交渉
ボクを庇って傷ついたヨーコさんが消えようとしていた。
「もう存在を保つだけの力が残っていない・・・消えるしかないの」
「そんな!消えないでください!エネルギーならボクから取ってください!」
「ありがとう。でもね、もう間に合わないの。それにエネルギーを得るには憑りつかなきゃならないのよ?私の憑りつきは相手の同意が必要だって知ってるでしょ?拒んでいる相手には憑りつけないの。だから魅惑の術なんて身につけたんだけど・・・ね。それに、あたなにこの術はもう使いたくないから・・・」
闘いの最中ではあったが、ボクはヨーコさんしか見えていなかった。
「ボクに憑りついてください!エネルギーをあげます!」
「もういいの。だって・・・」
「す、すみません、ボクのせいで」
「いいのよ、あなたが無事で良かった。それだけで十分よ」
「ヨーコさん・・・」
「最後にお願い、少しだけエネルギーをちょうだい。消える前に、ちゃんと知っておきたいの。あなたの事を」
「はい、ボクにできる事があれば、何でも」
「でも、一時的でも憑りつかないといけないの、許してもらえる?」
同意とか許可ではなく、許すという言葉を遣ったヨーコさんはとても可憐な女性だった。
「こちらこそお願いします。ボクに憑いてください」
「ほんとうにいいの?」
「はい」
「ほんとうのほんとうに?」
「はい」
「いいのね?あんた、あたしのものだよ」
「はい?」
「ヨッシャー!憑りつき完了!」
「え?ええ?」
「はい、毎度どうもぉ~、私ヨーコは“荒木颯太”に憑りつきましたぁ~!」
透けて薄くなっていたヨーコの身体は色彩と物質感を取り戻していた。
「ななな、なんですかこれ?」
ヨーコさんは立ち上がり、服についた砂埃を払いながら言った。
「なんですかじゃないわよ、あんた私に憑りつかれたの」
「ええええ~」
「じゃ、早速いただくわね」
あれ?
この倦怠感はなんだ。
同時に幸福感がある。そして時折全身を鈍い快感がうねるように走った。
立ってられない。
「あんたスゴイわね。こんなエネルギー初めてよ」
「うぅ・・・」
眩暈に似た感覚に思わず声が漏れた。
「よっし、これで闘うには十分だわ。それじゃ暴れてやろうかしらね!」
そこからのヨーコさんの闘いは目を見張るものがあった。
二振りのハルペーは次々と百遍ひねりを撃破していき、その間隙を縫って礼子さんとサクラさんが土海月を討ち倒した。
微妙な関係ではあるが、辛くも危機を脱する事ができた。
どうやらヨーコさんはエネルギー補給のために芝居を打ったようで、憑りついたとは言っていたが、戦いの後は驚くほどあっさりと去って行った。
◇*◇*◇*◇*◇
土海月との戦いから1ヶ月。
ボクは結界の張られた一室でリハビリを重ね、いよいよ社会復帰を果たす事となった。
その間、驚くような情報があった。
ヨーコさんが他の男に憑りついたらしい。
そして、杓子様も祖父ちゃんの村の山に戻ったという事だ。
結界の地蔵につけていた札からの想定でしかないが、大きなダメージを受けた杓子様は回復するために山の室屋に籠ったに違いないという事だ。
もちろんミロクも姿を見せない。
油断はできないにしても、ボクは日常の生活を取り戻したのだ。
そして、日常は流れるように過ぎていく。
アヤさんはメキメキと力を付け、退魔の経験を積むために出張が多くなっている。
ボクはと言えば、まずは退魔武装を使いこなすよう命じられ、毎日が講義と訓練で過ぎて行った。
忙しい日々の中、ボクは充実していた。
何でもない当たり前の事が大切であったと気付いた時。
それは何かを乗り越えた時なのかもしれない。
そうして風が肌寒く感じるようになった10月。
ボクは思わぬ事態に陥っていた。
それはほんの1週間前の出来事だ。
営業企画部の飲み会に参加した岩城課長について行ったのだが、とても楽しかった。
楽しいとは面白いというだけではなかった。言葉にするのは難しいけれど・・・。
そして飲み過ぎた。
休日前とはいえ記憶が無いほど酔ってしまったのだ。
そして翌日、飲み過ぎたとは思えない、爽やかな朝を迎えた。
どうやって帰ったのかも定かではないが、何とか自宅に帰りついたらしい。
いつの間にかパジャマに着替えているし、風呂にも入ったらしく体もべたつくどころかボディーソープの香りがした。
まだ眠いけど、さっぱり爽やかという不思議な気分だ。
その中で、体のだるさだけが飲み過ぎた朝に似合っていた。
「もう少し寝るか・・・」
寝返りを打ったボクの耳に、女の人の声がやさしく囁いた。
「おはよ」
「・・・ん?」
「うふ」
「うわぁっ!だ、だれ!?」
「あたしよぉ」
「なんだヨーコさんですか・・・って、え?」
「ヨロシクね」
「な、なんでヨーコさんが、ここに・・・」
「なに言ってるのよぉ、人間でいうところの同棲ってやつ?みたいな?」
「ど、同棲って・・・」
「あんたも仕事があるだろうし、とりあえず昼間はお互い束縛しないって事でいいかしら」
な、なに言ってるんだこの人・・・いや、人じゃなかった。
「でも、心配だからなぁ、ん~、ついて行ってあげてもいいよ」
「何を言ってるんですか。だいたい他の人に憑りついたって聞きましたけど」
「何かの見間違いよねぇ、それって」
悪戯っぽい笑いは、明らかに偽りの憑りつきだったと言っていた。
これは悪い予感しかしない。とりあえず平静を装ってお引き取り願おう。
「それよりなんでここにいるんですか」
「あの夜のこと忘れたの?シクシクシク」
「なに嘘泣きしてんですか、ボクに憑りついたっていっても一時的にでしょ?闘うためのエネルギー補給というか」
「あらら~、世間知らずもここに極まれりって感じ?一時的なわけ無いじゃん」
「えっ!じゃ、ボクに憑りついている状態?」
「そういう ジョ・ウ・タ・イ」
「えぇえぇえぇえぇ!!」
「大丈夫大丈夫、あたしもさ、あんたが気に入ったからさ。3年で終わりにするのは勿体ないしね。えーっと、ちょっと待ってよ。そうね、あんたには精がつくものを食べてもらって、あたしが吸い取る量を少し我慢すれば・・・っと、計算上は10年くらい持つよ」
「ちょっとちょっと、それってボクの寿命があと10年という事ですか?」
「ま、簡単に言えばそうなる・・・かな?」
「かな?じゃないですよ、じゃ32歳で死んじゃうじゃないですか!」
「そ、原因不明の病気でね(ウィンク)」
「駄目ですよ!32歳で死ぬなんて!」
「えぇ~、あたしだって吸い取る精気の量を我慢してんだよ?あんたもちょっとぐらい我慢してよ」
「ちょっとぐらいって、勝手すぎますよ!ボクの寿命を何だと思ってるんですか!」
「寿命寿命ってうるさいんだよ!元々寿命なんて決まってないだろ!死んだ時が寿命なの!ね、分かる?人間なんて明日をも知れない命でしょ?それをあんたは10年保証されているようなモンよ?人生設計だって立てやすいでしょうに」
「10年保証って、太陽光発電じゃあるまいし・・・それなら事故はどうなんです?もし明日、ボクが車に轢かれても死なないっていうんですか?」
「そりゃ死ぬわね」
「それじゃ、保証じゃないじゃないですか!」
「そんな怒らないでよ、あたしが憑りついてんだから、車なんてサッと避けてあげるわよ。そんな簡単に事故になんて遭わせないって」
ヨーコさんはグッと親指を立てた。
「荒木颯太はあたしが守る!」
何なんだこの人・・・いや人じゃない。
「ヨーコさん、なんかテンションおかしくないですか?」
「うぷぷ、そりゃ、あの女ども、特に蓮狐の清楚ぶった女とかさ、猫被ったブリブリの大女とか、野津地のババァとかの鼻を明かしてやったからね」
「やな感じですよ、その言い方」
「まぁ、そんな怒らないでよ。せっかくラブラブになったんだからさ」
「なってません!」
「えぇっ!!不満なの!?」
「ヨーコさんが驚いた事に驚きですよホント」
「いったい何が不満なのさ」
「いろいろありますけど、まずは寿命です」
「10年、3650日だよ!?」
「正確には閏年があるから3653日ですけどね」
「細かいなぁ、そんなんじゃ女にモテないよ。ま、もうモテる必要もないけど、ぷぷっ」
「(ムカッ)とにかくボクは恋愛して結婚して子供が生まれて、普通に歳をとって死にたいんです」
「そんな事したって疲れるだけだよぉ、人間の女なんて面倒臭いだけだし、子供は手がかかるし、歳とったらよぼよぼになって動けなくなるし」
「少しでも長生きして世の中がどうなるのか見たいんですよボクは」
「やめときなって、この世の中が良くなる訳ないじゃないか。やなモン見るだけだって」
「とにかく!ボクは嫌です!!」
「わかった、わかったよ」
「え?抜けてくれるんですか?」
「なに言ってんのよ、そんなに言うなら10年じゃなくて15年にするよ」
「15年・・・」
「これがギリギリだよ?私の食い延ばしにも限度ってもんが・・・」
「食い延ばし・・・って、なんて事を言ってんですか!ってそんな話じゃないですよ、憑りつきから抜けてくださいって言ってるんですよボクは!」
「断る!!」
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それから1週間。
ヨーコさんはボクに憑いていて、日中もちょくちょく姿を見せた。
そして、ボクはその事を誰にも相談できずにいたのだ。




