第三章 試練の島
陽の光が港を黄金に染める朝。
群島最大の拠点都市のギルド本部には、150名の若者が集まっていた。
筆記試験を終えた彼らが再びこの場に集った理由、それは次なる試練、「五日間のサバイバル試験」への出発を告げられるためだ。
「お前たちの筆記試験結果を元に、チームを5人ずつに編成した。150人、全30チームだ。これより、チーム別に行動する」
担当官の重い声とともに、会場にはホログラム形式のスクリーンが浮かび、各自の名前、所属チーム、仲間の名が瞬時に表示されていく。
俺の名前が表示された。チームC-9。カイル・レオンハルト。
同じチームには、アレン・マクレガー、シエナ・クロス、ダン・マーフィー、ユリオ・ベントン。
「よろしく頼む、カイル」
その時、声をかけてきたのは、試験会場で話しかけてきた大柄な男――ダンだ。農家出身で、モンスターに畑を荒らされて家族を養えなくなったと言っていた。
「こちらこそ」
俺は軽く頭を下げる。そのあと、他のメンバーとも次々と挨拶を交わした。
アレンは快活そうな青年で、情報屋志望だと自己紹介した。地図と地理に強いらしい。
「道案内は任せてくれ! 地形には詳しいから」
シエナは薬学知識が豊富な少女。冷静沈着な印象だが、アレンを見る目が優しい。恋人同士なのだろう。
「薬草の採取と調合は私に任せて。怪我の手当ても得意よ」
けど、ユリオは少し頼りない印象の青年だった。声も小さく、どことなく不安そうだ。
「よ、よろしくお願いします……僕、足手まといになるかもしれませんが……」
「大丈夫だ」
俺はユリオに声をかける。
「みんなで支え合えばいい」
やがて、チーム分けと挨拶が完了した参加者たちは、港の船乗り場へと誘導されていた。
船乗り場への移動中、俺は人波の中に見覚えのある影を見つけた。漆黒の軽装鎧に双剣を背負った青年――マヘル・ヴァンス。
彼もこちらに気づいたようで、一瞬目が合った。だが、彼はそのまま素通りしていく。
すれ違いざま、マヘルが低い声で呟いた。
「……生き残れよ、同郷の」
皮肉めいた口調だったが、その言葉には何か別の感情が込められているように感じられた。
各チームを載せた大型船三隻が、島の北方海域へと向け出航する。
参加者は船上で、小舟での上陸を控え、支給された武具や道具の最終確認を行う。
俺の足元には、白銀の毛並みを揺らす犬型従獣《ルゥン族》ランスの姿があった。
豊かな尾と長い耳、警戒心と忠誠の入り混じった瞳で、カイルの傍を離れない。
「おい、その白いやつ……ルゥンだろ? すげぇな、訓練受けてんのか?」
アレンが興味深そうに声をかけてきた。
「施設で拾った。溺れてたのを、俺が助けて……それから、ずっと一緒だ」
俺はルゥンの頭を撫でながら答える。
「施設?」
シエナが首をかしげる。
「孤児院だ」
俺は少し躊躇したが、話すことにした。
「俺の故郷は……深海神に沈められた」
仲間たちの表情が変わった。
「九年前、深海神リヴァイア・オブリヴィオンが突然現れて、俺の住んでいた島を一夜で海に沈めた。家族も、友達も、みんな……」
俺は海を見つめる。
「その後、ギルドの救助船に救われて孤児院に預けられた。そして、今年十九歳になって施設を出た。ランスとは施設に入ってすぐ、海で溺れているところを助けて、それから一緒にいる」
「そんな……」
ユリオが震え声で呟く。
「だから俺は、ハンターになる。あの神を倒すために」
(ダン視点で)
カイルの話を聞いて、俺は胸が痛んだ。俺も家族を守れなかった。モンスターに畑を荒らされて、作物を全部だめにされた。妻と二人の娘を養うために、それで俺はハンターになるしかなかった。
「俺も似たようなもんだな」
俺は重い口を開く。
「農家をやってたんだが、ブレード・ラプターの群れに畑を荒らされて、作物は全滅、借金だけが残ったよ。だから家族を養うために、ハンターになるしかなかった」
俺の話をカイル真剣に聴いてくれた。同じ痛みを知る者への理解があったからだろう。
重い話が続くな。
暗い雰囲気になったところでアレンが明るく話を切り出す。
「俺は情報屋の家系でね。親父も爺さんも情報屋だった。でも俺は実地で情報を集めたくて、ハンター試験を受けた。」
シエナが俺の手を握る。
「私はアレンについていきたいの。それに、薬学の知識をハンターとして活かしたかったし。」
みんな立派な理由があるなあ。僕は……僕はただ、強くなりたいだけなんだ。でも、それを口にするのが恥ずかしい。
「僕は……その……強くなりたくて……」
声が震える。みんなと比べて、僕の理由は幼稚に聞こえるから。
「それで十分だ」
カイルが僕に優しく言ってくれた。
「強くなりたいという気持ちさえあれば、きっと大丈夫だ」
船が島影に近づいた時、担当官の声が再び響く。
「これより島の情報を伝える。記録せよ」
ホログラフに映されたのは、環状の砂浜と密林を抱えた孤島。
「中央は密林地帯。そこには大型のブレード・ラプターが長として縄張りを築いている。
そのため周囲には、中型・小型の同種が徘徊していると予測される」
俺は身を乗り出して情報を頭に叩き込む。
「川には、小型のスウォーム・ピラニアが多数。水辺での補給時は注意しろ」
朝見たピラニアの群れを思い出す。あれが川にもいるのか。
「砂浜の東・西・南には、大型の甲殻種シェル・クローラーの群れ。群れごとに統率者がいる。そのため移動は慎重を期す必要がある」
「三隻の船は北沖で待機。上陸は小舟を用い、各チーム単位で分かれて行う。即ち遭遇戦が失格とは限らんが、無用な戦闘は控えよ」
アレンは地図を取り出して島の地形を確認する。
「北の砂浜から上陸して、まずは安全な場所でベースキャンプを作ろう。森の入り口付近がいいかもしれない」
シエナが頷く。
「水の確保も必要ね。でも川にはピラニアがいる……」
「俺が斧で木を切って、簡易的な柵を作る」
ダンが提案する。
「ユリオは見張りを頼む。君の目は鋭そうだから」
「は、はい! 頑張ります!」
ユリオが少し元気になる。
俺は、風にたなびく帆の隙間から島影を見る。
「これが、仲間と共に立つ島。そして、自らの過去を背に、未来を賭ける場所。」
だから、生き残るために必要なものは――「覚悟」それだけだ。
「みんな、準備はいいか?」
俺はチームメンバーを見回す。
「上陸したら、まずは情報収集だ。無理はしない。でも、諦めもしない」
「おう!」
ダンが力強く答える。
「任せて」
シエナとアレンも頷く。
「が、頑張ります!」
ユリオも震え声ながら決意を示す。
ランスが小さく鳴いて、俺の足元で尻尾を振る。
「よし、行こう」
小舟が島に向かって進み始める。俺たちの試練が、ついに始まった。