屍師
「ゾンビ化しても問題は無かろう。なぁ、ハク」
彼は“ハク”と呼ばれているようだ。
野津地会長の言葉からすれば、白戸さんは対ゾンビが専門分野なのだろうか。
「処理班を呼びな」
野津地会長の言葉でスプラッシュスーツを身に付けた4人のスタッフが現れ、退魔士の遺体を処理し始めた。
包んでいたボディーバックのせいで分からなかったが、退魔士の身体は右肩から脇腹に欠けて大きく抉れ、両足は大腿部から切断されていた。その傷口に何かをスプレーしては別のボディーバックに詰めていく。
最後に残ったのは退魔士の血だ。
そこへ白い砂利のようなものを撒いてボディースーツごとまるめられた。
「く、この臭いはたまらんなぁ」
賀茂医師の声で我に返った。
あまりの光景に我を忘れていたが、ひどい臭いだ。
「颯太、憶えておきな、これが屍鬼の臭いだ」
「・・・え?」
屍鬼ってのは講義で聞いているだろ?いわゆるゾンビさ。
まぁ、この悪臭の半分以上は人間の遺体の臭いなんだがね。こんなフレッシュな遺体がこれだけ臭う理由は2つある。
1つは生きている細胞がゾンビ細胞にエネルギーを吸われて劣化した臭い、つまりは遺体の腐敗臭。
そしてもう1つがゾンビ細胞の臭いだ。ゾンビと言っても活動している時はほとんど臭わない。しかし、死んだ途端に体が崩れて悪臭を放つのさ。
ここで野津地会長は、「くくくっ」と笑った。
「ま、元々、死んではいるんだけどさ」
ボクは笑うどころか、小さく「はい」としか言えなかった。
【屍鬼】
俗にいうところの“ゾンビ”である。礼子達もゾンビと呼ぶことが多い。
屍師の術と細胞によってゾンビ化する。
基本的に思考力は低く屍師の命令によって行動するが、行動は人間に劣るほど鈍い。
これはエネルギーをゾンビ蟲に頼っているからで、別なエネルギー源を得た場合は人間と同様、またはそれ以上の身体能力を発揮する事が可能である。
屍鬼の身体は全てゾンビ細胞と言えるが、屍鬼はゾンビ細胞を植え付ける術を知らないため、屍鬼に噛まれたりしてもゾンビ化する事は無い。
【屍師】
術を施した特殊な細胞を人間に植え付ける事で屍鬼とする。
この細胞は便宜上ゾンビ細胞と呼ぶ。
ゾンビ細胞には500㎚(ナノメートル)ほどの線虫に似た生物が大量に存在し、人間の血を栄養として分裂・増殖すると共にゾンビ細胞の活動エネルギーと電気を生み出す。これによってゾンビ細胞は人間細胞と同じように機能する。
この生物をゾンビ蟲と呼び、植え付けられたゾンビ細胞は人間の細胞にゾンビ蟲を侵入させる事によって、ゾンビ細胞化する事ができるが、そのゾンビ化する速度は意外に遅く、全身がゾンビ化するのに8時間程度かかるとされる。
しかし、ゾンビ化は加速度的に速まるので、ゾンビ細胞の接種に気付かなかった場合、突然ゾンビ化したようにも見える。
また、死んだ細胞はゾンビ化できないが、人間の細胞はその部位によって呼吸停止から数分から数十時間程度は生きているので、死者がゾンビ化したと誤解される場合もある。
呼吸停止から細胞が生きている時間が最も短いのは大脳皮質で約5分とされている。よって、屍師は頭部にゾンビ細胞を植え付けるのが有効といえるが、背中や腹部などゾンビ細胞の拡散方向が広い場所に植え付け、全身のゾンビ化を早めたり、足に植え付けてゾンビ化する速度が上がるまで呼吸器系統を保つという手法もある。
どちらにせよゾンビ化する前に欠損した身体は戻らないので、ゾンビ化が始まった場合の対処として、身体を破壊する事は有効だと言える。
しかし、屍鬼は欠損した身体を生きた人間から補う事が可能とされ、例えば腕を失ったゾンビの場合、生きた人間から同じ部位を切断して繋ぎ合わせる事で癒着させるという。
これは時として腕が異常に長かったり3本以上あったりという異形の屍鬼を生じさせる原因ともなった。
◇*◇*◇*◇*◇
「7413-HABには改めて対応者を決めて指示する」
「7413・・・?」
「お前はまだ実戦投入されていないから知らないか。74は今年、13はシリアルナンバー、HAは対象と霊の種類、HAは宿主が人間で霊が獣霊を指している。そしてBは退魔対象のランク、それぞれそういった意味だ」
「74が今年っていうのは?」
「講義で受けてないのか?今年は皇紀2674年だ」
「よし、ハク、後は頼む。岩城、颯太は私の部屋へ来てくれ」
「あ、あの、ワシも・・・」
「はぁ?お前、今日の失態を忘れたのかい?わたしの指示をすっぽかしておいていい度胸じゃないか」
「い、いや、すんまへん。でも、この臭いは・・・」
「臭いだけじゃ死なないと思うんだけどねぇ」
「じゃ、ワシは・・・」
「自分で考えな!」
「・・・」
「賀茂」
「は、はいぃッ」
「普通ならお前の失態を臭いじゃ済ませないが、今日はちょいと忙しくてさ。今日のお前はラッキーだと思うんだがねぇ」
賀茂医師は大きく頷くようにうなだれた。
可哀想だが致し方ない。
何しろ、待機を命じられていたのに飲み歩いていたのだから。
◇*◇*◇*◇*◇
会長室に入るとすぐに野津地会長が口を開いた。
「さてと、颯太の退魔武装はどうなってる?」
「はい、忌避銃は撃てるようになりましたが、レプトン弾が炸裂するタイミングが不安定です。それに術紙や術針を上手く投げられませんので、直接ダメージを与えるという点で非常に劣っています」
「ふん、自己分析としちゃまぁまぁだ。常人ならこんな短期間じゃレプトン弾を炸裂させる事自体できやしない。お前の力はホントにちぐはぐで不安定だね」
「す、済みません」
「ま、いいよ。その点は以前から開発させていた拳銃タイプのものがやっとモノになったからね」
そう言って、奥の棚からジュラルミンのケースを持ち出した。
テーブルの上で開くと、そこには拳銃が3丁嵌め込まれている。
退魔士のゾンビ化という衝撃的な出来事の後にも関わらず、3丁の銃をケースから取り出す野津地会長は愉しげだっただった。
ノヅチセキュリティーで開発されていた退魔装備のプロトタイプがアップされたのは、ほんの2日前だという。
「銃自体は流通品を流用するんだが、とりあえず銃種はワルサーPPK、ベレッタM92FS、FN5-7に絞った。この3つでトライアルを実施したい」
「忌避銃ではダメなんですか?」
「レプトン弾は霊が利用するエネルギーを中和して活動を鈍らせるだけだ。ランクが低い霊なら活動を完全に止めたり、浄霊する事ができるが、そもそも直接的な打撃を与えるものじゃなんだ。だからサクラはレプトン弾以外に術紙や術針を装備してるのさ。今回はその打撃用武装の検討だ。その効果と使用方法については講義を受けてるだろ?」
ここでノヅチセキュリティーの武装について簡単にまとめておこう。
大きく分けると2つに分かれ、1つはアヤさんが実施した憑依武装。
これは退魔士が自らを宿主として戦闘力が高い霊や妖怪を憑りつかせ、その力を退魔に用いるものだ。憑かせた霊を職柱と呼び、一見宿主が上位の主従関係にあるかのように思えるが、憑いた霊のランクや性格、宿主の力量、そして何と言っても相性によってその関係は大きく変わる。
篠原亜矢を例にすると、完全に古狼が上位なのだが、逆に古狼が保護者となる関係にあり、篠原亜矢が命令や指示と思っていても、古狼は願いを聞きいれてやっていると考えている。要は目的達成の為に力を発揮してくれれば良いのであって、関係の優劣は関係ないのだが、霊が“裏切る”場合もある。ただ、これは人間であっても同じだろう。
むしろ配慮しなければならないのは、職柱はその時のエネルギー状態や環境などによってコンディションが変化する事だろう。特に宿主がエネルギー供給源となっている場合、憑依した霊が強力であるほど、宿主の消耗は激しくなる。また、霊同士の相性によって得手不得手があり、格下の相手に苦戦する事もあるという。
ただ、最も懸念するのは、退魔士が霊に完全に支配されてしまう事だ。
古狼からすれば篠原亜矢など簡単に支配できるだろう。しかし、古狼はその性格から裏切る事はないだろうし、最終的な対処手段はあるようだ。そうでなければ、あの野津地礼子が許可するはずがない。
そういった事まで考えれば、宿主と職柱の契約関係にあると考えても良いのかもしれない。
以上の事から憑依させる霊は単にランクだけでなく、信用に足りる霊である事が必須となる。いくらランクが高くても、土海月のような妖怪では職柱には適さないのだ。
一方、生身の人間が行う退魔で使用する武装、これを単に退魔武装と呼ぶ。
退魔武装は主に防護、忌避、攻撃に分けられる。
防護は野津地礼子の護符を素肌または下着に貼っておくものだ。これで直接または呪術の攻撃による影響を“軽減”する事ができる。
忌避とは先の戦いでサクラが装備していた忌避銃や忌避ボールで、弾丸やボールの中に霊の活動エネルギーを中和し、一時的とはいえ霊が活動しづらい空間を作る事ができる。
攻撃とは直接的に霊にダメージを与えるもので、特に物質化した相手に有効だ。サクラが土海月を攻撃した術紙と呼ばれるカードもその一つで、物質化した霊体に撃ち込み、祈祷によって作用させる。とくに複数個所に撃ち込むと近接した術紙同士が作用し、霊体を抉るような攻撃も可能となる。
今回、野津地礼子が開発を目指しているのは術紙に代わるもので、それが拳銃型という事なのだ。




