第十五章 涙と決意
静かに客間へ入ってきたアイシャの横顔を、薄く開いた襖から差し込む光が、淡く照らす。その表情は張りつめた糸のようで、誰一人としてすぐに言葉を発することができず、部屋の中を沈黙が包み込む。
私は、ダンの妻アイシャ。
部屋に入ると、みんなが重い表情をしていた。
愛する夫の最期を聞くことが、私自身、本当は怖い。
俺、カイル・レオンハルトは、アイシャ……いや、リアを見つめている。
彼女の顔を見ていると、昔の記憶が蘇り、胸が痛む。
だが、今は違う。彼女はダンの妻で、二人の娘の母親だ。
俺は事実を伝えなければならない。
クゥン、クゥン
部屋の空気が重い。みんなが悲しそうな匂いを出している。
特に、綺麗な女の人の匂いが、とても悲しい。
カイルの足元で、今は静かにしていなければならないだろうから、僕はじっとしている。
まずは、俺が口を開き、試験での出来事を語り始める。
「ダンは……最後まで仲間を守ろうとしていました。」
俺の声は途切れ途切れだった。森での熾烈な戦い、仲間の奮闘、そしてダンが最後に選んだ行動を話す。
「大型のブレード・ラプターが罠から這い上がろうとしているのを見て、ダンが迷わず、前に出た……その時、彼の腹部に、鋭い爪が突き刺さりました。」
俺は辛い記憶を語る。
続いて、リオが淡々と補足する。彼の声音は冷静を装っていたが、時折、拳が膝の上で小さく震えていた。
俺もダンの最期を見ていた者の一人だ。
「ダンは最後まで諦めませんでした。」
俺は冷静に話そうとするが、声が震える。
「刺された後も、自分の斧をカイルに投げ渡し、『爪を』と叫んだんです」
握った拳が、無意識に震えていた。
カルドとヴィスもまた、自分たちが見た光景を語った。
俺もダンの親友として、彼の最期を語らなければならない。
「ダンは俺たちの親友でした。」
俺は涙をこらえながら、剣戟の火花、血の匂い、そして命を賭して仲間を守るダンの姿を語る。
「最後まで、家族のことを考え、『娘たちを頼む』『妻に幸せになってほしい』と」
私も、ダンの勇敢な姿を伝えなければならない。
「ダンは本当に立派でしたし、最後の瞬間まで、みんなを守ろうとしていました。」
私は静かに語る。
やがて、四人の言葉が積み重なり、一枚の絵のようにダンの最期が浮かび上がる。
ダンの母は深く俯き、唇を強く噛んでいた。目尻に、こらえきれぬ涙を抱えながら。
私は、息子の最期を聞いて、胸が張り裂けそうになるが、立派に死んだ息子を誇らしく思う他なかった。
「息子は……ダンは、勇敢だったのですね。」
私は涙をこらえながら呟いた。
アイシャは最初、必死に笑みを繕おうとした。だが、最後まで聞き終えたとき、堰を切ったように嗚咽を漏らし、頬を濡らした。
「ダン……ダン……」
私は涙ながらに呟いた。
愛する夫が、もうこの世にいない。
二人の娘たちのお父さんが、永遠に帰ってこない。
どうして……どうして私たちを残して行ってしまったの……
――その姿を見て、俺の胸に去来したのは、あの日ダンが残した最後の言葉だった。
「妻には俺がいなくても、心から笑い合える人を見つけてくれ、と……」
だが、その言葉を告げることはできなかった。彼女の涙をさらに深くする刃になることが恐ろしかったからだ。
代わりに、気がつけば口が動き、別の言葉が出ていた。
「……俺は、ギルド本部での合格を辞退して、ヴァインヘイヴン島のギルド支部で職員となり……ここで、皆さんを支えたい。」
その場の空気が凍りつく。
俺、リオは驚いた。カイルがそんなことを言うとは。
「君がそこまで背負う必要はない。君には君の目標があるはずだ!」
俺はすぐに反対する。
カイルには深海神への復讐という目標がある、それを捨てることはない。
リオが眉をひそめ、すぐに言葉を発した直後、彼の言葉を遮るように、カルドとヴィスが声を発した。
「なら、俺たちがやる。ヴァインヘイヴン島の支部に移籍する」
俺はリオの言葉を遮るように立ち上がった。
「家族を養う義務も俺たちにはない。だからこそ、ダンの家族を支えるのは俺たちの役目だ。」
ダンの家族を支えることができるのは、俺たちだけだ。
「私たちがヴァインヘイヴン島支部のジャングル隊に移籍します。」
私もカルドの意見に賛成だし、すでに、二人で決めていた。
「今から港に向かい、一時間後に出港するハーバー・クラウン行きの船に乗り、ギルド本部で話をつける」
ヴィスに続いて、カルドが話す。
「明日朝一番の船でヴァインヘイヴン島に戻り、支部に必要書類を提出するつもりです。」
二人の声は強く、決意に満ちていた。そのために今すぐ港に向かい、ハーバー・クラウンで必要書類を整え、翌朝一番の船で戻って来ると語る。それを聞いて、短いながらも激しい議論が交わされたが、やがて全員がその選択を受け入れた。
「そんな……あなたたちにそこまでしてもらうわけには……」
私は恐縮してしまったが、二人の決意は固いように見えたので、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
カルドとヴィスの優しさに、私は涙が止まらなかった。
「ありがとう……本当にありがとう……夫も、きっと喜んでいるはずです。」
こんなに多くの人に支えてもらって、私は何と幸せなのでしょう。
カルドとヴィスが立ち上がり、深く頭を下げて部屋を後にする。その背中を見送りながら、俺は胸に温かなものを感じつつも、どこか寂しさを覚えた。
だが、これが最善の選択だろう。俺には、深海神リヴァイア・オブリヴィオンへの復讐という、まだやるべきこと、使命がある。
静寂の戻った客間で、ダンの母が口を開いた。
「家にいても、悲しみが深くなるだけだろうから……アイシャ……あなたは、少し買い物に行っておいで、娘たちは私が見るから。」
私はそう、アイシャに提案した。
その言葉にアイシャは驚き、軽く目を瞬いた。すると、リオがさりげなく口を添える。
俺は気を利かせることにした。
「重い荷物を持つことになるかもしれない。カイルも一緒に行くといいよ。」
カイルとアイシャを二人きりにすれば、何か話ができるかもしれない。
それに、俺にはカイルの心境が少し分かるから。
視線が俺に向けられる。
俺は一瞬ためらったが、静かにうなずいた。
アイシャと二人で買い物か。
正直、彼女と二人きりになって、何を話せばいいのか分からない。
でも、断るわけにもいかない。
「分かりました。一緒に行きます。」
カイルさんと二人で買い物に行くことになった。
この人を見ていると、なぜか胸がざわつく。
どこかで会ったことがあるような……でも、思い出せない。
ワン、ワン!
カイルが出かけるみたいだ。僕も一緒に行きたい!
でも、今は、大人の都合があるみたいだから、ここで待っていよう。
こうして、アイシャと俺は二人、並んで買い物に行くことになった。