第九章 影、谷を渡る
南風が森を吹き抜ける早朝、谷へ向かう隊列の足音が、緊張感を帯びながら次第に重く響いていった。
俺、カイル・レオンハルトを先頭に、C-1からC-4、そしてC-6、C-7の六つのチームとダン、カルド、ヴィス、そしてリオ・アルデンを加えた計数十名で、南へと延びる獣道を抜け、戦場へと向かっていた。
ランスは、俺の足元を小走りで進んでいる。彼の鋭い嗅覚が、周囲の危険を察知してくれるだろう。
俺、ダン・マーフィーはこの隊列の中で、斧を担いで歩いている。
妻のアイシャと娘たちのためにも、必ず生きて帰る。そのためには、ヤツとはここで決着をつけなければならない。
森を抜け、谷の入口に立ったとき、俺は思わず声を漏らした。
「……あれが、南の谷か」
前方に広がるその景色は、まるで大地が裂けたかのように深く、広く、壮大だった。
三方を崖に囲まれた天然の要塞。確かに、大型のブレード・ラプターを追い込むには最適の地形だ。
俺、リオ・アルデンがこの作戦の立案者だ。
谷底を見下ろすと、すでに多くの者たちが作業に従事していた。
B-1、B-2、B-4の残り三人、B-5、B-6──
計四チームと三人。彼らは、大型のブレード・ラプターを落とすための巨大な落とし穴を掘り、罠のトリガーとなる縄や仕掛けを張っていた。
予定通り進んでいるようだ。だが、どうしても時間が足りない。
俺は前へ出て声を上げる。
「加勢に来たぞ。……残り時間は、そう長くないはずだ」
俺の名前はマイク・スミス。B-2チームの隊長だ。
昨夜から休む間もなく罠作りをしていた。手は汚れ、体は汗ばみ、泥まみれだ。
でも、仲間が来てくれた。
「……よく来てくれた。」
俺はそう言って笑うが、正直疲労は限界だった。
それでも、仲間が増えたという事実は、俺の胸にも小さな火を灯した。
私の名前はサラ・ジョンソン。B-1チームの隊長よ。
「落とし穴はここまで掘れています」
私はリオ・アルデンと新しく来た仲間たちに現状を説明する。
「深さは約3メートル。でも、大型ブレード・ラプターの体長を考えると、まだ足りません。最低でも5メートルは必要です」
俺の名前はトム・ブラウン。B-4チームの生存者の一人だ。
カルドとヴィスの顔を見つけて、安心した。同じチームの仲間が生きていてくれた。
「カルド、ヴィス! 生きていたのか!」
俺は駆け寄って二人を抱きしめる。
「二人共、生きていてくれて、ありがとう。」
あの日の悲劇を思い出して、思わず声が震えてしまう。
俺、カルド・レーンもトムと再会できて嬉しかった。
「トム! 無事だったのか!」
俺も彼を抱きしめ返す。
「他の二人は?」
「ジャックとベンも無事だ。穴掘りを手伝ってる」
トムが指差した先に、二人の姿が見えた。
私、ヴィス・トゥレインは、チームメイトとの再会に感動している。
「よく生きていてくれた。」
私は、トムとカルドに声をかける。
「でも、これからが本当の戦いだ。みんなで力を合わせよう」
俺の名前はデビッド・ウィルソン。B-5チームの隊長だ。
「縄の設置はほぼ完了している」
俺はリオに作業の進捗を報告する。
「問題は落とし穴の深さだ。時間が足りない」
私の名前はエマ・デイビス。B-6チームの隊長です。
私もデビッドに続いて、リオに報告する。
「大岩の準備は完了しています」
私は崖の上を指差す。
「タイミングを合わせれば、ブレード・ラプターに直撃させることができます」
新しく来たチームのおかげで、作業スピードは加速した。
石を運ぶ者、縄を張る者、落とし穴の深さを測る者、周囲の見張りを担う者。
各チームが自らの役割を認識し、無言の連携をとりはじめる。
二十名から一気に五十名を超える大集団になった。これなら、きっと間に合うだろう。
一方、俺たち、ダン、カルド、ヴィスの四人は、罠が完成するまでに少しでも時間を稼ぐため、大型のブレード・ラプターの位置を探る偵察に出ようとしていた。
「俺たちで敵の位置を確認してくる」
俺はリオに告げる。
「ルゥンがいれば、遠距離からでも敵を察知できる」
そのときだった。
「っ──戻れッ!!ヤツが……来るぞ、もうすぐそこまで来てやがる!」
草をかき分けて姿を現したのは、昨夜から偵察に出ていたB-6チームとB-7チームの十人だった。彼らは、汗と泥にまみれながら駆け寄ってきた。
俺の名前はケビン・スミス。B-6チームの偵察班だ。
俺のチームは、昨夜から大型ブレード・ラプターの追跡を続けていた。
「急げ……奴はもう、谷の手前にまで来てる……!」
俺は息を切らしながら報告する。
「予想より遥かに早い。このままだと30分以内に到着する」
俺の名前はレイ・アンダーソン。B-7チームの偵察班だ。
「奴の大きさは想像以上だ」
俺は震える声で報告する。
「体長は7メートル近い。爪は刃物のように鋭く、牙は俺たちの体を簡単に引き裂けるだろう」
「罠は!? 落とし穴の完成は!?」
リオが急いで尋ねる。
「まだだ! 深さが……まだ、足りねぇ……!」
B-2のマイクが答える。
「岩はある……でも穴が浅すぎる……!」
B-1のサラも付け加えた。
俺は頭の中で計算する。
現在の落とし穴の深さは5メートル。大型ブレード・ラプターが完全に落ちるには7メートル必要だ。
でも、時間がない。30分では到底間に合わない。
刹那、場に走った沈黙。
俺は顔をしかめ、カイルも歯を食いしばった。
完成には、あと一時間は必要だった。
だがその余裕は──もう、ない。
俺は状況を即座に飲み込んだ。未完成の罠で戦うしかない。
「……迎え撃つしか、ないな」
俺の低い声に、誰もが黙って頷いた。
家族のために必ず生きて帰る。だから、どんな状況でも、諦めるわけにはいかない。
俺は静かに剣を抜いた。
未完成の罠。
足りない準備。
だが、実質、ここが最後の砦。
深海神リヴァイア・オブリヴィオンへの復讐。それが俺の目標だった。でも今は違う。
仲間を守り、みんなで生き残る。それが俺の新しい目標だ。
そして、谷の向こうから音が響き始めた。
地を打つような、重い足音。
咆哮にも似た低い唸り。
空気が揺れた──"奴"が近い。
その場にいた全ての者が、覚悟を決めた。
未完成の罠でも、きっと何とかなる。みんなで力を合わせれば、大型のブレード・ラプターにも勝てる。これまで多くの仲間を失った。でも、今度は違う。今度こそ、全員で生き残る。
俺の視線の先、谷に影が差し、風が止んだ。
ランスが低く唸っている。敵の接近を感知している。
「みんな、準備はいいか?」
俺は仲間たちを見回す。
不安と恐怖が入り混じった表情だが、諦めている者は一人もいない。
「最後の戦いだ。必ず勝って、みんなで帰ろう」
俺の言葉に、全員が頷いた。
大型のブレード・ラプターとの決戦が、ついに始まる。