ブロンド
ボクは茫然としながらタクシーを拾って家路についた。
人形はテーブルのうえに置いた。
シャワーを浴びて早く寝たかった。食事はしていないが欲しくなかった。
「はぁ・・・どうしよう。課長への説明・・・。いったい何なんだよ、もう」
さっきのメール、もしかするとアヤさんは気まずくてとぼけているのかな。
会社では確かに見たもんな。
明日、バックからはみ出していた事や課長に誤解されてる事を話して、協力してもらうしかないな。
気は重いけど、とにかく早く寝たい。
◇*◇*◇*◇*◇
シャワーを浴びながら、ウトウトとしていた。
夢か幻か、金髪の女の人がボクの身体を洗ってくれている。
気持ちイイ・・・
はっ!と目が覚めた。シャワーは出しっぱなしだ。
それにしても何て夢だ。金髪なんて好きだったかな?
まぁ、そんな事はどうでもいい。
身体はウトウトしながらでも洗ったらしく体は泡にまみれていた。
シャワーで泡を流し、身体を拭いて、パジャマを着て、髪を乾かし、ベッドに倒れ込む。
ムニ
柔らかい感触である。
すぐに浮かんだのはあの人形の質感だ。
もう、目を開くのも億劫だ。
ちらりと目を開くと、すぐ目の前に乳房があった。
「はぁ?」
「うれしかったデス、あんなに必死に探してくれるなんて、土に汚れながら、“必要なんだ”とか言われたら、もうグッと来ちゃいマスよ」
これはシャワーで見た夢と同じ女の人だ。
そして拾った人形に酷似している。
結論は簡単だ。
ボクは疲れている。ずっと人形の事を考えていた。
それが夢に出てきた。
「なるほどね」
さっきの金髪って、そういう事ね。
夢というかこれが半覚醒とか明晰夢というやつか。
柔らかさの感覚が強くなる。
「私と楽しい事しまセンか?」
「はいはい・・・」
「オーケー」
「こぉらぁッ!!」
「きゃー!!」
とんでもない声に目が覚めた。
「え、なになに?」
ボクの傍らにはヨーコさんが、仁王立ちでボクを睨んでいた。
「な、なんですかヨーコさん、もう夜中デスのに」
「颯太!なんでこんな女連れ込んだのよぉ!」
「はぇ?」
そういえばさっきからボクの背中にムニっとした感覚がある。
そ~っと振り返ると、そこには夢に出てきた、あの人形に似た女の人がボクにしがみつくようにして微笑んでいた。
「え・・・だ、誰?」
「私メリーといいマス。アナタに求められたから、来ました。熱烈なアプローチにグラッと来ちゃいマシタ」
眠くてぼんやりしているうえに状況が飲み込めない。
ヨーコさんがボクを押しのけるようにして金髪の女の人から引きはがすと、いきなり怒鳴った。
「メリー、さっきと言ってる事が違うじゃんか!」
「だって、この男があんなに求めて来るんデスもの」
「颯太!何なのよいったい!」
「ヨーコさん、この女誰ですか?」
「え?知らないの?」
「ボク、会社の同僚が持ってた人形を拾って、明日返そうと思ったんですけど、公園で何故か寝てしまって、気付いたら人形が無くて、探してやっと見つけたんです」
ヨーコさんが睨み、メリーさんは視線を避けた。
「で、その人形に似てますよ、この女。人形はそこのテーブルの上に・・・あれっ!無い!」
「いやぁ、最近ちょっとエネルギーが足りなくて~、日中から男のヒトを物色、いや、探してたら見つかったっていうか・・・どうして気付かれたのかワカリマセンが・・・」
「そういう事か。そういう事よね。颯太が私を裏切る訳がないのよ」
「散々疑ってたんじゃ・・・」
「うるさい!」
「ヨーコさん、この女ってもしかして人形の?」
「そう。アメリカ生まれで人形に宿った霊。名前はメリー」
「ハァイ、颯太サン、ヨロシクしてください」
「何カタコトでしゃべってるのよ」
「いや、日本の男の人にウケがいいんデスよね。カタコトの日本語って」
「メリーさんって、霊なんですか・・・って、メリーさん?あの都市伝説の?」
「そぅデース」
「アメリカから来て、日本の男を食いものにしてさぁ、ブラックバスみたいな女なのよ!」
「ちょっと、それは酷すぎマスよ?」
「もういいからメリーは帰りな!出て行けって!」
それからしばらく二人の言い合いが続いた。
話を聞いていると昔からの知り合いのようだ。
いがみ合ってはいるけど、何か腐れ縁のようなつながりを感じる。
メリーさんも悪い人ではないようだ。
ま、人ではない・・・けど。
気付けば朝の5時だった。
今日は寝ずに出社する事にした。
しかし、アヤさんにも課長にも合せる顔がない。
それでも朝から出社しようと思ったのは、ボクがいないところで変な話に発展したら困るからだ。
とはいえ、どうしたら良いか何も浮かばなかった。
「颯太サン」
「え?あ、まだいたんですか。ボクそろそろ会社に行かないと」
「何だか私のせいで迷惑をかけてしまったみたいデスね。そのぉ、相手が大丈夫な人なら私が説明シマス」
メリーさんの後ろではヨーコさんが腕を組んでぶすっとしている。
「あの、それって人形にメリーさんの霊が憑いていたって認識させるって事ですか?」
「まぁ、そうなりマスね」
「それって、結構イヤな事なんじゃないですか?」
「ハイ、でも迷惑かけたのは私デスし。レーコさんは怖いデスし・・・」
「え?野津地会長を知ってるんですか?」
ヨーコさんが顔の前で手を振った。
「違う違う、レーコは私の姉貴」
「えっ?ヨーコさんてお姉さんがいたんですか?」
「ま、そんな話は置いといて、とにかくあの小娘と岩城って男にちゃちゃっと説明して終わりにしようよ。元々はメリーが悪いんだし」
「すみません。メリーさん、よろしくお願いします。助かります」
「颯太、私が言ってあげたのよ、忘れないでよ」
「あ、はい、ヨーコさんありがとうございます」
「んふ・・・よし、じゃ行こうか!」
「あれ、二人とも実体化して行くんですか?」
「ま、会社についたら私は隠れてるけどね」
朝6時台とはいえまばらながら人通りはある。
目の下にくまをつくったサラリーマン
赤いジャケットに黒髪の女。
白いミニワンピに金髪の女。
なんていう取り合わせなんだろう。
そういうお店の嬢とスタッフといったところだろうか。
ま、どうでもいいけど。
今なら大抵の事はスルーできそうな気がする。
会社に近づいたところでヨーコさんが消えた。
続いてメリーさんも消える。
地面に落ちている人形を拾ってカバンに入れると、ボクは会社に向かった。
時刻は丁度7時をまわったところだ。
企画営業課のドアを開けると、なんと課長とアヤさんが出社していた。
二人とも、ギョっとした顔をしている。
想定外である。
先に出社して気持ちを落ちつけようと思ったのに。
「な、なんだ荒木、今日は午後からって言ったのに」
珍しく課長が動揺している。
アヤさんは俯いたまま黙っている。
恐らく昨日の事は2人とも情報を共有したようだ。
まぁ、それならそれでいい。かえって好都合だ。
いきなりメリーさんにお出まし願おうじゃないか。
「課長!」
「お、おぅ、何だ、何かあったか?」
「アヤさん!」
「!!」
アヤさんはびくっとしただけだ。
「実はお2人にお話しがあります。前もって言っておきますが、人形の件は誤解です。その誤解はこちらから説明してもらいます」
ボクはカバンから人形を取り出して机の上に置いた」
「せ、説明って、お前、これは人形じゃ・・・」
「どのようにお感じかは解ります。しかし、まずはメリーさんの説明を聞いてください」
あやサンは口に手を当てて目を瞠った。
「メリーさん?」
「こいつ、名前までつけて・・・」
あれ、なんだか変な感じになってる?
でも、人形に霊が憑りついてるって分かれば全ては解決だ。
「メリーさん、お願いします!」
『・・・』
沈黙である。
「あれ?」
完全に固まっているというか動けない課長とアヤさん。
「あれあれあれ?ちょっと待って、メリーさんお願いしますよ!今朝約束したじゃないですか!」
ついにアヤさんは涙ぐんでいる。
課長は複雑な表情をボクに向けた。
「荒木、もういい。いや、もうやめてくれ。俺が悪かった」
「いや、謝らないでくださいよ、違うんです!」
「話を良く聞いてくれる先生の所に行こう、な。その人形は一緒に連れて行こう、な」
駄目だ。完全に狂人扱いである。
アヤさんはもう、ボロボロと涙を流しているし、課長はボクの腕をとって立ち上がらせようとしている。
「違うんですよ!本当なんです!」
「どっちだ!・・・いや、すまん。とにかく他の部署が出社する前に出よう」
「メリーさん!!」
ボクが叫んだ、その時。
「ちぃッ!仕方ない!!」
姿を見せたのはヨーコさんだ。
「何ッ!、口裂け女じゃないか、どうして荒木から出現した!?」
「ったくぅ!颯太のピンチっていうか、痛すぎて見てらんないわよ!」
「篠原!!」
「はいっ!狼古お願い!」
「止めときな!今日は戦いに来たんじゃないんだ。颯太が言ってた人形のメリーってのは本物なのよ」
「本物だと?」
「そぅ、都市伝説のメリーさん、アメリカ人形に憑りついた霊でさ、この会社をうろついてる時に颯太に見つかったんだってさ。メリー!さっさと出てきなさいよ!」
机の上に置かれた人形が消えたと思った途端、うっすらと白いものが現れ、徐々に色彩と姿を現していった。
机に寄りかかる様に座るブロンド女性が現れた。
「ハァ~い、メリーでーす」
「本当に存在してたのか・・・それにしても何て登場の仕方だ」
「ワタシって男の人からちょっとずつエネルギーをもらってんデス。憑り殺したりしません。だからたくさんの男の人が必要で、その、この会社に入ったところで颯太に見つかってしまったんデス」
「路地裏で俺が見たのは?」
「ワタシですネ。だから、人形についての話は全部、颯太さんの言っている事が正しいデス」
「よかった・・・」
アヤさんがまた泣き始めた。
「じゃ、もうイイですネ、シーユー・・・」
メリーさんは消えた。人形ごと。
「じゃ、私も消えるわ」
「おい、待て」
「なぁによぉ~」
「何でお前が颯太から出現した?」
「岩城さんにしちゃ、つまんないコト聞くのね。ご想像に任せるわ」
「お前まさか・・・」
「じゃーねー」
「おい!」
ヨーコさんは消えた。
これまで見つからないようにしてきたはずなのに。
ボクに憑りついている事がばれるのを覚悟で出現したのはなぜだろう。
ヨーコさんにとって、会社でのボクの立場なんて関係ないはずなのに。
人形の件は落ち着いたけど、新たな問題。しかも大きな問題が表面化した。
ボクは口裂け女に憑りつかれていて、しかもそれを隠していたという事だ。
ま、人形の件があのままなら、ボクは精神的なものを理由に仕事から外されていただろうから、これはこれで致し方ないのかもしれないけど、ボクの信用はガタ落ちになるだろう。
それは、即日3日間の自宅謹慎を課長から命じられた事からも分かる。
野津地会長の事を考えると憂鬱だ。
ただ、今のボクは色々な意味で休息が必要だった。




