第6話 覚醒の刃
黒い風が、森を喰らうように吹き荒れる。
大気が震え、空が裂ける。異界の瘴気が、空間そのものを軋ませていた。
俺は少女を庇うように、その場に立ち尽くした。
その先にいるのは、“人”に似て非なるもの。
切り裂かれたような漆黒の衣。額から突き出た、逆巻く角。
裂けた口元から滲み出すのは、言葉ではない——呪詛のような咆哮。
「な、なんだよ、あれ……俺たちが倒せるレベルじゃ、ねぇ……ッ」
立っているだけで呼吸が乱れる。魔力に肺を圧迫されるような錯覚。
【アル=ブラッド】「……これが“王”だ。魔族の中でも、選ばれた存在だ」
【リリィ】「でも……でも、負けない……! タクミくんなら、きっと!」
【パンツ(♀)】「はぁ……♡ゾクゾクしますね♡ とんでもない強者……♡」
【ブーツ】「ビビってる暇なんてないで! こっちも本気出さな、終わるやつや!」
装備たちの声が重なる。身体中の装備が共鳴し、暴れるように内から力が湧き上がる。
俺は奥歯を噛み締めた。震える膝を、意志の力で叩き起こす。
「やるしか、ねぇんだよ……!」
その瞬間だった。魔王が、声にならない咆哮を放つ。
大地が悲鳴を上げる。
地面がひび割れ、巨大な杭のような瘴気の槍が、空から雨のように降り注いだ。
——即死級の攻撃。だが、俺は叫ぶ。
「今だッ! 防御、最大展開!!」
【発動スキル:《光焔結界陣》】
【発動スキル:《魔力喰脚》】
【発動スキル:《呪返しの衣》】
俺の周囲に結界が形成される。
眩い光が俺を包み、闇の槍を霧散させていく。熱が、衝撃が、魔力が、すべて相殺される。
「アル=ブラッド……行くぞ!!」
【アル=ブラッド】「よくぞ言った。今こそ、貴様に我が真なる力を託す……!」
その瞬間、タクミの剣が紅蓮に包まれた。炎が逆巻き、剣の形が変わる。
それは、もはや“木剣”ではなかった。灼熱を帯びた《熾天翔装・紅蓮赫》。
【装備覚醒:《熾天翔装・紅蓮赫》】
【新規スキル解放:《赫焔斬形・零式》】
「喰らえええええッ!!」
剣を振り下ろす。紅蓮の刃が火柱とともに放たれ、魔王の胴を裂いた——ように見えた。
——しかし。
「……は……?」
次の瞬間。
炎を割るように魔王の手が、音もなく俺の刃を受け止めた。
熱も、痛みも、通じていない。それどころか——傷が再生する。
魔王は、にやりと笑った。
【アル=ブラッド】「これが……神すら敵と見なす“原初”の魔王か!」
【リリィ】「ダメ、今は勝てない! タクミくん、逃げて——!」
次の瞬間——魔王の掌から黒の光が放たれた。
それは直線的な破壊の奔流。狙われたのは——少女。
【魔王スキル:《奈落解放・黒獄波》】
(——まずい、間に合わない……!)
思考するより早く、身体が動いた。
全装備の力を総動員し、少女の前へ跳ぶ。
「ぐ、ああああああッ!!!」
背中を裂く、凄絶な熱と痛み。
全身が燃え上がり、意識が飛びそうになる。
【リリィ】「タクミくん!! いや、いやぁっ!!」
【ブーツ】「アカン……もう足、動かへんやろ……!」
【パンツ(♀)】「いや……魂が、壊れる……このままだと……!」
【アル=ブラッド】「……よくやった……タクミ。お前は、誇るべき“戦士”だ……」
倒れ込む身体。視界が、急速に暗転していく。
少女が泣きながら叫んでいるのが見えた。でも、もう聞こえない。
声は遠く、温度も光も、すべてが薄れていく。
(……ああ……また、何もできずに……)
そう思った、その瞬間——
天から、淡い青白い光が降り注いだ。
重力も、痛みも、熱も失われ、俺の身体は浮き上がっていく。
【???】「——あなたの“犠牲”は、まだ早すぎます」
それは、女の声だった。
懐かしさを孕んだ、優しさと冷たさを併せ持つ声。
俺の身体は光に包まれ、そのまま“どこか”へと落ちていった。