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第三章:アルタリスの残光


 超空間跳躍――ワープ・ドライブが解除された瞬間、窓の外の星々は引き延ばされた光の筋から、静止した無数の宝石へと戻った。

 だが、その輝きはどこか禍々しい。

 かつて銀河の真珠と呼ばれたアルタリス星系は、今や帝国の軍事封鎖によって、巨大な鉄の網に捕らえられた魚のように喘いでいた。


 エルシエラは、ブリッジの補助席に座り、モニターに映し出される光景を、息を呑んで見つめていた。

 漆黒の宇宙空間に、幾つもの火球が上がっている。

 それは、帝国の支配に抗おうとした居住小惑星が爆破された痕跡だった。

 彼女の知る「気高く、秩序ある帝国」の姿は、ここには微塵も存在しない。

 あるのは、略奪と破壊、そして圧倒的な力による蹂躙だけだった。


「……これが、お父様のなさっていることなの……?」


 震える声が、誰に届くこともなく虚空に溶ける。

 彼女の胸に去来するのは、激しい自責の念だった。

 自分が王宮で優雅に茶を嗜み、最新の天体観測データに心を踊らせていた時。

 この星系の人々は、肉親を失い、家を焼かれ、明日をも知れぬ恐怖の中にいたのだ。

 彼女の鳶色の瞳が、深い悲しみと怒りに燃え上がる。


「気にするな。……あんたの罪じゃない」


 隣に立つカイザルの声は、氷のように冷たく、けれどどこか温かい響きを湛えていた。

 彼は操縦桿を握る手に力を込め、前方に見える帝国のパトロール艦を睨みつける。

 かつて、彼が第一王子の名を捨てた理由も、この惨劇の予兆を止めることができなかった無力感ゆえだったのかもしれない。


「カイ……。……私は、あの中に私の知る暗号コードが使われているのを見つけたわ。……通信を傍受できるかもしれない」


「ほう……。やってみろ、エル。あんたのその頭脳、存分に貸してもらおうか」


 カイザルの不敵な笑みに背中を押され、エルシエラは震える指をコンソールに走らせた。

 彼女が学んできた高等教育。

 それは本来、民を導くための知恵だったはずだ。

 今、初めてその知恵が、誰かを救うための剣として、彼女の中で研ぎ澄まされていく。



 エルシエラの指先が、流れるような動作で暗号の海を泳いでいく。

 かつて王宮の図書室で、暇潰しに解き明かした古い通信規則や、兄たちが自慢げに語っていた新型コード。

 それらがパズルのピースのように組み合わさり、やがて帝国の機密通信が音声となってブリッジに響き始めた。


『――目標、第三居住区。……反抗勢力の潜伏を確認。……総攻撃を開始せよ』


 スピーカーから流れる、冷酷で事務的な命令。

 エルシエラは顔を蒼白にしながらも、即座に座標を特定した。


「カイ! あそこよ、あのクレーターの影に隠れている小惑星! あそこにまだ、逃げ遅れた人たちがいるわ!」


「……チッ、相変わらず無慈悲な連中だ。……ミナ、全エンジン最大出力!

リベレイター、全速前進! これより救出作戦を開始する!」


 カイザルの怒号と共に、巨大な船体が激しく揺れた。

 重力慣性制御が追いつかないほどの急加速。

 エルシエラは座席にしがみつきながら、迫り来る帝国の駆逐艦を見据えた。

 それは、彼女を「姫様」と呼んで膝をつくはずの軍隊。

 けれど今、彼らは自分たちの愛する人々を焼き殺そうとする「敵」でしかない。


「怖くないか、エル?」


 戦闘開始の直前、カイザルが彼女を振り返った。

 爆光に照らされた彼の横顔は、彫刻のように美しく、そして残酷なまでに雄々しい。


「……怖い。……けれど、ここで逃げたら、私は一生、自分を許せない気がするの。……だから、カイ。……私を信じて」


「ああ。……信じているさ。……お前はもう、俺の大切なクルーだ」


 『クルー』。

 その言葉が、どんな宝石よりも、どんな爵位よりも、エルシエラの心を強くした。

 彼女は深く息を吸い込み、再びコンソールへと向き直る。

 帝国の電子防御網を内部から崩壊させるための、静かな戦いが始まった。




 閃光が宇宙を塗りつぶし、リベレイターの放つ主砲が帝国の駆逐艦を貫く。

 爆発の光は、一瞬だけアルタリスの荒涼とした大地を赤く染め上げた。

 激しい衝撃がブリッジを襲うたび、エルシエラの心身は削られていくようだったが、彼女の集中力は途切れなかった。

 

「……ジャミング解除! 今よ、カイ! 敵のレーダーに死角ができたわ!」


「よくやった、エル! 野郎ども、突っ込むぞ!」


 カイザルの神業に近い操船技術が、敵の弾幕の間を縫うように進む。

 リベレイターは、燃え盛る小惑星の陰へと滑り込んだ。

 そこには、怯え、肩を寄せ合う数百人の市民たちの姿があった。

 カイザルは即座に連絡船を出し、人々を船内へと収容し始める。

 

 避難民たちが次々とリベレイターの格納庫へ運び込まれる中、エルシエラもまた、コンソールを離れて彼らの元へ駆けつけた。

 そこにあったのは、血と汗の匂い、そして生への執着。

 彼女は震える手で、傷ついた老婆に毛布をかけ、泣き叫ぶ子供の背中をさすった。


「大丈夫よ、もう安心よ。……私たちは、あなたたちを助けに来たの」


 エルシエラの美貌は、煤と汗に汚れ、見る影もなかった。

 けれど、その瞳に宿る慈愛は、どんな豪華なドレスを纏っていた時よりも輝いていた。

 避難民たちは、彼女の高貴な言葉遣いに戸惑いながらも、その温かな手に縋り付き、涙を流して感謝した。

 

 その様子を、少し離れた場所で見守っていたカイザルの胸に、熱いものがこみ上げる。

 彼がかつて夢見た「王の姿」が、そこにあった。

 民の痛みを共有し、共に汚れ、共に涙を流す者。

 

「……あいつは、本当に……」


 カイザルは、自嘲気味に呟いた。

 自分は復讐と自由のためにこの船を駆ってきた。

 けれど、彼女は救いのためにここにいる。

 二人の魂は、対極にありながら、強く惹かれ合わずにはいられなかった。




 救出作戦が一段落し、リベレイターが敵の追撃を振り切って小惑星帯に身を隠した頃。

 船内には、ようやく束の間の静寂が訪れた。

 エルシエラは、廊下の隅で膝を抱えて座り込んでいた。

 極度の緊張と、目の当たりにした凄惨な現実。

 それらが一気に押し寄せ、彼女の華奢な体を震わせていた。


「……もう、限界か?」


 頭上から降ってきたのは、カイザルの穏やかな声だった。

 彼は彼女の隣に腰を下ろし、肩を寄せる。

 エルシエラは、力なく首を振った。


「……いいえ。……ただ、考えていたの。……どうして、こんなにも悲しいことが起きるのかしら。……どうして、平和に暮らしたいだけの人々が、あんなに苦しまなければならないの……?」


「それが、権力の魔力だよ。……一度その蜜を啜れば、人は他者の命をただの数字にしか見なくなる。……俺が王位を捨てたのも、その醜さに耐えられなかったからだ」


 カイザルは、虚空を見つめて静かに語り始めた。

 彼がかつて愛した弟のこと。

 理想を語り合った友が、帝国の思想に染まっていくのを止められなかった過去。

 二人は、銀河を揺るがす大きなうねりの中で、それぞれが抱えてきた孤独を、初めて分かち合った。


「……私は、自分に何ができるのか、ずっと探していた。……でも、今日わかった気がする。……私は、この美しすぎる顔や、血筋を使って、世界を変えなきゃいけないのね」


「……その顔を嫌っていたはずじゃないのか?」


「ええ。……でも、この美しさが人々に希望を与えるなら、私はそれを武器にするわ。……淑やかな皇女ではなく、銀河を駆ける自由の象徴として」


 エルシエラが顔を上げた時、その瞳には迷いはなかった。

 カイザルは、彼女の強い意志に圧倒され、思わず息を呑んだ。

 彼は彼女の頬を優しく撫で、そのまま引き寄せた。


 唇が触れ合う距離で、二人の時間が止まる。

 船内の微かな振動も、避難民たちの話し声も、すべてが遠い彼方の出来事のように感じられた。

 カイザルは、彼女の脆さと強さ、そのすべてを愛おしく思い、ゆっくりと唇を重ねた。


 それは、激しい情熱というよりは、互いの魂を確かめ合うような、深く静かな口づけだった。

 エルシエラは、彼から伝わる確かな温もりに、初めて自分が「独りではない」ことを実感した。

 帝国の皇女としてではなく、海賊の王としてでもなく。

 ただの男と女として、二人の運命が完全に溶け合った瞬間。


「……カイ。……私、あなたを愛しているみたい」


「……馬鹿な女だ。……俺のような荒くれ者を愛しても、報われることはないぞ」


「いいの。……報われなくていい。……あなたの隣で、宇宙の果てを見たいの」


 カイザルは、愛おしさに胸を締め付けられながら、彼女をより強く抱きしめた。

 だが、その幸せな時間を引き裂くように、ブリッジから緊急連絡が入る。


『船長! 大変だ! ……帝国の増援部隊が、こちらの座標を完全に特定した!

……しかも、指揮を執っているのは、第一皇子、レオナール殿下の艦隊だ!』


 その名前を聞いた瞬間、エルシエラの顔から血の気が引いた。

 レオナール。

 彼女の義理の兄であり、帝国の次期皇帝として最も有力視されている、冷酷無比な天才軍略家。

 そして、カイザルにとっては、かつて共に騎士道を学んだ旧友でもあった。




「……兄様が……。……レオナール兄様が来るの……?」


 エルシエラの声が震える。

 レオナールは、妹である彼女に対しても一切の容赦をしない男だ。

 彼がこの星系に現れたということは、もはや生け捕りではなく、完全なる「消去」

を意味していた。


「レオか……。……皮肉な再会だな」


 カイザルは立ち上がり、腰の重力銃を確かめた。

 その瞳には、先ほどまでの慈愛は消え、戦鬼としての鋭い輝きが戻っている。

 彼はエルシエラの手を一度だけ強く握り、そのままブリッジへと歩き出した。


「エル、あんたは避難民たちの誘導を頼む。……レオの狙いは俺たちだ。……ここで時間を稼いで、奴らを逃がす」


「でも、カイ! レオナール兄様の艦隊は、帝国の最新鋭艦よ! リベレイター一隻では……!」


「忘れたか? 俺は宇宙海賊王、カイザルだ。……型通りの戦い方しか知らないレオに、本当の宇宙の広さを教えてやるよ」


 不敵に笑い、彼はブリッジの扉の向こうへと消えた。

 エルシエラは、去っていく彼の背中を見つめながら、拳を固く握りしめた。

 自分もまた、戦わなければならない。

 レオナールという巨大な壁を乗り越え、この愛を守り抜くために。


 窓の外、アルタリスの重力圏に、帝国の旗艦「エクス・マキナ」の巨大な影が、ゆっくりと姿を現した。

 銀河の王位を巡る兄弟の因縁、そして禁断の愛。

 すべての伏線が交錯し、アルタリスの宙域は、美しき破滅の予感に満たされていく。









この作品はAI40%、筆者60%で書きました。

原案100%筆者。

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