第九章:群雄割拠の銀河
絶対的な秩序の象徴であった「セントラル・コア」が燃え落ちたあの日から、銀
河の時間は奇妙に歪み始めた。
各地のワープ・ゲートは閉鎖され、かつて帝国軍の軍門に降った惑星国家たちが
一斉に独立を宣言、あるいは隣接する星系への侵攻を開始したのだ。
モニターに映し出されるのは、終わりのない局地戦と、逃げ場を失った難民たち
の船団。
リベレイターのブリッジには、かつての快活な笑い声はなく、常に重苦しい情報
処理の音だけが響いていた。
「……ひどい。お父様がいなくなれば、少しは良くなると思っていたのに」
エルシエラは、青白く光る星図を見つめながら、溜息を吐いた。
彼女は今、リベレイターの通信士席に座り、各地から届く救難信号を選別してい
る。
皮肉にも、帝国の圧政がなくなったことで、人々の間に潜んでいた古くからの憎
しみが、噴火するように溢れ出したのだ。
「秩序という名の重しが外れれば、こうなるのは必然だ。……人間は、自由を与
えられすぎると、まずその使い道を『争い』に見出す」
レオナールが、傍らで厳しい声をかけた。
彼は以前よりも痩せ、その碧眼には隠しきれない疲労が滲んでいる。
彼は今、かつての部下たちや、各地で蜂起した元帝国軍の良識派をまとめ上げ、
「新生銀河連合」の礎を築こうと奔走していた。
「レオ。あんまり難しい理屈を並べるな。……目の前で泣いている奴がいるなら、
助ける。……俺たちのやることは、それだけで十分だろ」
カイザルが、操縦席から振り返り、不敵に笑った。
彼の言葉は乱暴だが、その瞳にはエルシエラを安心させるような、温かな光が宿
っている。
彼はこの数週間、あえて政治的な動きからは距離を置き、襲撃されている民間船
の救助に明け暮れていた。
「カイ……。でも、リベレイター一隻で救える命には限界があるわ。……私たち、
もっと大きな『声』にならなきゃいけないんじゃないかしら」
エルシエラの提案に、カイザルとレオナールが同時に動きを止めた。
彼女が言わんとすることは、二人にも痛いほど分かっていた。
今、銀河が必要としているのは、強力な軍隊でも、冷徹な法でもない。
バラバラになった人々の心を、もう一度一つの方向へ向かせるための「物語」
なのだ。
「エル。……お前は、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
レオナールが、妹を諭すように言った。
「お前が表舞台に立てば、野心に燃える各地の有力者たちは、お前を自分たちの
正当性のために利用しようとするだろう。……それは、王宮にいた頃よりも、
ずっと危険な賭けだぞ」
「わかっているわ、お兄様。……でも、私はもう、守られるだけの『宝珠』では
いたくないの。……カイが私を連れ出してくれたあの日、私は決めたの。
……自分の人生を、誰かのための希望に変えるって」
エルシエラは立ち上がり、カイザルの元へ歩み寄った。
彼女は、彼の手のひらに自分の手を重ねる。
カイザルは、彼女の決意に満ちた瞳を見つめ、やがて観念したように鼻を鳴ら
した。
「……ハッ、全くだ。……俺が惚れた女は、海賊王の嫁になるだけじゃ満足し
ねえってわけか」
「当たり前でしょう? 私は、あなたの隣で銀河を導く女になるのよ」
カイザルは、彼女の細い腰を引き寄せ、その額に誓いのようなキスをした。
レオナールは二人を見て、呆れたように、けれどどこか嬉しそうに首を振った。
「……よかろう。……なら、舞台を整えよう。……まずは、中立宙域の交易惑星
『リガス』だ。……あそこには、各地の代表者が集まっている。……そこで、
お前の『声』を銀河へ届けるんだ」
交易惑星「リガス」。
かつてエルシエラが初めてカイザルと出会い、自由への第一歩を踏み出した、
あの因縁の場所。
今、その街は帝国の崩壊を受け、各地から集まった野心家や商人、そして職を失
った傭兵たちで、異常な熱気に包まれていた。
リベレイターは、かつてないほど厳重な警備の中、リガスの中央宇宙港へと
着陸した。
タラップが降り、最初に現れたのは、漆黒のコートを纏ったカイザルと、
白銀の軍服を身に付けたレオナール。
二人の伝説的な「王」が並んで歩く姿に、集まった群衆からどよめきが上がる。
そして、二人の間から、一人の女性が姿を現した。
彼女はもう、かつての仰々しいドレスは着ていない。
動きやすい青いシャツに、使い古された革のブーツ。
けれど、その胸元にはカイザルから贈られた木彫りのペンダントが誇らしげに
揺れ、その美しさは以前よりもずっと鮮やかに、人々の目を射抜いた。
「……皆さん。……聞いてください」
エルシエラが、拡声用のマイクを手に、静かに話し始めた。
ざわついていた宇宙港が、潮が引くように静まり返っていく。
彼女の声は、かつての皇女のような高圧的なものではなく、隣で寄り添う友人
のような、穏やかで芯の通った響きを持っていた。
「私は、エルシエラ・フォン・アルタリス。……かつて帝国に守られ、帝国を
恐れていた、ただの女性です。……今、私たちの銀河は、闇の中にあります。
……互いに傷つけ合い、奪い合い、明日を夢見ることも忘れてしまいました」
群衆の中に、すすり泣く声が混じり始めた。
誰もが、この混沌とした世界で、誰かに「大丈夫だ」と言ってほしかったのだ。
「でも、私は知っています。……人は、手を取り合うことができる。
……海賊も、帝国兵も、皇女も、共にパンを分け合い、笑い合うことができる
場所を、私はこの目で見てきました」
エルシエラの演説は、リガスの街中に設置された街頭モニターを通じて、
さらに衛星中継によって、銀河中の主要な惑星へと拡散されていった。
彼女の話す「名もなき星の開拓地」の物語は、戦火に疲れた人々の心に、
一筋の涼風のように染み込んでいった。
「……私たちは、新しい国を作るのではありません。……新しい『絆』を作るの
です。……誰の支配も受けず、けれど誰一人見捨てない。……そんな、自由な
星の海を、もう一度私たちの手に取り戻しましょう!」
エルシエラが演説を終えると、数秒の沈黙の後、爆発的な歓声が沸き起こった。
それは、帝国の万歳三唱のような強制されたものではなく、人々の魂が内側から
震えて漏れ出した、真実の咆哮だった。
「……おいおい、凄まじいな。……俺が銃で脅しても、あんなに人は動かせ
ねえぜ」
カイザルが、隣で苦笑しながら囁いた。
「それが、彼女の力だ。……我々が剣で切り拓いた道を、彼女が花で埋めていく。
……完璧な役割分担だな、船長」
レオナールも、満足そうに頷いた。
だが、その熱狂の裏で、エルシエラの「声」を快く思わない影も動いていた。
リガスの高層ビルの一室。
モニターを見つめる、冷ややかな瞳。
かつて帝国の秘密警察を率いていた、暗殺者の生き残りたちが、エルシエラの
命を狙い、密かに照準を合わせていた。
「……あの女は、生かしておいてはならない。……秩序を乱す、最も美しい
『毒』だ」
暗殺者の指が、狙撃銃の引き金にかかる。
その直後、エルシエラの立っているステージに向かって、一条の赤い光が
放たれた。
「伏せろ!」
カイザルが叫ぶよりも速く、レオナールがエルシエラを突き飛ばした。
銃弾はレオナールの肩をかすめ、背後のコンクリートの壁に深い穴を開けた。
群衆が悲鳴を上げ、パニックが広がる。
「レオナール兄様!」
「案ずるな、かすり傷だ!……カイザル、敵は十二時の方角、時計塔の頂上だ!」
「……言われなくても分かってる!……ミナ、リベレイターの副砲を使え!
ピンポイントで、あの塔を黙らせろ!」
混乱する宇宙港の上空で、待機していたリベレイターが轟音を上げ、正確な
狙撃で暗殺者の潜伏先を粉砕した。
だが、敵は一人ではなかった。
ステージを包囲するように、光学迷彩を解いた武装集団が次々と現れる。
彼らは、帝国の崩壊によって行き場を失い、死を望む過激派の生き残りだ。
「……しつこい連中だ。……エル、俺の後ろに隠れていろ!」
カイザルが二挺の重力銃を抜き放ち、弾幕を形成する。
レオナールもまた、負傷した肩を押さえながら、片手で護身用のレーザー銃を
正確に放った。
「いいえ、私も戦うわ!」
エルシエラは、近くに落ちていた金属の棒を拾い上げた。
武術の心得などない。けれど、彼女の瞳には、逃げることへの拒絶が宿って
いた。
彼女は、カイザルとレオナールの背中を支えるように立ち、周囲の人々に向
かって叫んだ。
「皆さん、逃げないで!……ここで私たちが屈したら、また暗闇に戻ることに
なる!……自分の自由を、自分たちの手で守ってください!」
その叫びに応えるように、パニックになっていた市民たちの中から、
勇気ある者たちが立ち上がった。
彼らは手に手に石や棒を持ち、暗殺者たちの行く手を阻んだ。
一人の「王女」の勇気が、何千、何万もの「民」の勇気に火をつけた瞬間だった。
激しい乱闘の末、暗殺者たちは取り押さえられ、リガスの宇宙港には再び静寂が
戻った。
エルシエラは、傷ついた人々を一人一人介抱し、その手を取った。
彼女の服は汚れ、頬には小さな切り傷があったが、その姿はどんな豪華な装飾よ
りも神聖に見えた。
「……ありがとう。……皆さんが、私を、そして自分たちの未来を守ってくれた
のね」
市民たちは、エルシエラを取り囲み、感謝の言葉を口にした。
それは、統治者への服従ではなく、共に戦った「仲間」への敬意だった。
リベレイターの甲板に戻った三人は、沈みゆく琥珀色の太陽を見つめていた。
「……エル。……あんたの勝ちだ。……暴力じゃ変えられないものを、
あんたが変えちまった」
カイザルが、少し照れたように彼女の肩を叩いた。
「勝ち負けじゃないわ。……これが、始まりなの。……これから、たくさんの星
を回って、皆に伝えなきゃ。……自由は、奪い取るものではなく、守り育てる
ものだって」
レオナールは、救急キットで肩を処置しながら、遠くの宇宙を見つめた。
「……銀河連合の旗印は、決まったようだな。……『銀の百合と黒い剣』。
……エルシエラ、お前がその旗を振るんだ。……私は、その影となって支えよう」
三人の絆は、動乱の銀河の中で、揺るぎない道標へと進化していた。
かつて帝国の深窓に囚われていた一人の少女。
彼女は今、海賊王を恋人に、かつての冷徹な王子を兄に持ち、
銀河すべての民の「声」となって、新しい時代を駆け抜けようとしている。
窓の外、無数の宇宙船が、エルシエラのメッセージを携えて、それぞれの
星へと旅立っていった。
それは、銀河全域に広がる、希望の連鎖。
この作品はAI40%、筆者60%で書きました。
原案100%筆者。
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