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第二章 審判の門

ギルド本部の塔は、灰鉄のように無骨で、そして威厳に満ちていた。

ハーバー・クラウンの中心部、半月型の港湾の内側にそびえ立つその建物は、かつて幾多の戦乱と災厄に晒されながらも、一度として陥落したことがないという。


俺、カイル・レオンハルトはその重厚な扉を前に、一つ深く息をついている。

「……ここが、俺の第二の出発点か」


扉を押し開けると、鉄の匂いと薄い香の匂いが混じり合った空気が鼻を突く。石造りの広間は既に多くの志願者たちで満ちている。


その数、およそ百五十。男女、年齢、体格もさまざまだが、どの顔にも一様に緊張の色が浮かんでいる。俺もその中の一人だ。この日のために、俺は九年間準備を重ねてきた。


「次、番号四十七番の方」

受付係の女性の声に呼ばれ、俺は前に進む。簡単な身体測定と持ち物確認の後、試験用の識別番号「C-047」とエントリー用紙が渡された。


「緊張しすぎるなよ」

その時、横にいた大柄な男が俺に話しかけてきた。恐らく俺より五つほど年上だろう。斧使いのような体格をしている。


「俺はダン。農家出身だ。モンスターに畑を荒らされて、家族を養えなくなっちまってね」

ダンと名乗った男の目には、俺と同じような何かが宿っていた。守りたいものを失う恐怖、そして取り戻したいという意志。


「カイルです。よろしく」

その時、導く鐘の音のような金属音が響き、俺たちは試験会場へと案内された。


試験会場は円形の広間だった。

床は淡く光を反射する黒石が敷き詰められ、天井は高く、中央には試験官用の演壇がある。

しかし、その上層部こそが、この空間の本質だった。


上階。

一方通行の透明結晶で覆われた監視席があり、試験者たちには見えないが、選抜幹部たちは彼らのすべてを観察していた。

その席の一角に、漆黒の軽装を纏った若者が腕を組みながら立っている。


「……あの男、俺と同じ年くらいか」

マヘル・ヴァンス。俺は監視席から下を見下ろしながら、群衆の中に立つ一人の青年の姿を見つけた。


すると隣にいた男が一枚の書類を差し出してきた。

紅蓮牙隊の隊長、鋼面のリガート。


無言でそれを差し出しながら、低く言う。

「彼は君と同郷……"あの夜"の生き残りだ。」と


俺の眉が微かに動く。そうか、あの男も"あの夜"を経験したのか。俺と同じ記憶を、奴も抱えているのか。


「……へぇ。じゃあ俺と同じ"焼印"持ちか。

それなら、せいぜい落ちないよう祈ってやるさ、悪夢に勝てるかどうか、な」

その声に、誰も返事はしなかった。

だがその場の空気が、かすかに冷えた。


もうすぐ第一試験が始まる。


「では、第一部の試験を開始します」

私の名前はエドワード・グレイ。ハンターギルド試験部の主任監督官だ。三十年間この職に就いているが、今年の志願者たちの顔つきはいつもと違う。


まずは性格診断――人格構造、反応傾向、心理的耐性の分析。

これで大体半分は落ちる。ハンターに必要なのは勇気だけではない。冷静さ、判断力、そして何より仲間を信頼することのできる心だ。


次いでモンスターに関する知識――生態、弱点、変異種との違い。

ここまでに三分の一が篩い落とされる。知識なきハンターは、ただの死体予備軍だからな。


そして最後に一般教養――航海術、地理、読解力、暗号解読、薬草学。

私は会場を見回す。額に汗を浮かべる者、ペンを強く握りしめる者、諦めたように頭を抱える者……


その中で、番号C-047の青年が目に留まる。カイル・レオンハルト。彼の解答用紙への書き込みは迷いがない。まるで答えを既に知っているかのようだ。


実に興味深い。


それらの試験は、単なる筆記の成績を問うものではなかった。知識の深さと応用力を、極限状態の中でどう使うか。

ハンターという存在が、生きるだけでなく「他者を生かす」術を持つ者であるかどうか、それを測るための審査だ。


俺は一問一問に集中する。これまでの九年間、俺は独学でモンスターについて学んできた。図書館、古書店、時には危険を冒して実際のモンスターを観察することで。


「スウォーム・ピラニアの弱点は?」

朝見たばかりの光景が脳裏に浮かぶ。ヴァンスの戦い方を思い出しながら、俺は答えを書く。「我々人間は水中での機動力に劣る。よって空中に飛び出した瞬間が最大の隙である」


全てが終わるころには、数時間が経過していた。

椅子の上に突っ伏す者、歯を食いしばる者、沈黙のまま筆記具を置く者……それぞれが、何かを背負い、あるいは何かを落としたようだった。


「お疲れ様」

さっきのダンがぐったりとした様子で声をかけてくる。


「どうだった?」


「正直、半分も分からなかった。君はどうだ?」


「まあ、なんとか」

実際のところ、俺は……手応えを感じていた。だが、慢心は禁物だ。


試験官の一人が立ち上がり、全員に告げる。

「本日の筆記試験は以上です。二日後、再びここに集まってください。

第二試験では、ギルドが管理する島にて五日間のサバイバルを実施します。

班分けは筆記成績を基に、五人一組で決定されます」


静かなざわめきが広間を包み込む。サバイバル試験。本格的な実技だからだ。


試験官の一人が続ける。

「一日空けるのは、班の編成と物資準備のためです。

ですので体調を整え、備えてください」


解散の言葉が告げられ、俺は静かにその場を後にした。


家に着く頃には、夕暮れの風が街を包み始めていた。

茜の夕陽の光が石畳に長い影を伸ばす。


自宅へ戻ると、一つの影が玄関前で待っている。

長い耳、豊かな尻尾、柔らかな毛並み。

瞳は琥珀色で、感情がまるで人のように宿っている。

群島に古くから生きる、犬型の知性種族《ルゥン族》のランスだ。


「……ランス。ただいま」


ワン、ワン!

カイルが帰ってきた。嬉しい。とても嬉しい。でも、カイルの匂いが少し違う。不安の匂いと、決意の匂いが混じっている。


カイルは僕の首を抱き寄せてくれる。温かい。でも震えている。僕は尻尾を振って、カイルの不安を少しでも軽くしてあげたい。


「また……狩りが始まるよ。だけど今度は、逃げない」


狩り。その言葉を聞くと、僕の体にも緊張が走る。でもカイルが決めたことなら、僕も一緒に行く。どこまでも。


僕は鳴き声を上げて、カイルに伝える。「僕も一緒だよ」と。


琥珀色の瞳が、一瞬だけ力を帯びて光った。

それは言葉にならない、だが確かな「理解」の合図だ。


俺の胸には、もはや迷いはない。

過去の亡霊も、血の記憶も、すべて背負ったうえで前に進む、その覚悟が。


そして俺の傍には、常に信頼できる従獣の影がある。

「ありがとう、ランス。君がいれば、俺は一人じゃない」


二日後の試験に向けて、俺たちの準備が始まる。

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