特別な方法
「杓子様がお前を狙うのは憑り殺すためではないかもしれない」
野津地会長の言葉はボクを混乱させた。
それはノヅチセキュリティーに蓄積された情報から導き出された一つの仮説だ。
杓子様に魅入られた男が何年も後に姿を見せたという言い伝え。
今回、杓子様は憑り殺す機会はいくらでもあったのに、それをしなかった。
「つまり、杓子様の魅入りには2種類あって、憑り殺される以外に何らかの理由で生き延びるパターンがあるんじゃないかと考えてる」
研究結果を報告するような冷静な言い方にボクは苛ついた。
「そんな話、倉木さんからも祖父ちゃんからも聞いた事ありませんよ」
「でもね、姿を見せたといっても目撃されただけで、帰ってきた訳じゃないんだ」
今度こそボクは怒りを爆発させた。
「じゃ、何も変わらないじゃないですか!なんで希望がありそうな話をして落とすんですか!ボクは当事者なんだ!興味本位や研究じゃない!そもそも目撃されたって言ったって、見間違いって事もあるでしょう!」
「気持ちは分かるけど、吠えたって何も変わらない。自分の命も感情も横へ置いておきな。これは戦いなんだよ。お前にとっても、私にとっても。私たちが戦いに臨むには血も心も凍らせなきゃならない。熱い血と心で勝つのはスポーツだけにしときな」
ボクは何も言わなかった。それは野津地会長の言葉に納得したのではなくて、何か言ったら自分で自分を止められないと思ったからだ。
「キレた線は繋がったかい?」
野津地会長はいちいちボクの神経を逆なでする。
「・・・はい」
「よし、返事ができれば十分だ。本題に入ろう」
「杓子様は土着神だ。こういった土着神は日本各地で報告があがってる。その中から杓子様に類似したケースをピックアップしてみたんだが、憑り殺されなかったケースは意外に多く存在する。神の守護者や使役者になったり、中には神の一族として迎えられたという言い伝えもある」
もう怒りも起きない。
「そんな理由で生き延びても、人間世界から切り離されるなんて嫌です。ボクにとっては死ぬのと変わり無いですよ」
「最後まで聞きな。そういった場合、本人の承認が必要になるらしいんだ」
「承認・・・」
「そうさ、ヨーコと同じだね、それがどういったものか知らないけど、突破口が見えてきたとは思わないかい」
「ボクが拒否し続ければいいって事ですか?」
「あぁ、そうだ。簡単ではないだろうけどね。お前、ヨーコの魅惑の術に嵌まっただろ?理由は分からないが、ヨーコは憑りつくのに本人の承認が必要になった。だから男を虜にするような術を身に付けたのさ。さて、杓子様はどうかしらね。誘惑されちゃうかい?」
「・・・」
ボクはヨーコさんの術を思い出していた。
その記憶をなぞるのは快楽と羞恥が混じった感覚をボクに与えた。
あの、抗いようのない快感は恐怖と同時にボクの中に入り込み、何かを破壊しようとしていた。ボクが逃れる事ができたのは偶然であったのだ。
まるで毒の蜜だ。
この東京という大都市に散りばめられた甘い毒。
それは何人もの男を食い潰しては、より甘美なものになっていくのだろう。
ヨーコさんの切れ長の目がボクの脳裏に浮かんだ。
その瞳から広がるように、整った眉や細い鼻梁、長い黒髪と赤い唇が描かれていった。
顎から首、流れるような首から肩へのライン、何かを隠すように組まれた腕、赤いコートは肩に羽織られただけで、他に何も身につけてはいなかった。
「その辺にしときな」
思わず声が出そうになったボクは白昼夢から醒めた。
「まだ術が残ってるのかね。それとも若さってヤツかい?」
ボクは顔が熱くなるの感じながら俯いていた。
「ヨーコがさ、魅惑の術を解いたって話はしただろ?」
「・・・はい」
「その時に私が、物の怪のくせに何やってるんだって憎まれ口を叩いたのさ」
「・・・」
「そしたら、魅惑の術は完璧じゃなかったってさ」
「どういう事ですか」
「お前は術への耐性があるって事だろうね。ま、ヨーコの奴は意地になってるみたいだよ。だから術を解いて取り合うって宣言したんじゃないのかね」
「・・・」
「つまり、お前はヨーコのプライドを傷つけたのか、燃え上がらせたのかしらないけど、相手を本気にさせたって事だろうね」
ここまで話して野津地会長は、クククっと小さく笑った。
「これってさ」
「はい?」
「これって、色恋事と全く同じなんじゃないの?」
「へ?」
「へ、じゃないよ、お前は霊波とか術への耐性はあるくせに、こっちの耐性はからっきしだね」
「何だか分かりませんが、すみません」
「ふぅ、バカだね」
「すみません・・・」
「ま、いいや。話を戻そう。杓子様の魅惑の術もそうだが、魅入りにどういったものがあるのか、それは杓子様攻略のポイントになりうるのか」
ボクの反応を揶揄し笑いながらも、冷徹な思考は少しも揺るがない。
「今件については、ノヅチセキュリティーとしても非常に興味がある」
野津地会長は怖い人だ。
能力も高いし信頼もできる。
ただ、上に立つ者の冷徹さを持っている。
必要とあればどれだけ重用してきた人間であろうと即座に切り捨てるだろう。
それが出来なければ今の立場は成り立たないんだろうけど・・・。
「それで今日は何があるんでしょうか」
「ほぉ、お前も少しは分かるようになってきたね」
野津地会長は後方のドアに振り返った。
「入りな」
30歳には届かないだろうという女性が姿を現した。
細身だが出るところは出てるという感じ。
目はつり気味なのに穏やかさを感じるのは明るい栗色の髪と太めの眉のせいだろうか。
「荒木様、お久しぶりです」
「え?」
「大伴です」
「え?あの大伴さん?」
女性はクスクス笑って言った。
「そうです、あの大伴です」
「あ、すみません。また・・・」
「颯太、大伴をお前の専属にするよ」
「そうですか、お世話になります・・・って、専属ってなんですか!?」
「私は人間ではなりません。野津地さんにお世話になっているのですが、荒木様にお仕えするよう命じられました」
「え、専属とか仕えるって・・・いや、人間じゃない!?」
「この娘は蓮狐だ。蓮狐は人に化ける」
「大伴さんが、蓮狐?」
「はい、そうです」
「さてと、そろそろ観念して蓮狐に憑かれな」
「冗談じゃないですよ、お断りします!」
「勝手にしろと言いたいところだけど、お前は蓮狐に憑かれなきゃならない理由があるんだ」
「どうしてですか!」
「ヨーコ対策さ。蓮狐が憑いているうちはヨーコも迂闊には手出しできないだろうからね。そのうちエネルギーに困って他の男に憑りつくに決まってる。そうなりゃ、お前が憑かれる心配はほとんど無くなるって事だ」
「・・・」
「それに蓮狐なら私がコントロールできるからね」
「そうでしたか。すみません、大声出したりして」
大伴さんが握った手を胸に当てて一歩前に出た。
「あの、私でよろしいでしょうか?」
「え?えぇ、済みません。ご迷惑でしょうが、よろしくお願いします」
「いえ、荒木様は私たちにとって好ましい宿主です。だから杓子様や口裂け女も憑りつこうとしているのでしょう」
「好ましいとは、どういう事でしょうか」
「簡単にいえば“お人よし”です。済みません、こんな言い方で。でも、この表現が一番近いんです。そして純粋な方はエネルギーも清らかに感じられます」
「ヨーコさんは“味”とか言ってましたけど、味覚で感じるんですか」
「あれはエネルギー摂取について、人間のそれと近い表現を使ったのでしょう。ただ、私たちはエネルギーを色々な感覚でとらえます。ですから“美味しい”というのも表現の一つといえます。それに人によってエネルギーの質は違います。そして、荒木様のエネルギーは質が高いようです」
「ボクは美味しいという事ですか。何だか微妙な気分ですね」
「そうですね、そういった表現も間違いではありません」
「あれ?そういえばここは結界が張ってあるんじゃ?」
「もちろん今は一時的に解いてる。だから私も童蛟を連れてる」
「ドウコウ?」
「一言でいえば竜の幼体だ。まだ成長途中でね、力は安定しないけど、かなり戦える。それは後で見せるとして、私も時間がおしてるから話を進めさせてもらおう」
野津地会長が椅子から立った。
「颯太、この狐狼も憑りつくにはお前の承認が必要だ。そしてその方法もちょっと特殊なんだ」
ボクは嫌な予感がしていた。
なぜなら野津地会長の顔が楽しそうだったから。
「特別な方法って何ですか」
「ズバリ言えば、セックスだ」
「え゛ぇッ!?」
ちらりと大伴さんを見ると驚いた顔が真っ赤だ。
「あのあのあの・・・」
しどろもどろなボクを尻目に野津地会長は事務的な声でまくし立てた。
「さて時間がない、何しろ結界は解いてあるんだからね。ちょうど颯太はベットにいるし丁度いいじゃないか。あ、お前は腕が駄目だから動かなくていい。後はこっちに任せときな」




