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第五章:亡命のプレリュード


 銀河帝国の最高傑作と謳われた「エクス・マキナ」の巨体が、リベレイターの傍らに静かに並んでいる。

 先ほどまでの殺し合いが嘘のように、二隻の船は寄り添うようにしてアルタリスの重力圏を離脱し始めた。

 だが、その平穏は氷のように薄く、脆い。

 帝国軍第一皇子が海賊と手を組み、あまつさえ第二皇女を連れて逃走したという事実は、本国にとって「反逆」以外の何物でもないからだ。


 リベレイターの医務室。

 レオナールは、清潔な寝台に身を預け、天井の鈍い光を見つめていた。

 彼の金色の髪は乱れ、常に完璧に整えられていた軍服は、戦いの激しさを物語るように綻んでいる。

 その傍らでは、エルシエラが甲斐甲斐しく彼の傷の手当てをしていた。

 彼女の指先は、王宮にいた頃よりもずっと、生き生きと動いている。


「……信じられんな。私が、海賊の船でこうして介抱されているとは」


 レオナールが、自嘲気味に呟いた。

 彼の碧眼には、かつての冷徹な光ではなく、深い混迷が揺れている。


「お兄様、ここはもう安全よ。カイは……船長は、約束を守る男だわ」


「カイザルか。……あいつの目に、今の私はどう映っているのだろうな。秩序を説きながら、その秩序に切り捨てられた道化に見えるだろうか」


 レオナールの言葉には、深い苦渋が滲んでいた。

 彼が指揮していた艦隊のうち、彼の直属ではない数隻は、攻撃中止命令を無視して本国へ引き返したという。

 それは、本国がレオナールを見限り、抹殺の対象に切り替えたことを意味していた。

 エルシエラは、兄の手を強く握りしめた。


「道化なんかじゃないわ。あなたは、自分の意志で、血の流れない道を選んだの。それは、皇帝の誰よりも勇敢な行為よ」


「……エルシエラ。お前は、本当に強くなったな」


 レオナールは、妹の顔をまじまじと見つめた。

 「銀河の宝珠」と呼ばれ、ただ美しく飾られていた妹は、今や一人の戦士のような気高さを纏っている。

 その変化をもたらしたのが、自分たちが「下賎な賊」と蔑んでいた男であることを認めざるを得ないのは、彼にとって皮肉な、けれど救いのある現実だった。



 その時、重厚なハッチが開き、カイザルが姿を現した。

 彼は腕を組み、医務室の入り口に寄りかかって、不敵な笑みを浮かべている。

 レオナールとカイザル。

 かつての友、そして敵対する指導者同士。

 部屋の空気が一瞬で張り詰めたが、それは殺意ではなく、奇妙な連帯感を孕んだ緊張だった。


「気分はどうだ、レオ。王宮のふかふかのベッドが恋しくなったか?」


「ふん……。相変わらず、その不躾な物言いは変わらんな、カイザル。……礼を言うつもりはないぞ」


「ははっ、そいつはいい。礼を言われたら、毒でも盛られたんじゃないかと疑うところだった」


 カイザルは歩み寄り、レオナールの寝台の足元に腰を下ろした。

 型破りな彼の動作に、レオナールは呆れたように溜息を吐く。

 

「……レオ、単刀直入に言う。本国は、お前を『反逆者』として全軍に指名手配した。お前のエクス・マキナも、もはや帝国の盾ではない。ただの標的だ」


 レオナールは目を閉じ、静かに頷いた。

 予測していたこととはいえ、祖国から公式に捨てられたという事実は、彼の胸を鋭く抉る。


「……だろうな。私の父上――皇帝陛下は、失敗も裏切りも決して許さない男だ」


「だから、提案がある。……俺たちはこれから、帝国の版図の外、『辺境宙域』へ向かう。そこは地図にも載っていない混沌の星々だ」


「亡命、か。……誇り高き白銀艦隊の長が、海賊の影に隠れて生き延びろと言うのか?」


「生き延びるためじゃない。……立て直すためだ」


 カイザルの瞳に、底知れぬ野望の火が灯る。

 エルシエラは、二人の会話を固唾を飲んで見守っていた。

 彼女には分かっていた。カイザルは、ただ逃げるつもりなどないのだ。

 帝国という強大すぎるシステムに風穴を開けるために、レオナールの知略を必要としている。


「あんたには、まだ果たすべき責任があるだろ、レオ。……アルタリスのような悲劇を、これ以上増やさないという責任がな」



 カイザルの言葉は、鋭い楔のようにレオナールの心に打ち込まれた。

 しばらくの沈黙の後、レオナールはゆっくりと目を開けた。

 その瞳には、霧が晴れたような澄んだ決意が宿っていた。


「……よかろう。私の知略と、エクス・マキナの残存兵力を、お前の船に預ける。……だが勘違いするな、カイザル。私はまだ、お前を認めたわけではない」


「ああ、それで十分だ。俺も、お高くとまった指揮官殿に媚びを売るつもりはねえよ」


 二人は、短く、けれど力強く握手を交わした。

 エルシエラは、その光景を見て、目元を熱くした。

 絶対に交わることがないと思っていた二人の運命が、今、一つの大河となって流れ始めたのだ。


 数時間後、リベレイターの会議室。

 エルシエラもまた、正式に作戦会議に参加していた。

 彼女が淹れたばかりの芳醇な紅茶の香りが、殺風景な部屋を微かに和らげている。

 だが、モニターに映し出されているのは、絶望的な包囲網のデータだった。


「帝国の追撃部隊は、すでに主要なワープ・ゲートを封鎖している」


 レオナールが、最新鋭のホログラム・マップを操作しながら解説する。

 彼の軍略家としての才能は、極限状態において真価を発揮していた。

 

「最短ルートで辺境へ抜けるのは不可能だ。……だが、一つだけ道がある。……『嘆きの星雲ネビュラ・ラメント』を抜けるルートだ」


 その名を聞いた瞬間、海賊側の幹部たちからざわめきが上がった。

 嘆きの星雲。

 そこは、強力な電磁嵐と高密度の宇宙塵が吹き荒れる、宇宙の墓場だ。

 どんな高性能なレーダーも無効化され、多くの船が二度と帰ってこなかった場所。


「……あそこを抜けるのか? 狂気の沙汰だぜ、お兄様」


 カイザルがわざと皮肉を込めて呼ぶと、レオナールは眉一つ動かさずに応じた。


「狂気こそが、完璧な計算を上回る唯一の手段だ。……エルシエラ、お前の知恵も貸してもらうぞ。星雲内の微細な重力波の変動を、お前の直感で捉えてほしい」


「はい。……私、やってみるわ」




 作戦が決まり、船内は一気に慌ただしくなった。

 エクス・マキナからリベレイターへ、物資や人員の移動が急ピッチで行われる。

 そんな中、エルシエラは再び、船内での自分の役割に勤しんでいた。

 彼女は、レオナールの部下である帝国兵たちと、もともとの海賊クルーたちの間を取り持つように歩き回った。


「帝国兵の皆さん、こちらに温かいスープを用意しました。……慣れない船内で大変でしょうけれど、今は共に戦う仲間です」


 エルシエラの優しい微笑みと、迷いのない言葉は、緊張していた帝国兵たちの心を解きほぐしていった。

 彼らにとって、エルシエラ姫は、汚れた戦場に降り立った唯一の光だったのだ。

 一方で、海賊たちもまた、規律正しい帝国兵の動きに刺激を受け、船内には不思議な秩序と活気が共存し始めていた。


 夕刻、エルシエラは船の展望デッキにいた。

 目の前には、薄桃色と紫色が混ざり合った、美しくも恐ろしい「嘆きの星雲」が迫っている。

 その巨大な光の渦を見つめながら、彼女は自分の内側にある変化を感じていた。


「怖いの?」


 いつの間にか、背後にカイザルが立っていた。

 彼は彼女の肩に、自分の革のジャケットをそっと掛けた。


「……いいえ。……不思議ね。あんなに恐ろしい場所なのに、私には、あの中がとても自由な場所に見えるの」


「自由、か。……確かに、あそこなら皇帝の目も、法も届かない」


「カイ……。私、時々怖くなるの。……この旅の終わりに、何が待っているのか。……私たちは、本当にどこかへ辿り着けるのかしら」


 エルシエラは、カイザルの胸に顔を埋めた。

 彼の鼓動は、いつも通り力強く、揺るぎない。

 

「辿り着く場所なんて、どこだっていい。……俺たちの行く場所が、新しい銀河の始まりになるんだ。……そうだろ、エル?」


 カイザルは彼女の髪に優しく口づけをした。

 ミストバングの隙間からのぞく彼女の鳶色の瞳が、星雲の光を反射して輝く。

 二人は、訪れる困難を予感しながらも、その瞬間の静寂を深く味わっていた。



 ついに、リベレイターとエクス・マキナは「嘆きの星雲」へと突入した。

 突入した瞬間、激しい振動が船体を襲い、メインモニターは砂嵐に覆われた。

 ブリッジは、計器が発する警告音と、クルーたちの鋭い報告で騒然となる。


「視界ゼロ! 電磁シールド、限界まで出力上げろ!」


 カイザルの怒号が飛ぶ中、エルシエラは特殊なバイザーを装着し、レオナールの隣に座った。

 彼女の役目は、センサーが捉えきれない、空間の「歪み」を感じ取ることだ。

 

「……右舷、三十度! 大きな重力渦が来るわ! ……避けて、カイ!」


「応よ! 全速回頭!」


 エルシエラの声に従い、カイザルが操縦桿を捌く。

 巨大な船体が、間一髪で漆黒の岩礁を回避した。

 レオナールは、その精密な連携を目の当たりにし、密かに舌を巻いた。

 理論と直感。

 海賊と皇女。

 相反する二つの力が、この極限状態において完璧な調和を見せている。


 だが、星雲の深部はさらに過酷だった。

 突如、船内の照明が明滅し、重力制御装置が一時的にダウンした。

 浮き上がる身体。

 エルシエラは座席から投げ出されそうになったが、隣のレオナールが咄嗟に彼女の腕を掴んだ。


「しっかりしろ、エルシエラ! ……カイザル、予備電源を回せ! ……このままでは星雲の核に吸い込まれるぞ!」


「わかってる! ……クソッ、エンジンが吹けねえ!」


 極限の緊張が走る中、船内には奇妙な「音」が響き始めた。

 それは、星雲の中に閉じ込められた過去の船たちの残響か、あるいは宇宙そのものの慟哭か。

 エルシエラは、その音の中に、ある一定の「リズム」があることに気づいた。


「……待って。……この揺れ、戦うんじゃないわ。……流れに乗るのよ」



「流れに乗るだと?」


 カイザルが驚いて問い返す。

 エルシエラは、閉じた瞳の奥で、空間を流れるエネルギーの奔流を視ていた。

 

「……あそこ。……光の屈折が最も激しい場所へ向かって。……そこに、星雲の『道』があるわ。……私を信じて、二人とも」


 レオナールとカイザル。

 二人の男は一瞬、視線を交わした。

 そして、同時に頷いた。

 

「賭けてやるぜ、お姫様の直感にな!」


「……計算上は自殺行為だが、今の私にはお前の言葉こそが真理だ、エルシエラ」


 リベレイターは、燃え盛るような光の奔流の中へと、自ら飛び込んでいった。

 激しい衝撃が全身を貫き、エルシエラは意識が遠のくのを感じた。

 だが、その間際、彼女は確かな手応えを感じていた。

 

 やがて、衝撃が止まった。

 ゆっくりと目を開けると、そこには、これまで見たこともないような、原始の輝きを放つ星空が広がっていた。

 「嘆きの星雲」を抜けた先にあったのは、帝国の支配が及ばない、清冽で広大な「未知の星域」だった。


「……抜けたのか?」


 ミナが、呆然と呟いた。

 ブリッジに、歓喜の叫びが上がる。

 海賊も、帝国兵も、立場を忘れて抱き合い、自分たちの生存を祝った。

 

 エルシエラは、肩で息をしながら、隣に座るレオナールと、操縦席のカイザルを見た。

 二人の男もまた、疲れ果てながらも、その顔には晴れやかな笑みが浮かんでいた。

 

「……プレリュードは終わりだ。……ここからが、俺たちの本番だぜ」


 カイザルが、エルシエラに向かってウインクをした。

 帝国の皇女と、見捨てられた皇子、そして海賊王。

 三人の奇妙な亡命行は、今、銀河の歴史の空白地帯へと、最初の一歩を記した。

 




この作品はAI40%、筆者60%で書きました。

原案100%筆者。

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