退魔武装
杓子様とミロクが姿をみせた翌日、ボクは腕の違和感に気付いて目が覚めた。
どのくらい寝ていたのだろう。
窓の外は暗い。まだ夜が明けていないのだろうか。
時計は11時を指している。
なんと、ボクは丸一日近く寝てしまっていた。結界は既に消えている。
何をどうして良いかわからず、ぼぉっとしかけたボクの左腕にまたもや違和感。
見ればボクの腕に巻かれた黄色い布に不自然なしわが寄っている。
マンションの停電騒ぎの頃からだろうか、ボクの治りつつあった左腕に黄色い布が巻かれていたのを思い出した。
恐る恐る布を剥がそうとすると傷口に貼りついているようだ。
「おかしいな、傷口はとっくに塞がっているはずなのに・・・」
不意にその布が波打つように動いた。
傷口を見てボクは驚愕した。
治療スタッフが施したものだろうとばかり思っていた黄色い布は、その繊維がボクの傷口に喰い込んでいた。
ほつれた糸が何本も傷口から突き刺さる様にボクの身体に侵入しており、しかも声を発した。
「マニマニマニ・・・」
小さく聞こえる声はとても嬉しそうだった。
ボクはせり上がってくる嘔吐感を懸命に堪えつつ、野津地会長へ連絡する。
「私が直接処置するから何もするな。すぐに部屋を出れるように準備をして待機しろ、サクラを迎えに行かせる」
ほんの10分後、サクラさんがアオイさんを伴って現れた。
その早さから近くから駆け付けたのだろうという事は容易に想像できた。
対処はしないとしながらも近くに待機させるあたり、野津地会長が単に冷徹なだけではない事を示している。
「ソレを最初に見たのは一時的にマンションの結界を解いた時というのは間違いないのか?」
「はい」
「アオイが気づかないなんて・・・」
サクラさんの後ろに控えるアオイさんは、責任を感じているのか青ざめているように見えた。
「とにかく急ごう。車に乗ってくれ」
車を走らせて10分と経たないうちにウィンドウの外に何かが舞うのが見えた。
それはハンカチくらいの大きさの布だった。
ひらひらとしながらまとわりつこうとするが、車の速度には追い付かないのか、後方へ流れていく。
しかし、どこから集まってくるのか、その数は増える一方だった。
助手席ではアオイさんが野津地会長とやりとりをしている。
経路を伝えて会長と落ち合う事にしたようだ。
ハンドルを握るサクラさんの口が歪む。
「ヤバイ、数が多すぎる。他の車両を巻き込む訳にはいかない。よし、峠を越える。狭いが飛ばして一気に抜ける!」
アオイさんの緊張した声が聞こえる。
「は、はい、分かりました。検索します・・・約15分後に峠越えのルートに入ります」
峠道に入ってから10分ほど走っただろうか。
車のスピードがガクンと落ちた。
エンジンの音はスピードにそぐわない高い音を立てている。
「くッ、エンジンは回ってるのに!」
次第に何かが焦げるような臭いが車内に漂う。
「シャフトに何か巻き込んだか?まさかヤツらが!」
アオイさんの高い声が車内に響く。
「会長と接近しています!この先の林道入り口にある空地で合流との指示がありました!右側です!」
「分かった!」
しかし、車のスピードは一向に上がらず、メーターを覗き込むと僅か40㎞/hしか出ていない。
「くそッ、アオイ!レベルは?」
「はいっ、オールUE!」
「よしッ」
ジャキっ
金属音と共にサクラさんが何かを握っているのが見えた。
「少しだけでいい、スチールは通るか?」
サクラさんの言葉は理解できなかったが、“ボシュっ”という鈍い音と共に何かが炸裂した。
「届けッ」
サクラさんの声が何を意味するのかと思った瞬間、車はグンッとスピードを上げた。
その勢いで道路を飛び出しそうになってタイヤを軋ませながらコーナーを抜けていく。
「サクラさん、やりましたね!合流場所はこの先です」
喜色を含んだアオイさんに応えるサクラさんの表情は更に緊迫感を増していた。
「しまった。ブレーキをやられている!」
目の前には次のコーナーが迫っている。
「くそっ!!」
ガコッ、ガリガリガリ!ガララララ!!
強引なシフトダウンはギアボックスを損傷させ、異様な音を響かせた。
サイドブレーキでのふらつきをハンドルで捌いて、何とか空き地に滑り込ませたものの、勢い余った車は側面を盛土にぶつけてようやく止まった。
「無事か!?」
サクラさんはボクを見ていた。
「はい、無事です」
「この車は捨てる。アオイも遅れるな!」
車外に出てみると、その場所は空地と呼ぶには少々広く、以前は資材置き場に使われていたようで、砂利が敷かれて整地してあった。
ここだけ街灯が設置され、道路のみならず空地のほとんどがその光に照らされている。
頭上に布や紙が待っているのが見える。
「まだ居るか!」
サクラさんが身構えた時、高いエンジン音が響いたかと思うとアウディA4が、横滑りしながら目の前に止まった。
「颯太は無事かい!?」
「はい」
「サクラ、よくやってくれた。ただ、これからが本番だよ」
サクラさんはボクが初めて見るような笑顔を見せた。
「はいッ、いつでも行けます!」
会長が連れているのは大伴さんだけだった。
なるほど、僕らを乗せる事を考慮しての事だろう。
「颯太の傷を見て、すぐに移動する」
大伴さんがボクの顔を見た。
「荒木様、痛みは?」
「は、はい、締め付けられるような感覚はありますが、痛みはありません。虚脱感や多幸感もないです」
憑りつかれてエネルギーを吸われた場合、虚脱感や多幸感を感じる事が多いのだ。
野津地会長がボクの腕に張り付いたタオルをつまみ上げるようにすると、「ジィジィジィ・・・」と嫌がるような声を出して、タオルが捩れた。
「これは・・・“百遍ひねり”か・・・」
【百遍ひねり】
この世に生まれる前に死んだ生き物の霊。その生い立ちは人間の水子と似ているがもっと原始的に発生する霊で、この世に多く存在している。もとより大きな力は無く、人間の様々な感情を喰っては消えていく。一つの場所に集まる習性があり、ごくまれに集まって力を得た百遍ひねりが人間に影響を及ぼす場合があるが、極めて原始的な存在であり、複雑な思考は持たない。
ある地方の童謡に、この妖怪を唄った一節があり、その“百遍ひねって地に返せ”という部分から野津地礼子が命名した。
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そうこうしている間にも近辺には、ハンカチや紙切れなど、平面状のものがゆらゆらと集まり始めた。
それは颯太の腕に取りついた百遍ひねりが声を出すごとに小さく震えては近づいてくる。
「しかし、アオイが気づかなかったなんて・・・」
「こいつは目的と手段を認識して颯太に近づいてきてる。本来、百遍ひねり達は思考を持たないはずだ。となれば・・・」
操ってるヤツがいる。
その時アオイが叫んだ。
「礼子様!前方の土中に強い反応!ランクはB+!土海月と思われます!」
礼子は目を細めた。
「土海月でB+だと?」
【土海月】
土中の霊体が集まった妖怪で、外観が海月のようだが、常に土中に存在する。集まった霊体の中で最も欲望が強いものに支配されるので、多くの場合は人間にとって障害となるが、大きく成長する前に人間にとりついて欲望を満たして消えてしまうので目立った被害はほとんど現れない。
「土海月でこれほど大きいものは見た事がないが・・・」
いぶかる礼子にアオイの続報。
「礼子様!左前方に新たな土海月を発見!後方にも1体!共にBクラス!」
「冗談だろ?どうなってる!?」
「これだけの百遍ひねりとこんな大型の土海月なんて・・・」
思わず呟くアオイに、颯太の隣を固めるサクラが応えた。
「アヤメは留守番だって腐ってたけど、正解だったかもな」
その言葉はこの闘いがただでは済まない可能性を示唆していた。
サクラは全てのカードケースのカバーを開け、腰のホルスターのロックを解除した。
右のホルスターから拳銃のようなものを抜く。
その銃身を折る様にして、そこへ左のホルスターから取り出した直径2㎝程度の弾、それは猟銃の弾のようにも見えた。それを並列2発押し込んで、ガチッという音を立てながら銃身を閉じた。
一連の動きに遅滞はない。
ボクはさっき車内で使ったサクラさんの装備を思い出した。
恐らく退魔武装の一種なのだろう。
それにしても銃か・・・
ボシュッ
鈍い音の直後、15メートル先で何かが弾けた。
鈍い光は直径3メートルほどはあるだろうか。
その光に触れた百遍ひねりが力を失ったようにひらひらと落ちる。
前進しつつもう一発。
素早く装填。
正面の土海月に向かって走りだした。
ボシュ、ボシュッ
連射して装填。
連射、装填。
「す、すごい・・・」
サクラさんは百遍ひねりが舞う中、自分が進む空間を作りながら土海月に接近を試みる。
瞬く間に土海月に接近。
銃を左腕一本で構えながら右手はケースからカードを抜きだしている。
サクラさんの腕が鞭のようにしなって3枚のカードが土海月の頭部に突き刺さる。
『ぎぎ、ぎぎぎッ』と土海月が唸る。
サクラさんが何かを唱えると3枚のカードを結んだ部分が抉れて弾け飛んだ。
『ぎゃぎぎぎッ!!』
土海月は悲鳴を上げて、触手を振り回す。
避けるサクラさんがもう一度カードを放った。
触手を後ろ跳びで避けながら印を結ぶ。
またもや土海月の悲鳴が上がり、触手が吹き飛ぶ。
「よし、サクラ!戻りな!」
礼子さんの声に、サクラさんは後方に向けて発射。退路を確保する。
銃をホルスターに戻して両手にカードを握る。
先ほど開けた空間に百遍ひねりが浮いている。
「これしきの数なら!」
サクラさんはカードを投げて唱える。
投げられたカードは的確に百遍ひねりを撃ち落としていった。




