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第二十章 烟嵐の心

深夜の静まり返ったヴァインヘイヴンの町並みを、ひとり傘を差し歩くマリア・マーフィーの頬を強くはない雨が湿った風に乗り、細やかな滴となって濡らす。



息子のダンを失った事を聞いてからは、みんなが寝静まった時を見計らい、私はひとり夜の島を歩いていた。


今夜は雨が降っているが、息子のいない家に留まっていると、息が詰まってしまいそうになる。


散る雨粒が街灯の光を反射し、かすかな煌めきを返す石畳を歩きながら思い出すのは、ダンを産んだあの日こと。


「この子を、必ず守る」


陣痛に耐えながら、やっと生まれてきた小さな命を初めて抱いたあの瞬間から、私の人生が変わった。


そして、木に家を作り暮らす鳥の親子の姿を見れば、生後10ヶ月の頃、ダンが初めて「ママ」と発音した時の事を思い出す。


「ママ……ママ」


あの小さな唇から出た、世界で一番美しい声をもう二度と聞けないと思うと涙が止まらない。


ルゥンの親子を見ると、一歳半ぐらいの時、初めて歩けるようになった日に、よちよちと私の方に歩いてくるダンの姿を思い出す。


「ダン! その調子で、ママのところまでおいで!」


何度転んでも、立ち上がって歩こうとするダンの姿が、今も鮮明に思い出される。


砂浜に目を向けると、15歳になったダンが、心配そうにカルドとヴィスと一緒に記憶を失ったリアを連れてきた時の思い出す。


「母さん、この子を助けたいんだ!お願い!」


見ず知らずの人に手をさしのべることのできる息子の優しさに、私は誇らしさを感じたあの日。


そして、家に帰り庭に咲く、黄色いチューリップを見れば、エミリーが生まれ初孫を抱いた瞬間の喜びを思い出す。


「母さん、僕の子供だよ!」


ダンの幸せそうな顔を見て、私も幸せを感じたあの日を。


島中を歩き回り家の玄関に足を踏み入れれば、ハンター試験を受けるために船に乗り、港を離れる時の息子の顔を思い出す。


「母さん!ハンター試験に受かって、必ず帰って来るから!」


船から手を振る息子の姿が最後だった。


濡れた傘を乾かすために開いて置けば、胸の奥がきりきりと締めつけられ、押し殺していたはずの嗚咽が漏れた。


「ダン……あなたがいない世界で……私はどうやって生きていけばいいの……」


そう呟いた瞬間、リアと孫たちの笑顔が鮮明に浮かんできた。


「……ごめんね……ダン!私は、あなたの妻と子供たちと一緒に生きていくわ!」


雨粒なのか涙なのか、もはや分からない雫が頬を伝い、私はただ、降りしきる雨の音にその想いを委ねた。


「ダン!私が家族を守るから……どうか、見守っていてね!」


私は、玄関の屋根に遮られ。もう見えなくなった空を見上げて祈った。


明日からはまた、強い母、強い祖母でいますから、今夜は、存分に泣かせてください。


「ダン……あなたを愛しているわ……」


玄関先で泣く私の声は、外の雨に掻き消されていった。


ーー時は遡り昼前、中央港湾都市「ハーバー・クラウン」では、海風に磨かれた石造りの建築群の中でも、ひときわ荘厳な姿を誇るギルド本部の前に、カイルとリオの姿があった。


俺、カイルはリオと一緒にギルド本部の前に立っていた。


「ここが、俺達のこれからの人生を決める場所だよな」


「そうだな、カイル……いよいよだ!」


俺は緊張を隠せぬ声で呟き、カイルと同じ気持ちを共有した。


俺はリオと二人で、深呼吸をひとつし、心を整えて、二人で一緒に重厚な扉を押し開けた。


前に来たときと変わらず、中は広く、隅々まで磨かれた床と高い天井が威圧感を与える。


「さすがはギルド本部だな」


「そうだな、カイル!俺たちのハントは、ここからだ!」


俺たちは、互いの思いを伝え終わると、真っ直ぐに受付へ向かい、試験合格者であることを告げた。



クゥン、クゥン


こんな大きな建物は初めてだ。強そうな匂い、怖そうな匂い、優しそうな匂い。たくさんの匂いがするからたくさん人がいる。


俺たちが受け付けに向かうと、応対に現れたのは、黒髪を艶やかにまとめた美しく凛とした立ち居振る舞いが印象的な受付嬢だった。


私は、ギルド本部で受付を担当させていただいております、セリーナ・ヴァンスです。


「合格者の方ですね。どうぞ、講堂へご案内いたします」



今日は所属発表の日で、新人ハンターたちにとっても、ギルドにとっても重要な日。


この二人の青年も、きっと立派なハンターになるでしょう。



促されるまま進むと、やがて、目の前に広がったのは巨大な講堂で、その中に入ると既に五十八名の合格者が席を埋め、期待と不安が入り混じったざわめきが充満していた。


だか、そのざわめきとは裏腹に、みなの目には強い意志が宿っていた。


「さすが、一緒に試験を乗り越えた仲間たちだ!」


そして、前方の壇上には司会役の職員と――その背後に揃っていたのは、「ハーバー・クラウン」周辺十九の小島を守護する狩猟団の団長十九人で、それぞれが名を告げられるよりも先に、圧倒的な存在感で己の色を示していた。


「うわ……なんだ、あれは。」

俺は、彼の姿を見て、おもわず息を呑んでしまった。


第1番島の……灼熱隊。隊長が着てる……赤銅の鎧が、まるで本当に燃えてるみたいで…見てるだけで火傷しそうだ。


第2番島、深欲隊の長は……影なのか? いや、人だよな? でも薄い、影みたいに薄い。


第3番島を取り仕切り緋美隊の隊長は……ちょっと待て、女性だ! しかも、美人だけど……笑顔の下に刃が見える……近づいちゃダメなやつだ、これ。。


第4番は、島黒慟隊。その隊長は……うっ。全身黒革って、暑くないのか? いや、問題はそこではない。アイツ……こっち見てないのに圧迫感が……すごいな。


第5番島、虚骸隊隊長は、生きてるよな?……それとも骸骨か?


第6番島の漆喰隊、隊長は白い面を被ったいて……表情が読めない。アイツ、何考えてるんだ。


第7番島の深葬隊、隊長は、なんで葬式の格好してるんだ?……縁起でもない。


第8番島の鏡歌隊、隊長の顔を見ると、なんで鳥肌が立つんだ?


第9番島の翼炎隊、隊長の背にある火の羽根は……本物の炎なのか? 飾り物だよな? 


第10番島の楽葉隊、隊長からは、嵐の前の静寂みたいな森の匂いがする。他の隊長とは何か……違う力を感じる。


第11番島の静剣隊、隊長は剣士のようだ。

それも剣を……抜かずに切ってしまうような。


第12番島の聖環隊、隊長が背負ってるのは、光の輪か? いや、でもあの隊長の雰囲気は、なんか冷たいな……。


第13番島の光焔隊、隊長は燃え上がる剣を担いでる……重くないのか? いや、それよりも熱くないのか?


第14番島の嘘獄隊、隊長はずっと笑ってる。あの人にとって、何がそんなに面白いんだ? 少し怖いな、あの笑顔。


第15番島の堕眠隊をまとめている女性隊長を見ていると何故か、夢の中にいるみたいな感じがする。


第16番島の奪冥隊の隊長も、深欲隊の隊長と同じように影みたい……だ。


第17番島の嘲哭隊、隊長の狂った笑い声がうるさいな、正気か? 頭、大丈夫か?


第18番島の幻誘隊、隊長も漆喰隊の隊長と同様に仮面で顔を隠しているから、実体が掴めないな。


第19番島の喰咎隊、隊長の大斧に血が……血が……付いている。


「リオ、この世界に俺達は今から、飛び込むのか。


俺とカイルは隊長達の姿に思わず言葉を失った。


「そう……だな……カイル……この人たちと肩を並べて戦うことになる……だよな、俺たちは」



ワンワン!

強そうな匂いのヤツがいっぱいいる!

でも、怖い匂いもするから、カイル、大丈夫かな。


その場にいた、合格者全員の視線が、十九の怪物たちへと吸い寄せられていった。

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