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第七章:忍び寄る鉄の影


 「リガス・セカンド」と名付けられたその村に、初めての「冬」が訪れようとしていた。

 琥珀色の太陽は日ごとに高度を下げ、森の木々は銀色の霜を纏って、朝の光の中で静かに震えている。

 エルシエラは、手作りの厚手のケープを羽織り、診療所の窓から外を眺めていた。

 広場では、元帝国兵と海賊たちが協力して、越冬のための食料貯蔵庫を完成させている。

 その光景は、かつて彼女が王宮の窓から見ていた、完璧に管理された「平和」よりも、ずっと脆く、けれど力強い美しさに満ちていた。


「……エル。また、そんなところでぼんやりしているのか」


 低く、耳に心地よい声が、彼女の思考を優しく遮った。

 振り返ると、そこには防寒用の毛皮を肩に掛けたカイザルが立っていた。

 彼の指先には、森で摘んできたばかりの、寒さに耐えて咲く小さな赤い実が握られている。


「カイ。……ええ、なんだか不思議で。……あんなに大きな戦いの後に、こんなに穏やかな時間が来るなんて、思ってもみなかったから」


「……嵐の前の静けさ、でなきゃいいんだがな」


 カイザルは彼女の隣に並び、遠くの地平線を見つめた。

 彼の瞳には、エルシエラには見えない「予感」が宿っている。

 この数日、リベレイターの長距離レーダーが、星域の外縁部で奇妙なノイズを捉えていた。

 それは、自然界の電磁波ではなく、意図的に暗号化された「何か」の走査音だった。


「カイ。……何か、隠しているでしょう?」


 エルシエラは、彼の大きな掌を両手で包み込んだ。

 カイザルは一瞬、迷うように視線を泳がせたが、やがて短く溜息を吐いて彼女を引き寄せた。


「……帝国の偵察プローブかもしれない。……レオの予想通り、奴らは『嘆きの星雲』を越える新たな航路を見つけ出しつつある」


「……そんな。……ようやく、みんなが笑えるようになったのに」


「大丈夫だ。……まだ見つかったわけじゃない。……ただ、少しだけ『準備』を早める必要があるだけだ」


 カイザルの唇が、彼女の額にそっと触れた。

 その温もりが、彼女の心に刺さった冷たい棘を、一時だけ溶かしてくれた。



 その日の午後、村の中央にある会議室……元はリベレイターの予備コンテナを改造した簡素な部屋に、主要なメンバーが集まった。

 カイザル、レオナール、そしてエルシエラ。

 テーブルの上には、この数時間で収集された最新の観測データがホログラムで投影されている。


「……これは間違いない。帝国の最新鋭探査機『アルゴス』の熱源反応だ」


 レオナールが、モニターの一部を指差した。

 彼の顔は、数日前の穏やかさを失い、軍人としての冷徹な仮面が戻っている。


「アルゴス……。お父様の直属部隊しか使えないはずの、超高性能センサーね」


「ああ。……奴らはこの星系を『虱潰し』に探している。……この村の座標が特定されるまで、長く見積もってもあと三日というところだろう」


 レオナールの言葉に、部屋の中に重苦しい沈黙が降りた。

 せっかく手に入れた安住の地。

 海賊たちはようやく剣を置き、帝国兵たちは「命令」ではない自分の意志で働き始めたばかりだ。

 それを再び戦火に晒すという現実に、エルシエラは胸を締め付けられるような痛みを感じた。


「カイ。……戦うしかないの? ……また、あんな風に……」


「……エル。……俺たちは海賊だ。……奪われたくないものは、爪を立てて守り抜く。……それが俺たちの流儀だ」


 カイザルの声には、逃れられぬ運命を迎え撃つ者の覚悟が宿っていた。

 だが、レオナールは首を横に振った。


「戦うのは自殺行為だ。……リベレイター一隻と、半壊したエクス・マキナでは、帝国の本隊を迎え撃つことはできん。……ましてや、この村の住民たちを盾にするわけにはいかない」


「なら、どうしろってんだ! また逃げろってのか、指揮官殿!」


「……逃げるのではない。……『囮』を作るのだ」


 レオナールの瞳に、冷酷だが確実な勝機が灯った。

 彼はエルシエラを真っ直ぐに見つめ、信じられないような言葉を口にした。


「エルシエラ。……お前が、帝国の手に落ちるのだ」



「……なんですって?」


 カイザルが、レオナールの胸ぐらを掴み上げた。

 椅子が倒れる激しい音。

 だが、レオナールは無表情のまま、カイザルの手首を強く握り返した。


「放せ。……感情で動く時ではないと言ったはずだ。……エルシエラが『自ら投降する』という形を取れば、帝国の関心はすべて彼女に集中する。……その隙に、村の連中とリベレイターを隣の星系へ逃がす時間を稼げるのだ」


「ふざけるな! エルを奴らに渡すだと? ……あんな冷酷な連中に、彼女がどんな目に合わされるか分かっているのか!」


「……分かっている。……だからこそ、私が彼女と共に『捕虜』として同行する。……私が内部から手を回し、隙を見て彼女を奪還する。……それが唯一の、全員が生き残る道だ」


 二人の男の視線が、火花を散らす。

 エルシエラは、震える手で自分の胸元にある木彫りのペンダントを握りしめた。

 カイザルがくれた、幸運の呪い。

 彼女は、レオナールの冷たい計算の裏にある「兄としての覚悟」を感じ取っていた。

 レオナールは、自分を犠牲にしてでも、妹とこの村を守ろうとしているのだ。


「……いいわ。……やりましょう、その作戦」


「エル!」


 カイザルが悲痛な叫びを上げる。

 けれど、エルシエラは顔を上げ、かつてないほど気高く、凛とした微笑みを彼に向けた。


「カイ。……あなたは言ったわね、自分が必要とされていると感じるのは初めてだって。……私も同じよ。……この村の皆を守るために、私にしかできないことがあるなら、私は喜んでその役割を引き受けるわ」


「……でも、あんたを失ったら、俺は何のために……」


「失わないわ。……あなたは、私を信じてと言ってくれた。……今度は、私があなたを信じる番。……必ず、私を迎えに来てくれるでしょう? ……海賊王、カイザル」


 その瞳に宿る、揺るぎない信頼。

 カイザルは拳を震わせ、やがて力なくその場に座り込んだ。

 愛する女を、再び敵の手に渡さなければならないという屈辱。

 けれど、彼女の覚悟が、彼の誇りを上回っていた。



 決断は下された。

 村の人々には「演習」という名目で、速やかな撤収とリベレイターへの乗船が指示された。

 何も知らない子供たちが笑いながら船へ走る姿を見て、エルシエラは密かに涙を拭った。

 

 翌朝。

 帝国の偵察艦が雲を割り、村の上空に姿を現した。

 サーチライトが雪を頂いた草原を舐めるように照らし、スピーカーから無機質な投降勧告が響き渡る。


『――叛逆者カイザル、並びにレオナール皇子。……第二皇女エルシエラを直ちに解放せよ。……抵抗は無意味である』


 村の広場の中央。

 そこには、純白のドレス……かつて王宮で着ていたものを、レオナールがエクス・マキナの倉庫から探し出してきた……を纏ったエルシエラが、一人で立っていた。

 風に銀髪が舞い、鳶色の瞳が空を見上げる。

 その美しさは、降り積もる雪さえも恐れをなすほど、神々しく、そして悲しい。


「……私は、ここにいます。……お父様の元へ帰りましょう」


 彼女の声は、広域通信を通じて帝国の旗艦へと届けられた。

 着陸した帝国軍の輸送船から、重厚な装甲服に身を包んだ兵士たちが溢れ出してくる。

 彼らは、かつて自分たちが仕えていた皇女の姿を認め、思わず跪き、その後に戸惑いながら銃を構えた。


 その傍らには、両手を拘束されたふりをしたレオナールが、傲慢な表情を浮かべて立っている。

 

「……妹は私が守り抜いた。……賊どもは星雲の彼方へ消えた。……案内しろ、本国へ」


 レオナールの言葉は、計算され尽くした嘘だった。

 兵士たちは、第一皇子の威厳に圧倒され、リベレイターが森の奥の地下ドックに隠されていることに気づかなかった。


 エルシエラがタラップを登る直前、彼女は一度だけ、遠い森の影を見つめた。

 そこには、身を潜め、獣のような瞳でこちらを睨んでいるカイザルがいるはずだ。

 

(……愛しているわ、カイ。……必ず、また会いましょう)



 輸送船のハッチが閉まり、エルシエラの視界から「自由の地」が消えた。

 機内は、王宮のような冷たい静寂と、消毒薬の匂いに満ちている。

 彼女は、特別室という名の独房へ案内された。

 窓からは、かつて自分たちが愛したあの惑星が、次第に小さくなっていくのが見えた。


「……お嬢様。……いえ、エルシエラ様」


 同行を許された護衛兵が、震える声で話しかけてきた。

 彼は以前、エルシエラの外遊に従事していた若い兵士だった。


「……お怪我はありませんか? ……あのような野蛮な賊に、どのような辱めを……」


「いいえ。……私は、あの方々に救われたのよ。……本当の『辱め』が何なのか、あなたはまだ知らないのね」


 エルシエラの毅然とした言葉に、兵士は言葉を失った。

 彼女はもう、彼らが知っている「か弱い姫」ではない。

 その背筋を伸ばした立ち姿には、どんな独裁者も屈服させられない、魂の自由が宿っている。


 一方、別の部屋に監禁されたレオナールは、監視カメラの死角を突いて、密かに耳の後ろに埋め込んだ超小型通信機を起動させた。

 

「……こちら『白銀』。……獲物は網にかかった。……カイザル、聞こえるか」


『――ああ。……クソッ、胸糞悪い作戦だぜ。……今すぐ、その船を半分にぶち切ってやりたいくらいだ』


 通信の向こう側から、カイザルの低く、怒りに震える声が届く。

 レオナールの唇に、微かな笑みが浮かんだ。


「……耐えろ、海賊王。……本国までの航路データはすべて送信した。……帝国の旗艦『アポカリプス』が動き出す瞬間が、我々の反撃の合図だ」


『……分かってる。……エルに指一本でも触れさせてみろ。……銀河系を丸ごと火の海にしてやるからな』


 二人の、立場を超えた奇妙な「共謀」。

 それは、帝国の支配を根底から揺るがす、史上最大の博打の始まりだった。



 数時間の航行の後、輸送船は帝国の母星「セントラル・コア」の衛星軌道上に到達した。

 そこには、数万隻の艦船が並び、不落の城塞を築いている。

 その中心に鎮座するのは、全銀河を恐怖で支配する皇帝の座乗艦、超弩級戦艦「アポカリプス」。


 エルシエラは、厳重な警備の中、その漆黒の巨艦へと移送された。

 

 広大な玉座の間。

 高い天井からは、歴代皇帝の肖像画が見下ろしている。

 一番奥、影に包まれた玉座に座っているのは、彼女の父であり、この銀河の絶対者。

 

「……戻ったか、エルシエラ。……そして、裏切り者の息子、レオナールよ」


 皇帝の声は、感情を完全に排した、冷徹な機械音のようだった。

 彼はゆっくりと立ち上がり、エルシエラの前に歩み寄る。

 その冷たい指先が、彼女の顎を無理やり持ち上げた。


「……その瞳、気に入らんな。……野蛮な男の毒に当てられたか。……お前のその美貌を、私はもう一度『帝国』のものに作り替えねばならん」


「……お父様。……私はもう、あなたの操り人形ではありません」


 エルシエラは、皇帝の目を逸らさずに言い放った。

 背後で、レオナールが密かに腕時計型の発信機を操作する。

 

 その瞬間。

 母星を包む暗黒の宙域に、突如として無数の「光」が爆ぜた。

 ワープ・アウトの衝撃波。

 帝国の防衛網の隙間を突いて、傷だらけの、けれど誇り高き一隻の船が現れる。

 

「――待たせたな、お姫様!」


 通信回線を無理やりジャックして響き渡ったのは、待ち焦がれた男の咆哮。

 リベレイター。

 一隻で帝国全土を敵に回した、狂気と愛の突撃が今、開始された。

 

 エルシエラの鳶色の瞳に、希望の火が燃え上がる。




この作品はAI40%、筆者60%で書きました。

原案100%筆者。

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