ま、そりゃ、そうなのかも知れないっすけど・・・」


サクラさんが秋人と呼んだ少年。

無造作にボクに近づいた。

「お前が礼子さんのお気に入りか」

「くっ」

ボクはPPKを構えたが、引き金が引けなかった。

右手に目を向けると人差し指が外側に折れ曲がっている。

直後、激しい痛みが走った。

「があぁぁッ!!」

思わずPPKを落とした右手の手首を左手で掴む。

「なんでお前みたいな奴が礼子さんのお気に入りなんだよ」

秋人と呼ばれた男が冷たい目を向けたまま折れた指を掴んで捻った。

「ぐあぁぁっ!!」

「こんな退魔武装も使いこなせない奴が、なんで!」

拳が鳩尾にめり込んだ。

息ができない。それでも指の痛みは消えなかった。

「がはぁッ!」

地面に突っ伏したボクの髪が掴まれて引き起こされた。

「つまんないんだよお前は。ひぃひぃ喚くだけか。もういい、死ね」

ジャキッ

「これは退魔武装じゃない。人間用だ」

「はぁっはぁっ」

ボクは恐怖と痛みで少しも動く事ができなかった。

“撃たれる!”という感覚がボクの背中を痙攣させた。

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