第十三章 黄昏の語らい
春の柔らかな風が船の窓から静かに入り込むなか、俺、カイルはリオ、カルド、ヴィスに声をかけた。
「明日の午前10時に、ヴァインヘイヴン島行きの船に乗るまで、俺の家でゆっくり過ごさないか?」
俺、リオはカイルの提案を聞いて、いいアイデアだと思い、軽い調子で答える。
「いいじゃないか。宿で一人で過ごすより、仲間と一緒のほうがいい。」
実際のところ、一人でいると色々と考えてしまう。ダンのことや、これから会うアイシャさんのこと。仲間がいれば、気も紛れるだろう。
俺、カルドもカイルの提案に即座に賛成した。
「もちろんだ。今夜は、みんなで語り合おう!」
俺は責任を感じていた。ダンがいない今、俺たちがアイシャちゃんと娘ちゃんたちを支えなければならないと。
私、ヴィス・トゥレインはみんなの表情を見て、同じ気持ちだということが分かった。
私は静かに答える。
「私も一緒にいたいです」
ダンの家族に何と言えばいいのだろうかと考えると、不安で眠れそうにない。
三人は快く頷き、俺たちは四人で酒や食べ物を買い込み、家へと向かった。
俺の家は、狭いながらも四人で座れる広さだった。
「ランス、お前も一緒に座れ」
俺は相棒のランスを膝の上に乗せる。
食卓を囲みながら、笑い声と穏やかな語らいが交わされる中、リオが口を開いた。
「僕はこの『ハーバー・クラウン』の周囲に浮かぶ、番号で呼ばれる19の小島のひとつ、第9番島に住んでいるだけど、九年前に深海神『リヴァイア・オブリヴィオン』によって第20島が沈められて、今は19しかないんだよ、小島の数が!」
その言葉に、俺の胸が締めつけられた。そこは、かつて俺が幼い頃に暮らしていた島だった。
第20島。俺の故郷。家族や友達、すべてを失った場所。
でも、今は違う。俺には新しい仲間がいる。過去に囚われてはいけない。
俺はカイルの表情の変化に気づいた。
「あ、すまない。第20島のことは、まだ触れない方が良かったかもしれないね。」
カイルは第20島の生き残りだということを知っているから、俺は慌てて謝る。
「いや、大丈夫だ。もう過去のことだから」
でも、カイルは首を横に振り、話題を変える。
「それより、第9番島はどんなところなんだ?」
「第9番島は小さな島だが、技術者や職人が多く住んでいるんだ! だから、俺の親父も技術者で、俺に爆弾や罠の作り方を教えてくれた。」
自分の故郷について語る。
「それに、島の人たちはみんな温かくて、困った時は助け合う。そんな場所だよ」
酒が進むにつれ、話題はダンの家族へと移り、カルドが語る。
「九年前、俺とダンとヴィスの三人は、砂浜で記憶を失って倒れていたアイシャちゃんを見つけたんだ。」
俺は九年前のことを思い出す。
あの日、俺たちは砂浜で散歩をしていた。そこで、記憶を失った美しい少女を見つけたんだ。
「アイシャちゃんは、ダンが一目で恋に落ちるほど、綺麗な子なんだけど、彼女自身は、前の記憶をまったく覚えておらず。そのせいで、島では、アイシャちゃんが、あの沈んだ第20島の生き残りではないかという噂が広まったんだよね。」
私はカルドの言葉にひやりとした。
その話は、ダンがとても嫌がっていた話だし、特に、カイルがいる前で話すべきではない。
「カルド、酒の席とはいえ、その話はやめてくれ。ダンが聞いたら怒るだろう。」
私は強い口調で言う。
俺もヴィスと同じ気持ちだった。
カイルの表情を見れば、その話題がどれほど重いものか分かるだろうに。
「そうだな、カルド。無神経だぞ!」
俺はカルドを諌める。
カルドは素直に謝罪したが、俺は肩をすくめて言った。
「まあ、あくまで噂だろう。気にしてないよ。」
だが、内心では、俺は動揺していた。
アイシャ。ダンの妻で、第20島の生き残りかもしれない女性。
俺の初恋の人、リアと同じ特徴を持つ女性。
もしかして……いや、そんなことはありえない。リアが、海に飲み込まれるところを直接見たんだから。でも、もしも……
空気が一瞬、微妙なものに変わるなか、リオが気を利かせて話題を変える。
「ところで、ダンの家では何か花を育てていたか?」
俺はホッと息をつく。リオに感謝だ。
俺は明るい話題に切り替える。
「春になると、庭に黄色いチューリップが絨毯みたいに庭一面に咲くから、本当に綺麗なんだ。」
私も微笑みながら話に加わる。
「ダンが結婚して初めてアイシャさんに贈った花が黄色いチューリップで、それをきっかけに種を買い足して庭に植えたんだよ。」
私はダンから聞いた話を語る。
「アイシャさんがとても喜んで、『来年はもっとたくさん咲かせましょう』って言ったそうですよ。」
俺は微笑みながら聞いている。
「いい話だな。」
黄色いチューリップ。愛する人への最初の贈り物。それが庭いっぱいに咲く。
なんてロマンチックな話だ。
俺は複雑な気持ちで二人の話を聞いていた。
黄色いチューリップ。俺の故郷でもよく咲いていた花で、リアも好きだった。
もしも、アイシャが本当にリアだったら……でも、そんなことを考えても意味がない。明日、会えば分かることだ。
クゥン、クゥン
みんなの話を聞いていて、僕は少し眠くなってきた。
カイルの膝の上は温かくて気持ちいい。
黄色いお花の話。きっと綺麗なんだろうな。僕も見てみたい。
ダンの思い出が静かに語られ、四人の間に温かな沈黙が訪れる。
「ダンは本当にアイシャさんを愛していたんだな。」
俺は静かに呟く。
それに、カルドが答える。
「ああ、心から愛していたよ。アイツは! だからこそ、俺たちがアイシャちゃんと娘たちを守らなければならないんだ!」
夜は深まり、酒瓶も底をついた。
「そろそろ休もうか」
俺は三人に提案する。
「船の出港は午前10時だから、8時には起きよう」
「了解」
三人が頷く。
俺は客間に布団を敷いて、三人に寝床を用意した。
「おやすみ、みんな」
「おやすみ、カイル」
俺は自分の部屋で横になりながら、明日のことを考えていた。
アイシャさんに会ったら、何と言えばいいのだろう。ダンの最期の言葉を伝えなければならない。
そして……もしも彼女がリアだったら。
いや、そんなことは考えても仕方がない。
俺はランスを抱きしめながら、静かに目を閉じた。
俺は客間で横になりながら、カイルのことを考えていた。
明日は辛い一日になるだろう。でも、俺たちがカイルを支えなければならない。
仲間だからな。
俺は天井を見つめながら、心の中で呟く。
(ダン、俺たちは約束を守る。アイシャちゃん、そして、エミリーちゃんとソフィアちゃんの三人は必ず守るからな)
私は静かに祈りを捧げる。
「ダン、どうか私たちに力を貸してくれ。」
明日は新しい一歩の始まり。みんなで頑張ろう。
やがて、四人は朝の光が窓から差し込む、出港の二時間前に目覚めるのだった。