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第3話 記憶の香りと、転生令嬢

 雑貨屋ムーア商店の朝は、相変わらず埃っぽかった。


 昨日は高級香水店なんて場違いな場所にいたせいで、今日の空気はやけにリアルだ。床に落ちた干し肉のかけら、誰かの泥つきブーツの痕跡、床の隙間で謎の成長を遂げてるコーヒー豆。


「……うん、これだよな」


 箒を片手に店内を掃除していた俺は、この前の出来事を思い返していた。あの少年。前に進めてるといいんだけどな。


 全く普通の客じゃなかった。それだけは確かだ。でも今日は平和に——


 パリンッ。


 乾いた音が店内に響いた。扉の開閉音。しかも強め。おまけに、聞き捨てならない声がついてきた。


「ムーア商店の者! ここに在るかしらッ!!」


 声がでかい。やたら通る。語尾に星マークでもついてそうな勢い。


 その瞬間、店内の空気が変わった。値切り交渉してたおばちゃんも、納品伝票を確認してた職人も、瓶入りの香水を棚から盗もうとしてた浮浪者コラまでもが、一斉に動きを止めて入口に視線を向ける。


 そして、見た。


 扉の向こうに立っていたのは、太陽をそのままドレスにしたような少女だった。


 ピンクと黒のフリルが爆発したような服。蜂蜜色のカールヘア。手にはレース扇子。全身が「わたくしこそ悪役令嬢ですのよ!!」と言わんばかりの圧力を放っている。


 ……うわぁ。


 そして、確信した。この店には似合わない、上流のお貴族様だ。やっかいな予感しかしない。


 でも、よく見ると——


(……演技だな、これ)


 手元のレース扇子の持ち方が不自然だ。指の形がぎこちない。口調も、動きも、どこか"型"にはめようとしている。


 たぶん、頭の中に"こうあるべき貴族令嬢"のイメージがあって、それに合わせて演じている。


 思い出す。


 月に一度くらい現れる、"異世界テンプレ病"の患者たち。


 無駄にキメ顔で「この街を救うのは、俺しかいない!」とか叫ぶ自称勇者。


「追放されましたが、今は自由です」と意味深に笑う元聖騎士ニート。




 ……でも、違う。


 俺が観察してると、わかったりする。


 自称勇者の男——靴底の減り方が変。この世界の石畳に慣れてない歩き方をしてる。


 それに、古い建物を見上げる時の目線。「懐かしい」じゃなくて「珍しい」って感じ。


 元聖騎士を名乗る男——手のひらの角質の付き方が、剣を握る人間のそれじゃない。


 でも指先は妙に器用に動く。何か別の道具を使い慣れてる。


 ……例えば鍵盤、とか。


 通りがかりの村人たちは鼻で笑う。


「また変な奴が来たな」


「頭のおかしい奴が増えてる」


 でも俺にはわかる。


 彼らの瞳の奥に宿る、確かな「記憶」。


 この世界のものじゃない記憶。


 体の動かし方、物の見方、言葉の選び方。


 全部、「別の世界で生きていた人間」のそれだ。


(……つまり、"転生者"か)


 本物の。


 街の人間が「病気」だと思ってるそれは、実は「真実」なんだよな。


 異世界から来た魂が、この世界の体に宿って、戸惑いながら生きている。


 転生者は、この世界に様々な知識をもたらしてくれる。


 そして例外なく、凄まじいチートスキル持ちだ。

 

 ちなみにチートというのは異世界の言葉で、ずるいほどに凄まじい、という意味らしい。


 この世界の一部の人間だけが、それを知っている。


 でも、一般人は誰も信じない。


 誰も気づかない。


「……面倒くさいな」


 独り言を漏らしながら、俺は彼らから視線を逸らした。


 見えすぎるのも、考えもの。


 特に、誰にも言えない真実は。


 ◆


「そこの店員。わたくしに相応しい香水を案内なさいっ、ですわ!」


 語尾の"ッ!"が完全に浮いていた。星でもついてそうなほどだ。なんなら、背景にキラキラが見えた。幻覚じゃなければ。


 俺は箒を止め、ゆっくりと顔を上げる。


「……お客様、どのような香りをお探しで?」


 できるだけ無表情に、でもぶっきらぼうすぎないよう声をかけた。


 彼女は、少し驚いた顔をして——すぐ、また"演技"に戻った。


「ふふ、あなたのような方に理解できるかしらね?」


 見下すような、底意地の悪い表情を浮かべる貴族の少女。


 この物言い、前にも出会ったことがある。

 これは"悪役令嬢"ってヤツだ。物語の悪役を模した令嬢。


 この世界に「悪役令嬢」なんて文化はない。それをここまで再現してる時点で、元の世界からの持ち込みだ。


「……ただ、あの香りが……気になって仕方ないのよ」


 急に、声のトーンが変わった。"演技"の仮面が、一瞬だけ剥がれたような。


「甘くて、でも静かで……芯のある香りだったの。忘れられないの」


 それは遠い何かを思い出しているような、そんな表情。


「まるで、昔の……記憶みたいな……」


 彼女は、ぽつりとそう呟いた。

 その瞬間、瞳の奥に迷いと緊張——そして、懐かしさが見えた。


 そして彼女の視線は薄暗い棚の奥。誰の手にも届かない場所に置いてある、小さな香水瓶を真っ直ぐに見ている。


(……昔の記憶、ね)


 そこに置いてあるのはラフェルトNo.4旧型。淡い花の香りの香水。遙か彼方、東の国。一年のうち数日だけ満開に咲き誇るという、薄紅色の花の香りを模した香水だ。


 そして、ラフェルトNo.4旧型は曰く付きだ。

 そもそもこの国の香水じゃなく、帝国の魔導院が生産した、ある存在をあぶり出すための香り。しかし、百パーセントで判別できるわけではなく、結果大変な惨事を引き起こした。


 ――転生者狩り。

 思い出したくもない、凄惨な出来事だった。


 そしてこの少女、この香水への異様な嗅覚は特別だ。ラフェルトNo.4旧型の残り香を、まさか店外から嗅ぎ分けて来たのか? 開けてもいない香水の、しかも僅かな残りの香りを?


(感覚の鋭さだけじゃない。これは……チートスキルの類だな)


 俺は棚の奥から、空瓶になった旧型サンプルを手に取った。蓋は開いていない。それでも、ほんのわずかに瓶口から漂う香りの残滓を——彼女は確実に感じ取っている。


「ちょっと、これ……試してみますか?」


 俺は瓶をそっと差し出した。


 彼女の瞳が、ゆっくりと瓶へ向く。蓋を開けていないのに、瞬間、彼女の目が見開かれた。


「……これ、だわ」


 確信のこもった声だった。まるで、記憶をなぞるような響き。


「……お客様、香りの識別、かなり得意なんですね。ここまで分かる人、滅多にいませんよ」


「え? あ……ええ、まあ、子供の頃から鼻だけは利くというか……でも別に、訓練したわけじゃ……」


 言いながら、彼女は自分の鼻先を押さえた。本人も気づいてない。つまり、常時発動型の能力だ。希少な感覚系スキル。しかも香り……か。

 香りに重きを置くこの国では、きっとさぞかし活躍することだろう。


「きっと、"そういう体質"なんですね。ちょっと"特別"な」


 それが本当にスキルかどうかを判断出来るほどの材料はない。しかし、少し心細げなこの少女に、俺は俺なりのエールを送る。特別な、体質。この言葉が彼女のスキルに届けばいいのだけれど。


「……あなたの名前は?」


 彼女はつい、口を突いて出たかのように尋ねた。聞かずにはいられなかったように。


「フィンです」


 俺は名乗った、ただそれだけなのに、彼女の顔がぱっと明るくなった。


 ◆


 その瞬間、わたしの脳内で鐘が鳴った。


 いや、比喩じゃなくてマジで。カランカランって——あれ、これ、まさか……。


「隠しルート……来たわねッ!!」


 思わず、声に出そうになって、ぎりぎり飲み込んだ。でもテンションは爆上がりだった。


 だって! だってだよ!?


 わたしがずっと探してた香りを——あの"地味店員"が、なぜか完璧に察して出してきたのよ!


 あれってつまり、「選ばれし運命の出会い」ってやつじゃない!?


 しかも見て、あの態度! 無愛想! 無関心! 無頓着!


 これは……攻略対象にありがちなクール系寡黙男子のパターン!いわゆる"実は一番人気ルート"ってやつ!


(まさか……この子が、そういう……!?)


 ——やばい。もう"ルート確定演出"にしか見えない。


 ていうかむしろ、そうじゃないと説明つかない!今まで何人のモブ男に話しかけても、全員「は?」だったのに……この人だけは違う。ちゃんと香りの違いを理解してくれた。


(これが……乙女ゲーの隠しキャラってやつか……!)


 でも、冷静になって考えてみると——


 彼の観察眼、尋常じゃない。わたしが演技してるって、一瞬で見抜いてた。それに、転生者だってことも、ほぼ確信してる感じだった。


 普通の店員が、そんなことできる?


(もしかして……この人も?)


 心臓がドキドキしてるのは、恋だけじゃないかもしれない。


 緊張と、期待と、そして少しの恐怖。


 でも——それでも、彼の名前を聞けて良かった。


「フィン」


 短くて、覚えやすくて。でもなぜか、とても印象に残る名前。


「わたくし、エレナ・シルヴァーバーグと申しますの。また……お邪魔させていただいてもよろしくて?」


 今度は、素直に出た言葉だった。


 ◆


「また……お邪魔させていただいてもよろしくて?」


 エレナが、期待に満ちた目でそう聞いてきた。今度は演技じゃない。本心からの言葉だ。


「ええ。店は、毎日やってますから」


 俺はいつもどおり無表情で答えたつもりだったけど、その目は……少しだけ優しくなっていたかもしれない。


「やったー!」


 エレナは素の声を漏らして喜び、それに気づいて咳払いした。


「……ではまた今度、お邪魔させていただきますの」


 俺は彼女の背中を見送りながら、小さくため息をつく。


「……また、変な客だったな」


 でも、嫌な感じはなかった。むしろ――ちょっとだけ、楽しかった気がする。


 そして、視線を向かいの建物に移す。そこに立つ人影の存在には、とっくに気づいていた



 屋上で双眼鏡を構えていたハクアは、その視線と目が合った瞬間、慌てて身を隠した。


「…やっぱり、ただの一般人じゃないわよね、あいつ?」


 ハクアの額に冷や汗が浮かび上がる。

 

 ◆


 ……くっそ。なんで私が雑貨屋を覗いてるんだって話ですよ。


 あの後、あの男の後をつけて、ここが本来の仕事先だと知った。

 こんな店、"この街で一番どうでもいい店"のはずなのに。

 屋上から双眼鏡で二人のやり取りを見ていたけど、何かが引っかかる。


 あの時、気づいてなかった。あれが"殺気"だったって。

 静かで、優しくて、鋭くて、まっすぐな。あの視線の中にあったもの。


「観察による、静かな殺気」


 あれは、暗殺者にとって——最もやっかいで、最も美しいものだった。

 そして今日、彼は転生者を完璧に"読んで"いた。


 偶然にしては、できすぎている。



【極秘報告書:観察対象No.4】


 標的:転生者個体エレナ・シルヴァーバーグ


 観察対象:一般市街地雑貨店勤務・地味系男子【フィン・アルバ=スヴァイン】


 第一接触時、転生者個体がラフェルトNo.4旧型の残香を認識・追跡。店舗への自発的接近を確認。


 該当香水は、前回作戦時に毒仕込み対象とされていたもの。結果:毒仕込み未遂 → 店舗内で阻止された記録あり。


 現地観察記録によれば、転生者個体と雑貨店員の間に接触あり。非敵対的。むしろ好意的傾向。


【特記事項】


 観察対象フィンの行動パターンに注目。転生者の正体を瞬時に看破。能力の存在も察知している可能性高。


 本来絶滅済みとされる"セブンスサバイバー"個体と一致する可能性。


 記録担当:白鴉ハクア


 ※注:個人的興味により追加観察継続予定。任務です。任務。

というわけで、今回も最後までお読みいただきありがとうございました!

この話は、同じ世界観の転生令嬢の5話とリンクしています。

あっちも読むと、視点違う同じ話が読めたりします。

▶https://ncode.syosetu.com/n1925kp/


もし「ちょっとでも面白かったな~」と思っていただけたなら……

感想や評価をぽちっとしていただけると、とっても励みになります!


次回も精一杯がんばりますので、

応援よろしくお願いいたしますっ!

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