第2話 しゃべる装備達
——空が、青い。
雲ひとつないその空を、俺はぼんやりと眺めていた。やけに静かだ。
さっきまでコンビニの駐車場で、ガラの悪い酔っ払いに絡まれていたのが嘘みたいだ。
いや、違う。……最後に見たのは、トラックに轢かれそうになった女の子。俺は——それを助けようとして……
「……死んだ、んだよな……たしか」
口にしてみても実感は湧かない。けれど、目の前の光景はそれを裏付けていた。
大草原。澄み切った空気。鳥のさえずり。遠くには中世ヨーロッパ風の城壁都市が見える。
そう、ここは間違いなく——異世界だ。
「マジか……本当に、転生しちまったのか……」
唇の端が引きつる。興奮よりも戸惑いの方が大きかった。
元の世界に未練があるわけじゃない。コンビニバイトの底辺生活なんて、いくらでも捨ててやる。
けれどこれは、さすがに情報量が多すぎる。
異世界に転生した理由は、一応わかっている。
テンションが異様に高いギャル女神に「チートスキルをあげる」と言われ、転送された——はず。
(そういえば……スキル、確認してなかったよな……)
ぼそっと呟くと、俺の視界にスッとウィンドウが現れる。いかにもゲームっぽいUIだ。
【スキル一覧】
《装備の声を聞く(強制)》
(……だけ?)
「いやいやいや、ちょっと待て。説明が……いやそもそも名前からしておかしい! 強制ってなに!?」
と、声を上げたその時——。
『おっ、やっと気づいたか! ……って、え? マジでお前がマスターかよ……』
——声が、した。しかも、頭の中に直接響いてくるような感覚。
「な……誰だ……?」
『誰って、俺だよ。お前が今、握ってる剣。漆黒ノ断罪剣(アル=ブラッド様)だ、覚えとけ』
握ってる剣に目を落とす。黒い刃が不気味に光り、持ち手には銀色の紋様が刻まれている。
いや、どう見てもただのファンタジー風の剣だ。しゃべる要素なんて、どこにもない。
「……お前、剣……だよな?」
『そうだって言ってんだろ。やれやれ、なんでまたこんな陰気な奴に装備されちまったんだか……』
剣のくせに、文句が多い。
額に手を当ててため息をつくと——。
『ちょっと! 今はアタシが先に話そうとしてたんだけど!?』
今度は女の子の声。それも、かなりキャピキャピした感じの。
『アタシ、リリィ! マスターが今着てる防具よ! ピンクで可愛いチェインメイル、よろしくね』
「防具まで喋るのかよ……」
俺の着ている鎧が、アイドルのような声で自己紹介してくる。もうツッコミが追い付かない。
『おいおい、順番守れや。挨拶は足元からやろ? どうも、ブーツです。関西弁でしゃべるのが俺のアイデンティティや』
「は!? ブーツもしゃべるのか! 関西弁は訛っているようにも聞こえるけど」
脚に目をやると、茶色の革製のブーツが陽気にピカッと光る。
うわっ、まぶしー。
自己主張がつえーな。
これがどうして人格を持っているのか、さっぱりわからない。
俺の装備は陽キャな装備ばっかじゃないですか……
『おい剣! あんたが言うな! 一番中二病拗らせてるの、あんただからね!』
『はあ!? 俺の漆黒の咆哮を侮辱する気か!?』
『あーもううるさい! アタシが一番可愛いに決まってるでしょ!?』
「うるさーい!! 一回全員黙れ!!!」
俺の叫び声が草原に響き渡る。だが、静けさは一瞬だった。
沈黙の後、再び聞こえたのは——。
『…………マスター。今、アタシの存在……無視した?』
「え?」
凍りつくような声。どこか、ねっとりとまとわりつくような感情がこもっている。
「だ……誰……?」
『……あたし、パンツ。マスターの、いちばん近くにいる存在……なのに……』
「いやああああああああ!!!!!」
いくらなんでもそれはダメだろ!? パンツに人格があるとか、聞いてないんだけど!!?
『……あたし以外の装備と喋ってるの、すごく……イヤだった……』
「えっ、待って!! ちょっとヤバいんだけど……!」
俺は頭の中で状況を整理する。
しゃべる剣、中二病。しゃべる防具、メンヘラ系アイドル。しゃべるブーツ、関西弁。
しゃべるパンツ、ヤンデレ。
全方位、地獄。
俺はようやく、《装備の声を聞く(強制)》のスキルの本当の意味を理解した。
それは決して、「装備と会話できる便利なスキル」ではなかった。
ただただ、装備たちの人格と“四六時中”会話させられる俺にどっては地獄のスキルだったのだ。
——静かに異世界で暮らしたい。
たったそれだけの夢は、装備たちによって無残にも砕かれた。
それぞれのキャラが強烈な個性を持っています