第二十四章 葦
黎明の薄明かりが港を照らし出すころ、俺とリオ、そして、相棒のランスは、まだ人影のまばらな桟橋から船へと乗り込む。
行き先は、リオの故郷である第九番島。
足元でランスが甲板を歩き回り、潮風に鼻をひくつかせている。早朝の船旅を楽しんでいるようだが、俺にはどこか緊張した空気を感じ取っているようにも見えた。
クゥンクゥン
朝の船は楽しいけどリオの顔が暗いのが、心配だな。
「第九番島まで一時間ぐらいかかるんだよね?」
俺がそう呟くと、リオは船縁に手をかけて海を見つめながら頷いた。
「そうだけど……俺は、久しぶりに帰るから……正直、複雑な気分だよ」
そう呟く彼の声には、どこか重いものが含まれていた。
それを聞いて俺が、何を話すべきか迷っていると、リオの方が先に口を開いた。
「カイル、話したいことがあるんだ。昨日、詳しく言わなかった……俺の家のこと」
俺が黙って彼の言葉を待つのを見て、ランスは俺の足元に座り、リオを見上げている。
クゥン、クゥン
あ、カイルがリオの言葉を待ってる!
ぼくも聞かなきゃ!
「うちの家系は代々鍛冶屋だ。火を絶やさず、鉄を打ち続けてきた家でさ……」
そう、リオがぽつりと切り出した。
「子どもの頃は父さんに、"俺も鍛冶師になる"ってずっと言ってて、それを聞くたび、嬉しそうにする父さんの顔もはっきり覚えてる」
リオは、そう言いながらどこか遠くを見つめる。
「けど……翼炎隊の連中が戦う姿を見ちまってからは……モンスターたちから命を懸けて島を守ってくれるハンターに……そう、剣を振るう側になりたいと思ったんだ」
拳を握るリオの表情に浮かんだのは誇りではなく、苦みだった。
「確か、翼炎隊は……第九番島の守り手だったよな?」
俺がそう言うと、リオは苦笑を浮かべた。
「ああ、そうだ。子どもの頃の俺は、彼らがすごくかっこよく見えたんだ!鍛冶師も大切な仕事だって分かってたけど……直接モンスターと戦って人々を守る姿は、俺の心を完全に奪ってしまって!」
ランスがリオの足元に近づき、心配そうに鼻を鳴らした。
クゥン、クゥン
リオ明るく言ってるけどとても悲しい匂いがするよ。
「でも、父さんにそれを話した時は、烈火のごとく怒鳴られたよ。"お前は私の跡を継ぐんだよ!俺は、お前が代々続いた家業を捨てるなど許さんからな!"って……それ聞いた俺も負けずに言い返してからは……まったく口をきかなくなって、和解することも、最後に言葉を交わすこともなく、父さんは、ハンター試験の一か月前に病気で倒れて……」
リオの声が震えているのはわかっていたが、何も言えず俺とリオの間には、波の重い音だけが響いていた。
「昨日、父の形見があるって言ってたけど……それって鍛冶道具のことか?」
俺はその音を掻き消すように、恐る恐る尋ねたが、リオは首を横に振った。
「違うよ、カイル。父さんの形見ってのは、鍛冶道具じゃないんだ……俺がハンター試験を無事合格するために作った……ボウガンなんだ!」
俺は驚いて彼を見た。
「え?反対してたんだろ?」
「ああ……俺も最初はその事で驚いたよ!」
「だよな普通、驚くよな!それで、ボウガンはいつ渡されたんだよ」
「ボウガンは、ハンター試験当日の朝に母さんから渡されたのと同時に、"これはお父さんがあなたのために作ったもので、あなたがハンターになれるように、ずっと応援してたのよ"って言われたんだ」
リオの目から涙が零れ落ち、言葉が途切れがちになる。
「それ聞いたとき……俺……俺は、父さんとずっと喧嘩してたのに、父さんは俺のことを……」
俺は何も言わず、ただそっとリオの背をさすると、ランスも心配そうに鼻を鳴らし、俺たちの足もとに寄り添った。
クゥン、クゥン
やっぱり、リオは無理してたんだな。
本当はお父さんと仲直りしたかっただね。
リオはしばらく泣いていたが、やがて涙を拭い、恥ずかしそうに俺を見て言った。
「……今のこと……誰にも言うなよ」
俺は小さく笑って答えた。
「ああ、分かった」
その声音には、確かな友情の響きがあった。ランスも尻尾を振って、リオを励ますように鳴いた。
ワンワン
よかった、リオの気持ちが晴れたみたいだ!
「ありがとう、カイル……ランスも」
リオは少し表情を緩め、ランスの頭を撫でた。
船が第九番島の港に着くころには、リオの表情も落ち着きを取り戻し、見慣たれ街並みにリオは一瞬だけ足を止めたが、決意を固めるように前を向いた。
「よし、行くか」
「ああ!」
俺たちは港から石畳の道を歩き、リオの実家へ向かい、ランスも楽しそうに辺りを見回しながら、俺たちの後をついてくる。
ワンワン
ここは、初めての匂いで溢れてる!
リオの実家である鍛冶屋の看板が、掛かった建物の戸口をくぐったとき、温かい声が俺たちを迎えた。
「リオ、お帰りなさい」
優しい笑顔を浮かべた中年の女性――リオの母が奥から現れるのを見て、俺は思わず背筋を正した。
「ただいま、母さん。早速だけど、こちらは、友人のカイル」
「初めまして、カイルと申します」
俺が頭を下げると、リオの母さんは温かく微笑んだ。
「初めまして、カイル君。リオの母の、イリスです。うちのリオがお世話になってるのね、ありがとう。それと、可愛いルゥンも一緒なのね」
それを聞いてランスが尻尾を振ると、母は嬉しそうに笑った。
ワン、ワン
リオと同じ匂いがする!
きっとリオのお母さんだ!
「朝食はもう済ませたの?」
「いえ、まだです」
「それなら、ちょうど良かった。準備するから、少し待ってて」
そう言って、イリスさんは柔らかく微笑み、俺たちを奥へ招き入れ席に着くと、手慣れた様子で温かい家庭料理を俺たちに振る舞ってくれた。
「久しぶりの母さんの料理だ!」
リオが嬉しそうに食べる姿を見て、俺も安心した。
「カイル君も遠慮しないで、たくさん食べてね」
「ありがとうございます。」
ランスも足元で、イリスさんがくれた小さな魚の切り身を美味しそうに食べている
クゥン、クゥン
この魚おいし!もっと食べたい!
やがて、食事も終わりかけたころ、イリスさんはリオに向かって言った。
「リオ、お父さんのお墓に行ってきなさい。きっとあなたの待っているから」
リオは少し表情を曇らせたが、すぐに頷いた。
「ああ、そのつもりだったよ。母さん」
そしてイリスさんは、リオの返答を聞いてから俺に向き直った。
「カイル君、あなたはリオの友達だから、工房にある武具で好きなものを選んでいいわよ。きっと、あの人も喜ぶから」
「え、でも……」
「遠慮しないで。リオがハンターになれたのも、あなたのような良い仲間がいるからでしょう?」
俺は恐縮しながらも、お礼を言った。
「わ、わざわざありがとうございます」
そして朝食の後、俺は工房へ向かい、リオは父の墓へと向かった。
工房は鍛冶屋らしく、大剣、槍、斧……どれも見事な作りをした様々な武具が、整然と並べられていた。
「リオのお父さんは、すごい鍛冶師だったんだな」
俺はどれを選べばいいのか分からず、迷っていたそのとき、ランスが俺の足元で鳴いた。
ワンワン
「どれがいいと思う、ランス?」
ランスは首をかしげたが、俺の心境を理解しているようだった。
俺が、工房で何を選べば良いかわからず迷っていた一方、リオは潮風にさらされる小高い丘で、父の墓標の前に静かに膝をついていた。
「父さん……」
墓石に向かって、俺は語りかけた。
「俺は……反対してた父さんには、胸を張れる選択じゃないかもしれないけど……ハンターになれたよ」
風が頬を撫で、遠くから潮騒が聞こえてくる。
「今は……あのボウガンを残してくれたこと、ずっと感謝してる。死んだ父さんを納得させられるぐらい……そっちに俺も行ったときにほめてほめてもらえるようにハンターとして……頑張るから、見ててくれ!」
俺は震えながらも力強く、父の墓に向かって宣言すると、船の上での時と同じように涙が再び頬を伝うが、今度の涙は悲しみだけではなく、感謝と決意も含まれていたと思う。
「ありがとう、父さん。俺、頑張るから」
立ち上がりもう一度墓の前で感謝を伝えて工房に戻ると、そこでは、カイルがまだ武具の前で悩んでいた。
「まだ悩んでるのかよ、カイル!」
リオが苦笑いを浮かべながら近づいてくる。
「ああ、どれも立派でね……決めかねてるんだよ」
「あっそう、なら俺が見る限り、お前には片手剣とシールドが合うと思うよ。機動力と守り、両方を活かせるしね」
「確かに、それ良いな!それにする!」
「適当に言ったけど、それにするんだ!」
俺は、その言葉を受け入れ、真新しい片手剣と盾を手に取ると、金属の重みが確かな責任を刻むように腕へ伝わってきた。
「改めてありがとう、リオ」
「俺じゃなくて、父さんに言えよ」
リオも父の形見であるボウガンをイリスさんから受け取、服や本を鞄に詰めて準備を整えて港に向かった
正午には、俺たちを乗せた船は第9番島の港を離れ、ハーバー・クラウンへと戻る船路についていた。
海を進む船上で、俺はリオに尋ねた。
「墓参りはどうだった?」
「うん……ちゃんと父さんに感謝を伝えられた」
リオの表情は、どこか安らかで、決意に満ちているのが分かり、朝とは明らかに違っていた。
「それは良かった」
俺も安心して微笑んだ。
ワンワン
リオ、元気になってよかった!
ランスが嬉しそうに鳴くと、リオは頭を撫でてあげた。
「ありがとう、ランス!カイルと君がいてくれて良かったよ、ほんと!」
しばらくして、ハーバー・クラウンに戻った俺たちは、まず鉄牙砦にあるリオの部屋に荷物を運び入れる。
「だいぶ部屋らしくなったな」
俺がそう言うと、リオは満足そうに頷いた。
「ああ、これでやっと俺の部屋って感じがする!」
その後、夕方には街で日用品、食材、家具などの新生活に必要なものを一通り購入した。
「カイル、今日は、手伝ってくれてありがとな、ほんと」
「いいって!俺たち、友達だろう?」
ランスも荷物運びを手伝おうとして、小さな包みを咥えている姿が微笑ましかった。
クゥクゥン
ぼくも手伝いからこの荷物持つね。
夜になると、俺たちはリオの部屋で静かに過ごし、窓の外では港の灯りが瞬き、潮騒が遠く響いているのが感じられた。
「いよいよ明日から鉄牙隊の活動が始まるな」
俺がそう言うと、リオは頷いた。
「ああ、そうだね。それと、ランスロット副隊長は厳しそうな人だったけど、きっと良い経験になるね」
「あ、あとセリナさんも頼りになりそうだったしな」
俺とリオが楽しく話すなかランスは、部屋の隅で丸くなり、眠そうに目を細めていた。
「今日は長い一日だったな、ランス」
俺が声をかけると、ランスは小さく鳴いて応えた。
クゥクゥ
そうだねカイル、ぼくは、疲れたよ。
「カイル、本当にありがとう。今日、一人だったらきっと墓参りに行けなかったと思うよ」
リオが真剣な表情で俺を見つめる。
「何言ってるんだよ、リオ!そこしまえにも言ったけど、俺たちは友達だろう?それに、君のお父さんが、作った武具ももらったしよ」
俺は手剣と盾を見つめ、心の中で呟いた。
(明日からはこれが俺の武器になる)
「父さんもきっと喜んでるよ。良い友達を持ったってね」
リオの言葉を聞いて、俺は照れくさくて頭を掻いた。
やがて俺はリオの部屋を出て、自分の家に帰り、リオは布団に身を沈め、瞼を閉じる。
新たな生活が、明日から始まる。




