第5話 絶対の魔王
黒煙の奥から、重低音のような足音が近づいていた。
ズン……ズン……と、一歩ごとに地面が震える。
俺は少女の前に立ち、剣を構える。
背後からは、彼女の小さな震えが伝わってきた。
「しっかり掴まってろ。絶対、守る」
【アル=ブラッド】「来るぞ、タクミ……これは、ただの“獣”じゃない」
【リリィ】「あれ……魔力反応が、普通じゃない……ッ!」
現れたのは、人型の魔物だった。
全身を紫黒い鎧に包み、血のように赤い双眸が俺たちを見ている。
人間の形をしているのに、異質だ。
【???】「人間。……まさか、こんな辺境に、我らの計画を邪魔する者が現れようとは」
低く、くぐもった声が響く。鋭い目つきで俺たちを見つめてくる。
「魔族……か?」
【アル=ブラッド】「ああ、間違いない。だが、ただの下級とは違うな……こいつ、“魔王”だ」
「魔王!!……ってことは、こいつめちゃくちゃヤバいってことだよな……」
【リリィ】「タクミくん……逃げよう。今はまだ、勝てる相手じゃない!」
リリィは何かを感じとっているのみたいで、声が震えている。
いつものリリィではない。
「おにい……ちゃん」
怯える少女の声。その目には恐怖が見える。
相手はこの世界の魔王。転生したばかりの俺では勝てないだろう。
でも、少女の小さな手を握り締めて俺は決心した。
また、あの時のようになるのはごめんだ。
俺は少女の小さな手を強く握りしめる。
「大丈夫だ」
俺は叫んだ。
「おい装備たち! 今ここで、俺は“お前たちの力”を信じる! だから……俺を信じて力を貸してくれッ!!」
覚悟を決めるとスキルが頭の中に流れてきた。
【スキル発動:装備共鳴】
【効果:装備との絆が一定以上のとき、能力が一時的に覚醒する】
【アル=ブラッド】「くっくっく……よかろう! ならば我が“真の焔”を味わうがいい!!」
【リリィ】「私、守る……全力で、守るからッ!!」
【パンツ(♀)】「“嫉妬”ではなく、“誓い”であなたに尽くします♡」
【ブーツ】「……やっとやな。本気出すでぇええええ!!」
全身にエネルギーが満ちた。
木剣は炎をまとい、胸当てが光の障壁を展開し、パンツが鎖ではなく黒翼を生やす。
俺の“装備”が、一斉に覚醒する。
【スキル発動:焔鎖斬・改】
【スキル発動:完全障壁展開】
【スキル発動:天翼の刻印】
【スキル発動:地裂突進】
「いくぞッ!!」
魔王が吠えた瞬間、俺は地面を爆発させながら突進する。
リリィが盾を展開、魔王の爪撃を弾く。
同時に、パンツの黒翼から放たれる“視線封鎖”が、奴の動きを鈍らせた。
「……今だ、アル=ブラッド!!」
【アル=ブラッド】「見よ! これが我が極焔ッ!!」
木剣から放たれたのは、直線状に伸びる“紅の牙”。
火焔が魔族の胸を切り裂き、爆風が森を焦がす。
——ズドォオオン!!!
地面が割れ、魔族が膝をついた。
やったか? 俺は息を呑む。
——だが。その喜びは過ぎに打ち砕かれた。
【魔族】「……なるほど。面白い。貴様、人間にしてはやるようだ」
「えっ」
魔王の目には俺たちを見下すような、あるいは嘲笑うかのような色が見える。
そして、魔王の体から、黒煙が噴き出した。それは回復でもなく、再生でもない——様子。
【アル=ブラッド】「まずいッ!!こいつ、“真体”を解放しやがった……!」
魔王の体が膨れ上がる。四本腕、獣の尾、黒曜石のような角。
「ちょ、待て、今のが“前座”ってこと……!?」
少女の震えが、強くなる。
「ッ……くそ……!」
動け、俺の足。
頭の中では、逃げろ逃げろと命令信号を出している。が、恐怖のあまり体が動かない。
俺たちは完全に遊ばれていたみたいだ。