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トリツカレ  作者: 白蜘蛛
11/41

ボクだけ?

ノヅチセキュリティーを出て30分後、車は会社の寮に到着した。


「ここまでで済まんが、まだ用事があるんでな」

「いえ、送っていただいてありがとうございます。それと・・・今日は本当に申し訳ありませんでした」

「いや、こちらこそ済まなかった。俺が気づくべきだった」

「いえ、今後は体調管理に努めます」

岩城課長が言う“憑いている”事をアヤさんは“体調不良”と解釈したようだ。

幸運な誤解と言える。


車は会社に向かった。

こんな時間だと言うのに渋滞が激しい。

信号待ちになった時、課長はハンドルを握ったままボクに顔を向けた。

「お前、何者だ?」

岩城課長の声は少し怖かった。

「あの部屋の空気は常人じゃとても耐えられないはずだ。しかもあの古狼を見て取り乱しもしない。かといって篠原のように憑いてる訳でもない」

岩城課長はもう一度聞いた。

「お前は一体、何者なんだ?」


ボクは杓子様の一件を説明した。

岩城課長のハンドルを握る手に力が入るのが分かる。

「土着神だな。それについては聞いた事はある。古狼と同じく古代から存在する妖怪の類だ。発生する地域が限定されているうえに記録がほとんど無くてな、どれほどの力があるのかは分からないが、ランクとしては高いだろうな」

ランク?」

「あぁ、霊とか妖怪にランクをつけているのさ。仕事上必要なんでな。もっともそれは野津地さんの仕事だ」

「あの、野津地会長というのは何者なんですか」

「事前に説明したとおり、セキュリティー会社の会長だ。ただノヅチセキュリティーが提供するサービスには特殊なものがあってな、いわゆる除霊とか浄霊とかそんなものを取り扱ってるんだ。ネットで除霊を検索してみろ、そこそこ商売になってる」

「そんな仕事があるんですか」

「まぁ、霊障のほとんどは依頼者クライアントの思い込みだ。だから形だけの除霊で効果がある。実際は何も起きちゃいないんだからな。そういった除霊では効果が無い、つまり本物・・だった場合、対応できるところは限定されるんだが、この世界も結構しがらみが多くてな。いうなれば野津地さんは新興勢力ってところだ。それというのも請け負うのが闘う事に特化した退魔だからだ」

ボクの顔に関心というか好奇心のようなものが浮かんでいたのだろう。

岩城課長の声がたしなめるような口調になった。

「ただ、中にはやっかいな案件もある。本格的な退魔ともなれば除霊者が死亡するケースだってあるし、それによって除霊対象の霊が更に力を付けちまったりする。そうなると更に強力な除霊者が対処しなくちゃならん。もちろん料金も大幅アップだ。ノヅチセキュリティーが取り扱うのはそんな案件なんだ。必然として強力な除霊者や退魔士が必要になる」

依頼者クライアントはどんな方が」

「特に政府や大企業の関係だな、ノヅチセキュリティーの顧客は。野津地さんはそういった方面に強力なパイプを持ってる。そういった関係の仕事は結果を問われるし危険も大きいが、報酬もデカイ」

「どうしてウチの会社が関係するんでしょうか」

「古すぎて俺も知らんが、以前からの付き合いがあるらしい。野津地会長は何歳だと思う?」

「え?30代半ばじゃないでしょうか」

「お前それを本人の前で言うんじゃないぞ、俺は聞かれたら30歳って答えてる」

「やっぱりもっと若いんですね。あの口調なんで見た目より実年齢は上かと思って・・・」

「91歳だ」

「は?」

「大正12年生まれだ」

「た、大正って、ボクの祖父ちゃんより上じゃないですか」

「恐ろしいだろ?しかもあっちの方も現役だそうだ。妖怪よりも野津地さんの方が怖いよ、俺は」

少々の沈黙があった。

岩城課長の話が本当なら、いや、本当なのだろう。

ボクの頭はパンク寸前だったが、はっきりしておかなきゃならない疑問があった。

「あの、ノヅチセキュリティーには何を提供しているんでしょうか?・・・装備品とかを作るのでしょうか」

「いや、俺たちが提供しているのは退魔の戦闘力だ」

「戦闘力?」

「そうだ。本来、退魔の力は特別な才能に研鑚を加える事で得るが、商売じゃそんな悠長な事は言ってられない。簡単に戦闘力を伸ばすには、戦闘力がある霊を憑かせりゃいい」

課長はあっさりと言った。

「まぁ、これにも才能と相性ってのがあるけどな」

「まさか、ボクと篠原さんはその戦闘力って事はないですよね。そんな話は聞いてないですよ!」

「だから今話してるだろうが」


何を言ってるんだ、この人は。信じられない。

ボクの頭は情報が入る度に混乱してしまう。今日の出来事を整理するのは時間が必要だ。

しかし、これだけは聞いておきたかった。

「どうして事前に説明もなくアヤさんに憑かせようとしたんですか?」

「それは抗議か?それとも非難しているのか?」

「あれは危険でした。野津地さんの話から考えて、篠原さんに何か重大な問題が発生した可能性もあったはずです」

「言い訳をするつもりはないが、想定外だった」

「想定外?」

「そうだ。俺も野津地さんもお前たちがこれほどの適性を示すとは思わなかった。しかも、篠原には霊が憑いてるし、お前は常識を超えた耐久力を見せた。だから野津地さんが悪乗りしたんだ」

「悪乗りって、あの大きな狼の霊をけしかけた事ですか」

「そうだ。しかし、古狼を憑かせようとは思ってはいなかった。除霊だけしようと思ったんだろう。ふつうの霊なら古狼を見た時点で逃げ出すはずだからな」

「それにしても・・・」

「分かってる。でもあの人なりに安全はキープしていたはずだ。篠原は古狼を覚えていなかっただろう?普通の人間ならそうなる。ところがお前は違う」

「・・・」

「それはともあれ、篠原に憑いていた“ヒトカタ”の方が心配だ。霊障は出ていないようだが、かなりの力を持っているようだ。篠原をメンバーにするなら、彼女は様々な事を知らねばならんし、それによって苦悩する事になるだろう」

「そんな・・・」

「篠原は結局のところ状況は何も変わっていない。事情を完全には理解していないし、まだ身の振り方を考える余地はあるだろう。ただ・・・」

岩城課長はちらりをボクを見た。

「お前は後戻りできないぞ」


*-*-*-*-*-*


会社に着いて資料を渡されたボクはゲンナリした。

資料の量は大したことがないのだが、その内容は簡潔にしか書かれていないので知識が無いボクには難解すぎる。

倉木さんも言っていたが、できる限り記録に残さない方が良いらしい。特に写真や動画などはそれ自体が霊障の元になりかねず、場合によっては霊障の原因特定が困難になってしまうのだそうだ。

課長は辞書のような使い方ができるファイルをくれたが、それはそれでまた難しいのだ。

「はぁ・・・」

「ま、今日のところはこれくらいにして帰れ。正直なところ、お前達には随分と無理をさせたし、俺の期待以上に頑張ってくれた。明日は2人とも午後から帰っていい」

「アヤさん、いえ、篠原さんは明日来れるでしょうか」

「来るに決まってる。お前、あの娘と一緒に仕事をしてきてそんな事も分からないのか?」


分かってる。分かってるけど、本人に確認をしたわけじゃないし。


「お前、死ぬぞ」

「えっ・・・?」

それは突然だった。

「別にこの仕事だからって訳じゃない。自分を信用できない奴は自分を含めて色々なものが死ぬんだ」

「死ぬって・・・」

「もちろん命まで失ったりしないかもしれない。それでも、お前がやりたい事、形にしたいもの、目的や目標、プライドや自負、守りたいもの・・・そういったもの失うんだ。それは部分的であろうとお前が死ぬって事だ」

「意味が分かりません」

「相手を信じるという事は自分を信じるという事だ。お前は闘いの最中で仲間に協力してくれるかをいちいち確認するのか?」

「・・・」

「何を言ってるんだって顔をしてるな。シビアな闘いでは最善の判断と行動が求められる。仲間がとるべき最善の行動を考えろ。そして仲間がそれを遂行すると信じろ」

「・・・はい」

「済まんな。お前を見てると、異動して2週間って事を忘れちまうんだ」


課長は送ると言ってくれたが、まだ電車があるので遠慮した。

駅まで歩きながら気づいた。

もうすぐ夜中の12時だというのにこの街は明るくきらびやかな光に溢れている。

しかし、その隣には暗い闇が存在する。

きらびやかな光の隣の闇は誰の目にも映らない。

それは知っている者だけにしか見えないのだ。

そしてそこには何者かが存在しているのだ。


翌日、やはりアヤさんは出社した。

ただ、体調はかなり悪いようだ。

それでもアヤさんは笑顔を見せる。

今日はデスクワークのみ、週報の提出を求められただけだ。

「まだ木曜日なのに、どうして週報なのかしら」

「途中報告って事かな?まぁ、書くことっていえばノヅチセキュリティーの事しかないけどね」

ノヅチセキュリティーという言葉にアヤさんは小さく反応した。

「っていうか、あの商談じゃ書くことはないよね。書けない事はあるけど。下品な会長さんとか」

アヤさんが笑ってくれた。

それだけでうれしい。


ボク達はとても苦労して簡単な内容の報告書をやっと書き上げた。

その時、外線が入った。

「はい、ソガシステムサプライ、企画営業課でございます」

電話に出たアヤさんの表情が驚き、恐縮し、喜び、また恐縮している。


お疲れ様です。

えぇ、はい。

ありがとうございます。

はい、2人とも完了しています。

はい

えっ、しかし

そうですか、わかりました。

他に何かできる事は

はい、お気遣いありがとうございます。


「だれから?」

「岩城課長。どうやら出張先でトラブルがあったので今日は帰社できないって。それどころか、今日の午後の予定が押してしまったせいで、スケジュールを組み直したら、明日明後日は会社に入れないそうよ」

「うわ、大変だなぁ。ボク達で何かできる事は無いかな?」

「うん、聞いたけど、無いって。それでね・・・、今日の午後から日曜日まで休みにしろって」

昨日、課長が言ったとおりだ。3連休の話は聞いてないけど。

「驚かないの?」

「いや、ちょっと固まってた」

「そう?どちらにしても課長がいないと何も進まないし、疲れもあるだろうからゆっくり休めって指示よ。その代わり来週は忙しいって」

「ふぇ、いきなりだなぁ、でもまぁ、しょうがないよね」

「トラブルって、ノヅチセキュリティーの一件が関係してるのかなぁ」

「それは無いと思うよ」

「でも・・・」

「もしそうなら課長ははっきり言うと思うよ。でも、課長がいないと出社してもやる事が無いってのは情けないよ。頑張らないと」

「そうね、私もがんばらなきゃ。あ、それと、荒木君に言伝ことづてで“勉強をしておくように”だって。何かあった?」

あのファイルの件だ。ボクは少し慌ててしまった。

アヤさんはまだ知らない内容だし、場合によっては知ってはいけない内容かもしれない。

「いや、昨日の帰りにも言われたんだ、課以外の知識も入れとけって」

「ふぅ~ん、そう」

アヤさんは鋭い。

ボクの言葉に何か違和感を持ったようだが、それ以上聞いてくる事はなかった。


その後、ボク達は一緒に食事をして別れた。

アヤさんは疲れているのか少しテンションが低かった。

本当はどこかへ誘って励ましたいところだったけど、体調もあるしなぁ。

明日から3連休な訳だが、何をするのか聞いてみたが、掃除、洗濯、引っ越しの続き。

後は未定だそうだ。

消極的というか遠回しに“何かできる事はあるか”聞いてみたが、何も無い様子。

ちょっとさびしいけど、それならボクもゆっくりとしてみよう。

そういえば引っ越してからバタバタしてたから、住んでいる周辺についてほとんど知らないのだ。


「よし、まずは近所から探索を始めてみようかな」


この時はまさか、あんな事が起きるなんて思ってもいなかった。

それは7月半ばの暑い、とても暑い午後、ボクが住む街の公園での出来事だ。

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