第十八章 束の間の日々
俺とリアは、まるで幼い頃に戻ったかのように、夜風に吹かれながら手を繋ぎ、言葉少なに静かな道を歩いていた。
俺はアイシャ……いや、リアの手を昔と同じように、握りながら歩いている。
子どもの頃は、自然と手を繋げたが、今は違う。彼女はダンの妻で、二児の母だ。
私、リアはカイルの手から感じる昔と同じような温かみに、複雑な気持ちになった。
もし、島が沈まなければ、どんな人生を歩んでいたか。
クゥン、クゥン
カイルとアイシャさん……いや、リアさんが手を繋いでいる。
二人からは、少し幸せそうな匂いがするけど、複雑な匂いも混じってる。
ふと、道端に咲く黄色いチューリップが目に入り、胸の奥にまだ幼かった頃、私とカイルが島の小道を駆け抜け、花畑に寝転がって空を眺めた――懐かしい記憶がよみがえる。
あの頃、私もカイルもまだ八歳だった。
「リア、こっち来てみて!」
「何?」
カイルが黄色いチューリップの花畑を見つけて手を振り、私が走ってカイルのそばに向かう。
「見て、きれいだろう?」
カイルが花畑の中から、一輪摘んで差し出した。
「ありがとう!カイル」
私は、カイルから貰った花を握り締め、二人で花畑に仰向けになって空を眺めた。
「大きくなったら冒険者になって、この島を守るんだ」
カイルが空を眺めながら、嬉しそうに話してくれた。
「すごいね、カイルは!」
私は尊敬のまなざしで彼を見つめ、小さな声で呟いた。
「私はその時、カイルの隣にいたい」
「え? 何て言った?」
「何でもない」
私は、急に恥ずかしさが込み上げ、慌てて誤魔化した
記憶の中のリアは、いつも俺の隣にいた。だが現実では――気がつけば、俺たちはもう家の前に立っていた。
そして、翌朝目覚めると、カルドとヴィスの姿があった。二人は移籍手続きを終え、新しい所属先を得て帰ってきたのだ。
俺、カルドは、今日から正式な形で、ヴァインヘイヴン島ギルド支部のジャングル隊に所属することになった
「よう……カイル!これで俺とヴィスは、ちゃんとダンの家族を支えることができるぜ。」
私、ヴィスもカルドに続いた。
「支部の隊長に挨拶してきたから、帰りが遅くなったが、ダンの家族のため、精一杯頑張ろうと思う。」
二人はジャングル隊所属となり、これからはダンの家族を守る立場としてこの島で暮らすことになる。俺は、それを聞いて、互いに安堵の笑みを交わした。
それから六日間は、ダンの家に滞在した。
その間に長女のエミリーが俺に懐き、後を小さな足で追いかけ、笑顔で「カイル、お兄ちゃん!」と呼んで離れない。
私、エミリーはカイルお兄ちゃんの後をついて回った。
「カイル、お兄ちゃん!」
カイルお兄ちゃんは優しくて、一緒にいると楽しい! だから、パパはいないけど、この人がいるから寂しくない!
次女のソフィアは、まるで、俺を父親だと思っているかのように指をぎゅっと握りしめることがある。そのたびに、俺は、失ったものの大きさと、今守らねばならない命の重さを感じ、複雑な気持ちになる。
エミリーちゃんの笑い声、ソフィアちゃんの寝顔、マリアさんの優しさ、そしてリアの微笑み。全て愛おしいと感じる平和な日常があるとは、試験の時は想像もできなかったが、深海神への復讐心は、どうしても俺の中からは消えてくれなかった。
戦いや試練を忘れるような穏やかな時間は、まるで夢のように過ぎていった。
そして六日後、ついに別れの日が訪れた。
「そろそろ行かないと、船に乗り遅れるぞ」
リオの声に、俺は頷きながら荷物をまとめる。
「ああ、分かってる」
港へ見送りには、ダンの家族だけでなく、カルドとヴィスも来てくれた。
「カイル、六日間お疲れさま。ギルド本部でも頑張れよ!」
俺はそう言って、親友の背中を叩いた。
「カイル、リオ、気をつけて」
私、ヴィスも二人に最後の挨拶をした。
「ダンの家族のことは、私たちがしっかり守るから!」
少し近くに立つリアは、エミリーちゃんを抱きしめながら、俺たち二人を見送ってくれた。
カイルが去ってしまうのが苦しいが、これが現実。
まだ幼い、エミリーは涙をこらえきれず、泣き出してしまった。
「カイル、お兄ちゃん! 行かないで!」
カイルお兄ちゃんがいなくなるのが嫌で、私は泣き叫んだ。
その声を聞き、俺は笑みを返しながらエミリーちゃんと約束する。
「泣かないで、エミリーちゃん!また必ず会いに来るから」
「ほんと?」
「本当だよ!必ずまた来るから!」
ダンとの約束だから、この子たちを見捨てるつもりはない。
次女のソフィアも、なんとなくお別れだと分かっているみたいで、小さな手をばたばたと動かして、俺を見つめていた。
ワンワン!
船に乗るんだね、カイル。
でも、小さな人間たちとのお別れは、みんなとお別れするのは寂しいな。
やがて船が離れ、港にいるリアとエミリー、そして他の姿も小さくなっていく。
また会いにくるその日まで!
見送りを終え、家路につく途中、エミリーは泣き疲れて眠り、ソフィアもお義母さんの腕の中で安らかな寝息を立てている。
そんな中、お義母さんがふと足を止めて、横を歩く私に静かに問いかけた。
「……あなた、記憶が戻っているのでしょう?」
「え……?」
私もその言葉を聞いて、心臓が早鐘を打つのを感じながら足を止めた。