第2話 勇者と地味バイトⅠ
このお話は
転生悪役令嬢ですが、香りでフラグ管理してみます、第五話Ⅱとリンクしています。
宜しければそちらもどうぞ!
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朝のムーア商店は、いつも通りのカオスだった。
干し魚の骨、誰かが蹴り込んだ謎の豆、そして床の隙間に鎮座する永遠のコーヒー豆。今日も絶対に浮いてこない。
「……うん、いつもの空気だな」
あの黒髪の女性客。香水に手を伸ばしかけて、俺が先に取った瞬間の、わずかな動揺。
明らかに普通の客ではなかった。おそらくは専門の技能を身につけた――。
祈るように箒を握った瞬間。
バッターーーーンッ!
勢いよく扉が開いた。と同時に、店内の空気が微妙に変わる。常連のおばちゃんたちがざわめき、商品棚を見ていた商人が扉に注目したのが見えた。
入ってきたのは、まだ少年といってもいい年頃の男性だ。目立つのは背中にしょっているむき出しの大剣。鞘にも入っていない鈍色の刃が、重く鈍い光を反射している。
「何だ、朝っぱらから騒がしいな……」
店の奥で帳簿をつけていたムーア店長が顔を出す。小柄な体に分厚い前掛け、顎髭が目立ち、黒ずんだ指が帳簿から離れる。濡れ羽色の髪を撫でつけた老成した顔つきで、どっしりとした視線をこちらに送る。俺に目配せを寄越すと、店内に入ってきた客を見て鼻を鳴らした。
「……あれはヤバい客っぽいな? お前、気をつけろよ」
ボロマントの少年。年の頃は十代半ば。髪はくすんだ赤褐色。陽の当たらない寒冷地と、鉄分の多い水を飲む地域に特有の色だ。
この店に来るのは初めてで、香水や魔導具、果ては食料品まで置いてある店内を物珍しげにキョロキョロ見回している。
肌は乾燥していて赤みが強い。北方の山間部、薬草風呂の文化が根付いていない貧困層の肌質。
目の色は、珍しい金褐色。いや、少し違う——光の角度によって色が変わる。適応型虹彩。
……転移者の可能性、少しだけアリか。
「朝から剣むき出しのやつは、大抵ろくでもないぞ?」
ムーア店長の耳打ちに、俺は小さく笑った。
「そりゃ、そうでしょう。でも多分心配いりませんよ」
シャツは明らかにサイズが合っていない。袖が手の甲を覆い、ボタンもひとつ飛んでいる。
右の靴は革製、左は布を巻いたサンダル。拾い物か、遺品か——ろくな事情じゃない。
そして背中には、鈍色の剣。しかも鞘がない。むき出しの刃が揺れていた。
「おいフィン、なに見てんだよ。相変わらず、お前にはなんかわかってんだろ?」
ムーア店長がまたこっそり耳打ちしてくる。
「ええ、わかりました」
「何がわかったてんだ?」
「多分、あの子元勇者で、追放されたとかいいだしますよ」
小声で返答したその時、少年が話しかけてきた。
「……あー、えっと」
少年は気づかない様子で、胸を張った。
「俺、元勇者なんだけど。追放されちゃって。魔剣用の鞘を探してるんだ」
少年の言葉にムーアさんが目を見開く。
「フィン……おめぇ一体なんでそれが!?」
「観察は大切ですよ、ムーアさん。」
俺は視線を剣から少年に移し、淡々と続けた。
「剣のデザインは勇者の象徴に似せていますが、刃は妙に新しく、柄だけが使い込まれている。それは誰から譲り受けたか盗むか拾ったかしたものの可能性が高いですよね?」
少年に聞こえないように小声でムーアさんに解説する。
「でも、少年の様子に後ろ暗いところはないです。だから彼は誰からあれを譲り受けて、本人はその像にすがろうとしている……そう見えました。」
ムーアは驚きの表情を浮かべ、息を呑む。
「そして——」
俺は少年を見ながら、僅かに目を細める。
「装備はバラバラで、仲間の支援があった形跡もない。仕草や言葉選びのぎこちなさからも、恐らくは何か理由があって、仲間から追放されたのでしょう。」
ムーアは一瞬言葉を失い、やがて渋い笑みを浮かべる。
「……相変わらず、お前はわけわかんねぇな」
小声でやりとりしている俺たちに、少年は被せるように声を張り上げた。
「俺、使命があるから! 世界を救うんだ!」
少年の声は真剣そのもの。演技や冗談の色がまったくない。本気で言っている。
(……これはマズイな。どう対応すべきか)
「いらっしゃいませー。とりあえず、その剣、見せてもらえますか?」
接客モードで近づきつつ、先ほどの推理の確認をする。
まず、剣そのもの。鞘はなく刃がむき出しだが——よく見ると金属部分に傷がない。それどころか、刃こぼれひとつない。使い込まれた武器特有の摩耗もない。新品同様……いや、新品すぎる。
だが、柄だけは……本物だ。長く使いこれまている、他の部分とはチグハグな本物。
次に重量バランス。少年が剣を持ち上げる時の動作を見ると、予想より軽い重量に一瞬戸惑っている。本来の重心位置を把握していない。
そして足運び。踏み込みが浅く、つま先に力が入ってない。剣を振る人間の歩き方じゃない。むしろ剣の重量に引っ張られている感じだ。
最後に手。握りこぶしを作るクセはあるが、見ると手のひらや指に豆が潰れたて、その上からまた剣を振っている痕がしっかり残っている。
自分をいじめるように訓練をしているのだろう。
(やっぱり……全部つじつまが合わない)
「すみません、ちょっと確認していいですか」
俺は剣の鍔に触れた。予想通り、異様に軽い。明らかに中身が詰まっていない。
「これ、たぶん民芸品です。観賞用の模造剣ですね。魔剣っぽく見えるように作られた装飾品です」
「な……っ、そんなはずは……!」
少年の顔が青ざめる。でも、どこか「やっぱり」という表情も混じっている。薄々気づいていたのかもしれない。
「重心も実戦向きじゃありません。柄の方が重くて、実際に振ったら手首を痛めます。完全に展示用の作りです」
「じゃあ、俺のこと……信じないのか」
少年の声が小さくなった。
「"元勇者だった"って言うのは自由ですけど、武器としては使えません。魔王の爪先すら傷つけられないタイプです」
「…………っ」
少年の肩がピクリと震える。店内の他の客たちも、なんとなく気まずそうに視線をそらしている。
「でも、鞘が必要なんですよね? でしたら……」
俺は在庫の中から、それなりに見栄えのする革鞘を取り出した。
「こちらの安いやつはどうでしょう。見た目はそれっぽいですし、サイズも合いそうです。ごっこ遊びには丁度良いですよ?」
革鞘を手渡すと、少年はしばらく無言でそれを見つめていた。鞘に剣を納めてみる。ぴったりとは言えないが、一応収まる。
そして——ぽつりと、絞り出すような声で言った。
「……ごっこ遊びじゃ、ないんだ」
その言葉には、演技でも冗談でもない、本当の重さがあった。
少年は剣を見つめながら続けた。
「この剣……兄さんの形見なんだ」
「……剣の中身が空っぽなのも?」
「ああ」
少年は苦笑するように剣の柄を外した。中は完全に中空。本当に何も入っていない。
「兄さん、本物の勇者だった。俺は……何も受け継げなかった」
(……そうか。こいつ、演じてたんじゃない。"憧れて"たんだ)
少年の表情を改めて観察する。左利きなのに剣を右手で持っている。歩き方も、立ち方も、どこか不自然だ。全部、誰かの真似をしている動作だ。兄の真似を。
「兄さんは、すごい人だった。魔王を倒して、街を救って……でも最後は、傷がもとで亡くなった」
少年の声が震える。
「俺も兄さんみたいになりたくて。でも才能がなくて、魔法も使えなくて。それで冒険者の仲間からも……」
「追放された、と」
「ああ。お荷物だって」
店内の空気が変わった。さっきまでの警戒感が、同情に変わっている。常連のおばちゃんが「あらあら」と小さくつぶやいた。
「でも諦めきれなくて。せめて兄さんの剣だけでも大切にしようと思って。鞘を探してたんだ」
少年はもう一度、剣を鞘に納めた。今度は丁寧に、大切そうに。
「……なるほど。じゃあその鞘、タダでいいです」
「え?」
というわけで、今回も最後までお読みいただきありがとうございました!
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