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トリツカレ  作者: 白蜘蛛
28/41

バービー

企画営業課にアヤさんの声が響いた。

「きゃ~、間に合わな~い」

「どうしたんですか」

「駅前の張東餃子でみどりさん達とランチの約束してるの~」

ボクの反応をまたずにバタバタと出て行った。

翠さんとは営業企画部の先輩社員だ。

岩城課長にベタ惚れだった、というか今でもそうらしいが、告白直前にある出来事があって諦めたらしい。他の部署でも同じ経験を持つ女子社員は数名いるらしいから、岩城課長の人気は大したものだ。

そういえば岩城課長は独身だ。

長身でマスクもいい。仕事もできる。もてないはずがない。

しかし、浮いた話は一切聞いた事が無かった。

となれば、男線の話になるかもしれないが、そういった趣味はむしろ毛嫌いしていた。

ボクは自分が岩城課長の事は良く知らない事に気付いた。

あの人はボクの事を良く知っているのに自分の事は見せない。いや、見せないというより仕事の付き合いでコッチが一杯一杯になっているのかもしれない。


ぼんやり考え事をしていたら、アヤさんが出てから10分も経っていた。

さて、ボクも食事に行くか。

「あれ?」

席を立って気付いた。

アヤさんのデスクの上にバックが置かれている。

まぁ、外回り用のバックなので貴重品はないのだろうが・・・。

しかし、不思議なものが視界に入った。

バックのファスナーが開いており、そこから見えたのは小さな裸体・・だった。

あれ?これって・・・人形?

人形はいわゆるバービー人形のようだ。

アヤさんがこんなもの持ってるなんて知らなかった。

しかも会社に持ってくるなんて・・・

ボクは驚くと同時に、なぜか気持ちが浮つくのを感じた。

アヤさんの知らない事を知ったせいだろうか。

でも、このままにはしておけないだろう。

大人の女性がこんな人形を持つのは、まぁ、あっても不思議ではないが、会社にまで持ってくるのはどうかと思う。

課長に見られても面倒なので、見えないようにしておく事にした。

バックに触れるのは気が引けたが、少し押し込むだけだ。いいだろう。

人形に触れて驚いた。

その肌はしっとりとして柔らかかった。

たぶんシリコン製なのだろう。

つい手に取ってみると、とても精巧にできている。

「精巧すぎて、ちょっと・・・エロいな」

これが子供のおもちゃではない事は容易に判った。

コレクター品なのだろうか。

そんな事を考えながらバックの中に戻してデスクを後にした。


*-*-*-*-*-*


午後から通常業務に加えて課長の特訓が追加された。

このところ、課長の特訓は突然始まって、かなり厳しい内容が長時間続く。

勿論、ボクの成長の為なんだろうけど・・・あまりにも厳しいし、このところは連続だ。正直ツライ。


アヤさんは「ごめんねぇ~」と言いながら小さく手を振って定時あがりだ。

まぁ、しばらく出張続きだったし、仕事は仕上げているのだから、アヤさんが気を遣う事ではないのだが、申し訳なさそうにして帰るのは、今日の特訓が特に厳しかったからだろう。


22:00を過ぎた頃、やっと会社を後にした。

晩飯はどうしよう。

最近、忙しいうえ面倒くさい事もあって、牛丼、ラーメン、コンビニ、というサイクルになっている。

「まぁ、何でもいいけど」

呟きながら駅に向かうボクは10mくらい前を歩く女の人に気付いた。

あれ?アヤさんだ。

その後ろ姿はアヤさんに違いなかった。

道筋から考えると駅に向かっているようだ。

どうしたんだろう。こんな時間に。

今日は定時で上がったはずだが、買い物でもしていたのだろうか。

声を掛けようとして止めた。

ふっとアヤさんが男と街を歩く姿が脳裏に浮かんだのだ。

アヤさんが小さな路地を曲がった。

駅とは反対方向のさびれた路地だ。

この路地の先は再開発がおくれた地区でラブホテルが多く人通りも少ない。

声を掛けるのが急にはばかられた。

結果として微妙な距離を置いて後をつけるような形になってしまった。

誰かと逢うのかな?という気持ちもあった。


続いて路地に入ったとき何かが落ちているのに気付いた。

「え?あれっ?」

思わず声が洩れたのは、ボクの視線が捉えた人形のせいだ。

アヤさんの姿はもう見えなくなっている。

拾い上げると、その感触からアヤさんのバックにあった人形だと確信した。

「落としたのか」

人形を手にアヤさんを追おうとした時、背後から声がした。

「どうした?寄り道か?」

背後からの声に、思わず人形をスーツの内ポケットに滑り込ませた。

まるで銃をしまうように。

スーツの襟元も整えながら振り向くと岩城課長がいた。

ただ、その表情は何かを伺うようで、ボクは緊張せずにはおれなかった。

「お前、いま何かをしまったな?」

「え?いえいえ、そんな事ないです」

「お前の周りには誰もいない。つまり物品のやりとりは無かったはずだ。お前のハンカチはスラックスのポケット、携帯はバックだ」

この人は鋭いし、ボクの事を良く見ている。

「何を持ってる?」

「いえ、あの・・・」

「俺に見せられないものか」

「何というか・・・これはボクのものじゃないので」

課長の表情が変わった。

「お前のモノじゃないだと?」

「あっ、いや、あの、済みません、違うんです」

「なぜ自分の所有物ではないものを隠す?」

課長は鋭いし話も早い。

隠し通せるものではない。元々大した問題ではないし、説明してしまった方が良いだろう。

ただ、この人形は・・・裸体が精巧すぎて・・・

急にボクの左腕が掴まれ、瞬時に課長はボクの背後に回った。

そのまま右手を捻りあげてボクの左腕で押さえ込むようにすると、課長の左腕一本でボクの自由は完全に奪われた。

課長の顔は怖ろしかった。

いつもボクを叱る時にみせる恐い顔ではない。

醒めた目、ボクを部下と思っていない、いや、人間として見ていないような目だ。

課長の右手がボクの上着の袖を掴んだ。

「お前が俺の指示に背いたならただでは済まんぞ」

上着の袖をめくった右手が内ポケットに滑り込んだ。

課長の厳しかった表情に怪訝さが浮かんだ。

人形を引き出す。

「これは・・・」

課長は人形を戻して、固めたボクの腕を解いた。

咳払いが聞こえた。

「会社に私物を持ち込むのは好ましくない」

 (これはボクのものじゃないですよ!)

「しかしアクセサリーなども含めて線引きが難しい」

 (なに一般論を言ってるんですか!)

「俺たちの業務はストレスがデカイ。何かで解消しなければならん」

 (ボクは人形でストレス解消なんかしてませんよ!)

「その、まぁ、趣味は人それぞれだ」

 (こんな趣味は持ってませんよ!)

「何というか・・・済まなかった」

 (謝らないで下さいよ!)


「この人形はボクのじゃないんです、アヤさんなんですよ!」

「・・・」

「ボクはそれを拾っただけで、急に声を掛けられたから驚いてついポケットに入れただけで・・・」

「じゃ、今どこにいるのか知らんが篠原に返しておくんだな」

し、信用してない!

ボクがエロい人形を所有していて、仕事のストレスから会社に持ち込むほど依存していると思われている。

しかも、それを誤魔化すためにアヤさんのせいにしていると思われている。

「課長!本当なんです、さっきアヤさんがいて、ボクは後をつけていて・・・」

「何を言ってる?後をつけるって何だ」

「いや違います、違います、アヤさんが男と歩いていて、いや、これは勝手な想像ですけど、声を掛けづらくて・・・」

「荒木!!」

「・・・はい」

「お前は疲れている」

「いや、あの」

「そうだ、お前は疲れてるんだ。俺もを無理をさせ過ぎた。明日の出社は午後からでいい。ゆっくり寝ろ」

「課長、ボクは・・・」

「酒でも飲みながら話を聞きたいところだが、まずは身体を休ませろ。話は明日聞く」

ボクはもう、それ以上なにも言えなくて、そそくさと立ち去る課長を見送った。


駅までの道をとぼとぼと歩いた。

何て事だ、アヤさんも罪作りな事をしてくれたものだ。

デスクにあったアヤさんの人形に気付かなければ、アヤさんが人形を落としたりしなければ・・・今日は静かに終わったのに。

「はぁ~」

深いため息が出た。

明日アヤさんに人形を返して、課長に説明してもらおう。

そうだ、アヤさんに連絡してあげなきゃ。

人形が無くなって心配しているかもしれない。

しかし、なぜボクがこの人形をアヤさんのものだと知ってる?


う゛~・・・


そうだ、そのまま言おう。

帰り道でアヤさんを見かけて、落とした人形を拾った。そこへ岩城課長が来てあらぬ疑いを掛けられた。

よし、この説明なら課長への釈明をお願いしやすいし、そうしよう。

早速アヤさんに連絡だ。


駅の途中にある小さな公園。

自販機があって、帰り道に立ち寄って休憩するには丁度いい。

人通りも利用者も少ないので都合が良いのだ。

缶コーヒーを買って、ベンチに座る。

メールを打ちながら、コーヒーを飲む。

缶コーヒーとはいえ、香りが心地よい。

そして、ボクの意識は遠のいて行った。

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