バーにて
ヨーコさんに憑りつかれてから1週間。
正確にいうと、土海月と闘った時だから1ヶ月以上憑りついている事にはなるんだけど・・・。
ヨーコさんは日中もちょくちょく姿を見せた。
そして、ボクはその事を誰にも相談していなかった。
魅惑の術に掛かっているわけではないけど、話すと面倒になるだろうし、ヨーコさんと話し合って、何とか抜けてもらえないかと思ったのだ。
それに、ヨーコさんは決して悪い人ではない。
ま、人じゃないけど。
ヨーコさんも課長やアヤさんが居るところでは姿どころか気配すら消していたので誰にも気付かれる事はなかった。
そんな中途半端な状態が続いていて、少々疲れやすくなったのは精気を吸われているからなんだろう。
「はぁ・・・」
「どうした荒木、疲れがたまったか?」
「疲れって言っていいのかな、いや、疲れではないんですが・・・」
「じゃ、なんだ」
「ボクに悩みがあるとは思わないんですか?」
「お前が悩んでるのはいつもだろ、お前から悩みをとったら迂闊さしか残らんだろうが」
あぁ、どうしてボクの周りにはこんな人ばかりなんだろう。
「今日は何か用事があるか?」
「ありません」
「よし、篠原は出張先から直帰の予定だし、たまにはサシで飲むか」
◇*◇*◇*◇*◇
課長が気に入っているという料理屋で飲んだ後、少し歩いてバーに入った。
カウンターに座ると課長はマッカランをロックで頼んだ。
ボクも同じものにする。
1軒目でもそうだったが、課長の話はためになった。
何より説得力がある。なぜだろう。
あやふやな事は言わないからだろうか。
そして、なぜか会話が続く。
ボクはどちらかといえば会話を続けるのが苦手なのだが、課長と話をしていると次々にボクの言葉が出てくるのが不思議だった。
30分くらい経っただろうか、突然課長の携帯が鳴った。
「ん?野津地さんからだ。スマンちょっと外すぞ」
「はい、どうぞ」
課長が席を外してすぐ右隣に気配を感じた。
「こういうトコ入ってみたかったのよねぇ~」
横をみればヨーコさんがボクの隣に座っている。
「ど、どうしたんですか急に」
「ちょっと夜遊び気分って感じ?」
「何が夜遊び気分ですか、課長が席を外すのを待ってたんですね?」
「まぁね、あの岩城って人は油断できないからね、でも他のお客さんは今の私にも気づかないわよ」
ヨーコさんがニヤリと笑った。
どうやら周りから見れば、完全なボクの独り言になっているようだ。
なんとなくだが、周囲からの視線を感じる。
全く、面倒な事この上ない。
耳まで赤くしたボクが、なおも話しかけてくるヨーコさんを無視していると、どこかで聞いただみ声が耳に入った。
「これはこれは荒木颯太はんじゃありませんか」
独り言野郎になってるのに、名前を呼ぶな、しかもフルネームで!
あのだみ声は見なくても分かる。賀茂医師だ。
「どうなされました荒木はん、私ですー、不良外科医の賀茂ですー」
顔を向けると席を一つ挟んだ先に賀茂医師が例の禿げ上がった丸い笑顔を見せていた。
「どうも」
「はいどうも」
賀茂医師はボクではなくヨーコさんを見ていた。
それも他の客から見れば席を一つ空けて話しかけているように見えるだろう。
しかもその視線は空中に向けられている。
独り言野郎と併せて危ない2人というところだろう。
「しかし荒木はん、“どうも”で終いでっか?あんさんの腕をくっつけたんは私でっせ。ま、お代は礼子はんからもろてますけど、何か一言あってもいいんちゃいますか?」
この状況ではよそよそしくもなるよと言いたかったが、確かに賀茂医師の言うとおりだ。ボクには余裕が無さ過ぎた。
「腕の治療ではお世話になりました。おかげでほぼ以前と同じように動きます。ご挨拶が遅れて済みません、今は少々テンパってる状態でして」
「かかか、よろしい、よろしいですがな。それにしてもこの別嬪さんは?」
酔ってる!かなり酔っている!その別嬪さんこそボクがテンパってる原因でしょうに!
賀茂医師は霊への耐性が高いだけじゃなく見る事もできるようだ。
しかし、霊なのか人間なのか判別できていないほど酔っているのか。
元々赤ら顔だし、落ち着いた照明なので気づかなかったが、よく見ると相当酔っているようだ。
ヨーコさんは悪戯な笑みを見せた。
「私、ヨーコです」
「うらやましい!うらやましいですな荒木はん!いつも礼子はんやアヤちゃん、大伴はんにちやほやされとるっちゅーに、こんな別嬪はんとご同伴とは」
ふと、カウンターの向こうに目を向けると若いバーテンの立ち位置が変わった。
やばい、ちょっと目立ちすぎている。
落ち着いたバーなのに、賀茂医師のキャラクターは少々エグイ。
ヨーコさんも調子に乗りそうな感じでコワイ。
「ちょ、ちょっと賀茂さん、酔ってるんですか?少し落ち着きましょうか」
「わしが?酔ってる?」
「そうですよ、結構飲んだんですか?少しペースを落としましょうよ」
「わしが?酔ってない?」
「え?えぇ?」
「わしが?酔ってる?酔ってない?どっち?」
もはや訳がわからない。
ヨーコさんはけらけら笑っているし、それをウケたと思ったのか賀茂医師は更に調子に乗っている。
「いやぁ、私もですな、独身でありまして、えぇ、まぁ、モテんちゅう事はないんですが、その辺の女性には、なんちゅうか、こう、運命みたいなモンを感じんのですわ。ところがですよ、ところがヨーコはんに逢って、私の運命は本日この時をもって開かれました」
「あなた面白いのね、運命が開かれると何があるのかしら」
賀茂医師はますます調子に乗って、目を閉じて頭を手でぺしぺし叩きながら「運命出てこい、運命出てこい」などと言っている。
もう限界だ。
とりあえずトイレに逃げようとした瞬間、ヨーコさんが消えた。
ほんの数秒後、岩城課長が戻る。
「賀茂の奴、こんなところにいたのか、荒木、どけ」
「は、はい」
岩城課長は賀茂医師の隣に座った。
賀茂医師はまだ目を閉じたまま頭を叩いている。
「出てこい出てこい、う~ん、出ました~。ん?これは?」
頭のてっぺんに乗ったひよこでもつかまえるような身振りで合わせた両手を岩城課長に突き出した。
「こ、これは愛や、愛が出ましたわ!これがわしの気持ちですがな、なんてね、なんてね~」
「死ぬか?」
「へ?」
賀茂医師の動きが止まった。その額にはみるみる汗の粒が湧く。
「愛じゃなくて、命を差し出してもらうぞ」
賀茂医師がチラっと片目を開けた。
「こ、これは岩城はん・・・」
「何も言わなくていい、ここの払いも俺が済ませる。すぐにタクシーを拾って、ノヅチセキュリティーに向かえ。礼子さんが探してる」
「あの・・・」
「お前、今日は待機だったはずじゃないのか?」
「いや、それは・・・」
「礼子さんはかなり怒ってるぞ」
「わしは・・・」
「早く行け。俺は今、お前に同情してるんだ」
「・・・」
「行けぇッ!」
「は、はいィィっ!」
賀茂医師と入れ替わるように若いバーテンが近づいてきた。
「お客様、他のお客様のご迷惑になりますので」
「済まない、ゴタゴタは今終わったところだ」
「はい。ですが、今日のところはお帰りになられたほうが・・・」
「分かった」
岩城課長はカードを預けてグラスを一気に空けた。
帰ろうとすると中年のバーテンが姿を見せた。
「岩城さん、私が気づかなくて失礼しました。よろしければどうぞ御席へ」
「いや、今日は帰ろう」
「ご気分を害されたのなら、お詫びいたします」
「あの若いバーテンは正しい。この空間を守ろうとしたんだからな」
「そこまで仰っていただけるのなら尚更の事、寛いでいってください」
「いや、俺たちが帰ってこそバーテンの行為が正当化されるし、他の客もこのバーの秩序というものを知るだろう。ここは良いバーであって欲しいんでね」
「恐縮です」
「それに、こちらも若いのを連れていてね。早いうちにルールというものを覚えた方がいい」
「承知しました。またのお越しをお待ちしております」
「それと、あの騒いだ男なんだが、決して悪い人間ではないんだ、勘弁してくれ」
「承知しております。それに、あの手の方には慣れておりますよ。お気になさらずに、ご一緒にお越しください」
「うん、ありがとう」
バーを出ると外の方が明るいくらいで、ちょっと不思議な気分だった。
時刻はまだ22:00。
「どうします?他の店を探しましょうか?」
「いや、これから行かなきゃならんところができた」
「さっきの電話ですか?」
「そうだ。礼子さんのところでトラブルがあった」
「あ、そうでしたか、じゃ、ボクはここで失礼します」
「何を言ってる?お前も行くんだよ」
「え?」




