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ある悪役侯爵と呼ばれた男の信条

 後一話だけの予定でしたがもうちょっとだけ続きます。


【追記】次辺りに追加する話の都合でタイトルをちょっと変えました。


 ヘンリー=ブラックローズは悪人である。

王家をも凌ぐ財力と権力を持ち、悪辣を欲しいままにするブラックローズ侯爵家に生まれ、家風の通りに、いや歴代当主と比べてもずば抜けた()()を遺憾なく発揮して生きてきた。

おかげで『この悪魔!』と罵られること数知れず。

あんまり言われるもので、いっそ悪魔に親近感が湧くほどだ。


 なので、ヘンリーを恨む者の一人がどうやってか差し向けた本物の悪魔が現れた時、驚きのあまりつい口を出たのは


「おお兄弟! 景気はどうだ?」


 ――――だった。


 言われた悪魔はと言えば実に嫌そうに顔を歪めるものだから、益々愉快な気分になって思わず大声で笑い出してしまった。








(――――失敗した。)


 悪魔は軽率にとある契約を引き受けた自分を恨んだ。

これでも魔界では中のちょい下くらい。人間の魔法使いにホイホイ使い魔にされるような低級とは訳が違う。

 だがここ暫くは暇を持て余していたのと、人間界が概ね平和に治まっている昨今珍しい程の憎悪に惹かれて召喚に応じたのが運の尽きだった。

 召喚主は命数の尽きかけた老貴族だったが、報酬に代々伝わる当主の証だという魔輝石を差し出してきたので良しとする。

宝石としての価値もあるが、何より長い間人間の執着や妄執に晒されてきた魔輝石というのは魔の者にとってなかなかの美味なのだ。

「由緒正しく誇り高き我が伯爵家を貶め、断絶に追い込んだあの男に絶望を!」というのも、単純な殺しなどより楽しめそうだと思ったから契約を結んだのだが……


(こいつを絶望させろとか無理だろ!)


 (まれ)に居るのだ。

自分の命すら面白がってゲームの賭けにするようなイカレた人間が。


 この手の人間は本当に困る。

普通は愛する者がいなかったとしても、名誉なり財産なり今回の契約主のように家の存続なり、何かしら犯すべからざる大事なものがあるものだ。

 けれどこういう、享楽的な人でなしタイプは自分の命の危機すら面白がるから始末に負えない。

契約上絶望させないと完了にならないので、へたすると死ぬまで付き合う羽目になる。

死んでしまえば流石に終了になるが、その時点で契約不達成となり……それは俺達にとっては不祥事も不祥事、下手すると今後千年近く弄られかねない失態だ。



 上機嫌な侯爵閣下に意気揚々と俺を紹介された使用人達は、悪魔(オレ)に怯えるどころか揃って気の毒そうな顔でこちらを見てきた。


(マジ失敗した……)


 実の娘だと言う令嬢には


「まあ!それは災難でしたわね。何か私に出来ることがあれば遠慮無くおっしゃってくださいましね。」


 と労られた。


 王太子妃候補の中でも最有力だとかで、ドレスやアクセサリーは勿論、輝く金髪の一筋、白い指先の爪ひとつまでたっぷり金と手間をかけて整えられている豪奢な美少女。

つり目がちの面差しにはまだ僅かに幼さが残るが、いずれふるいつきたくなるような美女になるのだろう。

アレが父親であることをさっ引いても、男なら誰でもコロッといくに違いない。

そうして色々骨抜きにした王を立ててこの国を手中に収めるって訳だ。

 なら――――


「ここでアンタを殺したらあの男少しは絶望するかな?」

「うふふ、まさか!」


 すんごく朗らかに間髪入れず否定された。

だよな……でもアンタももうちょっと言い淀むくらいしようぜ?


「だって、お父様ですもの。」


 そんなきょとんとした顔で当たり前みたいに……まあな、アレだもんな。悪い。

俺だってわかっちゃいるけど、一応可能性を探さない訳にもいかないんだわ。


奥方はもう亡くなってるっていうし、後は息子が一人か。

貴族ってやつは血統と家名を残すのが第一だから跡取りは大事だ。普通はな。

面も良くて優秀で冷徹で……へえ、最近メイドに入れあげてるって?

それはまた――――――――




 万策尽きた。



 ――――オイオイオイなんだあれ?!

ヘンリーとは別方向にイカれメーター振り切ってんじゃねえか!

女の方も同類だし劇薬に劇薬混ぜたって中和なんかしねんだよ!

どうなってんだこの家! 悪魔でも関わりたくねえ人間が当主と次期当主って終ってんぞ?!


「あの、よろしければハーブティはいかがですか? 気持ちが落ちつきますよ。」


 あ、うん。ありがと。









 ヘンリーは自分が悪人と呼ばれる部類だという自覚はある。

しかし、誓って他人の不幸を望んだことなど無い。

ただ、愉快に楽しく過ごしたいだけなのだ。

だから自分は好きにするし、他の者も好きにしたら良いと思っている。


 大体、王だろうが浮浪者だろうが人間とは何をどうしたって何れ死ぬ生き物。

精一杯好きに生き、喜びを謳歌しなくてどうする!

 それがヘンリーの信条であり、従って王城の地下牢に収監された今に至ってさえ欠片も後悔などしていない。



 連行してきた騎士達が去った後。石と鉄格子で囲まれた窓一つ無い牢内を興味深げにひとしきり検分し終えると、唯一の家具である木製の簡易寝台に腰掛けて物思いにふける。


「しかし、王太子等には驚かされたな。」


 こちらも少々遊びすぎた気がしないでもないが、まさか陛下の外遊中を狙ってここまで素早く事を起こすとは!

綺麗事でしか動けぬお人形かと思えばなかなかの手際。

いや、実にエキサンティングだった!



 しかし、辿れるものなど残していなかった筈なのに、あの事もこの事もよく暴けたものだ。

 幾つかは王太子の側に侍るホーリー伯爵令嬢の指摘が切っ掛けだとか。

一人でいる時にヒロインだのハッピーエンドだのと――娘と同じ歳だというのに、物語と現実の区別がつかない幼子のような事を言っていたと聞いていたので油断してしまった。

うむ、私もまだまだだな!


 何より、証拠資料もそうだが王太子の肝入りとはいえ、あの臆病者共をよくぞ引っ張り出したものだ。

まあ見たところ物証の一部には偽造もあったようだが、やったことは事実であったしな。


 それにしても、王城は地下牢も綺麗なのだ。

うちの地下牢には意図的に色々な毒虫を潜ませているのだが、先ほど可愛らしいネズミがちょろりと顔を覗かせただけで血の臭いもせん。

出された水もパンも傷んではいなかったし、麻痺薬や睡眠薬すら混入されていない。

 いやはや、本気でこれまでの罪状をつまびらかにし、この私を公明正大に裁きにかけるつもりとは……

折角あれだけの罪状を突きつけてくれたのだ。あの場で景気よくこの首をスパッとやって、後はどうとでも良いように宣言すれば事は済んだだろうに。

 これが若さというものかと、何やら甘酸っぱい気持ちになってしまうな。

東方では『勝って兜の緒を締めよ』と言うらしい。

機会があったら是非とも教えて差し上げたいものだ。



 夜会の場から着替える間もなく連行されたヘンリーは、贅をこらした上着がしわになるのも気にせず薄っぺらいマットレスさえ無い簡易寝台に横になった。

 途中の牢には誰もいなかったし――まあ居たとしても別に気にしないが――先日観たオペラの曲を暇つぶしにと鼻歌で諳んじる。

石造りの牢は思いのほか反響が良く、ちょっと楽しい。


 ――――さあて、誰が一番乗りかな?


 あまりにも場違いなヘンリーの様子を、悪魔だけが胡乱げに見ていた。








 断罪翌日から二日目の深夜。

斯くして――鼻歌にも飽きて悪魔とお題縛りしりとりをしていたところ、現れた待ち人によって牢から連れ出され、まんまと王都を脱出。

三人?は荷馬車で昼間の田園地帯を駆け抜けていた。




 木箱と一緒に乗せられた幌すら無い荷台の上。


「おお、清々しい! 初夏の麦畑を渡る風のなんと心地良い事か!」


 舗装ナニソレな田舎道を飛ばしているため、乗り心地など最悪だろうに


「ここで新酒の一つもあれば最高だと思わんか、友よ!」

「誰が友だあああぁっ!!」


 即座に怒鳴り返した男は顔色の悪い顔を半泣きに歪めた。


 勿論男はヘンリーの友人などではない。

以前王都薬師ギルドの副ギルド長だった男だ。

腕の良い薬師だった祖父が起こした王都でも一番の薬屋を継いだは良いが、面倒な薬師の仕事を嫌っていた。

そこで有望だが後ろ盾の無い新人薬師に目をつけた。言葉巧みに不当な借金を負わせ、買い取った債権を盾に自分の店で朝から晩まで酷使し、新人薬師の亡き母が作った新薬の名義まで強奪して利益を搾取しまくった。


 その借金先の高利貸しというのがブラックローズ家の傘下であり、男はヘンリーに賄賂を贈って色々助力して貰ったという訳だ。


しかしその直後、男は業務上横領の罪を告発されて副ギルド長をクビになり、店は罰則金のカタにブラックローズ家の寄子が丸ごと買い取った。


 ヤクザ、もとい悪人に関わると碌な事にならないという良い見本である。


 もっとも、ヘンリーに言わせれば

「せっかくの金の卵を産む鶏に朝から晩まで荷車を牽かせようなんて阿呆をそのまま置いておく訳ないだろう。適材適所は人事の基本だぞ?」

 ――だそうで。

 件の新人薬師は自由こそあまり無いものの、ブラックローズ家が派遣したメイドによる至れり尽くせりな生活管理と適切な給与体制、快適な労働環境でバリバリ実績を叩き出したという。


 自業自得とはいえあまりな結末に怨嗟を吐きつつ、それでも店を手放したおかげで多少は残った資産を元手に懲りずに悪知恵を働かせ、再起を胸にどうにかこうにかやりくりしてきた。

 そこへ、王太子殿下らによる憎っくきヘンリー=ブラックローズ断罪の報だ。

この時ばかりはいつもの安酒ではなくちょっと奮発したワインを頼んで祝杯を挙げ、良い気分で侘び住まいに帰ってきたところへ手紙が届いていた。



 ―――親愛なる友よ、息災かな?

 私はと言えば畏れ多くも王太子殿下にご招待されて愉快なおもてなしを受けている所だ。

ああ、王太子殿下といえば違法薬物の濫用をいたく憂慮されているそうでね。特にこれまで医療にも使われるため曖昧にされていたモ・ルヒーネ草の取り扱いを厳密に定めることにしたとか。悪質と見なされれば死罪まで行くそうだよ。恐いね♪

 話は変わるが、君、個人的なルートで“とてもよく効く痛み止め”を仕入れる事になったそうじゃないか。おめでとう!

 しかし、実はその事を詳しく教えてくれた“手紙”をうっかり私の“遺書”と一緒に預けてしまったんだ。確認してみたら“他の友人達の近況報告”も入れてしまったようでね。

まあ、私に何か無い限り公表される事は無いから安心してほしい。

ところで、今度ちょっと旅行に行こうと思っているんだ。

気楽に市井なんかも見て回りたいから地理に詳しい同行者が欲しくてね、こうして友人達に手紙を書いているという訳さ。ああ、国外の方は私も詳しいから心配はいらないよ。

先着順だからよく考えてくれたまえ。では、また☆――――


【要約】私が処刑されるとお前の違法薬物売買の証拠がバラ撒かれるぞw

因みに手紙は他の同じような奴にも送ってあるよ。

一番先に私を脱獄&出国させられた奴一人だけ一緒に高飛びさせてあげるね♪

がんばwww







「この悪魔めえええぇっ……!」


 荷馬車の手綱を握りしめ、無念に歯ぎしりする男。


 それを聞いて気の毒だなとは思う。

思うが――――


「……こいつを悪魔って呼ぶの止めてくんない?」


 一緒にされるの遺憾の意。


「っ! そ、そうだな、すまなかった。」


 はっとした男にすごく申し訳なさそうな顔で謝られ、そんな俺達の何がウケたのか、悪徳侯爵は一際高らかに笑い声を上げた。

 その後の王太子sとリリー&ロブの冒険を入れるつもりが、お父様と被害者2名に押し出された……

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