第7話 地下ダンジョンの怪物
光が、ゆっくりと収束していく。
長い夢から目覚めるような感覚。感覚はぼやけ、身体は鉛のように重く、熱を失ったように力が入らない。だが、“死んでいない”という実感だけは、かすかな温もりとなって俺の意識を繋ぎ止めていた。
どこか遠くで水の滴る音がした。
俺はまぶたを持ち上げた。まず目に飛び込んできたのは、粗い石造りの天井。そして、ひんやりとした空気が頬をなで、微かに湿った空間の匂いが鼻を突いた。
「……ここは……」
かすれた声が漏れる。
俺はゆっくりと上半身を起こす。だが、次の瞬間、背中に鋭い痛みが走り、思わず息を飲んだ。
魔王の“黒の光矢”——あの一撃は、確かに俺の身体を貫いた。
痛みの感触が、俺を現実を思い出させる。あのとき、俺は確かに“死にかけた”。
【リリィ】「……よかった……気がついたんだね、タクミくん……!」
微かに震える声が頭に響いた。
光の盾を司る精霊——リリィが、ホログラムのようにふわりと俺の前に浮かび上がる。俺の瞳から涙が垂れ、安堵と不安が混ざって揺れる。
【アル=ブラッド】「貴様、よくぞ生きていた……まさか、あれほどの一撃を受けてなお、魂の核までも耐えきるとはな」
重く低い声。炎を司る剣の精霊——アル=ブラッド。その声音には驚きと、誇りのようなものが滲んでいた。
「俺……あの娘を……守れたのか?」
俺の問いかけに空気が冷たくなり、不安になる。だが、その不安は一瞬で吹き飛ぶ。
【リリィ】「うん……ちゃんと、助かったよ。でも……私たち、あのまま地上にはいられなかった。タクミくんの命を救うために、“転送”したの。ここは……神殿の地下に封印された、《遺跡》。女神様の領域のさらに下、誰も立ち入れない場所……」
「……地下……ってことは……ダンジョンか……??」
俺は苦笑し頭を押さえた。痛みはまだ残っているが、意識ははっきりしている。
だが——。
【パンツ(♀)】「……ここ、まずいですわ♡ とっても♡……とっても、“イヤな音”がします……」
妖艶な声で、パンツ(♀)が呟いた。だが、その声音の裏に、明確な警戒と緊張が混じっている。
【ブーツ】「下や……下から来るで。ズズズズ……って、這い寄るような、嫌な気配や……」
ブーツの声も硬い。
——そう。俺も気づいた。
“何か”が近づいている。この遺跡には、明らかにただならぬ気配が漂っている。生き物のものとは違う、禍々しく、歪んだ、存在そのものが間違っているような何か。もはや魔物という言葉では収まりきらない“異形”。
息を吸うたびに精神が削られていくような錯覚。空気が重く、足元が不確かなものに変わっていく。
——そして次の瞬間。
地面が震えた。
それは、足元から響く振動。だが、単なる地鳴りではない。“意思”を持って迫る、踏みつけるような強烈な存在の感覚。
「……来る!」
俺は即座に木剣を構えた。
【アル=ブラッド】「力は……残されている。だが、長くはもたぬ。決めろ、タクミ。進むか、退くか——」
「進むしかねぇだろ。……逃げたところで助かる保証はない」
逃げ場はない。俺は静かに歩を進める。その瞬間——遺跡の奥、黒く巨大な石門が、まるで自らの意志を持っているかのように軋んで動き、ゆっくりと開かれていく。
その奥に、俺は“それ”を見た。
——蠢く、巨大な肉塊。
目も、口も、鼻も、どれもはっきりしない。ただただ不定形な肉の塊が、脈動し、軋みながら形を変えていた。だが確かにそこには“意思”があるように見えた。狂気を注ぎ込むように、俺たちを見つめているからだ。
【システム通知:ボス戦エリアに突入しました】
【対象:《異形融合体ヴォル・オブスキュラ》】
【制限時間:00:29:59】
「ボス戦……!?」
そう、これは試練。そして、俺が命をかけた代償。
ここで生き延びる者と、消える者。その選別みたいだ。
「……俺は試されてるのか」
俺は歯を食いしばる。
ロクでもない人生。異世界に転生し、初めて人を“守ること”ができた。
人間らしいことができた。
——だから、こんなところで俺は終われない。終わりたくない。
装備たちが、再び声を上げる。
【リリィ】「戦って……生きて、帰ろう!」
【アル=ブラッド】「我が焔、今こそ天を焦がさん!」
【ブーツ】「下から踏み上げたるわ! 足元すくわれんよう、踏ん張りや!」
【パンツ(♀)】「さぁ、愛しいタクミさん♡ この“下着”に、全力で頼ってくださいね♡」
ダンジョンの奥——“闇の暴君”が、咆哮した。