第十章:星々の誓い
銀河の各地で上がり続けていた戦火の煙が、わずかに薄れ始めた。
交易惑星「リガス」で放たれたエルシエラの声は、ハイパー・スペースの通信網を駆け抜け、絶望の淵にいた人々の心に届いたのだ。
かつて帝国の属領であった惑星の指導者たち、圧政に抗い続けたレジスタンス、そして寄る辺なき宇宙の放浪者たち。
彼らは今、それぞれの旗を掲げ、中立宙域にある巨大な宇宙要塞「ヘブンズ・ゲート」へと集結しつつあった。
リベレイターの展望室。
エルシエラは、窓の外を埋め尽くす無数の光の粒を見つめていた。
それは星々の輝きではなく、彼女の呼びかけに応えて集まった、何万隻もの宇宙船の航跡灯だった。
「……信じられない。これほど多くの人たちが、私の言葉を信じてくれたなんて」
彼女の指先は、期待と不安に微かに震えていた。
背後から近づいたカイザルが、その震える手を、大きな、節くれ立った掌でそっと包み込む。
彼の手は、数え切れないほどの修羅場を越えてきた証として、火薬と油の匂いが染み付いていた。
「あんたの声が、あいつらの魂を叩き起こしたんだよ、エル。……誰もが、誰かに『もう争わなくていい』と言ってほしかったのさ」
「でも、カイ。……これから始まるのは、もっと難しい戦いよ。……銃を使わずに、みんなの心を一つにするなんて」
「……銃が必要な時は、俺が引き金を引く。……あんたは、その清らかな瞳で前だけを見ていろ。……海賊王の隣は、宇宙で一番安全な特等席なんだからな」
カイザルは彼女の肩に顎を乗せ、不敵に笑った。
その温もりが、エルシエラの胸の奥にある冷たい塊を、少しずつ溶かしていく。
彼女は彼に寄り添い、窓の外に広がる「新しい銀河の雛形」を、愛おしそうに見つめ返した。
一方、要塞の作戦司令室では、レオナールが膨大なデータの海と格闘していた。
彼の前には、各地から集まった代表者たちのホログラムが並び、利権や国境、過去の怨恨を巡って激しい議論が交わされている。
かつての冷徹な第一皇子は、今や粘り強い交渉人として、バラバラな意志を一つの「盟約」へとまとめ上げようとしていた。
「――諸君、静粛に。……過去の清算が必要なのは理解している。……だが、今日我々がここで合意に至らなければ、明日にはまた帝国軍の残党が、あるいは新たな独裁者が、我々の喉元に刃を突き立てるだろう」
レオナールの碧眼が、ホログラムの男たちを鋭く射抜く。
その威厳は、帝国の力によるものではなく、真の秩序を求めようとする一人の政治家としての深みから来るものだった。
「レオナール皇子。……貴公を信じていいのか? ……また、アルタリスのような悲劇を繰り返さないと、誓えるのか?」
一人の小惑星国家の代表が、疑念を込めて問いかけた。
レオナールは一瞬、苦渋の表情を浮かべたが、すぐに居住まいを正して答えた。
「私は誓わない。……誓うのは、私の言葉ではなく、私の背後にいる彼女……エルシエラの存在だ。……彼女を救ったのは、我ら帝国が賊と呼んだ男だった。……その事実こそが、この銀河の新しい真実なのだ」
その言葉に、騒然としていた会議場に静寂が訪れた。
彼らは、かつての敵が共に並び立つ姿を見てきた。
それこそが、不可能を可能にする唯一の証拠であることを、誰もが認めざるを得なかった。
その時、緊急警報が作戦室に鳴り響いた。
メインモニターに、不気味な赤色の光点が無数に出現する。
「……来たか。……帝国の『亡霊』たちが」
レオナールは、冷たく呟いた。
帝国の崩壊を認めず、エルシエラの排除を至上命題とする過激派勢力の、最後にして最大の艦隊が接近していた。
敵の正体は、帝国の「聖刻」艦隊。
かつて皇帝直属の親衛隊として、狂信的な忠誠を誓っていた者たちが、旧時代の巨大な実験兵器「ヴォイド・キャノン」を携えて姿を現したのだ。
彼らにとって、エルシエラが提唱する自由な銀河は、帝国への冒涜でしかなかった。
「……あいつら、心中するつもりか。……全艦隊、戦闘配備! リベレイター、先陣を切るぞ!」
カイザルの指示が飛び、要塞周辺に集まっていた雑多な船たちが、一つの生き物のように動き始めた。
エルシエラは、ブリッジの中央に立ち、モニター越しに迫り来る漆黒の艦隊を見つめた。
「……待って、カイ。……まだ、戦わずに済む方法があるかもしれない」
「エル、冗談を言ってる場合じゃないぜ。あいつらの主砲が開いている。一撃でこの要塞ごと消し飛ばす気だ」
「いいえ。……あの方たちも、帝国の『犠牲者』なの。……間違った忠誠心に囚われているだけだわ。……私に、回線を開いて」
エルシエラの瞳には、恐怖を越えた、ある種の慈しみが宿っていた。
カイザルは舌打ちをしたが、彼女の決意が本物であることを悟り、コンソールを操作した。
「……繋げたぜ。ただし、奴らが引き金を引くまでの十秒間だけだ」
全宙域に、エルシエラの姿が映し出された。
戦火に包まれる寸前の宇宙。
彼女は、かつて王宮で見せていたような、気高く、けれど寂しげな微笑みを浮かべた。
「――聖刻艦隊の皆さん。……もう、お父様はいません。……そして、あなたがたが守ろうとしている『帝国』も、もうどこにもないのです」
通信の向こう側で、聖刻艦隊の指揮官たちが動揺するのが分かった。
彼女の美しさは、彼らにとっての神聖な象徴そのものであり、その声は彼らの拠り所を根底から揺さぶった。
「……あなたたちは、忠誠を尽くしました。……十分すぎるほどに。……でも、その剣を今、誰に向けているのですか? ……かつての主君の娘を、そして自分たちが守るべきだった、この銀河の民を殺すために使うのですか?」
エルシエラの問いかけは、静かだが鋭い刃となって、盲目的な忠誠心の隙間を突いた。
ヴォイド・キャノンのエネルギーチャージが、九十パーセントで停止する。
「……お嬢様。……しかし、我々には、これ以外の生き方がないのです。……今さら、自由などと言われても……」
通信の向こうから、一人の老将の、震える声が聞こえてきた。
それは、誇り高い軍人としての、最後の悲鳴だった。
「……なら、私にその誇りを預けてください。……新しい銀河を守るための『盾』として、私と共に生きてはくれませんか?」
エルシエラは、カメラに向かって、ゆっくりと手を差し出した。
それは、支配のための命令ではなく、救済のための招きだった。
数秒の、永遠のような静寂。
やがて、聖刻艦隊のすべての砲門が、ゆっくりと閉じられた。
漆黒の船たちが、一隻、また一隻と、リベレイターの背後へと進路を変えていく。
「……降参だ。……『銀の百合』の前に、我々の剣は折れました」
老将の言葉と共に、最大の危機は、一滴の血も流れることなく回避された。
要塞の周辺を埋め尽くしていた数万の船から、地鳴りのような歓声が上がる。
それは、歴史が、憎しみの連鎖を断ち切った瞬間だった。
カイザルは、脱力したように操縦席に背を預けた。
「……ははっ。……お姫様、あんたは本当に……海賊王の仕事を奪うのが上手いな」
「ごめんなさい、カイ。……でも、これが私の『戦い方』なの」
エルシエラは、晴れやかな笑顔で、彼の手を握りしめた。
戦火が去り、ヘブンズ・ゲートの広大な中央ホールで、歴史的な調印式が執り行われた。
そこには、かつての敵も味方もなく、ただ「明日を共に歩む」と決めた者たちが集まっていた。
エルシエラは、カイザルとレオナールの二人に挟まれ、檀上に立った。
彼女の纏うシンプルな青いドレスは、今や銀河で最も高貴な装束として認められていた。
「――本日、ここに『銀河自由連合』の発足を宣言します。……私たちは、もう一つの旗の下に集うのではありません。……数え切れないほど多くの、個々の輝きを認め合うために、手を取り合うのです」
彼女の署名が、光のペンによって空間に記された。
続いて、カイザルが野性味溢れる筆致で、レオナールが整然とした筆致で、その後に続いた。
式典が終わった後、三人は要塞のバルコニーで、静かに夜空を眺めていた。
宇宙には、もう戦火の火球はない。
代わりに、新しく築かれる平和の灯火が、あちこちの惑星で輝き始めていた。
「……これで、本当に終わったのね」
エルシエラが、深く息を吐いた。
彼女の胸元には、あの日から変わらず、木彫りのペンダントが揺れている。
「いいや、エル。……これが、本当の始まりだ」
レオナールが、どこか清々しい表情で言った。
「私はこれから、この連合の行政を整えるために奔走することになるだろう。……お前たちの、自由すぎる生き方を支えるための、裏方としてな」
「ははっ、そいつは頼もしいぜ、官僚殿。……俺は俺で、まだ宇宙の隅っこに残っている悪い奴らを、リベレイターで片付けて回らなきゃいけないしな」
カイザルは、エルシエラの肩に手を回した。
「……で、お姫様。……あんたはどうする? ……連合の象徴として、宮殿に閉じこもるか?」
エルシエラは、カイザルの顔をじっと見つめ、そして悪戯っぽく微笑んだ。
「……いいえ。……私は、あなたの船の通信士よ? ……まだ、当番の皿洗いも残っているんですもの」
カイザルは一瞬驚いたように目を見開き、やがて腹の底から笑い声を上げた。
「そいつはいい!……海賊王の嫁が、銀河連合の母なんて、最高に型破りだぜ!」
二人は、レオナールの呆れ顔を背に、互いの愛を確かめ合うように強く抱き合った。
王宮の檻から逃げ出したあの日、エルシエラが求めていたものは、単なる「自由」ではなかった。
自分を必要とし、自分も必要とする、そんな「居場所」だったのだ。
窓の外、リベレイターが、出航の準備を整えて待っていた。
かつて孤独だった「鋼鉄のゆりかご」は、今や銀河の希望を運ぶ、伝説の船となっていた。
「……行きましょう、カイ。……新しい星の海へ」
「ああ。……野郎ども、帆を上げろ!……目的地は、明日だ!」
リベレイターのエンジンが、力強い鼓動を刻み始める。
銀河の王女と、海賊の王。
二人の恋物語は、動乱の時代を駆け抜け、永遠に語り継がれる神話へと昇華していった。
窓の外に広がる、果てしない星々の海。
その一粒一粒が、彼らの旅路を祝うように、今までで一番眩しく輝いていた。
この作品はAI40%、筆者60%で書きました。
原案100%筆者。
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