第十六章 穏やかな午後
ヴァインヘイヴン島の空は澄み渡り、海風が穏やかに家の庭を撫でていた。家の中では、ダンの母マリアがせわしなく家事をしている。手伝いとしてリオ・アルデンが台所に立ち、鍋や皿を整えていた。
クゥン、クゥン
カイルが出かけてしまった。寂しい。
でも、優しい匂いのする人たちがいるから、大丈夫だ。
それに、台所からいい匂いがするから、お腹が空いてきた。
でも、今は静かにしていよう。
私は息子を直後なのに、不思議と心が落ち着いている
「実はね、私、ダンの死のこと、知っていたのよ」
私は少し声を潜めてリオさんに告げた。
俺は、マリアさんの突然の告白に驚き、戸惑いの混じった声を上げた。
「え……どういうことですか?」
ダンの死を事前に知っていた? 一体どういうことだ?
「あなたたちがここに来る一日前、ダンが夢に出てきて、唐突に言ったの。『俺は死ぬから、アイシャには心から笑い合える人を見つけてほしい』って。最初は、私の弱い心が見せた幻かと思ったけど違った……みたい。」
私は、夢に出てきた息子について話す。
「確かに私は、ダンがアイシャに恋をしているのはわかっていたの……だから、あの子の恋が実るように、結婚させるように……少し、洗脳に近いことをしてしまったのよ」
私は自分のしたことを後悔している。
「アイシャは記憶を失った可哀想な子ではあったけど、息子の恋を叶えたいという母親の気持ちが、私を突き動かしてしまったの。」
俺は静かに頷き、状況を飲み込もうとしていた。
「そうか……それで、アイシャさんの気持ちを守るために、今日は……色々と?」
複雑な事情があったんだろうけど、結果的には、ダンとアイシャは幸せだったようだから、良かったのかもしれない。
「ええ、それと、あの子が庭で、カイル君と出会ったとき、少しときめいた気がする。それに、カイル君は、ダンより整った顔立ちだから、きちんと身だしなみを整えれば、かなりモテると思うわ」
カイル君の印象は、息子よりも整った顔立ちをしていて、何より優しい瞳をしている。だから、アイシャがときめくのも無理はない。
「カイル君はどんな方なの? 恋人はいるの?」
私は少し興味を持ってリオ君に、尋ねる。
俺は少し笑みを浮かべて答えた。
「なるほど、そうですか。でも……彼は、深海神への復讐に燃えているので、恋愛には疎いかもしれません。」
カイルのことを思い浮かべる。確かに、あいつは復讐に一途だが、あるいはと、意味深に呟いた。
「でも、もしかしたら……」
同刻、港町の小さな店の前で。カイルとアイシャは、買い物籠を手に歩いていた。街角に並ぶ香辛料や野菜の匂い、潮の香りが混ざる中、アイシャは口を開く。
私は、不思議なことに今日、会ったばかりのカイルさんと、二人で買い物をしているのに、心が落ち着く。だから、私は素直に尋ねてみた。
「貴方は、どうしてハンター試験を受けたのですか?」
俺は、リアの質問に答えるために、自分の過去を話した。
「俺は、九年前、深海神によって故郷の島と一緒に、家族も、友人も、みんな海に沈み、俺だけが生き残った」
俺の話を聞いて、リアの表情が曇る。
「だから俺は、深海神への復讐を誓い、ハンターになろうと決めたんです。」
カイルさんの話を聞いて、私は胸が痛んだ。
「そんな辛い過去が……」
私も記憶を失っているとはいえ、きっと辛い過去があったのでしょう。
俺は、試験でのダンについて語る。
「ダンは本当に良い男でした。それに、家族のことを何より大切にしていた上に、最後まで仲間を守ろうともしていた。だから、きっと……あなたは幸せな結婚生活を送れていたのですね。」
私は、ダンとの関係や九年間の記憶のない日々について話す。
「夫は優しい人でしたが、正直に言うと……私は彼のことを、本当に愛していたのかどうか、よく分からないのです。」
私は複雑な胸の内を明かす。
「記憶がないから、恋愛感情というものがよく理解できなくて……」
リアの告白を聞いて、俺は複雑な気持ちになったが、彼女を慰めるように言った。
「記憶がなくても、ダンはあなたを愛していました。それだけは確かです。
記憶を失っているせいで、感情が……曖昧なのは、仕方のないことだと俺は、思います。」
彼女は、俺の言葉に安心したのか、前向きなことを話し始めた。
「ダン……夫と結婚して、エミリーとソフィアという二人の娘を授かりました。」
娘たちのことを話していると、私は、自然と笑顔になった。
「エミリーは活発で、ソフィアは、赤ちゃんなのに、大人しい子で、二人ともダンに似て優しそうな顔をしているんです。」
「でも、これからどうやって育てていけばいいのか……」
私は思わず、不安を口にしてしまった。
「母親として、妻として、私はまだまだ未熟だから、夫がいない今、私一人で娘たちを育てられるかどうか不安で……」
「大丈夫です。カルドとヴィスがいますし、ダンの母さんもいる」
俺は励ますように続ける。
「俺にも、できることがあれば、手伝いますから。」
やがて、二人の間には、言葉で言い尽くせないくらいの親近感が芽生え、心の重荷が少しずつ軽くなるのだった。
カイルさんと話していると、不思議と心が軽くなる。それが何なのか分からないが、この人は、私にとって特別な存在のような気がした。
リアと話していると、昔の記憶が蘇る。
だが、今の彼女はダンの妻であり、二人の娘の母親だという、現実を俺は、受け入れなければならない。
「そろそろ、娘たちが起きる時間なので、帰りましょうか」
私は買い物を終えて、カイルさんに提案した
その後、二人で荷物を分けて持ち、家路につく。あの頃のダンと同じように。
俺は重い荷物を持ちながら、リアと並んで歩く中、リアが気遣ってくれる。
「重くないですか?」
「大丈夫ですよ。」
俺は、そう答える。
家に着いた後は、娘二人を起こしに向かった。
ワンワン!
カイルが帰ってきた!
小さな人間たちの匂いもする方向に向かった。きっと子どもたちだ。
僕も挨拶しに行こう!
「エミリー、起きなさい」
私は優しく長女を起こす。
「ママ?」
すると、長女のエミリーが眠そうな目をこすりながら起きた。
「お客さんが来てるのよ」
「パパ? パパ?」
私はお父さんを探して、よちよち歩きで部屋を見回したけど、パパは見つけからかった。代わりに、知らない男の人がいたので、私は首をかしげた
「だれ?」
まだ生まれて数ヶ月のソフィアを優しく抱き上げた時、小さな手がぎゅっと私の指を握った。
「この子はソフィア。まだ小さいの」
私はカイルさんにソフィアを紹介した。
俺は最初、エミリーに目線を合わせて言葉をかけた。
「俺はカイル。君のお父さんの友達だよ。」
エミリーは2歳で、まだ状況が理解できないだろうけど。
そしてリアが、抱える赤ちゃんのソフィア。
この子たちを守るのも、俺の責任の一つかもしれないと同時に感じた。
その日、ヴァインヘイヴン島の小さな家では、悲しみと温かさ、そして少しの希望が入り混じった静かな午後が過ぎていった。