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あるヒロインだった筈の伯爵令嬢の独白

 ちょっと時間かかりましたがこれで一応完結です!


 なんか……思ったよりヒドいハナシになったような気が……


 ブラックローズ侯爵家の断罪。


それが間違っていたとは今も思えない。


けれど――――――



 ここのところ、王宮は張り詰めた重苦しい空気に包まれていた。

先頃のヘンリー=ブラックローズ断罪の時には混乱や緊張はあったものの、同時に未来への期待感も在った。

だが今は違う。


「一体、どうしたら……」

「まさかこんな事になるとは……」


 誰もが不安そうに囁きあい、苦悩に眉を顰めている。


 そんな中を、ホーリー伯爵令嬢はけして顔を俯かせること無く、努めて真っ直ぐに前を見て歩く。


 間違ったことはしていない――――していない筈だった。





 ホーリー伯爵令嬢ジャスティーナには前世の記憶がある。

ここよりずっと科学の発展した日本という国で、こことそっくりな国を舞台に繰り広げられる、所謂乙女ゲームで遊んだ記憶だ。

 記憶が戻ったのはまだ子どもの頃。

王太子殿下の名前とその婚約者候補の令嬢達の名前を聞いた瞬間洪水のように記憶があふれ出し、多すぎる情報量に知恵熱を出して倒れた。

そうして熱冷ましを飲んで休むベッドの中で、自分がヒロインであることに気がついたのだった。



 けれどジャスティーナはシナリオに乗って王太子達を攻略する気はなかった。

もちろんゲームの攻略情報はすべて頭の中にある。

だけど今のこの世界は現実で、プログラムなどではないキャラクター達はそれぞれに生きていて、リマセラもスキップもアーカイブも無いのだから。



 学園に入学してからも、攻略対象達に不用意に近づいたりはせず、ただ……ゲーム知識を利用していくつかの事故や事件を防いだ。


 今は現実だと思えばこそ、起こるとわかっている犯罪や被害者を見過ごす事はできない。

さりげなく動いたつもりだったけれど、それが王太子達の目にとまり、意見を求められ、時々相談を受けるうちに交流が深まった。

 勿論、婚約者がいる相手だということを忘れたりしない。

周囲から誤解を受けないように節度のある対応を心がけ、それがまた彼らからの信頼に繋がった。



 そうして一国民として、一臣下としてジャスティーナは王国の闇を打ち倒すのに協力する事になった。

ほぼ全てのルートでラスボスだったブラックローズ兄妹と黒幕であるブラックローズ侯爵。

 王太子と恋仲になっていないせいか、学園でのダークリリスからの虐めや脅迫イベントは無かったし、ヘルファイアによる中級貴族街放火事件や研修旅行襲撃事件も起きなかった。

 だけどブラックローズ家が数々の犯罪を犯しているのは事実で、わかっていながら追求できない事に王太子殿下達はずっと心を痛めていたという。


 地位と権力があれば何をしてもいいなんて間違ってる。


 ブラックローズ家の捜査妨害も証拠隠匿も、ゲームを知っている私には関係ない。

偶然や噂話を装ってヒントを出し、先回りして確かな証拠を確保して、証言者の不安を取り除いて協力して貰った。


 もちろん卒業式で断罪なんて事はしない。

あれほどの証拠を揃えても及び腰だという国王陛下方の外遊中を狙い、私達はついにブラックローズ侯爵への断罪を決行した。


 侯爵はその場で捕縛して牢へ。

断罪こそ強引に押し通してしまったけれど、だからこそこの先は正当な手続きを踏んで正しく司法に則って罪を裁いて貰わなければならない。


 なのに――――――――






「全て私めの咎でございます。どうか、この首でもって……」

「そのようなことは出来ぬ。西の国王とて、わかっている事じゃ。」


 玉座の前で跪くのは王家の影を統率しているというシャドー伯爵。

顔色の悪い国王陛下は、それでもきっぱりと首を振った。



 知らなかった。


王家の影全員ではないとしても、身寄りのない幼い孤児を集めて諜報員に仕立てていただなんて。


 知らなかった。


名前も知らなかった彼女が、実は西の王国の王妹殿下だったなんて。


 知らなかった。


ブラックローズ家に潜入していた彼女が侯爵子息を真実愛してしまったなんて。


 知らなかった。


冷酷無慈悲な侯爵子息が、彼女の正体を知っても侯爵夫人の証である指輪を平民だと思っていたはずの彼女に贈り、共に心中するほど愛し合っていたなんて。



 学生ながら王太子殿下と共に一連の事情に関わっている私達はあれから王宮内に留め置かれた。事実上の軟禁だけれど仕方の無いことだし、定められたエリア内なら散策だって許されているので文句などありようも無い。

 北側の小庭園も許可されているうちのひとつ。

綺麗に整えられているが、色味の少ない物寂しい雰囲気から普段から余り人気が無い。

片隅の東屋までやって来て、とうとう――――なすすべも無く涙が頬を伝っていく。


 私達は正しいことをしているはずだった。


 だけど王太子殿下も皆もずっと苦しそうな顔をしていて、王宮に勤める人達の顔も暗い。



 武装特使がやって来て、最悪戦争になるかも知れなくて――――それでも首の皮一枚でつながったのは、発端になったあの本のおかげだった。


 身寄りの無い孤児として王家の影に成った王妹殿下は、それでも潜入先で運命の恋に落ちて愛を知った。

それこそ王女の降嫁先としても申し分ない家格の貴公子だったヘルファイア=ブラックローズは、裏切られたと知ってもなお全てを捨てて彼女への愛を選び、その証である家宝の指輪もろとも二人で永遠の炎に身を委ね――――この顛末が、まだ見ぬ妹姫の死を嘆き憤る西の国王陛下の心を僅かに慰めた。


特使様も、決して表だっては言えないが、ただただ巡り合わせが悪かったのだという事は理解しているとおっしゃったとか。


二人の結末が都合のいい作り話では無い証拠があったのも大きい。

複数の国で同時発行された『煉獄の果て、或いは至高の愛』にあった通り、二人のものと思われる遺体の指には焼け焦げた黒薔薇真珠の指輪がしっかりと填まっていたのだ。

調査員が二人を哀れんでそのまま埋葬したのも良かったと言える。

あまりに精巧な細工の指輪だったので、引き抜いて押収しなくてもスケッチが証拠になるだろうと思ったのだとか。

 代々のブラックローズ侯爵夫人の証である指輪は、奇跡的に薔薇の形になった大粒のバロック真珠に、すでに閉山した鉱山でほんの数年しか産出されなかった希少なインペリアルグリーンダイヤをあしらわれていた。また、鬼才と名高い宝飾職人の作品で、指輪の細工だけでも国宝になってもおかしくない。そして、常にブラックローズ侯爵夫人の指に填まっていた為、ある程度の年齢の貴族には目にした事がある者も多い。

つまり、偽装のために偽物を用意するのが限りなく難しいのだ。

事が明らかになった後、改めて西の王国で埋葬し直すために掘り返され、その鑑定でも間違いなく本物である事が証明されている。




 『煉獄の果て、或いは至高の愛』の作者は未だに不明だけれど、おそらく侯爵家に仕えていた者だろうと言われている。

意外にも、ブラックローズ家の使用人達は誰一人主一家を悪く言うことが無かった。

もう脅されることも、買収されることも無いのに――――いや、本邸の使用人達は家財を受け取っていたけれど、それは退職金や当座の生活費としてはおかしくない金額だったし、すぐ他家に再就職できるような状況で無い事を考えれば正しい配慮と言える。

きちんと正当に下賜された証明書もあって、そこにはダークリリス=ブラックローズのサインがあった。


 傲慢で、悪辣で、人を人とも思わず、民からの税金で王族でもしないような贅沢を貪る悪役令嬢。

それがゲームのダークリリス=ブラックローズ。


 だけど、もうこの世界がゲームで見た限りじゃ無い事を知っている。

私達が見えていなかった、知らなかった彼女は、一体どんな人だったのだろう。


「…………ごめんなさい。」


 何処にも行く当ての無い小さな謝罪が溢れる。


 けれど、もうこれきりにしよう。

私達は私達がしたことの結果を受け止めて、苦しくても忘れず、少しでも良い未来を目指さなくてはいけない。


 それが――もうあの人達のいないこの国で生きて行く私達の責任だと、思うから。









「おお、何という悲劇! しかし、これで二人は永遠に分かたれる事の無い愛で結ばれたとも言える訳ですな!」

「そうなのですわ!私、何度読んでも胸が詰まって涙が――」



 同席した婦人と流行りの『煉愛』話しで盛り上がる男に


 お前の息子じゃねえかソレ。


 絹問屋の隠居(現在若夫婦に家督を譲って悠々自適の旅行を楽しんでいる設定)ということになっているヘンリーの従者を装っている悪魔は、突っ込みたいのを全力で堪えた。




「あわわわ……」


 はるばる取り寄せられた故国の新聞を読んで青くなっているのは元薬師副ギルド長。

自分の違法薬物取引の証拠の件だが“処刑されたら公になる”とは言ったが“処刑されなければ公にしない”とは言われてない。

奴の事だ。どうせ全員の情報を国外脱出の際の置き土産に、要するに騎士や司法機関の足を止めさせる囮として暴露するに違いないと踏んでいた。

だからこそなりふり構わずひっ付いてきた訳だが――――

 思った通りそれらは記事にはなっていた。

多分こいつらが同じ脅され仲間だったんだろうなというのも一緒に並んでいた。紙面の片隅にほんの小さく。

そうして新聞の一面を飾るのは――――西の王国の失われた王妹殿下の悲劇と、武装特使来訪という国を揺るがす大事件だった。



 複数国で同時発売された『煉獄の果て、或いは至高の愛』とかいう悲恋小説のことは聞いていた。恋愛物は興味が無いしそんな余裕もなかったので読んでいなかったが、今までに無い衝撃的な展開だとかで話題になっていたのは知っている。


それがほぼ実話で?


 心中した男の方が奴の息子で?


 女の方が西の王国の亡くなったと思われてた王妹殿下で?


 国際問題で一触即発???



 い、いいいいくら何でもこんな、こんな……っ


「オイオイ何て目で見るんだね。誓って私はこの本の件()知らないぞ?」

 

 昼に歓談したご婦人に紹介された宿は、家格はお手頃、サービスは上々という知る人ぞ知るなかなかの上宿だった。

食堂で出る郷土料理は味わい深く、出されるワインも地元の無名のワイナリー産だが、舌の肥えているヘンリーが気に入ってルームサービスを頼むくらいには美味い。

港の市場で買ってきた貝の燻製を魚に杯を傾ける横で、従者に擬態している悪魔も実体化してるのをいいことに相伴に預かっている。


「まあな。でも、この所々の細かい描写とか坊ちゃんや例のメイドを直に知ってなきゃ無理だよな?」


 それも、かなり近しい位置で。

正直、メイドの金目こそ珍しいが貴族とメイドの道ならぬ恋などありきたりの題材だ。

しかし、『煉愛』には固有名詞を出さないまま知っている誰もがヘルファイアと黒髪のメイドの事だと判る要素が散りばめられていた。

モデルは誰かなどと考えなくとも、セリフの言い回し一つ、日常生活の何気ない描写から自然と二人が思い浮かぶのだ。


「多分ダークリリスじゃないかな。」


 ヘンリーはワインの芳香に目を細めながら言う。


「ヘルファイアの身内にしかしない態度が書かれているのもそうだけど、館の使用人達はダークリリスの行き先の攪乱や死亡事故偽装に手は貸してもヘルファイアの名誉回復?の為にここまではしないと思うよ。」


「えっ、ダークリリス嬢がこれを?!」


 元副ギルド長は目を白黒させる。

直接会った事は無いが、ダークリリス=ブラックローズは有名だ。

王太子の婚約者候補筆頭且つ()()ブラックローズ家の娘というのもあるが、何より遠目にも判る豪奢な美貌の持ち主。その傲慢なまでに堂々とした態度も相まって、将来教会で王太子と並んだら司祭がうっかり彼女の方に王冠を乗せてしまうのではないかとまで言われていた。

 冷酷だの苛烈な気性だのといった悪評はあったが、ぶっちゃけあれほどの高貴な美少女なら虐げられてもいいから傅いてみたい、お仕置きされてみたいという輩も結構いたのだ。大きな声では言わないが。


 そんな高位も高位の貴族令嬢がこの暴露、いや恋愛小説を執筆したって?


 勿論淑女の嗜みとして、美しい筆跡や教養としての学問は修めていただろうが――――扇越しに誰かに命じこそすれ、自ら労力をかけて何かをする姿が想像つかない。



「ああ、そういや書き物っつうか書類仕事得意だったよな。」

「は?!ご令嬢だろ???」

「幼い頃から賢い子だったがね。妻が割と早くに亡くなったので家内の采配は執事長と侍女頭に任せていたのだが、いつの間にかあの子が実に見事に取り仕切っていたよ。」


 いやはや、びっくりしたね!と笑う男も大概だが――――いや、こいつと血の繋がった娘だった。実体がなんであってもおかしくない。

先の言い方では少なくとも使用人からの人望、かはわからないが家が没落した後でも人を動かすだけの力はあるらしい。


「あの子はヘルファイアとも別の意味で何処へ行っても好きにやれるだろうからね。自慢の娘だよ。」


 新しく注いだワインを掲げ、誇らしげに笑う様子は、まるでどこにでも居る愛情溢れる子煩悩な父親のように見えて――――多分幻覚だ。


 新聞でも消えた彼女の行方は依然として判らないとある。まあ、それどころではない事態になっているというのもあるだろうが…………こいつの脱獄も記事になってねえしな。


 あんな目立つ風貌の生粋の姫君がどうやって隠れ潜んでいるのかなど想像も付かない。

いっそ没落直後に魔王に見初められて妃として魔界に輿入れしたとでも言われた方が納得できる。


 だがこの男が言うように、ハニートラップにかかった無能呼ばわりされていた兄の、愛に殉じた真実を世間に突きつけてのけた少女が、無事に何処かで好きに過ごせているのなら――――そうであれば良いと、思った。










「うめえっ! ほんとにこれがあの蛇魚だってのか?!」

「捌いたの目の前で見てたでしょ。ほら、次焼き上がったわよ!」

「お嬢!これすごい美味しいです!!」

「ああ、ほらタレ付いてる!食べるのはいいけどちゃんと蒸し器の様子も見てなさいよ!」


 念のために新しい仕入れの名目で更に隣の国に避難して来たら――――――あったのよ!ウナギが!!


 したらもう(元)日本人として蒲焼きにするしかないっしょ!!



 あ、ごめん白焼きと肝吸いも要ります。




 まあ実際は多分ウナギに似た何かなんだけどね。

村の宿屋でここならではの料理をって頼んだら、好き嫌いは分かれるけどってウナギのゼリー寄せとしか思えないものが出てきて、テンションぶち上がって爆走した結果宿屋の軒先で蒲焼き焼いてるなう。


 前世、部長に良い鰻屋に連れてって貰って以来、私はあらゆる食べ物の中で鰻が一番好きになった。

好き過ぎて近所の鰻屋に頼み込み、師匠(店長)にドン引かれ……もとい、呆れられつつも鰻だけは完璧に捌いて串打ちできるようにもなった。

他の魚は全部なめろうにしていいのなら何とかなる。

 だから転生して記憶が戻ってからずっと密かに探したんだけど見つからなくて、うち(ブラックローズ)の財力と権力使って見つからないならこの世界には存在しないのかなって半ば諦めてたとこで―――― EUREKA(我発見せり)よ!そりゃちょっとくらい暴走もするってものでしょ?



 この辺で「蛇魚」と呼ばれてる川魚は、鰻によく似てるけど胸びれは無くて、ぬめりも若干少ない感じ。あと体色も薄い。

タレも醤油もみりんも無いし、肉料理に使われるスパイスのきいた甘めの肉料理用ソースで代用してるから厳密には鰻の蒲焼きとは言えないんだけど細かいことは気にしない!

おいしいは!正義だ!!




「こんな格安でレシピ譲って貰っていいのかい? そりゃ村としては助かるけど……」

「いいのよ。昔聞きかじった知識が偶々上手くいっただけだし、商人(素人)の私より料理人(プロ)に活用して貰った方がいい物になりそうじゃない?」


 ここは微妙に辺鄙な村だ。

一応近くに交易路があり、商隊を組んだり専用馬車を仕立てたりできない個人や少人数の旅人が中継地として立ち寄ることで僅かな外貨を得ている。

今までは特に見所も無い村だったが……


「これを売りにして村が今より豊かになってくれれば私達みたいな行商としても助かるしね。帰りにオヤジさんがもっと美味しいの食べさせてくれるの期待してるわ♪」

「そうまで言われちゃ頑張らない訳にゃ行かねえや! 帰りと言わず近くに来たらいつでも寄ってってくれ。嬢ちゃん達にはサービスさせて貰うぜ!」

「「やったー♪」」



 余談だが、後にこの村の特産となった“蛇魚のカヴァ焼き”は、郷土料理グルメグランプリ連続5連覇の偉業を打ち立てることになる。


 一応、西の王国とちょっとギスりつつも国は平穏に治められていくはずなので……ごめんなさい。

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― 新着の感想 ―
短編だからこそテンポよくさくっと楽しく読めましたが、ぜひ長編も読んでみたいと思いました。ダークローズ家のキャラ最高ですね。
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