第1話 転生
俺の名前は神代タクミ。28歳。
地味な見た目に根暗な性格、口下手で人見知り——要するに、陰キャのテンプレみたいな男だ。
高校も大学もどこかの“群れ”に溶け込めず、今じゃ昼夜逆転のコンビニバイト。週6の深夜シフトに、誰とも目を合わせない日々。
友達?恋人? いない。
せいぜい、アニメの推しとゲームのアバターに励まされながら、ギリギリのところで現実にしがみついている。
——そんなある夜のこと。
バイト帰り、コンビニの廃棄弁当を片手に、くたびれた体を引きずるように家路を歩いていたとき。
ふと視界に、少女が映った。スマホを見ながら、横断歩道をふらふらと渡っていくその背後に、大型トラックのヘッドライトが近づいていた。
「——っ、おい、危ない!」
声が出るより先に、体が動いていた。
全速力で少女の背中に体当たり。彼女の体が道路の端へと弾き飛ばされるのと引き換えに、俺の視界が真っ白に弾け飛んだ。
ドン、という破裂音のような衝撃。
その瞬間、何もかもが消え、俺は意識が飛んだ。
* * *
気がつくと、俺は“白い空間”の中に立っていた。
上下も左右もなく、地面も天井もない。何も存在しないはずなのに、不思議と足元は安定していて、落ちる感覚もない。
音も風も、温度すら存在しない、完全な無音と静止の空間。
まるで、現実という映像が途切れた後のホワイトノイズに、俺の意識だけが取り残されたような……そんな場所だった。
「……あれ。俺……死んだ、のか?」
つぶやいた声は、自分の口から出たものかも曖昧だった。
胸に手を当ててみる。だが、鼓動はない。体温もなければ、呼吸の感覚もない。
それでも意識は確かに存在していて、俺はここに立っていた。
現実感のない空間の中で、ほんの数分前の出来事をゆっくりと思い出していく。
(……ああ、そうか。俺、あの子を庇って……)
あまりに唐突で、不可解で、そして滑稽な最期だった。
何かを為したわけでもなく、ただ咄嗟の善意で飛び出して、そのまま命を落とした。
滑稽すぎて笑えてくる。こんな最期、SNSの下らないスレッドにでも載ってそうだ。
「——っ!? な、なんだ……」
突然、空間に柔らかな光が差し込んだ。
真っ白だった世界に、ほんの少しだけ“色”が混ざる。
その中心に、ふわりと宙に舞うように現れたのは——一人の少女だった。
長い金髪がふわりと舞い、背中には小さな羽。透き通るような肌と、眩しいほどの笑顔。
だが、その姿は“清楚”というより、“ギャル”だった。
ミニ丈のワンピースに、ネイルキラキラ、香水のような甘い香りまで漂ってくる。
「やっほ〜! 目、覚めたぁ?」
「…………誰?」
「んもう! 女神のアレクシア様ですよっ、……って、驚かないの? 女神だよ? 異世界転生のチャンスだよ?」
(うん、だいたい察した)
俺の中の現実感が、崩壊しかけているのが自分でも分かった。
でも、こういう時って案外冷静になるんだな。目の前で羽の生えたギャルが喋っていても、妙に納得している自分がいるし。
「……じゃあ、その“転生”とやらに俺は、行くしかない感じ?」
「うん!! まぁね。 タクミくん、ちょっとバグって転送されちゃったから、うちの神界でもイレギュラー扱いなんだ〜!」
「バグ……?」
「でも大丈夫! チートスキル、ちゃんとつけるから」
「いや、ちょ、スキルって何——」
彼女は俺の返事を聞く間もなく、勝手に指を鳴らし、どこからともなくスロットルのような円盤を呼び出すと、それを高速で回し始めた。
「いっけぇ〜! 運命のスキルガチャぁっ」
「まって説明、説明!!」
がらがらがら……カチッ。
円盤が止まり、ピロリンと音が鳴る。
【スキル獲得:《装備の声を聞く(強制)》】
「……は?」
「おめでと〜!! これで、全ての装備とおしゃべりできちゃいま〜す!」
「いやいや、意味がわからん」
「武器も! 防具も! パンツも! 喋るよ」
「パンツ!?」
「いぇい、陽キャスキルで異世界エンジョイしてね〜」
そう言うと、女神は問答無用で俺を光に包み込んだ。
その瞬間、世界が反転する。
(……ちょっと待て、パンツってなんだよ、パンツって!)
——こうして俺の、しゃべる装備(陽キャ)に振り回される異世界に転生された。