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トリツカレ  作者: 白蜘蛛
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腕時計

公園での戦いは、杓子様しゃくじさま VS 古狼ころう蓮狐れんこ、ヨーコという様相を呈していた。

驚異的な戦闘力を発揮した杓子様だったが徐々に押され始め、戦いの帰趨は杓子様の敗北に傾いたかのようにみえた。

しかし、その時杓子様の後方から現れたのは篠原彩矢だった。


岩城がたまらず飛び出して叫んだ。

「どうしてお前がここに居るんだ!」

「あのヒトカタが憑いた小娘か!古狼との一件もあるし、これ以上の面倒はご免だよ!岩城!ヒトカタが姿を見せる前に連れていきな!」

野津地の声よりも速く走り寄る岩城だったが、篠原に手が届こうかという距離で足が止まった。

「くぉッ」

またあの波動だ。

篠原の体はビクッと震え、地面に座り込むようにして倒れ、その背後に白いものが現れた。

今回ははっきり見える。

袴に脚絆、刀、脇差、篠原彩矢に憑いたヒトカタは侍だった。


「拙者はミロク、訳あって助太刀いたす」


「ちぃッ、こいつ見えなかった!手強い!」

野津地だけでなく、戦っている霊達も同じく感じているのか、杓子様への攻撃を止め、身構えている。

「古狼!そのヒトカタはお前の獲物だ!蓮狐は杓子様を抑えろ!ヨーコは間に入って遊撃!」

「私を勝手に使うな!」

ヨーコは文句を言いつつも杓子様とミロクと名乗ったヒトカタの連携を分断する位置に入った。


ミロクが刀を構えた。

それだけで呼吸が苦しくなるほどの重圧プレッシャーだ。

そこへ古狼が躊躇なく飛び込む。

ミロクは大きな跳躍で避けたが、古狼はその軌道へ跳んだ。

古狼の跳躍力に敵う者などいない。

ましてや、先に跳んだ空中の敵はまともに動けはしない。

踏ん張りが利かない空中では、自由に動くことすら困難だ。

大地とは腕力・脚力を発揮するための支点として不可欠な存在なのだ。


古狼は口を開いて牙でぶつかるつもりだ。

大地にも体重にも頼らない攻撃といえば噛み砕くのがベストだ。

ミロクが刀を振るだろうが、古狼には牙の他に爪もある。

「俺を相手に跳んだお前が悪い!」

驚いた事に古狼が人間の言葉を発した。

その古狼の鼻先に何かが飛んだ。

ミロクが放ったつぶてだ。

「笑止!正面から礫とは」

古狼の爪が簡単に礫を払った。

次の瞬間、ミロクが刀を振る。

古狼の予想通りだ。

その刀を爪で受けて、ミロクの首筋に牙を叩き込めば、この闘いは終了だ。

突き出された刀を古狼が払った。

その刹那、ミロクの体が古狼の視界から消えた。

古狼が払った刀を支点に、ミロクの身体は回転して古狼の背後へ。

「俺の力を利用したか!」

この時、古狼が防御していれば闘いは終わっていた。

しかし古狼は身体を横に回転させて対峙した。

弱い腹部を晒してまで牙を相手に向けたのだ。

「よき敵よな」

楽しげな声を残してミロクが避けた。

古狼の動きは良くて相討ち、つまり賭けだった。

不利な体勢でも攻撃の姿勢を貫く。

その闘争心で決定的に不利な状況を五分にまで戻した。

あとはミロクが乗るかどうかだったが、元よりミロクはそんな賭けに乗るはずもなかった。

古狼は追い詰められながらも主導権を握っていたといえる。

二つの体はまた中空にあった。

跳んだものはスピードを失ってから落下を始める。

これは重力の影響を受けているのと、空中での推進力が無いからで、その軌道は単純な動きになってしまう。闘いにおいて跳躍が有効ではないとされる所以だ。


しかし、ミロクの跳躍は異常な動きを示した。

跳んでから着地するまで、そのスピードが同じなのだ。

つまり、ミロクは重力の影響を受けず、かつ空中での推進力を持っている事になる。

霊の類なのだから当たり前のようにも思えるが、そうではない。


霊体である彼らにも僅かながら質量はある。

この世に留まるために質量は不可欠なのだ。

ただ、この物質で溢れた世界で彼らの質量はあまりにも小さく“無視できる”ほどで、ニュートン力学に当てはまらない質量でしかない。

しかし重力の影響を受けないという事は物理的な動きができないという事だ。

物質化していなければ地面を蹴る事も、水を掻く事も、羽ばたく事もできない。


霊体はどうやって移動するのか。

一言でいえば大気イオン。

空気中にあるイオンと自然界の微弱な電気を利用して推進エネルギーとしているのだ。

しかしエネルギーとしては非常に小さいので、一般的に幽霊とは漂うようにしか移動できない。

では速く移動する為にはどうすれば良いのか。

身体または体の一部を物質化し物理的に加速するか、大気イオンと電気を大量に消費できるようにするか、2つのパターンがある。

しかし、それらには多くのエネルギーが必要だ。大気イオンのみに頼っては無理なので、別のエネルギー源が必要になる。

人間はそのエネルギー源の一つでしかない。


いま繰り広げられているのは霊達が身体を物質化した闘いだ。

では物理的ではない力、霊力などはどうなのか。

一言で言えば物理的攻撃の方が、相手に与えるダメージは格段に大きい。

面と向かった闘いでは、霊力を使う前に物理攻撃で倒される。

しかし物質化していない相手に物理攻撃は効果があるのか?


『ある』


むしろ的確な攻撃を受けた霊体は脆いとさえ言える。

ではなぜ除霊において物理的な対処が行われなかったのか。

それは、的確な攻撃が困難という事もあろうが、相手を打ち倒す事を目的としていないからだ。

古来より霊的な相手を打ち倒すという発想は無かった。

そのような発想を持つのは“人間相手に戦をしてきた者”であって、神を知り霊を知る者の行いではない。

だからこそ退魔を専門に行うノヅチセキュリティーは“異色”の存在だし、霊を消滅させてでも人を守る野津地礼子は“孤独”の霊能者なのだ。


その野津地礼子が呻くように呟いた。

「切れる奴だ。それに速い」

ミロクのスピードは古狼を凌駕していた。

「おかしいね。古狼と渡り合うパワー、蓮狐にも劣らないスピード。これを併せ持つなんて考えられない・・・何かある」


闘いは杓子様に攻撃を仕掛ける古狼、蓮狐、ヨーコ、それを妨害するミロクという形になっていた。

古狼たちは数で勝ろうとも挟撃を受ける形になっている。

動かない杓子様と動くミロクは見事な連携を見せた。

一方、古狼達の連携は今一つだった。

ヨーコは致し方ないにしても、古狼と蓮狐は同じく野津地礼子の許を仮宿主としている霊同士のはずだ。

「あいつら、まだ昔の諍いを根に持ってるのか」

野津地礼子が言うように古狼と蓮狐はささいな諍いからやりあった事があるのだが、その詳細は野津地しか知らない。

小さく舌打ちしながらも野津地は悟った。

“各個撃破しかない”

杓子様は守りは堅いが攻撃の詰めが甘い。

となれば、ミロクからという事になる。

「ヨーコ!」

野津地が小さなビンを投げた。

ぱしっと片手で受け取ったヨーコはチラっと野津地を見たが、一気に吸い込んだ。


ズンっ


「くはぁッ」

ヨーコは身体を折る様にして息を吐き出した。

「ずいぶんと濃いじゃない」

「そうさ、野津地礼子特製のキセノン入りエネルギー源だからね」

「で、どうすりゃいい?」

「お前、1人であの土着神を抑えられるかい?」

「厳しいだろうな。でも、少しの間なら何とか」

「どれくらいもつ?」

「5分てところかな」

「エネル源飲んだんだろ、10分粘りな!」

「ったく、人使いが荒いね、このオバアサンはさ!」

「うるさい!」

「大体、あの子に憑りついてりゃ、私だってもっと闘えてるんだ」

「うるさいっての!とっとと行きな!」

「ちっ、分かったよ、10分ね」

存在が消えてしまうかもしれない闘いに赴くには軽すぎる言葉を残してヨーコは杓子様に向かった。

「古狼!蓮狐!お前達はそのヒトカタを叩いちまいな!」


激しい闘いが再開された。

ミロクは常に古狼、蓮狐の直線上に位置取って挟撃を防いだ。

そうしておきながら、徐々に杓子様から離れつつあった。

「あのヒトカタは単に霊力が強いだけじゃないね。人間だった頃はさぞかし優秀な武士だったんだろう、頭が切れるヤツってのはホントやっかいだよ」


一方のヨーコは杓子様相手に善戦していた。

ヨーコの闘いは杓子様の動きを封じ、古狼と蓮狐がミロクを倒す時間を稼ぐ事にある。

しかし、ヨーコの闘い方には、あわよくば杓子様を討ち取ろうという意図がありありと見えた。

ヨーコの消耗も激しいが、ここにきて杓子様の動きも鈍くなっていた。

それは他の霊も同じで、古狼も蓮狐も、ミロクすらそのスピードは低下している。

しかし誰もが相手を打ち倒すだけの一撃を持っており、むしろ決着が近づいたと言えるだろう。

霊達の緊張感は高まっていくのが分かった。


ヨーコが杓子様とサシで戦い始めてから10分が経過しようとしている。

「ちっ、時間切れか!」

野津地礼子の言葉を証明するように、ここまで善く闘っていたヨーコの動きが突然乱れた。

防戦に徹していた杓子様もこれを好機と見たのか一気に攻勢に出る。

杓子様の斬撃に対し、ヨーコは両手のハルペーを合わせて何とか堪えていた。

しかし鋭く重い斬撃がヨーコのダメージを蓄積させる。


ぶぉんッ


鈍い音と共に一本の刀が現れた。

「これだけ消耗してからの双刀かい!?恐ろしい奴め!蓮狐!ヨーコをフォローしな!」

杓子様の双刀が僅かな時間差を持って同時に振り下ろされた。

「くっ!」

何とか受けたヨーコだが、体勢を崩された。

杓子様が距離を詰める。

その杓子様に蓮狐が飛びかかるが、何かが飛んできて蓮狐の鼻先に当った。

「きゃうっ」

小さな悲鳴をあげて着地した蓮狐が顔を振る。

方向からしてミロクが何かを投げたのは明白だった。

杓子様は横から薙ぎ払い、ヨーコの身体を弾き飛ばした。


ボクの目の前にヨーコさんが倒れている。苦痛にしかめた目が開かれ、視線はぼくのそれとぶつかった。

何か恥じ入るような、悲しいような、何と言って良いのか分からないが、ボクはとても切なかった。

そこへ杓子様が白い刀を振り被っている。

ボクは思わず飛び込むように手を伸ばした。


倒れ込んだボクの傍にはヨーコさんが居た。

驚いた顔は切れ長の目が見開かれ、唇は無警戒に小さく開いた。

「な、どうして」

「それどころじゃありませんよ!逃げなきゃ!」

杓子様に目を向けると、白い刀を握った腕がぶるぶると震え始め、刀も腕も弾けるように消えてしまった。


どうしたんだ!?

でも今のうちだ!


ボクは起き上がろうとして左側へ顔から落ちた。

左手の自由がきかない。

「くそ、手が利かない」

なおも起き上がろうとするボクの目の前に、人間の腕が落ちていた。

その前腕から切断された腕はボクと同じ時計を嵌めている。

「え?え?え?」

慌てて左腕を見ると肘先10㎝ほどから先が無い。

痛くはなかった。

ただどうして良いのか分からず、切断された腕を見ていると、きれいな切断面が砂で汚れているのがやけに生々しかった。

痛みは突然やって来た。

「があぁぁッ!!」

野津地会長が走り寄ってボクの体を抱き、落ちた腕を掴んで後ろに跳んだ。

止血をし、切断された腕はハンカチに包んでバックに入れる。

痛みは増すばかりだ。

「ぐうぅおぁぁ!!」

自分のものとは思えない悲鳴がボクの喉から絞り出された。

野津地さんはボクを胸に抱くようして、ジャケットで覆う。

片手で器用に小さなビンの蓋を開けると何かの気体が噴き出した。

体の中心に重い衝撃を受けて一瞬気が遠くなり、その直後、痛みが引いていく。

痛みは落ち着いたが、ボクの呼吸は荒れた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

野津地さんの薬?のせいか、失血のせいか、意識がぼんやりとしてきた。

ヨーコさんと杓子様は動かない。

それを見た蓮狐は古狼と戦うミロクに対して身構える。

新たな戦いが始まろうとした、その時。

倒れたアヤさんが低く呻くと痙攣するように震え始めた。


「蓮狐!待つんだ!その子の体がもたない!古狼もいったん退きな!」

古狼が少し退くと“沈黙”が残った。

聞こえるのは、ボクとアヤさんの荒い呼吸音だけだ。

古狼は恐ろしい目でミロクを睨みつけている。

沈黙を破ったのはミロクだ。

「相分かった、このむすめはお主に譲る」

ミロクはアヤさんの側から離れ、再び口を開いた。

「その代わり、その男子おのこは我らに渡してもらう」

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