童蛟
百遍ひねりを避けながらカードを放つサクラさんは、まるで華麗に舞っているようだった。
と、その足元が歪んだ。
地面が盛り上がったように見えたのは土海月だった。
「いったい何体いるんだ!?」
投げ出されたサクラさんに百遍ひねりが鋭く迫る。
それはさっきまでゆらゆらとしていた姿からは想像できない動きだ。
「蓮狐!援護しな!」
蓮狐は大伴さんの姿のまま胸の前で何かの印を結んだ。
髪がふわりと持ち上がり、青い光が空中に光った。
と、百遍ひねりが燃えながら落ちる。
「こんな術もあるのか」
前回はスピードを活かした直接攻撃だったが、今日は大伴さんとして闘うのか。
どうしてだろう。
そんな疑問を考える間もなく、百遍ひねりがボクの身体に憑りつこうとする。左腕ばかり狙うので何とか躱せてはいるが、何せ数が多い。
ボクがネックになっているというのは分かりきった事だった。
群がる百遍ひねりからボクを守る為に、野津地会長が戦力から割かれている。
やがてボクの左腕がギリギリと痛み始めた。
まるで骨を何かで突かれているような痛みだ。
「うぁ、傷が!!」
「颯太!それはお前のエネルギーを欲しがってるだけだ、我慢しな!ただ、同じところに何体も喰いつかれちゃ堪らないからね、しっかり避けなよ!」
それにしてもこの百遍ひねりという妖怪は何だろう。
堕としても堕としても続々とやってくる。
「くそっ、きりが無いね!百遍ひねりごときが!やっぱり土海月を叩かなきゃダメだ!」
その時、ボクの視界の端で赤い何かが揺れた。
「ハァイ、ご機嫌いかが?」
「ヨーコか!何しにきた!」
「ご挨拶ねぇ、だいぶピンチなんじゃないの~?」
「ふん、こっちには童蛟と蓮狐、サクラがいる。本体の土海月を叩けば百遍ひねりはバラバラになって消えちまうさ」
「あらあら、人間の中で一番妖怪に近い野津地礼子さんともあろうお方が随分と甘いのね」
「何だと?」
「はん、アンタそのなりで91歳だろ?十分に化け物だっての」
「くだらない事言ってるんじゃない!私が甘いってのはなんだい」
「私が敵に回らないとでも考えてるのかな~と思って」
「・・・!!」
野津地礼子の左目が引き攣るように鋭くなった。
「この小娘が・・・。先にヨーコを叩いたっていいんだよ、コッチは!!」
礼子の声に呼応するように大伴とサクラがヨーコに向き直る。
「颯太はどうするの?このままだと腕どころか上半身は喰われちゃうわよ?」
「仕方ない」
「なんですって?」
「敵に回るなら、お前は殲滅対象だ。殲滅対象の退魔はあたしらの業務なんだよ。業務の遂行において犠牲はつきものだ。颯太のロストはお前の殲滅とトレードオフって事になる」
驚いたヨーコの顔が、一旦うつむいてから上目使いに礼子を睨む。
「やっぱ怖いわ、礼子サンは」
ドスが効いたヨーコさんも十分に怖い。
「ちっ、今回は降参だ。颯太にはまだ蓮狐も憑いて無いようだし、ここは協力して颯太を守るしかないか。あったま来るけど、しゃーないわね」
ボクに近づこうとするヨーコさんを大伴さんが遮った。
「おいおい、邪魔してんじゃないわよ。狐ごときがこのヨーコさんと男を取り合おうなんて百年早いっての」
「荒木様はあなたに憑りつかれる事を望んではいません」
「はん、なに言ってんだケモノの分際で。男が望んでるのは女なんだよ、牝じゃねぇって」
大伴さんの髪はほとんど逆立つように揺れた。
「やろうってのか?牝ギツネ!」
大伴さんの鼻と口が突き出るように伸び始めた。蓮狐に変わろうとしている。
「今は止めときな」
変身しかけていた蓮狐は大伴さんに戻ってヨーコさんを睨んだ。
野津地会長はヨーコさんに顎を向けて言った。
「ヨーコ、お前、何か企んでるね?」
「は?何言ってるんだ?」
「怪しいんだよ、今日のお前はさ」
「面倒臭いなぁ、ババァは疑り深くて堪んないわよ」
「だから、ババァって言うな!」
「あたしさぁ、一昨日、例の土着神を見かけたんだけど?前回みたいに乱入されたらどうするつもり?」
「なにっ!?なぜそれを最初に言わない!」
「なによ、元々はといえばアタシを退魔しようとしてたくせに」
杓子様は強力な土着神だし、高い戦闘力を持つミロクも行動を共にしているようだ。
土海月はむしろ逃げるかもしれないが、対処できる今の状況を乱される方が厄介だ。それでなくとも颯太は腕に爆弾つけてるようなものなのだ。
この時、ボクは杓子様の事を何も伝えていない事を思い出した。
ヨーコさんや野津地会長は杓子様を警戒しているようだが、杓子様が姿を現すとは思えなかった。礼子さんの結界のせいで、あれだけのダメージだのは昨日の事じゃないか。
あれだけのダメージだ。来るはずがない。
ジャキっ
「ま、あたしは勝手にやらせてもらうわ。颯太のために・・・ね」
ボクにウィンクを飛ばしたヨーコさんがハルペーの刃を開いて、大伴さんとサクラさんの戦列に加わった。
「ふん、ヨーコがハルペーを構えるなら童蛟も出しておくか」
「なにソレ!」
「信用ならないんだよ」
「かぁ~、ほんと年寄りはこれだからなぁ」
「お前はね、大事なところでは信用できるけど、つまんないところで信用できないんだよ」
「な、なに言ってんのよ、ちょっと良さげなこと言ってんじゃないわよ」
「別に褒めちゃいないっての。まぁ、働いてくれるならコレをやるよ」
そういって礼子さんが放ったのは前回の戦いでも使った、通称“エネル源”だ。
滋養強壮剤と同じ位の小瓶には、霊が活動エネルギーとして使用できる物質が入っているらしい。
「ち、きびだんごじゃあるまいし」
「ぶつくさ言ってんじゃないよ!」
「わかったわかった、ヤバい時に使わせてもらうわよ」
戦いの最中とは思えないやりとりをしながらも百遍ひねりを薙ぎ払っていたヨーコさんがボクの前に立ちはだかる様に構えた。
それを見た野津地会長が攻勢に出る。
「よし、童蛟!出番だ!」
野津地会長の背後に黒い煙のような靄のようなものが立ち昇ったかと思うと、その中で小さな雷のような光が走るのが見える。
野津地会長の両腕が後ろ手で激しく動き、止まった時には両手に札を数枚づつ握っていた。
その瞬間、黒い雲が晴れるように消え、一匹の竜が姿を見せた。
その姿はボクが思い描いていたような竜ではなく、白くぬらりとした蛇のような姿だった。
竜につきものの角も、小さく目の上に後ろ向きで生えているだけで、決して強そうにはみえなかったが、その目は黒く澄み、何か神聖なものさえ感じさせた。
しかし、その童蛟は闘うでもなく、螺旋状のとぐろを巻いた姿勢で小さく揺れているだけだ。
野津地会長もサクラさんや大伴さんに指示を出すばかりで童蛟には目も向けない。
驚いた事にヨーコさんが加わっても、あまりに多さに土海月に近づけないでいた。
ボクはボクでヨーコさんたちをすり抜けた百遍ひねりを躱すので精いっぱいだ。
そのうち、ヨーコさんの動きに陰りが見えてきた。
早くも消耗してきたのだろうか。
苦しい膠着状態に礼子さんの声が響いた。
「よし!童蛟の力が溜まった!土海月の4体や5体、あっという間に消滅させてやる!」
どうやら童蛟は出現させてから力を溜める時間が必要のようだ。
「童蛟!突きぬけろ!」
礼子さんの背後で揺らいでいた童蛟の身体が左側に大きく揺れたかと思うと、礼子さんの体をかすめるように飛んだ。
それはまさに土海月を“突き抜けた”かと思うと、向き直ってもう一度同じ土海月を貫いて礼子さんの背後に戻った。
その通過経路にいた百遍ひねりもひとたまりもなく地に堕ちた。
「すごい貫通力ね、あんなのと闘ってらんないわよ」
ヨーコさんが舌を巻くような力を見せた童蛟は、礼子さんの背後で左右に揺れている。
「よーし、いい子だ。今日はなかなか話が通じるじゃないか」
礼子さんの言葉には勝利を確信した安堵の色があった。
童蛟の力に驚いたのか、土海月が動き始めた。
対峙したボク達から見て右方向へ移動しながら合体して更に巨大化しようとている。
しかし、その移動方向は童蛟を避けるには不自然だった。
「何があった?」
その時、左の方角から強い気を感じた。
「ば、ばかな!?」
そこには白い煙のようなものが人の形になりつつあった。




