第3 独断攻撃
異世界転生してから、たぶん三十分。
オレ、神代タクミ(28)。人生初の草原に突っ立って、今さらながら事態の深刻さに気づいていた。
「……マジで帰れないのか?」
風が吹く。草が揺れる。空はどこまでも青い。
でも心の中は嵐だった。ギャル女神に強制転生されて、スキル説明もろくにされず、気づけば異世界。
しかも授かったスキルが、
《装備の声を聞く》——ただそれだけ。
【アル=ブラッド(剣)】「……この世界、腐ってやがる……。ならば我が焔で浄化してやるだけだ」
「お前が一番危ないんだけどな」
手にした剣が中二病全開のセリフを吐く。こいつ、攻撃力+1しかない木製剣のくせに、性格がやたら壮大だ。
【リリィ(防具)】「タクミくん、私のこと……ちゃんと見てくれてる? ねぇ、大丈夫だよね? ねっ?」
「怖い怖い怖い! 何その“圧”!?」
リリィは見た目は白銀の胸当てだが、性格はメンヘラ系女子。急にすがってくるし、情緒が激しすぎる。
【関西弁ブーツ】「なんやお前、ウジウジしててもしゃーないで? 早う冒険せな、腐るで?」
「ツッコミが関西弁って初めての経験なんだけど!?」
【パンツ(♀)】「タクミさん。私以外を装備したら、ちょっと……ね?」
「“ね?”って何!? その笑顔、笑ってないやつだろ!?」
というわけで、俺の装備は個性の塊。
もう冒険どころじゃない。会話してるだけで精神が削れる。
「はあ……せめて、誰かまともな人間いないかな……」
……その時だった。
「グルルルル……」
低く、獰猛な唸り声。嫌な予感しかない。
振り向くと、そこには全身を黒毛で覆った獣がいた。体長は軽く2メートル超え。牙はナタ級、目は完全に野生。
まごうことなき、異世界のモンスターだった。
「ちょ、待っ……こんなん聞いてないって!」
俺はまだレベル1、装備も初期。剣は木製、防具はメンヘラ、ブーツは関西弁、パンツに至っては人格がホラー寄り。
【アル=ブラッド(剣)】「来たか……腐れし獣よ。焔の審判をくれてやる……!」
おいおい、いきなり殺る気満々! しかも剣のくせに焔ってどういうこと!?
【リリィ(防具)】「タクミくん……私が守る。例えこの命、砕けても……♡」
重い! というか防具に命ってあるの!?
【ブーツ】「踏ん張りきかせて!行くでえええええええ!!」
うわ、待て、勝手に動くな!
【パンツ(♀)】「タクミさん……その獣、私の“視界”に入りました。もう……消さなきゃですね♡」
「だから怖いって!!止まれーーっ!!」
だが、止まらない。
俺の身体が、勝手にモンスターへと飛び込んでいく!
——スキル自動発動——
【スキル発動:暴走跳躍斬】
【スキル発動:抱擁プロテクション】
【スキル発動:嫉妬の視線】
【スキル発動:俺にしゃべるな(敵適用)】
「どんだけ発動してんだよおおおっ!!」
宙に舞う。
ブーツの加速で跳躍、高速回転する身体。
空中でアル=ブラッドが光を帯び、絶叫する。
【アル=ブラッド】「焔よ! 我が魂を斬撃と化せッ!! 爆・裂・焔・牙ーーッ!!!」
「え、何!? 技名急に中二すぎない!?」
次の瞬間、木剣のくせに火花がバチバチ散る。
ズシャアァァァアアアッッ!!
斬撃と共に、モンスターの肩から胴まで一閃!
その直後、リリィの防御フィールドが展開、俺の身体を包み込む。
【リリィ】「タクミくんを……傷つけないでぇっ♡」
直撃寸前の爪を完全防御!
地面に着地した俺を待っていたのは——
【パンツ(♀)】「よくもタクミさんを見つめましたね……罪、重いです♡」
パンツが静かに呟いたかと思えば、敵の動きがピタリと止まる。
体中に闇のオーラのようなものがまとわりつき、ガクンと膝を折った。
——《嫉妬の視線》による精神系デバフだ。
「すげぇ……なんか知らんけど、すげぇ……!」
半分呆然としながら、最後の一太刀を放った。
木剣が輝き、モンスターを正面から斬り伏せる。
そして——
ドスン。
重い音と共に、獣は崩れ落ちた。
辺りに舞う煙。静寂。心臓の鼓動だけが響いていた。
「……やった……?」
【アル=ブラッド】「当然。我が焔牙は敗北を知らぬ」
【リリィ】「タクミくん……すっごく、素敵だったよ♡」
【ブーツ】「アッハッハ!ええ踏ん張りやった!」
【パンツ(♀)】「タクミさん、今日は“私だけ”履いてくれて嬉しかったです♡」
勝った。けど俺、何もしてない。
いや、体は動いたけど、全部、装備たちの“意思”だ。
「これから……ずっと、こんな戦い方になるのか?」
じわじわと胸にこみ上げる、悔しさ。
強くなったわけじゃない。ただ、装備が強引に勝たせてくれただけ。
そんな情けなさが、俺の中に残った。
「……くそっ」
それでも、立ち止まってはいられない。
自分の意志で、戦えるようにならなきゃ。
その時——
「キャアアアアアアアアッ!!!」
遠くから、女性の悲鳴が響いた。
「……え?」
装備たちのざわめきがピタリと止まる。
【アル=ブラッド】「……血の匂いがするな」
【リリィ】「女の子……襲われてる?」
【パンツ(♀)】「タクミさん……行きますよね? 助けに」
俺は、剣を握り直した。
あの悲鳴——
かつて、何もできなかった“あの日”と、同じ声だった気がした。
「行くぞ……!」
全力で駆け出した俺の耳に、パンツの声が囁く。
【パンツ(♀)】「……また誰かを助けようとしてるんですね。ふふ……優しい、タクミさん」
走る草原の向こう、煙が立ち昇っていた。